燃える恋心
「イヴくん大丈夫?」
「大丈夫……って言いたいけどかなりキツイ」
喧嘩祭りに向けての特訓が始まって早7日。そう、あっという間に7日も経過してしまった。
その間、復興作業はまったくの手付かず。本当にヴェロニカさんが付きっきりで朝から晩まで戦い方の猛勉強。
精神的な疲労はもちろん、いくら強化された肉体でもこれだけ濃い日々を送っていたら流石に悲鳴を上げ始めていた。
慣れない戦い方のせいで擦り傷切り傷も絶えず、自然治癒のスキルは常に発動しっぱなし。最近では本格的にヴェロニカさんも参戦して攻撃してくるしさ。
昼食を食べて消費した魔力を回復し、また夜までぶっ通し。帰宅後食べて寝て再び魔力回復の後、朝起きれば同じことを繰り返す。
ここまでキツイなんて聞いてない。衣食住を確保してる時点で前世の兵士生活に比べれば天国だろうけど、キツイもんはキツイのだ。
「コアちゃん、も少し強く」
「んに、こう?」
「あ゛〜〜それそれ……!」
「にへへ。こんなのもあるよ〜」
「んあ゛〜〜最高っ」
そして現在、日光降り注ぐ集落の隅っこで、連日の喧嘩祭り特訓で疲労の溜まった我が体を癒やしてくれているのは誰あろうコアちゃんだった。
うつ伏せになっている俺の上に跨り、絶妙な力加減でマッサージ。子供だからと侮るなかれ、この子は確実に才能がある。
何も言わずともほぐしてほしい部分を的確に突いてきてくれるのだ。ドラゴンの姿では得られない快感が確かにあるぜ。
「イヴニア様、私めの技も是非堪能していただけないでしょうか!」
「いや〜、ルナはいいよ」
「なんとー!?」
確かに2人でマッサージされたらどれだけ気持ちいいのだろうとは思うが、ルナって軽いじゃん。そもそもカラスがそういうことする姿が想像できない。
……それにしても不思議だよな。レベルアップに伴って防御力は確かに上がってるはずなのに、コアちゃんのマッサージはしっかり気持ちいいのは何故だろう。
もしかして、この体の頑丈さが発揮されるのは、攻撃に限定されているのかな。そうであることを祈ろう。
「イヴくん、この後もヴェロニカ様のところで特訓?」
「そうなるなぁ。おかげで本来の戦い方忘れそうで戦々恐々としてる」
「せん、せ……?」
「怖いな〜不安だな〜ってこと」
「へぇ〜。覚えとこ」
7日間の訓練を経て、四足歩行での戦いはそれなりに慣れてきた。何だかんだ言っても先達者の言葉は参考になるもので、上達自体はかなり早いのだ。
普段から「勘が〜」的なことを言ってるヴェロニカさんだから、てっきり感覚に任せた指導になるものと思いきや、これが意外にもしっかりとしたものでさ。
体の動かし方。取るべき体勢。こちらの質問にもしっかりと答えてくれる。
そんなヴェロニカさん曰く、どうも俺は四足歩行での戦いに向いているらしい。
そんな馬鹿なことがあるかよと反論しそうになって思い止まった。と言うのも、よくよく考えたらドラゴンの時はたまに四足歩行で移動しているのだ。
あの母様ですら同じなのだから、遺伝的な意味では確かに向いているのかもしれない。だからこその覚えの早さと言えるのかな。
「……あの、ね。イヴくん」
ふと、俺の背中を押していたコアちゃんの手が止まった。同時に聞こえてきたのは不安そうな声。
肩越しに振り返ってみると、シュンと耳を垂らしているコアちゃんの姿が目に映った。
「どうした?」
「イヴくんは、いつかここを出て行っちゃうんだよね」
「……そう、だな。そればっかりはどうしようもない」
「そ、そうだよねっ。待ってる人達が居る、もんね。にへへ……」
俺が居なくなる。たったそれだけの事なのにコアちゃんは酷く辛そうだった。
なんて声をかければいいのか分からない。無責任に「また直ぐに会えるよ」とは言えないからな。
「その……イヴくんさえよかったら、出て行く時にボクも──」
「旦那様、見つけた」
「へ?」
コアちゃんの言葉を遮る別の声。視線を外して視線を上げる。
誰かなんてのは俺に対する呼び方で直ぐに分かった。俺を旦那様と呼ぶ人物は1人しかいない。佇んでいるのは間違いなくクロエだ。
「これはこれはクロエ様。おはようございます」
「……おはよう」
「おはようって、もう昼過ぎてるぞ。というか最近まったく姿見せなかったけど何してたんだ?」
「……ずっと寝てた。旦那様が起きた日から、ずっと」
俺が起きた日? ってまさか、あの日から今の今まで寝てたってこと!?
