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そして竜呪は輪廻する  作者: アメイロニシキ
獣国編 英雄の受難
97/105

喧嘩祭り

 復興作業、特訓、ドタバタと騒がしくなった日常。そんな生活が数週間続き、ついにその日は訪れた。


 「晴れたー!」


 朝早くから外に出て、降り注ぐ太陽光を一身に受けながらコアちゃんが声を上げる。言葉通り、本日は快晴なり。木々の間から覗く空を見上げて、俺は少しばかり憂鬱な気持ちになった。


 今日は獣人達が待ちわびた運命の日。喧嘩祭り当日だ。


 激しい雨でも降ってくれれば中止になるかも、なんて前日の夜に期待していた俺の願望は脆くも崩れ去った。

 昨日はコアちゃんのワクワクが止まらなくて大変だったよ。間違いなく晴れ女だな君は。


 「いよいよですねイヴニア様。特訓の成果を見せ付ける時です」


 「あー……うん。そうだね」


 「元気が無いな。どうしたんだ?」


 俺とは対称的に元気いっぱいなコアちゃんを見つめていたガラルさんが、心配そうに顔を覗き込んでくる。


 どうしたもこうしたも、元々俺は乗り気じゃないのだから当たり前である。


 「ついに来てしまったかーっていう心境」


 「ふむ、そうか。……そういえばイヴニアくん、心なしか逞しくなった気がするな」


 「そう? 見た目は特に変わってないと思うけど」


 実際、肉体を鍛える意味でも筋肉トレーニングを特訓期間中に行ってたけど、一向に筋肉量は増えてないように思う。

 やはり肉体の成長は呪いに依存してるみたいなんだよね。そもそも身体創造で創り出した体を鍛えたところでってのもあるが……はぁ。


 「見た目はな。しかし一回りほど大きく成長したと私は見るが、どうかな?」


 「んー、かなぁ」


 中身的な意味だろうか。でも心当たりが無い訳じゃない。


 この数週間、特訓の合間に行っていたのは何も筋肉トレーニングだけではなく、覚えたスキルを徹底的に研究実践もしていた。

 バカみたいな高威力の皇雷や発動条件が限られる他のスキルはともかく、それ以外のものはあらかた試しまくったのだ。


 その甲斐あって跳躍、魔爪、竜眼、硬質化、以上のスキルはほぼ使いこなせるようになったと言っても過言ではない。


 跳躍は度重なる使用で元々使えてたが更に磨きが掛かり、魔爪は攻撃範囲の調整も出来るようになった。

 竜眼についてはそこまでの変化は無いものの、常に頭上に表示されていた線を俺の意思でオンオフ出来るように。硬質化は広範囲ではなく部分硬化を可能にした。これぞコッソリ特訓の成果である。


 相変わらず飛翔スキルだけはうんともすんとも言わないものの、地味に嬉しかったのは身体創造の上達だ。


 何を隠そう、何度も何度も繰り返し発動していくうちに、ついに俺は大きく魔力を削ぐことなく服を創り出せるようになったのだ!

