特訓開始
不本意ながら決まってしまった喧嘩祭りへの参加。上手いこと言いくるめられてしまった事実に納得のいかない部分は多々あれど、了承したのは他ならぬ俺なのだから文句は言えなかった。
その後、風呂上がりにトウレンくんとバッタリ会って一悶着あったり、ガラルさんの料理がやっぱり味付け無しだったり、コアちゃんの話が延々と続いて夜更ししたりと。とにかく忙しい1日を終え、その数日後。
初日と同じく復興作業やら何やら、色々と手伝いを続ける日々を送っていたある日の午後。
「イヴニア、今日は別の仕事を頼みたい」
のんびりしたくてルナとも別れ、1人細々と昼食を食べ終えて今まさに作業再開といったところへ現れたのはヴェロニカさんだった。
仕事の話と言う割にはニッコニコ顔で嫌な予感が凄まじい。テキトーに煙に巻こうとしたが、直ぐに喧嘩祭りの件だと聞かされて思い止まる。
そう言われては知らんぷりをする訳にもいかないよな……。
「会場整備的な事でもやるのか?」
「いや、喧嘩祭りを行う場所は毎年同じ場所だからな。そういう準備は必要ない。
やってもらいたい、と言うよりやってもらわねば困る事だ。お前だけにはな」
「俺だけ?」
意味深な言い方だ。ますます嫌な予感がしてきたぞ。
「うむ。喧嘩祭りとは即ち、獣人としての力を見せ付ける場だ。しかし、側だけ獣人となってもイヴニアの戦い方はおよそ獣人らしいものではないだろう?」
「そりゃ、まぁ」
今でこそ素手やらスキルやらで戦ってるけど、どちらかと言えば剣を扱う戦い方が一番性に合ってるしな。あとはバジリスク戦でもやった小細工とか。
獣人らしく戦えと言われてもそりゃ無理ってもんだ。
「であればこそ、今のまま喧嘩祭りに参加しては他集落の者達に要らぬ疑いをかけられる可能性がある。奴は本当に獣人なのか? といった具合にな」
「……で、何が言いたいのさ」
「復興作業は一時中断。これより喧嘩祭りまでの間、お前に獣人としての戦い方を教え込む! オレがみっちりとな! んはははははは!!」
嫌な予感は見事に的中した。
「そうと決まればさっそくやるぞ! ついて来い!」
「はぁ……はいはい」
そこはかとなくやる気は無いが、要らぬ諍いを避けるためと考えておとなしくヴェロニカさんの後を追うことにした。
しばらく歩いて辿り着いた場所は、集落の中心から少しばかり離れた広場。草木もなく、地面が剥き出しにされたその場所には何やら先客が。
男性獣人同士、向かい合って拳や足を振るっている。見物客だろうか、その周りにも複数人の獣人が確認できた。
中には見知った顔もチラホラと。隅っこで屈伸運動をしているのは間違いなくトウレンくんだ。
「ここは?」
「言わば練習場だ。喧嘩祭りの参加者は特別に復興作業より己を高めることを優先させておってな。
祭りまでは朝から晩まで自分磨きに時間を割かせておるのよ」
「朝から晩までって、体壊すぞ」
「皆それだけ今回の祭りに本気なのだ。まぁ毎年のことではあるが、今年は特に気合が入っておるぞ。
クロエやレナイエ狙いが多いのは相変わらず。無論それ以外にもな」
「……何でこっちを見るんだよ」
「んはっ、それはもちろんお前狙いの男や女も大勢居るからな」
「聞かなきゃよかった」
この数日で自覚はしたつもりだ。復興作業を進める中で、他とは明らかに違う視線を向けてくる獣人が何人も居た。
それは男も女も関係なく。明らかにそういう目的での視線を多数、な。やめてくれよ本当に。
「だー! また負けた!」
「しゃあ! 俺の勝ちぃ! こりゃ今年の優勝は俺で決まりだな!」
「気がはえーよ」
どうやら広場の中心で繰り広げられていた戦いが終わったらしい。片や尻もちをつき、片や誇らしげに拳を掲げている。
うーん? 見た感じ負けたっぽい人もそこまで満身創痍って訳じゃないよな。戦闘不能で勝敗を分ける感じじゃないのか。
「お、ちょうど空いたな。ほれイヴニア、次はオレ達が使わせてもらおうではないか」
「いや、順番待ちしてるっぽいけど?」
「んはっ、そんなものは族長権限でどうとでもなる!」
「それ横暴って言うんだぞヴェロニカさん」
「知らん言葉だな」
嘘つけぇ!
