肌色の包囲網
結局ナビアさんに説き伏せられ、女湯に入ることになってしまったイヴニアくん。嗚呼なんてことだ。こんな姿を母様達が見たらどう思うだろう。
あっという間に全裸な皆さんに服を脱がされ、全裸な皆さんに周りを囲まれ、全裸なナビアさんに背中を洗われ、全裸な皆さんに包囲される形で湯船に浸かる。
誰 か 助 け て く れ 。
こんなの湯を楽しむどころじゃない。想像してた数十倍は精神的に来る。どこを向いても肌色でとんでもない状況だ。
今の体がドラゴンではなかったら、流石の俺でも平静を保ってはいられなかった。人間だった頃なら、確実に良からぬ欲望が湧き上がってきただろう。何度も言うが俺も男なのだ。こんなうらやまけしからん状況で何も思わないほど枯れてはいない。
ドラゴンに生まれ変わって本当によかった。ありがとう母様、俺を産んでくれて。
「(32……33……34)」
心を無に。周りの肌色を視界に入れないように天井を仰ぎ見ながら、ポツポツと湯船に落ちてくる雫を数える。
逃避し過ぎと思うだろうか? いいや、これでも足りないくらいだ。こうでもしなければ背中いっぱいに感じる柔らかな感触に全意識を持っていかれる。
「は〜……暖まりますね〜」
「んに〜……だね〜」
「……」
「イヴニア様? どうかなさいました?」
背後から聞こえるナビアさんの声に「ナンデモナイデスー」と棒読みで返す。
女湯に入ってることも、背中を流してもらったことも一旦置いておこう。しかしどうして俺はナビアさんに抱き抱えられているのだろう。
そりゃルミリスに居た頃は赤ちゃんだったから誰かに抱っこされて湯に入ってたけど、今はそこまでガキじゃない。
嫌がっても離そうとしてくれないから早々に諦めて現実逃避である。豊かなものを無駄に押し付けてくるもんだから恥ずかしさも倍増だ。ふざけんな。
「(……にしても、髪長くてよかったな)」
ぼけ〜っと天井とにらめっこを続けながらそんなことを思う。風呂に入るのだからもちろん俺も全裸なわけで、当然大事な部分もモロ出しだ。
しかし長い髪のおかげで大事な所を隠せるのはかなり助かった。これで丸見えだったら俺は意識を謎空間へ落としていたかもしれない。
……やめよう。この状況に対してあれこれ考えてももはや手遅れなのだ。なら、意識はすべて湯船の暖かさへ移す。この心地よさだけを感じるのだ。
「(ふぅ、風呂自体はかなり良いな〜)」
体の芯から温まる湯船は素晴らしいの一言に尽きた。これだけの人数が入ってもまだ余裕のある広さに、さっき皆が居た大部屋と同じく作り込まれた内装。木製の良い香りが何とも言えない心地良い気分にさせてくれる。
誰がこんなものを作ったんだろうな。もしかしたら、かつての獣人は今とは比べ物にならないほど技術力に長けていたのかも。ルナが言っていた魔術に長けた獣人ってのもあながち本当だったりして。
「わぁ」
「……?」
不意に隣からコアちゃんの声が聞こえてきた。体は見ないようにして視線を移せば、何やら俺の髪をすくい上げて撫でている。
それに釣られるように、湯船に漂っていた長い髪を他の獣人達も同じくすくい上げていた。至る所から小さなため息が聞こえてきて変な気分になりそうだ。
髪くらい触るのはお好きにどうぞって感じだが、股間を隠してる髪は意地でも死守。ここは譲れない。
「イヴくん髪キレイだよね」
「んー……そう言ってもらえるのは嬉しいけど、結局この体ってスキルで創り出したものに過ぎないからなぁ。素直に喜べないのが何とも複雑だ」
「んに、そうなんだ。でもでも、これってイヴくんが元々キレイな鱗を持ってるからじゃないかな?」
「鱗?」
「うん! 真っ白な所とか、先っちょだけ紅いのもさ、鱗の色と一緒でしょ?」
「……あー」
確かに、言われてみればそうだ。当初はイメージしていた姿とかけ離れ過ぎてたから、そういう考えにも至らなかったな。
今思い出してみれば、母様もレティシアも、身体創造で人の姿になった時の髪色は鱗と同じ色をしていたっけ。コアちゃんの考え、あながち間違っていないんじゃないか?