 もちろん、衣類の一時的な記憶を介さず、一からな! ……と言っても新しい服はまだまだ無理だけど。


 現状問題なく創造出来るのは、ヤァムに貰った服を元に創造された服だけだ。これだけでもかなりの進歩だと自分では思ってる。


 「ところでイヴニア様。本日は他の集落の獣人達も大勢来ると聞き及んでおります。目撃される前に姿を変えていた方が良いのではないでしょうか?」


 「おっと、確かに」


 ルナに指摘されてすぐにスキルで部分創造。獣耳と尻尾を生やし、問題ないことをチェック。ん〜、やっぱりこればかりは慣れないな。

 ていうか前世の姿は象れないくせに、こういうのはすんなり創造できるってのが本当に納得いかないわ。


 「本当に獣人の姿になれるんだな」


 「あ、そっか。ガラルさんは実際に見るの初めてだっけ」


 「ああ。コアから聞いていただけだから半信半疑だったけれど、こうして見せられてはな。

 うぅむ……しかしこれは波乱の展開になるかもしれないぞ」


 「どゆこと?」


 「いやぁ、イヴニアくん……恐ろしく獣人好みの見た目になってしまっているから、例年通り進行できるかどうか」


 またそれか。一度獣人達の好みってやつを網羅してやりたい気分だよ。


 「イヴくんイヴくん! 今日は優勝する自信ある!?」


 気づけばコアちゃんが目の前に。ボク期待してるよ! と言わんばかりに目を輝かせていらっしゃる。


 「優勝するかは置いといて、全力で来る相手には応えようとは思ってるよ。手を抜くのは相手を侮辱するのと同じだと思うし」


 「おおー! イヴくんなら絶対優勝できるよ! 応援してるからね!」


 「イヴニアくんの全力か……正直、ぶつかる相手が不憫というか何と言うか」


 「まがりなりにも喰らう者を打倒した英雄ですからね。生半可な相手ではイヴニア様に傷一つ付けることすら叶わないでしょう」


 「おい変に持ち上げないでくれよ。喧嘩祭りじゃスキル使っちゃダメって話だし、本気でやっても全然負ける自信あるぞ」


 しかもマトモに攻撃を受けていいのは実質2発まで。だから頑丈さに物を言わせた被弾覚悟のゴリ押し戦法も通用しない。

 どれだけ躱し、的確に一撃を叩き込むかが勝敗を分ける。しかも俺は獣人らしさを表現するために本来の戦い方を封じられて四足歩行での戦闘だ。どう考えても不利。


 「ふふ、今から楽しみだ。さて、そろそろ会場の方に移動しよう。出場者は専用の服に着替える必要もあるからな」


 「え、初耳なんだけど」


 「強さはもちろん、肉体美を見せるためにも上半身は裸。それが伝統なんだよ」


 「肉体美……」


 そう言われて自分の体を見下ろしてみる。

 当然、未だ幼い身である我が体は肉体美と呼ぶには程遠い未成熟具合。これに惹かれる奴が居たら変態だと思うのだが……。


 「んに!? じ、じゃあ女の子も裸になるの!?」


 「流石にそれはないよコア。そんなことになったら祭りどころじゃなくなってしまう」


 「そ、そっかぁ。よかった」


 ん? なんでコアちゃんが胸を撫で下ろしているのだろう。他の女性参加者のことを思って、か? 優しい子だな。


 「それじゃあ行こう。案内するからついて来てくれ」


 「ん、分かった」


 「はーい!」


 「イヴニア様! 本日は私、全身全霊を持って応援させていただきます! この命を燃やす覚悟で!」


 「やめろ!?」


 たかが応援で死のうとしてるルナを押しとどめながら、俺はガラルさんの背中を追った。




 そうしてしばらく歩き、同じく会場に向かっているであろう他の獣人達と挨拶を交わしながら、目的地に到着した。


 会場と言うには些か簡素な印象を受ける大きな広場に集う獣人の群れ。円を描くように座っており、皆の視線の先にはこれまた土製の簡素な舞台。

 もしかしなくても俺はあそこで戦うことになるのだろう。


 獣人の技術では大掛かりな会場にはならないだろうと予想していた。実際それは当たっている。……ある一部分を除いて。


 「わ〜、思ってたよりたくさん集まってるね〜」


 「老若男女、集落中の獣人達が集まっていると見ていいでしょう。ここに更に別集落からも獣人が来るとなると……いやはや凄まじい密度になりそうですね」


 「……なぁガラルさん」


 「ん? 何かな?」


 「俺の見間違いじゃなければだけど、周りの大木に巻き付けられてるのって、バジリスクじゃない?」


 「ははは、まぁ気付くよな。その通りだよ」


 やっぱりか。会場をグルリと囲む形で木々の間に巻かれているのは、間違いなくバジリスクの死骸だ。あれだけの巨体をどうしたのだろうと密かに思っていたけど、まさか装飾品として飾られているとは。