「寝過ぎだろ!」
「……ん。3ヶ月ずっと寝不足だったし、旦那様が起きて安心したら、ね。
様子を見に来たウルズが言うには、全然起きなくて死んだように眠ってたって」
「軽く10日は夢の中って、体に悪いだろう。……なんて、3ヶ月寝てた俺が言っても説得力無いよな」
「……ふふ」
口元に手を当てて小さく笑うクロエに、俺も自然と笑みを溢していた。
いつもの鉄マスクは付けておらず、可愛らしく微笑む姿はまさしく美少女のそれ。あれだけマスクを取る事を嫌がっていたのにな。
どうやら嫌わないと言った俺の言葉はクロエに大きな心境の変化を起こしたらしい。
ホント、普通に話してる分にはとんでもなく可愛い獣人って印象しかない。そりゃ男達に人気なのも頷けるよ。
力ずくで俺と事に至ろうとするあの思考さえ無ければ完璧だ。ってそうだ。
「悪いコアちゃん。さっき何て言おうとしてたんだ?」
話の途中だったことを思い出し、再び肩越しにコアちゃんの方を向いて問いかける。
「えっ? あ、ううん! なんでもないよ! イヴくんのこと困らせたくないし」
「俺が困る?」
「ホントに何でもないの! そ、それよりさ、クロエお姉ちゃんが言ってる旦那様ってどういうこと?」
うぐっ、よりによってそこを突いてくるのかコアちゃん。というかその呼び方はやめろって何度もクロエに言ってるのに一向にやめようとしないんだよな。
頑固というかなんというか。いや、それだけ本気で惚れてるってことなんだろうけど……うーん複雑。
「……旦那様は旦那様。つまり、私の夫」
「えっ、い……イヴくん、クロエお姉ちゃんと?」
「違う違う! 勝手に色々と話を進めるなよ! 俺は旦那でもなんでもないし今後もそうなる予定はありません!」
「……でも、私のことをあんなに激しく抱いて愛してるって」
「抱いてないし言ってないよね!?」
「……夢の中で」
「夢の中じゃん!!!」
どんな夢を見たのか知らんが、それを現実に引っ張り出してきてまで既成事実作ろうとしないでくれる!?
「な、なぁんだ、夢かぁ。よかった」
「……? どうしてコアが安心してるの?」
「んに!? えぅ、それはその……! うぅぅぅぅ〜」
「……なるほど、理解した。これは負けられない」
何やら頭上で意味深な会話を交わす2人。
何となく察することはできるけど、それは無い……筈だ。だってコアちゃんが俺に抱いてる感情は親愛のものであって間違っても恋愛のものではない。俺はそう確信してる。
だけど、頬を真っ赤に染めて何かを堪えるように俺を見下ろしているコアちゃんの姿はまるで。
「……私も今年の喧嘩祭りに出場する予定。そこで優勝して、旦那様に正式に結婚を申し込む」
「は?」
「えっ!?」
待って、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「……皆に私はこの人が好きなんだってことを認知させる目的もあるけど、やっぱり一番は旦那様に娶ってもらいたいから。
だから全力でやるし手は抜かない。誰が相手でも押し通る。私の全部をぶつけるから、覚悟してて」
「き、君ねぇ」
クロエは気付いているのだろうか。今の言葉がまさにプロポーズであることを。
流石の俺でもここまで正面切って想いをぶつけられたら照れざるを得ない。気まずげに視線を彷徨わせ、そうして行き着いた先はコアちゃん。
しかし、そのコアちゃんもどこか様子がおかしかった。何かを我慢しているような、そんな顔をしている。
「……コアはどうするの?」
「えっ、ボク……?」
「……同じ女だし、コアの様子を見てれば大体の察しはつく。私は示したよ。次はコアの番。
言っておくけど引き下がるつもりはないから。相応の覚悟を持って踏み出さなきゃダメだからね」
「っ!」
当の本人である俺を置いてけぼりにしてどんどん話を進めないでいただきたい。
何となく口を挟みづらい状況に、俺はコアちゃんとクロエを交互に見ることしかできないでいた。
「ボクは、ボク、だって……!」
「んんっ! そろそろいいか? クロエ」
「……あ、ごめん。忘れてた」
再びコアちゃんの言葉を遮る声。クロエではない。その後ろに控えていた誰かが一歩前に踏み出し、姿を見せた。
男だ。クロエと同じ黒髪の男性獣人。
誰だろうと思ったのも束の間、ふと記憶の隅に引っかかる何かを感じた。
この顔、どこかで見たような……?