「そうかも」
「ね! イヴくんの鱗がすっごくキレイだから、髪もこんなにキレイなんだよきっと! だから嬉しくなってとーぜんだと思う!」
「ふふ、きっとコアの言う通りでしょう。女である私も嫉妬してしまうくらいイヴニア様の髪は美しいです。もちろんドラゴンのお姿も」
「あんまり言わないで」
「にへへ〜、イヴくん顔赤いよ〜?」
「風呂のせいって言いたいところだけど、そこまで言われたら誰でも照れるもんだよ」
「そだね〜、にへへ〜♪」
上機嫌に笑うコアちゃんの声が心地良い。こんな状況でなければ、一撫でしていただろうな。
「……ありがとな」
「んに? 何が?」
無意識に溢れ出たのは感謝の言葉だった。どうしてこのタイミングでそんな言葉が出てしまったのか、俺にもよく分からない。
よほどコアちゃんの声に気分を良くしたからか、風呂の暖かさに当てられたからか。
だけど、この言葉が誰に向けてのものなのかだけは不思議と理解できていて、気付けば口が動いていた。
「俺がこうしていられるのもコアちゃんのおかげだ。あの時、俺が死にかけているのを助けてくれたり、牢屋にまでお節介を焼きに来たりしてくれてたから、今の俺がある。
仮にコアちゃん無しで生き残ってたら、俺はきっと集落を救うこともなかったと思う。これから先ずっと後悔しながら生きていく事になってた筈だ。
だから、ありがとう。俺を助けてくれて。俺に救わせる機会をくれて。君の優しさは、誰よりも俺を救ってくれたよ」
「……」
「……? ありゃ」
反応が薄い。下を見ないようにコアちゃんをチラ見すると、分かりやすく真っ赤になった顔を湯船に半分浸からせていた。
ちょっと過剰過ぎたかな。
【条件その5 厚意からの昇格を達成。条件その6を解放】
うわ、またいきなり条件が達成された。しかも今回は妙な言い回しをしてるな。厚意からの昇格って何だ? このタイミングってことは、たぶんコアちゃんに関係してるっぽいけど……うーん?
「妬けちゃいますね。イヴニア様は色多き者と族長が言ってましたが、確かにその通りかも」
「多くないですって。というかあの人、俺の居ないところで何を喋って──」
「おお! 今日はまた一段と賑わっておるな!」
「あらホント。……? って、イヴニアじゃない」
噂をすれば何とやら。背後から聞こえてきた声はヴェロニカさんのもので間違いない。それともう1人、この声はワンコか。
状況的に振り返れないので手だけ振って返事を返しておいた。
「ここ女湯よ?」
「だよな。知ってる。俺も何でこうなってるのか聞きたいくらいだ」
「まぁ、だいたい想像はつくけれど。ナビア、イヴニアに変なこと吹き込んだでしょ?」
「人聞きが悪いですよワンコ様。私は野獣共からイヴニア様の身を守ったに過ぎません。イヴニア様お守り隊No.1として、こればかりは看過できなかったので」
「なによその団体……ちなみに規模は?」
「少なくとも集落内の未婚女性はだいたい属していますね。例の怪しい女に勘付かれないよう、この3ヶ月間、日々陰ながらイヴニア様を見守っていました」
「ちょっと母さん、私達の知らないところで妙な宗教が出来上がろうとしてるわよ。いいの?」
「ん? いいも何も許可を出したのはオレだからな。構わん」
アンタが許可したんかい! 構えよ! 主に俺の意思とかさ!
「ちなみにNo.1である私よりも上の存在は、No.0ことクロエ。お守り隊を発足したのも他ならぬクロエですね」
元凶居た! いや何となく頭の隅ではそんな気してたけど、やっぱりお前かクロエ! 君の俺に対する愛情やら執着凄いな! 流石に怖くなってきたよ!