 流石に内蔵類の処理はしているだろうから不衛生ではないだろうが、いやはや改めて見てもとんでもない存在感。


 「良い飾りが出来たとヴェロニカ様も喜んでたよ」


 「あれだけ獣人達を蹂躙してた怨敵を飾り扱いって……ホントにぶっ飛んでるよねあの人」


 「そうでなければ一族の族長は務まらないよ」


 「まぁ確かに」


 あの人はあんなだからこそ族長として成り立っているのかもしれない。


 ……それにしても。


 「……」


 「わぁ、可愛い〜」


 「話には聞いてたけど……な?」


 「お、おぅ……ありゃ凄い」


 周りから感じる視線視線視線。コアちゃんやガラルさんではなく、間違いなく俺を見ている。


 まぁ、ヴェロニカさん曰く、既に集落中に俺が獣人として喧嘩祭りに参加することは伝えられているらしいし、納得の結果ではある。

 しかし視線の数がとんでもない。もっと喧嘩祭りそのものに意識向けようぜ皆っ。


 「ここに居ては目立ち過ぎるな。イヴニアくん、あっちに参加者達の控室があるから早いうちに避難しておいた方がいい」


 そう言ってガラルさんが指差す先には、控室と言うには些かボロい建物。いや、彼らの技術力を鑑みればまだマシな部類か。


 「そうする。じゃあここで別れよう」


 「ああ。ほら、コアはあっちだ」


 「あ、はーい!」


 ……? てっきりガラルさんとコアちゃんは一緒に行動するものだと思ってたけど、そうじゃないのか。

 まぁコアちゃんにはミャーコちゃんや他の友達も居るだろうし、そっちに合流とかそんなところだろう。


 元気いっぱいに駆けていくコアちゃんの背を見送り、俺もまた移動を開始する。当然のようについて来るルナを一瞥すると「護衛はお任せください!」とよく分からないことを言われた。


 祭りの最中に護衛とはこれ如何に。


 「よーうイヴニア。久々だな」


 「お?」


 「げっ……」


 座り込んでいる獣人達の中、一際目立つとんがり帽子を被った人物が横から親しげに話しかけてきた。


 随分と久しぶりに見る顔だ。


 「ヤァム! 元気にしてたか?」


 「キヒヒ、聞かれるまでもない。それよりそこのクソガラス、お前ご主人様の顔を見るなり何だその反応」


 「ご主人様? はて、私の主はイヴニア様ですが? どちら様ですかね〜、この品性の欠片も感じさせない小娘は」


 う、うおぉぉ……あのルナがやたらと刺々しい口調になってる。これまでの言動からヤァムを慕っていないのは分かってたけど、まさかこんなにも露骨に拒絶反応を示すとは。


 「なぁんでウチが作る魔法生物(アニマ)はこうも反抗的なのかねぇ。元クソガラスみたいに消し飛ばしてやろうか」


 「ふん、前任のバカ鳥と一緒にしないでいただきたい。私はそう容易く殺せませんよ」


 「物理的に殺さずともお前との繋がりを断ち切れば簡単に消えるんだぞ? お前」


 「ひ、卑怯な!」


 「キヒヒ、ウチの魔力に生かされてるのを忘れんじゃねぇよ。引き続きイヴニアのサポートに励め。

 っとそうだ、聞いたぞイヴニア。お前この祭りに参加するらしいな」


 尚もヤァムに食ってかかろうとするルナを捕まえて、とりあえず落ち着かせる。そんな中、ヤァムの口から飛び出してきた言葉に改めて現実を突き付けられ、少しだけ気分が落ちてしまった。