「あの時ぶりだなドラゴン。いや、イヴニアと呼ぶべきか。俺を覚えているか?」
「あ、やっぱり会ったことありますよね」
「敬語は必要ない。お前は未来の息子になるかもしれない存在だからな」
え、急に何言ってんだこの人。
「俺の名はクロウ・ハート。クロエの父だ」
「クロエのお父さん!?」
「ああ。喰らう者との戦い、見事だった。あの時お前の元に駆け付けたのは間違っていなかったと今でも誇りに思っている」
「喰らう者って……ああ! あの時の!」
思い出せそうで思い出せなかった記憶が一気に蘇った。
そう、あの時だ。クロエと一緒にバジリスクを押さえ込んでいた時、限界が近い俺達に加勢してくれた人達の1人。
まさかクロエの父親だとは露ほどにも思っていなかった。言われてみれば似ている気もするな。一言で言うなら男前な顔立ちだ。
「話があると言っていたのは覚えているか?」
「あー……ほんのちょっとだけ」
「まぁ無理もないだろう。あれだけの激戦の後に復興作業やら何やらと慌ただしく過ごしていたようだからな」
「申し訳ない。それで、話って」
「もちろん、娘のことだ」
あー、うん。父親って聞いた時点で何となくそんな気はしてたけど、やっぱそうだよね。
大事な娘が男に夢中なのを見て黙ってられないってとこだろうか。……あれ? でも未来の息子云々ってことは前向き? いやいや、それはそれで困る!
「族長から聞いたが、お前も喧嘩祭りに参加するそうだな」
「させられたの間違いとだけ」
「良い機会だ。喧嘩祭りでお前の実力を改めて確認させてもらおう。その上で娘をやるに相応しいかどうかを見極める」
「いや、俺別にクロエを嫁に貰うつもりは──」
「俺の娘に不満があると?」
馬鹿正直に言ってやると鋭い眼光で黙らされた。
ええ〜面倒くさいよ〜。どう答えたところで俺の望んだ展開にならないじゃんこれ。この人あれだ、所謂親バカの類の人だ。
「……あのさ、別に父さんがどう思おうが私の気持ちは変わらないから。余計なことはしないでよ?」
「いや、これは父として必要なことだろう。お前の気持ちを優先してやりたいが、やはり悪い男にやる訳には」
「……へぇ、命を賭してまで獣人を救った英雄を悪い男呼ばわりするんだ。幻滅だよ」
「違うぞ!? 別にそういう意味で言ったわけでは!」
「……旦那様、このバカの言うことは気にしないでいいからね」
「こらクロエ! 親に向かってバカとは何だバカとは!」
「……うるさい。すり潰すよ?」
「うっ……ま、まぁそういうわけだイヴニア。当日を楽しみにしているぞ」
「あ、はい」
なるほど、今のやり取りで何となく察した。どうやらクロウさんはクロエよりも立場が下らしい。しっかりしてくれ。
貴方がクロエにガツンと言えるなら、もしかしたら俺のことを諦めてくれるかもしれないだろ。可能性は低いとは言え一縷の望みくらい期待させてくれよ。
「……というわけだから、私も喧嘩祭りに向けて特訓しようと思う。ホントは旦那様の隣に居たいけど、ごめんね?」
「いや別に……あっ! ちょっと待てクロエ!」
言うだけ言ってそそくさと去ろうとするクロエを前に、俺は数日前の出来事を思い出していた。
そうだ、あの夜だ。半ば強制的に入らされた混浴事件を俺は忘れちゃいない。そこで聞いた訳の分からない団体のこともしっかり覚えてるんだよこっちは!