「明日辺りクロエとお話しないとな。これ以上好き勝手されたらたまったもんじゃない」
「おお! 話と言えば思い出したぞイヴニア!」
「ちょっとなに入ろうとしてんの母さん! まずは体を洗ってから!」
「んはっ! 笑止! 既に洗い終えたわ!」
「いつの間に!?」
その言葉が本当かどうか定かではないまま、遠慮なくヴェロニカさんがコアちゃんとは反対側に腰を下ろした。
隣に座られただけで圧が凄い。これが肉体的な格差か……筋肉量くらい身体創造でどうにかできないもんかな。
「で、話って?」
「んははっ、そう警戒するな。だからこちらを見て話そうではないかイヴニア」
「いや、これは警戒どうこうの話じゃなくて配慮だから。不誠実には生きられないの、俺」
「配慮? もしやオレが裸なのを気にしておるのか? んははは! 喰らう者を打ち倒した英雄が随分と小さなことを気にするのだな!
オレは構わん。皆も見られて問題なしと思っておるから共に湯に浸かっておるのだろうに」
「だからそれはヴェロニカさん達側の考えであって俺個人はそうじゃないの。後々「あの時裸見たくせに!」みたいな展開もあり得るだろ」
「無いだろ」
「無いですよ?」
「無いでしょ」
「……? 無いと思うよ? イヴくん」
あれー? 俺がおかしいみたいになってる。考え過ぎ? いやいや、最悪を想定するなら妥当だろ。
「まぁよい。そのままで聞いてくれるか?」
「どうぞ」
「単刀直入に言おう。イヴニアよ、喧嘩祭りに参加する気はないか? いやむしろ参加してほしいのだが」
「え!? イヴくんも参加するの!?」
唐突に何を言ってるんだろうこの人は。あとコアちゃん気が早いよ。
「理由は?」
「既に喧嘩祭りに参加する者は選抜し終わっておる。が、やはり喰らう者による被害が大きくてな。
元々参加予定だった猛者のほとんどが犠牲となり、今回参加する者の実力は全体的にも正直そこまで高くはない。加えて、数も不十分だ。
しかし、お前ならば実力も申し分ないだろう? 祭りを盛り上げる為と思って、ひとつ引き受けてくれんか?」
「断る」
「む、つれないではないか。もう少し考えてもよかろうに」
「理由云々はまず置いとくとして、喧嘩祭りって獣人達による催しだろ?
祭りとは言うけどほとんど婚活目的。そりゃバジリスクのせいで数が減ったんだから補填する必要性も分かる。
でも俺が部外者である事に変わりはない上に、そもそも俺は獣人じゃない。仮に参加したとして他の集落の獣人達が納得する保証はどこにも無いだろ。下手したら集落同士の信用問題に関わる話だ。
英雄ってだけで何もかも特別扱いされるのは間違ってるんだよ。それに俺は現状誰かと恋仲になるつもりは無い。だから断る、ごめんなさい」
薄情と思われてしまっただろうか? だけど間違ってはいないんだよ。英雄だからと、あれもこれもと獣人の生活に介入し続けるのは良くないと思うんだ。
この人達は優しいから、そんなことは気にしないのかもしれない。それでも、俺が関わり過ぎてしまうと何かしらが変わってしまうのは事実だ。必要が無いのであれば首を突っ込み過ぎるべきではない。
「ほう、思っていた以上にマトモな意見だ」
「そりゃどうも」
「しかしイヴニア、何も必ず誰かと恋仲にならねばならん訳ではないのだぞ? 言い寄られ、それを受け入れるも断るもお前の自由だ。
あのクロエすら毎年大勢から言い寄られては全て断っておるくらいだ。自分が納得できていないのであれば、断ることに遠慮はいらん」
「その状況自体がおかしいんだって。他種族に言い寄る光景がまずあり得ない。ドラゴンと獣人って、どんな組み合わせだよ」
「む……? 別におかしな事ではなかろう。他種族と恋に落ちてリィベレーナを出ていく者も少なくないぞ?」
「えぇ……?」
い、いや……確かにおかしくは、ないのか?
前の世界の獣人は閉鎖的で、他種族と恋人同士とかまず考えられないけど、ここは別世界。ダメだな、固定観念に囚われ過ぎているのかもしれない。
クロエの俺に対する様子から見ても明らかに前の世界とは違うのだ。俺の常識に当て嵌めて考えるべきじゃないのかもな。とは言え!
「ま、まぁ恋人云々は別にいいよ。でも、さっき言った通り他の集落の人達に何て説明するの?