 「不本意ながらな」


 「まぁウチとしては娯楽が増えて嬉しい限り。身体創造(ボディクリエイト)の方もそれなりに使いこなせてきたみたいだな。

 似合ってるじゃないか、その耳と尻尾。どこからどう見ても愛らしい獣人そのものだ」


 「愛らしいは余計だ!」


 「キッヒヒヒヒ! まぁせいぜい頑張れよ。ウチはウチで楽しませてもらうさ」


 言うだけ言って寛ぎ始めたヤァムを思わず睨みつけてしまう。


 まったく人の気も知らないでいい気なもんだよ。ちょっとだけヤァムに対する好感が下がりました。


 「ふんっ、相変わらず無粋な輩です。行きましょうイヴニア様、ここに居ては穢れます」


 「お、おう」


 しかし俺以上の憤りを見せるルナに、俺の小さな怒りは直ぐに鎮火してしまった。本当に心からヤァムを嫌っているみたいだ。


 魔法生物(アニマ)? ってのもいろいろ大変なのかもなぁ。今度暇がある時にでもルナを労ってあげよう。……いや、今度と言わず今か。


 「よっと」


 「ほわぁ!? い、イヴニア様っ、何を……!?」


 捕まえていたルナの体を胸に抱いて移動を開始する。分かりやすく動揺するルナの背中を撫でさすってやれば、その動揺は更に増していく。


 「まぁまぁ。いつも気にかけてくれてありがとうってことで」


 「あわわわわわ、な、なんて畏れ多い……! しかしこの幸福! 私はどうすれば……!」


 「しばらく身を任せればいいんじゃないか?」


 「ああぁぁぁぁぁぁ〜、こ、このような……何と慈悲深い……! 魂が浄化されていくぅ」


 このまま成仏しそうな勢いだな。カラスなのにハッキリと分かるくらい表情が蕩けてしまっている。

 でもこういう反応は嫌いじゃない。コアちゃん然り、撫でている相手が嬉しそうにしてくれるのは俺にとっても幸福なことだ。





 そうしてルナを撫でながら歩き続けること少しばかり。俺は目的地である建物に到着。

 入口付近に立っていた獣人が俺を見るやいなや慌てた様子で道を開けてくれた。そんな反応を疑問に思う暇もないまま入口を潜ると、中では数人の獣人がそわそわと落ち着かない様子で待機していた。


 何となくグルリと見渡してみて、ふと疑問に思う。

 ここに居るのは大人達ばかりだ。確か子供も参加する筈、だよな? しまった、控え室を間違えたか。

 たぶんここの隣にでも子供用の建物があるに違いない。そうと分かれば移動開始だ。


 「ふぐっ」


 踵を返して出て行こうとしたら、誰かにぶつかってしまった。


 直ぐに謝ろうと視線を上げた先には……。


 「ああん? 何でガキがこんなところに居んだよ。ここで何してんだテメェ。つーか誰だ」


 見るからにガラの悪そうな栗毛の男が、今にも睨み殺さん勢いで俺を見下ろしていた。絞られた体の何と見事なことか、なんて暢気なことを言ってる場合ではない。


 誰だってのは俺の台詞でもあるが、妙だな。この集落に住んでる獣人なのだとしたら、俺を知らない点が引っかかる。俺の知名度はここ数週間で嫌というほど味わったし、どういうことだ?


