歓迎の湯浴み処
「ここ?」
「そだよ〜」
風呂に入ってこいと言われしばらく。せっかく訪れたコアちゃん宅を早々に後にして、俺が案内されたのはデッカい大木だった。
ちなみにルナは留守番である。本人曰く熱い湯は苦手だそうだ。
道中、備え付きの風呂がある訳じゃないんだなと察した俺は、前世にもあった大衆浴場的な場所があるのだろうと思い至り、鼻歌を歌いながら前を歩くコアちゃんにも特に質問せずついてきた。
その結果、辿り着いた先に一本の大木。
流石に俺の血でバカほど成長した大樹には劣るものの、この木も随分立派だ。バジリスクを押さえ込んだ大木と同程度くらいかな。
しかし風呂に向かっていた筈なのに何故?
「……? パッと見風呂なんて無いぞ?」
「にへへ、普通は気付かないよね〜」
思わせぶりなことを言うコアちゃんに首を傾げる。
「あら、コアちゃんもお風呂?」
「おわぁっ!?」
意味が分からず、とりあえず大木を眺めることしか出来ないでいたその時、目の前に生首が現れた。
いや、いきなり何言ってんだよって話だが、本当に現れたのだ。大木の肌から首だけヌルっと出てくる感じで。
まるで謎空間のデーモン様。それ流行ってるの? しかもこの顔、レナイエさんじゃないか!
「あははは! イヴくんやっぱり驚いた!」
「こんばんはイヴニアくん。驚かせちゃってごめんなさいね?」
「れ、レナイエさん、それどうなって……?」
「私も仕組みまでは分からないのだけれど」
言いつつ、レナイエさんの体が大木からヌルリと出てきた。昼間に見た服装とはまた違った出で立ちだ。何故かやたらと艶々した肌をしていらっしゃる。
いやそれは置いといて! なに当たり前のように出てきてんの!? 魔法!? 魔法なのか!?
「昔からこういう物なのよね。イヴニアくんも通ってみれば分かるわ」
「そーそー! ほら行こイヴくん!」
「えっ! いやまずは説明を――!」
「ごゆっくり〜♪」
コアちゃんに手を引かれ、そのまま大木に向かっていく。小走りで大木へ近付くコアちゃんに躊躇は一切見られない。ぶつかれば普通に痛いだろう速度でグングンと距離が近づいていき、コアちゃんと大木がぶつかるその瞬間。
「は?」
レナイエさんと同じく、コアちゃんの体が大木の中へ消えていった。そしてそれは手を引かれている俺も例外ではなく、そのままヌルリと体が飲み込まれ、思わず目を閉じてしまう。
痛みは……無い。衝撃や不快感も皆無だ。
しかし得体の知れない恐ろしさに目を開けられないでいる。もう手を引かれている感覚は無いから既に止まってはいるのだが、これ目を開けても大丈夫なのか?
「着いたよイヴくん」
コアちゃんの声に恐る恐る目を開けてみる。
そして視界に飛び込んできたのは、まったく予想していなかった光景だった。
木の中とは思えないほど明るく、広い空間。光源は天井からぶら下がっている見慣れない形をした大きなランプだ。
綺麗な木造壁にモコモコの床。外に比べても圧倒的に暖かな室温。よく分からない家具らしき物も何点か置かれていた。
極めつけは大勢の獣人。男女共に部屋の中に座り込んで和やかに談笑をしている。
「なんだ、ここ」
「お風呂だよ〜」
いや、風呂ではないだろ。見た限り湯船の類は見当たらないし……というか、ここの建築技術凄いな。獣人の家とは比べ物にならない完成度だ。
俺が入れられていた牢屋といい、魔導具といい、この場所といい。獣人の技術力とは明らかに矛盾している。
「あれ? 俺達どこから入って来た?」
ぐるりと見渡していると、不意に当たり前の事に気が付いた。どこを見ても出入り口らしき物は見当たらず、正しく壁しかない。
そんな俺の疑問に答えてくれたのは当然コアちゃんであり、「後ろだよ」と指を差されて振り向いた。が、そこにあるのは壁。
「昔から入る場所はこんな感じで隠されてるんだよね。げんり? も分からん! ってヴェロニカ様が言ってたからわかんないままなの」
「隠されてるって……うわ、気持ち悪っ」
試しに壁に手を添えてみると、ヌルリと壁の中に手が埋まってしまった。確かに気持ち悪いが感触は無い。視覚的に隠されてるだけなのか。
魔法か、或いは何かしらの魔導具によるものなのか。どちらにせよ魔力とは無縁である獣人の仕業とは思えない。
魔法なら使用者が居る筈だし、魔導具だって魔力を使える誰かが関与してる筈。でもコアちゃんが言うには昔からこの場所は存在していたそうだし、ならこれまでずっとここは隠されたまま? 魔法だろうが魔導具だろうが発動しっぱなしで何年も? いや魔力尽きるだろ。
「うーん、謎が多いなこの国」
「お待ちしていました英雄様!」
「ぎゃあ!?」
深く考え込んでいるところへ、背後からいきなり大声を張り上げられた。咄嗟に飛び退いて後ろを確認すると、そこには厳つい顔付きをした浅黒い肌の男性獣人の姿。その隣には、似たような肌色で妙にキラキラした眼差しを俺に向けている女性獣人も居た。
誰だか知らないけど驚かすなよ! 今日は驚きの連続過ぎてそろそろ心臓が持たないの! それにそんな大声で英雄とか言ったら──。
「英雄様だ!」
「白紅の勇者様!」
「お風呂に入りに来たのかな? ぜひお背中を!」
ほらー! 談笑してた獣人全員がこっちに気付いたちゃったじゃん! 俺知ってる! この後もみくちゃにされるんだってこと!