そう簡単に納得はしないんじゃないか? 余所者が〜とかさ」
「うぅむ……確かに反感を持つ者は出てくるかもしれんな。祭りに参加する者は皆、本気で誰かを口説き落とそうと思っておる者達ばかり。
そこにイヴニアが居ても最悪異物と捉えられかねん」
「だろ!? じゃ、やっぱり不参加で──」
「だがそれは、お前がドラゴンだからだろう?」
「……え、うん。そうだけど?」
そりゃドラゴンだよ。だから断ってるんじゃないか。そんな意味深にニヤリとされても今更種族変更とかできないよ?
「ならばドラゴンでなくなればよい。人の姿になれるのだ、獣人の姿に変わるなど容易いだろう?」
あー……なーるほど、あーそういうこと。今の言葉ですべてを察した。つまりヴェロニカさんはこう言いたいのだ。
身体創造で獣人になればいいじゃない、と。
まぁ、そこに考えが至るのは必然とも言える。けどな、そんな変幻自在に姿を変えられるのなら、そもそも俺はこんな幼女チックな姿はしていないんだよ。
なりたい姿になれるのなら、当初の予定通り前世の姿そのままで居た筈だ。どこからどう見ても成人男性の姿にな。
それが出来ればこうして一緒に風呂に入ることもなかっただろうに……はぁ。
「そんな使い勝手の良いもんじゃない。好きな姿に変われるならもっと普通の姿になってるっての」
「ふむ、たとえば?」
「もっとちゃんと男らしい姿とか。ガラルさんみたいな」
「何を言うのです! イヴニア様は今が最高なのです! こんなにも美しいお姿が汚らわしい男になり果てるなど想像もしたくありません!」
耳元でデカイ声出すなよナビアさん! アンタ男に何か恨みでもあるの!? あと美しいかどうかはともかく、この姿でもちゃんと男の証は付いてるからね!? 紛うことなき男だからね俺!?
「ナビアってこんな性格だったかしら?」
「随分と拗らせておるな。まるでクロエのようだ」
「そのクロエからイヴニア様の素晴らしさを四六時中叩き込まれましたから。イヴニア様と比べたら他の男なんて塵芥でしょう」
「うわ、洗脳済み」
またお前かクロエ。人が眠っている間にあることないこと言い触らすのはやめてくれよ。これは本格的に話し合いをすべきだ……あんの発情魔め。
「女がこれではますます繁栄が遠のくではないか……まぁよい、将来的にイヴニアが多くを娶ってくれれば済む話か」
「おいボソッと恐ろしいこと言うなよ。娶らねーよ」
「んはっ! それよりもだ! 本当に獣人にはなれぬのか?」
露骨に話題を逸しやがった。俺としてもこれ以上娶る娶らないを深堀りされても困るだけだし、良いけどさ。なんかこう……流されてる感があって気に食わない。
「しつこいな。なれないってば」
「物は試しだ。減るものでもなし、やって見せてくれ」
「減るってば。主に俺の魔力がっ」
「良いではないか良いではないか。ほんの少しだけ試してくれればそれでよいよい」
「何でそんなに頑ななんだよ! 本人が無理だって言ってんだからそれで──……ハッ! まさか……!?」
「んはっ、そのまさかだ。オレの勘が出来ると言っておるのだ。ならばそれはもう確信だろう?」
出たーーー!!! 脅威の的中率を誇るヴェロニカさんお得意の勘だーー!!! たかが勘なのにとんでもない説得力! 嘘だと言ってくれ!
どうしよう、これ本当に出来ちゃうやつなのか? いや、でも大きく姿を変えられないのは実証済みなんだ。
前世の姿になれなかったのはもちろん、服さえ禄に創造できない現状で、いきなり獣人になれるなんて都合の良すぎる話じゃないか。所詮は勘。外れることだってあるさ。
でも何故だろう。不思議と外れないと思っている自分が居る。それが何より怖い。
「いやぁ……でも、なぁ」
「コアも見たくはないか? オレ達と同じ獣人になったイヴニアの姿を」
「見たい!」
秒! 即答ですかコアちゃん!? ズルいぞ子供を味方につけるなんて! それが大の大人のすることか! あんたそれでも族長なの!?