 「おい、呆けてねぇで答えろや。ここはガキの居ていい場所じゃねぇんだ。とっとと失せろ」


 「黙って聞いていればイヴニア様に対して何と無礼な! そこに直れ獣人!」


 「ああ? んだこのカラス。

 ……ほー? よく見りゃ良い面してんなテメェ。こりゃ将来は中々の上物に育つぜ。ようしガキ、祭りが終わったら抱いてやる。受けろよ?」


 「は?」


 「「「「あ゛?」」」」


 言葉の意味を理解する前に、背後から感じたのは濃密な殺気だ。俺に向けられたものではないだろうそれに振り返ると、今にも噛みつかん形相の獣人達が男を睨んでいた。


 そのうちの1人がズンズンと近付いてきて、俺を庇うように前に出る。


 「何様のつもりだお前。誰だか知らんがイヴニアさんに近付くな」


 わっ、守ろうとしてくれてる。名前も知らないけどなんて頼もしいんだ。


 「テメェこそ誰だよ。邪魔してんじゃ……ああ、そうか。テメェ等もコイツ狙いかよ。ハッ、なら話は早ぇ。

 今すぐ立場ってもんを分からせてやるよ。おら来い雑魚共」


 分かりやすい挑発だった。殺気を放つ獣人達へかかって来いと言わんばかりに両手を広げて待ちの姿勢。

 乗る必要はない。ここに居るってことは、コイツも喧嘩祭りの参加者と見ていいだろう。どのみちぶつかるならここで事を起こす必要は微塵も無いのだ。


 しかしそう考えているのは俺だけらしい。今にも飛びかかりそうな獣人に待ったをかけようとした、その時。


 「何をしてるんだこのバカが」


 「ぎゃあ!?」


 音も無く背後から現れた新たな人影。そいつは見下す態度を改める様子もない男の尻尾を乱暴に掴み上げ、あっという間に無力化してしまった。


 「尻尾掴むなべルード!」


 「別集落で揉め事を起こそうとしている馬鹿を止めただけだ。本番前に立場を悪くするような事をするんじゃない。

 お前だってヴェロニカ様の怒りを買いたくはないだろう?」


 「うぐっ」


 「まったく……。失礼したお嬢さん。コイツはこんなだから誤解されやすいが、根は悪い奴じゃないんだ。

 どうかここは穏便に済ませてはもらえないだろうか」


 「あ、いや別にそこまで気にしてないから。俺はともかく他の皆が、ね?」


 完全に女と間違われてることについて訂正を入れたい。でも今は皆の怒りを鎮めることの方が優先だ。

 祭り前に険悪ムードは流石にいただけないだろうし。


 「確かに。皆さん、うちの馬鹿の非礼を詫びたい。この通りだ」


 見下す態度の男とは違い、べルードと呼ばれた男は相当に理解ある人みたいだ。深々と頭を下げる姿に、怒りを顕にしていた皆も申し訳なさそうに頭を掻くばかり。


 演技ではない本気の謝罪。これを見せられて食ってかかれば、それこそこちらの品を疑われる。


 「なぁガキ名前は? 俺はカムロ。変わった服着てんだなお前。いいねぇ、他とは違うって点はポイント高いからな。

 この俺の女になるなら普通じゃない奴の方が好ましい。しかも将来は間違いなくとびきりの美女ときた。こりゃ今夜が楽しみだ」


 べルードさんが誠心誠意の謝罪をしている横で、一切懲りてない様子の男……カムロが俺の肩に手を回してくる。

 口説き文句? だけならいざ知らず、左手で服の中に手を突っ込もうとしてくるド変態ぶりだ。


 これでは謝罪の意味などあろう筈もない。鎮まりかけていた皆の怒りが再熱するのも時間の問題だろう。ルナなんて今にもくちばしで突っつきそうな勢いである。


 ……とりあえず、この2人が何者かってのは大体把握できた。べルードさんがハッキリと口にした別集落という言葉は、まさに読んで字の如く。

 2人は別の集落から喧嘩祭りのために足を運んできた人達だ。それなら俺を知らないことにも頷ける。


 さて、いろいろと把握できたところでだ。いい加減俺の我慢も限界だし、尚も胸を弄ろうとしてくるこの変態に少しばかり灸を据えてやろうかな。


 「俺はイヴニアだ。よろしくするつもりはないから、とりあえず一言だけ」


 「あん? おわっ……!!?」


 カムロの左手を捻り上げると同時に足払いをかけ、そのまま1回転させる要領で投げ飛ばす。

 流石に腐っても獣人。驚いた反応を見せたのは一瞬だけで、直ぐに体勢を立て直して着地してみせた。


 だがその表情には驚愕の色が浮かんでいる。


 「俺、そんなに安くないからさ。次やったら……その尻尾千切るよ?」


 「「「「ひえっ!!?」」」」


 分かりやすく威圧してみせると、何故かカムロではなく俺を庇おうとしてくれた皆が一斉に自分の尻尾を庇ってしまった。