なんてツッコミを入れる暇もないまま、本当に遠慮なく当たり前のように歩き出したヴェロニカさんが広場の中央に立った。
しかも周りの人達も特に嫌な顔をしていない。それどころか何やら期待を込めた視線を送っている。
「何をしておるイヴニア。お前もこっちへ来んか」
名指しで呼ばれれば、必然的に皆の注目を浴びることになる。色んな意味を孕んでいそうな視線に口元を引くつかせながら、小さくため息を零して歩みを進めた。
どうせ逃れられないなら手っ取り早く終わらせるのが一番だ。
「おい」
「ん?」
ふと、もうすぐヴェロニカさんの元に辿り着くというところでトウレンくんに呼び止められた。
不機嫌そう……ってわけでもないな。それよりも何か覚悟を決めたような瞳で俺を睨んでいる。
「お前にはぜってー負けねぇからな」
そしてこの一言だ。
……あー、そういうことか。ふふふ、微笑ましいじゃないか。コアちゃんのために良いとこ見せようって訳だろ? 男の子してるねぇ。
「望むところ」
「っ! ふ、ふん!」
「……?」
優しく微笑み返すと、何故か頬を赤らめて去ってしまった。
まぁトウレンくんって俺より耐性無いっぽいからな。見た目女の子な俺にそんな顔されれば照れるのかね。
気を取り直してヴェロニカさんの元まで歩み寄り、怪我をしないようにと準備運動を始める。
「なんだ、嫌そうな顔をしておった割にはやる気ではないか」
「どうせやるからには全力だ。皆も本気で挑むんだったら、それに応えないと失礼に当たるだろ」
「良い心掛けだな。とは言え今日はオレと戦う訳ではないぞ?」
「違うの? てっきり殴り合うものとばかり」
「んははは! 本番前にやり合ってはお互いかすり傷では済まんだろう!」
まぁ、確かにそうか。祭りに備えると言いつつ怪我してたら元も子もないもんな。
「じゃあ何をするんだ?」
「先も言った通り獣人の戦い方を教えてやる。ただ殴りかかるだけなら人間でも出来るが、喧嘩祭りにおいてオレ達の戦い方は獣が如くだ。
相手の隙を突き、一撃一撃を抉るように打つべし。たとえばこのように、な!」
「うわっ!?」
あまりにもいきなりだった。瞬きの間に眼前に迫ってきたのはヴェロニカさんの足先。
咄嗟に仰け反り、そのまま後方へ大きく跳んでこれを回避した。
「すっげ……」
「族長の蹴りを躱したぞ!」
「っっ……! いきなり何すんだ! やり合わないんじゃなかったのかよ!?」
「ん? なぁに寸止めするつもりだったさ。だがオレの言いたいことは分かっただろう?
お前は今、本気でやり合わないからと油断しておった。オレはその隙を突いたまで。喧嘩祭りで獣人相手に隙を見せれば次の瞬間にはバクリだということを覚えておけよ? んははは!」
だからってなぁ……はぁ、もういいや。相手はヴェロニカさんなんだし、これくらいの荒療治はしてくるよな。
それを予測できなかった俺が悪いと思うことにしよう、うん。
「その隙を突くってのが獣人の戦い方?」
「然り。獣が隙あらば首元に噛み付くように、オレ達もまたその一点を狙う。
まぁ喰らう者ほど巨大な相手の場合はその限りではないがな。あれは隙を突くどうこうの話ではない」
「ふぅん。確かに同じ素手で戦うとしても、俺なら力任せにやりそうだしな。少なくとも隙狙いでの戦いはしないかも」
「単純に殴り合っておるように見えて、喧嘩祭りでは皆等しく小さな隙を探り合っておるからな。
喧嘩祭りでの勝敗は、先に有効打を3発叩き込んだ者の勝ち。だからこその隙狙い。
イヴニアにはその経験が絶対的に足りておらん。形だけ真似したところでオレ達ほどの鋭さは望めんだろう」
「それこそボロが出てバレる、か」
「うむ。しかしいきなりそれを覚えろと言うつもりは無い。まずは足運び、それと構えだ」
「足運びはともかく構えって?」
「試しにお前が思う戦闘態勢を取ってみろ」