「イヴニア。子供の期待には応えるべきだ。そうは思わんか? それとも突っぱねてコアを悲しませるのか? ん?」
「その言い方卑怯だろ……!」
「出来れば良し。出来なくともそれで良し。損は無かろう?」
「出来た場合の俺の負担は!? どっちにしろこれっぽっちも俺が得すること無いよね!?」
「んー、何を得とするかはお前次第だ」
「何かそれらしいこと言って誤魔化そうとしてる!」
ナメるなよ! そんな簡単に言いくるめられるほど柔な生き方はしてないんだからな!
ふん、ヴェロニカさんの勘が何だってんだ。拒否し続ければこの話は平行線。このまま有耶無耶にして逃げ切れば俺の勝ち──。
「ね、ね、イヴくん。ボク獣人になったイヴくん見てみたいなぁ。お願い、ね?」
「…………1回だけだからな」
「やたー!」
「チョロいな」
「チョロいわね」
「そこもまたイヴニア様の魅力の一つですよっ」
「うるせー!」
両手で俺の手をギュッとしながら涙目であんなこと言われたら断れねーよ! しかも狙ってるわけじゃなくて本当に心からの言葉だからなおさら拒否できない!
まさに純真無垢。ヴェロニカさんのように狙いがあるわけでもなく、ただただ見てみたいという純粋な好奇心。
確信した。コアちゃんは間違いなく年上殺しだ……!
「言っとくけど、出来なかったらそこでスッパリ諦めてくれよ?」
「もちろんだ。そこまでされて駄々をこねるほど子供ではないぞ? んははっ」
ついさっき姑息な手を使った人の台詞とは思えないな。まったく図太い人だよ本当に。
「あと、出来たとしても喧嘩祭りに参加するかどうかはまた別の話だから、そのつもりで。あくまでもコアちゃんの為なんだからな」
「分かった分かった、それでよい」
まったく……。
内心で勘よ外れてくれと祈りながら、意識を集中。変に魔力を大量消費してもあれなので、姿を大きく変えるようなことはせず、イメージするのは獣の耳と尻尾。
「(身体創造)」
ガッチリとイメージが固まったところでスキルを発動させると、俺の中で魔力が小さく脈動するのを感じた。
……そう、感じてしまった。それはつまり。
「ほら見ろ、出来るではないか」
「な、な、何でじゃー!!!」
あまりのショックに思わず立ち上がってしまった。
頭を触ってみればモフモフとした何か! 尻付近に感じる明らかな毛の感触! 何故だ! 俺が本当に望んだ姿にはなれないくせにどうしてこういう時だけ素直に発動するんだよふざけんな! デーモン様ちょっと話あるから出てこいコラァ!
「うぅわぁ……これはもう、完全に」
「イヴくん可愛い〜!」
「ますます女に磨きがかかったな? イヴニア。んははははは!」
何が!? 尻尾と耳が生えただけで磨きがかかるってどういうことだよ! 男だっての!
「い、イヴニア様のあられもない姿……しかも私達と同じ獣人に……嗚呼、何て愛らしいお尻っ、はぁ……はぁ……!」
「アンタ鼻血出てるわよ」
「おいナビア。興奮するのは構わんが、血で湯を汚すなよ?」
「はっ!? これは失礼を」
薄々感づいてはいたけど、ナビアって変態なんじゃ……。いつまでも尻を晒しておく訳にもいかない。とりあえずナビアさんから離れて湯船に浸かり直す。
もう裸を見る見ないどころの話じゃなくなった。獣人になれてしまったってことは、これ幸いに追い打ちをかけられる可能性大! ほら見ろヴェロニカさんの表情を! してやったりみたいな顔してる!
「しかし見事に獣人ウケの良い姿をしておるわ。男からも女からも好かれるだろうなこれは」
「そ、そんなに……?」
「獣人にも他種族と同じように価値観や好みというものは存在する。イヴニア、お前の容姿はオレ達にとって劇薬と言っても過言ではない。
それほどまでに好かれる容姿なのだ。お前の活躍を直接見ていないにも関わらず、多くの女や男が惹かれるのも頷ける。そこに獣人としての容姿も加われば凄まじい破壊力だ」
「……いやいや、んなわけ。それを言ったらウルズさんとかアルフさんはどうなるんだよ。あの2人は俺に対して普通じゃないか」
「アルフは獣戦士一筋の脳筋かつ性欲も枯れておるからな。例外だ」
「ウルズは、ちょっと変な子だしね」
「ちょっと……?」
「ナビア、ウルズのためにもそれ以上は詮索しないの」
それってなに? 獣人全体で好みが似通ってるとかそんな感じなの? おかしいだろ! そういうのって普通は人それぞれでしょうよ!