 いや、別に君達に向けて言ったわけじゃないよ? 何でそんな過剰に反応するのよ。

 しかも当のカムロは面白そうに笑ってるし。こりゃ堪えてないな。


 「カッ、カカカ。いいねいいねぇ! 威勢の良い女は大好物だ! まだガキの段階でこれ程たぁ本当に将来が楽しみだぜ。

 イヴニア! その名前覚えたからな。この喧嘩祭りでお前を俺の嫁にする。待ってろ」


 余計に燃え上がらせてしまったみたいだ。やっぱり徹底的にボコボコにした方が……いやいや、喧嘩祭り前に問題を起こすのはマズイ。

 俺達はこの集落を代表して参加する立場なのだから、下手な行動はヴェロニカさん達への信頼を下げることになりかねない。それだけはダメだ。


 はぁ……仕方ない。誰かがコイツを本番で懲らしめてくれることを祈ろう。それがダメで尚もしつこく迫ってくるようなら、その時初めて俺が拳を振るうまでだ。


 「失礼。イヴニアさん、だったかな」


 「あ、うん」


 「おいべルード! 俺の嫁に唾つけようとしてんじゃねぇよ!」


 「お前は少し黙れ。……さて、一つ聞かせてもらいたいことがある」


 食ってかかるカムロを意にも介さず、何やらべルードさんが神妙な面持ちで見下ろしてくる。


 「喧嘩祭りは毎年の恒例行事。もちろん去年も開催された訳だが、どういうわけか俺はそこで君の姿を見た記憶がない。

 それだけ目立つ姿をしていれば多少なりとも記憶に残る筈だ」


 「あん? そういや居なかったな。俺ぁ女に目がねえから見落としてるなんざありえねぇし」


 おっと、これはマズい。せっかく獣人の姿になって祭りに参加しようとしてるのに、既に正体が疑われ始めている。

 そりゃそうだよな。べルードさんの言う通り、我が事ながら目立つこの容姿。こんなのが混ざってたらたとえ視界の端に映った程度でも記憶に残りそうなものだ。


 「それはー、あー……いろいろと複雑な事情があってさ」


 「事情だぁ?」


 「イヴニアは他国へ渡った同族が寄越した子供だ。何も怪しい点は無い」


 「「っ!?」」


 どう切り抜けたもんかと頭を捻っていたその時、べルードさんの背後から現れた新たな人影。


 その人物は俺のすぐ隣まで歩み寄り、少々乱暴に頭を撫でてきた。


 見間違うはずもない。アルフさんだ。

 さっきの言葉は俺が怪しまれないようにと吐いた嘘だろう。助けられてしまったな。


 「久しいなべルード、カムロ。相変わらず問題行動ばかりか?」


 「ハッ、てっきり喰らう者に潰されてるもんだと思ってたのによぉ。そっちも相変わらずしぶてぇなオッサン」


 「減らず口も変わらず、か」


 「俺をこのバカと同じ扱いにしないでくださいよ。……お久しぶりですアルフさん。今年も無事、喧嘩祭りに参加できる事を喜ばしく思います」


 「うむ」


 どうやら3人共に知り合いらしい。別集落同士にしては気安い関係性に見える。浅からぬ縁があると見た。


 「大丈夫だったか? イヴニア」


 「助かったよアルフさん。危うく本番前に殴り飛ばすところだった」


 「ふっ、貴様に殴り飛ばされてはこの2人とて無事では済まんだろうな。

 いや、べルードはともかくカムロは毎年飽きもせず問題を起こしている奴だ。一度分からせてやるのも一興か」


 「ああ? まるで俺がガキに負けるみてぇな言い方だな」


 「イヴニアが子供に見えるか? だとしたら貴様では勝てんだろうよ」


 「言ってくれんじゃねぇか! 女如きに族長の座を奪われた軟弱者が偉そうによぉ!」


 「ば、バカお前!」


 「女、如きだと……?」


 言葉の端に棘はありつつも、どこか穏やかな雰囲気を纏っていたアルフさんの様子がカムロの一言で一変した。

 肌を突き刺す、どこまでも冷たいこの感覚は、俺も前世で幾度となく経験してきたものだ。


 静かな怒り。濃密な殺意。


 きっとカムロは自分を馬鹿にされたのだと思い込み、勢い任せに言葉を放ったのだろう。その証拠に、アルフさんを前にして明らかに怯んだ様子を見せている。

 覚悟をしていたならそんな表情にはならない。今のカムロは予想外の反応に面食らっていた。


 考えなしの発言が、アルフさんの逆鱗に触れたのだ。


 「貴様、よりにもよって族長を、ヴェロニカ・オージャ様を侮辱したな。

 腐っても獣戦士。その言葉が何を意味しているのか分からんとは言わせんぞ」


 「い、いや、別にそんなつもりじゃ……だよな!? べルード!」


 「俺に振るな……!」