「……なーに? やっぱり恋しい?」
「そうじゃない。何も聞かずに一発拳骨を食らってくれ」
「……旦那様がそういう趣味を持ってるなら、受け入れるのが正妻の務め」
何やら勘違いをしているがどうでもいい。もう余計なツッコミはせず、コアちゃんに上から退いてもらって立ち上がり、拳を振り上げた。
わざわざ自分から頭を下げてくるクロエに内心で「アホなの?」と思いつつ、手加減に手加減を重ねた拳を振り下ろす。
「……痛い」
「痛くしたんだから当たり前だ。今の拳骨は俺の預かり知らぬところで妙な団体を作り上げた事への制裁だ」
「……妙じゃないよ。とっても健全」
「やかましい。本人の意志ガン無視しといて健全もクソもあるかっ。ヴェロニカさんの許可があったにせよ、これ以上変なことしたらもっと酷いからな。
クロウさんもしっかりと目を光らせておいてくれ。実の娘が変な道に行くのは嫌だろ? それを正すのが親の務めってもんだ」
「……はぃ」ショボン
「返す言葉も無い」ショボン
親子揃って同じ反応だった。
「はぁ……ったく。それともう一つ、いい加減にその旦那様呼びはやめて──」
「ここに居ったかイヴニア! もう休憩時間はとっくに過ぎておるぞ! さぁ続きだ続き!」
「ぬわーっ!!?」
「イヴニア様ー!?」
一番大事なところでどこからともなくヴェロニカさんが現れた!
抵抗する暇もなく抱え上げられ連行されてしまう。ジタバタともがいても無駄だった。これが体格差か、くそったれめ!
「ヴェロニカさん! 今大事な話してるんだよ!」
「馬鹿者! 喧嘩祭りまで間もなくといった時に、特訓より大事な事などあるものか!」
「あるから言ってるんだろ!? これ以上周りに誤解される前に呼び方を変えさせないと、今後の生活にも支障を来たすんだってば!」
「そうはならん! オレの勘が言っておる!」
「その勘ホントに卑怯だと思うな!」
「んははははは! これもオレの強み故な!」
ダメだ、何言っても聞いてくれなさそう。
早々に諦めて脱力する。売られていく子牛の気分だよ。クロエ達もさ、ポカンとしてないでちょっとは止めようとしようよ。
ルナは既に諦めてる様子だし。たぶん逆らっても首を引っ掴まれるだけだと学んだからだろう。薄情者め。
ああ、また特訓か。毎回毎回、自分ではかなり上達したつもりでも、肝心のヴェロニカさんが首を縦に振ってくれない。
いつまで四足歩行戦闘の特訓をしなきゃいけないのだろう。俺個人としては、スキルの練習だったりもしたいのに……はぁ。
内心で小さくため息を吐いた、その直後。
【条件その6 他者の力を借りて一定距離を移動するを達成。最終条件を解放】
「っ!?」
あまりに不意打ち。いきなり頭の中に響いてきた声に体が硬直した。
いつもの唐突過ぎる条件達成報告。相変わらず訳の分からない条件ではあるが、問題はそこじゃない。
内容はともかくついに来たのだ。2度目の最終条件が!
長いようで短かったような、短いようで長かったような……約3ヶ月ぶりのレベルアップ! いや、まだその一歩手前だけど、それでも喜ぶに値する。
上手く行けば特訓を通してあっさり達成もあり得るからな。沈んでいた気持ちが僅かながらに持ち直したぜ。
「よしっ……!」
「……コア?」
「クロエお姉ちゃん。ボク、負けないからっ」
「……上等だよ」
俺が連れ去られているのをよそに、何やらクロエとコアちゃんがバチバチと睨み合っているように見えるが、流石に気のせいだろう。
「んはっ、コアも参戦か。ならばもう少しばかり喧嘩祭りの出場枠を増やすべきだな」
ヴェロニカさんが何事かを言っている。しかし、俺の意識は既に最終条件の方へと向けられていて、あまりよくは聞こえなかった。