そう言われて、俺はごく自然に構えを取った。
両拳を胸の前に、上半身は少しだけ前のめりに、両足も程よく開いた姿。
人間だった頃、剣を扱えない場面も何度かあったことから染み付いた何気ない構え。特に意識もせず、なんとなくで出来上がっていた素手での戦闘スタイルだ。
「うむ、ダメだな」
速攻でダメ出しを食らった。なんで? 意識して作り上げた訳じゃないけど、理には適ってると思うんだが。
攻めるも守るもこの構えならやりやすいし。
「その構えを取った瞬間に怪しまれるぞ」
「えっ、そんなに怪しいか?」
「獣人らしさの欠片も無い。言ったろう、喧嘩祭りでの戦い方は獣が如く。故に構えは……これが基本だな」
ヴェロニカさんが取った構えは俺とはまるで違っていた。
両腕は低い位置で大きく開き、手も軽く握る程度。体勢は中腰のまま足を大きく開いている。
低い位置からこちらを睨み付ける様は、確かに獲物を狙っている獣のようだ。
「無論、絶対にこの構えでなければならん訳ではない。これを下地に自分に合った構えを皆は編み出しておるからな。
しかし今のお前の構えはあまりに人間臭過ぎる。少しでも獣らしさを取り入れねば話しにならんぞ」
「ん〜……そう言われてもな。慣れ親しんだ形ってそう簡単に崩れないもんだし、中途半端に獣人っぽくしたところで結局はボロが出そうなんだけど」
「であろうな。オレもそこまで器用なことを要求するつもりは無い。ならばどうするか? 答えは一つ。
たった一目でコイツは自分達と同じ獣人なのだと分からせる構えを取ればよいだけの話だ」
なんか簡単に言ってるけど、それが一番難しいんじゃないの? その構えの改善が難しいって話なのに、一目ってかなり無茶苦茶だろ。
「ほれ、ちょうどあそこに鹿が居る」
「へ?」
いきなり何を言い出したのか、ヴェロニカさんが森の奥を指差す。その先を視線で追えば、確かに鹿が……え? あれ鹿なの? やたらガタイ良い時点で俺の知ってる鹿じゃないけど……ま、まぁこの世界じゃあれが普通なんだろう。
「イヴニア、奴はどういう体勢で立って居る?」
「どういうって、そりゃ4本足で……ハッ!?」
どうしてこう嫌な予感ばかり敏感に察知してしまうのだろう。とんでもない想像が脳裏に浮かんだ瞬間ヴェロニカさんを見ると、俺の考えを肯定するようにニンマリと笑っているではないか。
つまり、まさか……嘘だろ?
「よ、四つん這いで戦えとか言わないよな……?」
「然りっ!! これ以上に獣らしい構えは無いぞ! 細かな構えの矯正が出来ぬのなら、いっそ丸ごと獣そのものの構えに変えてしまえばよいという話だ! んははははははっ!!」
「んははははじゃないだろ! めちゃくちゃなこと言ってる自覚ある!?」
「心配するな。かなり古くはあるが、四つ足の構えはかつて多くの獣人が愛用しておったものだ。
その使い手が未だ存在しておっても、珍しがられるだけで怪しまれることはなかろう」
「そういう問題じゃなくて! あんな格好で戦えるわけないだろって話!」
こちとら長年2本足で生活してきてるんだぞ! もちろん戦いの時だってそうだ! 今更四つん這いなんて!
当然の反論をする俺を尻目に、尚もヴェロニカさんは笑っている。
俺のことなのに何でそんなに自信満々な笑顔を浮かべられるんだ。そう疑問に思った瞬間、脳裏を過ぎったのは過去の記憶。
あれ? そういえばこの流れ……何度か経験してるような……?
「戦える。何故なら、オレの勘がそう言っておるからなっ!!!」
嗚呼……やっぱり。俺、だんだんその勘が憎たらしく思えてきたよ。一発殴っていい?
「一から構えを覚えろと言われて不安な気持ちも分かる。だが安心しろイヴニア。
言った通りオレがみっちりと教え込んでやる。今日からしばらくはグッスリと眠れるぞ? んははっ」
「は、ははは」
もはや笑うしかなかった。