「わわっ」
広い空間とは言っても所詮は部屋の中。瞬く間に熱は広がり、次から次へと獣人が殺到してくる。
俺だけならともかく手を繋いでいるコアちゃんまでも飲み込まれそうになり、咄嗟に引き寄せて頭を抱き込んだ。
「わぷっ」
「悪いコアちゃん。ちょっと我慢な」
「んに、わかった。えへへ〜」
妙に嬉しそうな声音で返事をするコアちゃんが気になったが、それよりも目の前の事態をどうにかしないと風呂どころではない。
今はヴェロニカさんも居ないし、俺だけで何とかせねば……!
「ちょっと皆、落ち着い──」
「退がれ愚か者共ぉぉぉっ!!!」
あわや飲み込まれる寸前、部屋中に大声が木霊した。あれだけ興奮冷めやらぬ様子で殺到していた獣人達の勢いはピタリと止まり、1人また1人と離れていく。
そうして道ができた先には、先程俺を大声で驚かせた男性獣人が居た。
「我らが救世主に何たる振る舞い! 何たる無礼! 恥を知れ!
英雄様がここに来られたということは即ち、お疲れを癒やす為! 神聖な湯浴み処の管理を任されたこのデイバー・アーレの目が黒いうちは、如何なる思惑があろうと英雄様への無礼は許さん!」
厳つい見た目通りに凄い迫力だった。放たれる言葉の圧はヴェロニカさんに迫る勢いじゃなかろうか。俺が怒られてる訳じゃないのに萎縮してしまう程だよ。
「だいたいお前達は──!」
「お兄うっさい」
あ、隣に居た女性に後頭部殴られてら。
「痛いぞ妹よ!」
「だからうっさい。あ、はじめまして英雄様。私はナビア・アーレ。今バカみたいに大声出してたデイバーの妹です。以後よろしくお願いしますね?」
「ど、どうも? えーと、できれば英雄じゃなくて普通にイヴニアって呼んでほしいんですけど」
「では、イヴニア様。こちらへどうぞ、案内します」
デイバーさんの声で微妙な空気になる中、その妹と名乗るナビアさんはお構いなしに俺の背を押して奥へと誘導する。
「む、妹よ! 案内ならば俺が!」
「やんなくていい。喧しいのがそばに居たら休まるもんも休まらないでしょ。お兄は掃除でもしてて。イヴニア様のお世話は私がするから」
「ぬぅぅぅぅ! 俺だってお世話したいんだぞ!」
「偉そうに説教しといて本音がそれ? 呆れた。
さ、イヴニア様、おバカは放っておいてこちらへどうぞ〜」
「お、おぅ……」
「にへへ、いつも仲良しさんだよね2人」
え、仲良しなの? これで? なんかこう、年頃の女の子が暑苦しい兄貴を毛嫌いしてるようにしか見えないんだけど。
いつかレティシアもこんな風に反抗してくる日が来るのかな。お兄ちゃん気持ち悪いとか言われたら立ち直る自信ないぞ。
そうして1人戦々恐々としていると、いつの間にか扉の前に来ていた。更に奥があるのか……さっきは獣人の壁で見えなかった。
「この先が湯浴み場です。是非ともお背中を流させてくださいイヴニア様。私にはそれくらいのことでしか恩をお返しできないので」
なるほど、つまりこの扉の向こうが風呂って訳だ。確かに扉の向こうから出てくる獣人は皆髪が濡れてるし、ホカホカと湯気を立ち昇らせている。
俺を見た途端ギョッとして直ぐに道を空けてくれるが、見事に全員尻尾を振りまくっていた。視線はさっきナビアさんが俺に向けていたものと同じ感じだ。大人気過ぎるだろ俺、困る。
「えー、私も洗いたぁい」
「コアはイヴニア様が眠っている間のお世話をしてたじゃない。ここでは管理を任されている私を優先させてもらうわ」
「むー」
いや、普通に自分の体は自分で洗いたいのだが……しかしさっきのナビアさんの言葉を聞いてしまっては断りづらいものがあるのも確かだ。
まぁいいか。どうせ今後もここを利用させてもらう訳だし、今日くらいナビアさんに任せるのも一興だろう。これもまた一つの体験である。
などと、そんな軽い考えで扉を潜った先で俺は激しく後悔した。同時に、何故そんな簡単なことに気付かなかったんだと己を恥じもした。
よく考えなくても普通の感性を持っていれば分かることだ。男である俺と一緒に風呂に入ろうとしている前提がそもそもおかしいのだと。
ナビアさんは恩を返したいから、コアちゃんはまだ子供だから。そんな要因が重なって感覚が麻痺していたのか、扉を潜るまで重大な事実に気付けなかった。
2人とも紛れもない女性である。
では、そんな2人に案内される先にあるものと言えば?