「とは言っても最終的に本気で惚れるか否かは強さで決まる。そこは獣人の性故な」
「じ、じゃあヴェロニカさんはどうなんだよ! 別に惹かれてはいないだろ!?」
「馬鹿者。オレは既に子持ちだ。夫には先立たれてしまっておるが、ワンコが居る以上は軽はずみな真似はせん」
「ならそのワンコは!?」
「えっ、私? えーっと……惹かれてるか惹かれてないかで言うなら、まぁ前者ではあるけど」
「……」
「何よその目は! 勘違いしないでよ!? 恩人として惹かれてるってだけで、別に女としてとかじゃないから!」
「何だつまらん、孫を見れる良い機会だというのに。照れ隠しも過ぎれば可愛げもなくなるもの。そういうところだぞワンコ」
「母さんは黙ってて!」
「んはははっ、おー怖い」
「いや、いや、やっぱりおかしい。俺は3ヶ月間ドラゴンの姿で眠ってた筈だ。なのにどうして皆この姿を知ってたんだ! 知ってなきゃこんな事にはなってないだろ!?」
「その点に関してはクロエが事細かに皆に説明してたからな。だからナビアみたいなのが量産されておるのだ」
馬鹿クロエーー!!! 何をどう説明したんだ!
絶対とっちめてやるからな! 覚えてろお前この野郎!
「さて、無事に獣人の姿になれたところでだ。答えを聞かせてもらおうか? イヴニア」
「こ、答えって……」
「無論、祭りに参加するか否か」
なんて目で見てくるんだヴェロニカさん。頼みごとをする人の態度じゃないんですけど。獲物を狩る人の目じゃん……!
待て待て、落ち着け。色々とおかしなことは起きてるが、返事を間違えなければ最悪の事態にはならない。
クロエの馬鹿がやらかしてしまったのはもう仕方ない。起きてしまったことだ。
これ以上訳のわからないことになる前に、確固たる意思でズバッと断るべし!
「悪いな。諦めて──」
「イヴくん、参加しないの……?」
「ぐっ……!」
再びコアちゃんの攻撃!
やめてくれ! そんな悲しそうな顔で見ないでくれよ! 心を鬼にするんだイヴニア! お前は獣人ではなくドラゴンなのだから!
「楽しみにしてたんだけどなぁ」
心を、鬼に……。
「無理を言うなコア。どうやらイヴニアにその意志は無いらしい。残念だがな」
「でもでも……!」
「コアちゃん、無理強いは良くないわ。イヴニア様にだってやる事があるもの。本人の意志を尊重すべきよ」
「でも! 年に一度だよ!」
「コア、聞き分けよ」
「っ……はぁい」ショボン
だあぁぁぁぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉぉっ!!! 揃いも揃って良心を責めるようなことしやがってさ! いい性格してるよなアンタ達!
「やるよ! やればいいんだろやれば!」
「ホント!?」
「んはっ!! 言質は取ったぞイヴニア!」
「ふふふ、作戦通り。いい演技だったわよコアちゃん?」
「んに? なにが?」
「イヴニア……あなた、ホントにチョロいわね」
「うるせー!!」
「喰らう者のせいで一時は如何なることかと思ったが、今年は例年以上に盛り上がること間違いなし!
持つべきものはドラゴンの友よなぁ! んっはははははははは!!」
今はその満面の笑みにパンチを叩き込みたい気分だよ。バジリスクを吹っ飛ばした一撃は伊達じゃないんだからな。
あ~……もう! どうせ参加するなら徹底的に暴れてやる! 俺もう知らないからな!? 参加させたのヴェロニカさんなんだから後悔すんなよ!?
こうして、流れに流されまくった俺は喧嘩祭りに参加させられることになった。世は無情。