 「言い訳無用っ!!!」


 「「っ!!?」」ビクゥッ


 こ、こぉわぁ〜。厳つい顔つきのアルフさんが本気で怒ったらこんなにも怖いのか。まぁ、前族長だしなぁ。


 「イヴニア」


 「……えぇう!? 俺!?」


 まさかここで話しかけられるとは露ほどにも思っておらず、変な声が出てしまった。


 「俺は参加者ではない故、今直接この馬鹿者に手を下すことはできない身だ。だからこそ貴様に頼む。

 一度、カムロの牙を折ってやってくれ。この愚か者は多少の敗北では堪えん。だから遠慮なく、本気で、ぶちのめせ」


 な、なるほど。どうやらブチ切れてても理性は保っているらしい。ここで参加者を大怪我させたら元も子もないからな。


 だからってその怒りの代弁者に俺を選ばなくてもさ。……というか、そもそもの話だけど。


 「いや、俺とコイツがぶつかる事は無いだろ? 男の部と女の部、あとは子供の部で分けるって特訓中にヴェロニカさんから聞いたし。

 俺が参加するのは子供の部だから、ぶちのめす以前の問題じゃ?」


 「……? 貴様は何を言っている?」


 「え、いや何ってヴェロニカさんから言われたことそのままを話してるんだけど」


 「そうではない。貴様が子供の部に参加してしまったら本末転倒だろう。自分の実力が如何に飛び抜けているのか自覚していないのか貴様は」


 「……え、じゃあ、まさか?」


 「貴様が参加するのは大人達に混じっての男の部だ。当たり前だろう」


 その言葉を聞き届けた後、俺はその場で天を仰ぐのだった。


 いや、冷静に考えてみれば本当に当たり前のことだ。まがりなりにもバジリスクを退けるだけの力を持つ俺が、トウレンくんや子供達に混じって参加なんてまずありえない。


 もし子供の部に参加するのなら、あれだけ徹底した特訓も必要なかっただろうし。


 「あぁ? それもおかしいだろオッサン。参加させんなら女の部じゃねぇのか」


 「今日初めてイヴニアに会う貴様等が勘違いしてしまうのも無理はない。だからこそこれ以上余計な誤解を生む前にハッキリと言おう。

 どこからどう見ても少女然とした姿ではあるが、イヴニアは男だ」


 「……え?」


 「はあああああああああああああ!!!!?

 いやねーだろ! もうちょいマシな嘘吐けやオッサン!」


 「信じられん気持ちは分かるつもりだ。しかし事実なのだから仕方あるまい。受け入れろ」


 本当なら俺が訂正してやりたかったけど、まぁ良しとしよう。


 「じゃあ何か!? 俺ぁ男に求愛したってことか!?」


 「いちいち言葉にするなよ鳥肌が立つ。あー気持ち悪い」


 「こ、のガキがっ……! この俺に恥かかせやがって!」


 「勝手に勘違いして勝手に自爆したのそっちだろ。いい大人が自分の失敗を子供に擦り付けようとするなよ、みっともない」


 「っっ〜〜! 泣かす、ぜってー泣かすっ! テメェも参加すんならちょうどいい。集落中の奴等にテメェの情けねぇ姿拝ませてやんよ!」


 そう吐き捨てて、カムロは部屋の奥へと行ってしまった。呆れ顔を浮かべつつも、その後にべルードさんも続く。


 なんだろう……凄く年下を相手にしてる気分だ。中身的には俺の方が年上っぽいから間違いじゃないけど、それにしたってあの態度と言動はどうなのかねぇ。


 アイツのこと全然知らないのに既に情けない気持ちでいっぱいだよ。恥ずかしいとさえ思えてきた。


 「まるで成長していないなアイツは……。

 ところでイヴニア、もうすぐ本番だ。早めに服を着替えておけよ」


 「おう。……あ、それとアルフさん、一つ聞いていい?」


 「何だ」


 「喧嘩祭りのルールは先に有効打を3発当てた方の勝ち。スキルの使用はもちろん禁止で、急所への直接的な攻撃もご法度、で合ってるよな?」


 「ああ」


 「じゃあさ、その有効打を打ち込む時って加減した方がいいよな? 別に自慢ってわけじゃないけど、一応バジリスクぶっ飛ばすくらいの腕力はあるからさ。

 下手したら怪我じゃ済まないと思う」


 「うむ、出来ればそうしてくれ。だがカムロにだけは遠慮無用。牙を消し飛ばす勢いでやれ。俺が許す」


 さっき折れって言ってたのに急にパワーアップしちゃった。よっぽどヴェロニカさんを侮辱されたのが許せなかったんだな。


 流石にそれはやり過ぎだと思うので、アルフさんには悪いけど力は抑えよう。



 さぁ、本番間近だ。気合注入!

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