「っっっ!!!!?」
即ちそこは、女風呂。
視界に飛び込んできたのは生まれたままの姿になっている多くの女性獣人。咄嗟に首を動かして壁に激突させた俺の反応速度を誰か褒めてくれ。
「わっ、どしたのイヴくん?」
「お怪我は!?」
「いや……うん……ちょっと待とうか?」
心配そうに俺の顔を覗き込んでくる2人には悪いと思いつつも、ゆっくりと深呼吸。落ち着け、まだ引き返せる。完全に風呂に入ってしまったら言い訳も何もあったものじゃないからな。
今ここで回れ右して出ていこう。普通に考えればここと隣接する形で男湯もあるはず。そうだ、慌てずそっちへ行くべきだ。俺は男なのだからっ。
「やっぱり俺はいいや。コアちゃん達だけで楽しんで」
「えー! なんでなんで!? ボク、イヴくんとお風呂入りたいのに!」
「何でも何も、俺は男だ。いくらドラゴンだからって女性に混じって入浴なんておかしい。
コアちゃんだって恥ずかしいだろ? 男に裸を見られることになるんだぞ? 例えば、そう……トウレンくんに見られると想像してみなさい」
「んに……トーくんは嫌だけど、イヴくんなら別に、年下だし」
頬を染めて人差し指同士をチョンチョンする程度には恥ずかしいんじゃないかコアちゃん。無理するなよ。
確かに俺の見た目は年下だな。見た目はね! 中身いい年した男だからね! あとトウレンくん何かごめん!
「年下でも男は男。コアちゃんが良くても他の人が了承するとは限らな──」
「英雄様よ!」
「えっ、うそ!」
「もしかしてお風呂かしら?」
「大変っ、おもてなししないと!」
「ふふ、聞いての通りです。ご心配なさらずとも、この集落にイヴニア様との混浴を嫌がる女性は居ませんよ」
ニッコリとイイ笑顔を浮かべるナビアさんに寒気が止まらない。
やめろぉ! そうやって逃げ道を塞ぐのは良くないと思います! 気付いたら囲まれてるし!
いくら俺が英雄やら勇者やら救世主だからってな、若い女性が素っ裸で迫るもんじゃありません! 欲情はせずとも普通に恥ずかしいわ! よかったドラゴンで!
しかしどうする……ナビアさんも引くつもりは無さそうだし、逃げようにも周りは既に固められている。足下を潜るか? いや跳躍で頭上を跳び超えるのもありだ。
問題は天井があまり高くないこと。下手したら激突して穴を開けてしまう可能性もある。そうなったら罪悪感で混浴を断りきれなくなるだろう。
かと言って力ずくも論外だ。怪我をさせては元も子もない。クッ、仕方ない、このまま壁伝いにジリジリと出口へ移動して、隙が出来次第脱出だ。
正直コアちゃん達の心遣いは凄く嬉しい。でも風呂くらいゆっくり楽しみたいんだよ俺は。
「どこへ行かれるのです?」
しかしナビアさんに先回りされてしまった! そんなこれみよがしに体全体で塞がなくてもさぁ!
「愚問でしょ。俺は男湯に行きます」
「ダメです」
「何で!? 俺おかしいこと言ってます!?」
「おかしいも何も、イヴニア様はご自身の容姿が如何に美しいかを自覚なさるべきです」
「は? 容姿って……」
え、今の流れで何故容姿の話になった?
美しいは流石に言い過ぎでも、まぁ身体創造で作り出したこの姿が美男児だという自覚はある。が、それと混浴に何の関係が?
「皆にも聞くわ。こんなにも美しく、可憐で、尊い塊のイヴニア様を男共と同じ湯に浸からせるべき?」
「反対!!!」
「ありえないですね!」
「確実に良からぬことになる! 待っているのは悲劇!」
「うちの旦那も新しい扉を開きかねないわ。そう言えてしまうくらいに英雄様は可愛らしいですもの。反対ですわ」
「確かこの時間だとトーくんもあっちに居るから……つまりイヴくんと一緒になる訳で……っ!!? ダメ! 絶対ダメだよイヴくん!」
「と、いうわけですイヴニア様」
何が、というわけなんだろう。皆、深刻に捉え過ぎだろ。もう少し男性獣人達を信用してやれよ可哀想に……。
「美しくも可憐でも尊くもないですから」
「ではもっと分かりやすく言わせてもらいましょう。イヴニア様」
「え、あ、はい……」
ズイっと顔を寄せられる。ナビアさんの何とも言えない迫力に思わずたじろいだ。そうして耳元で囁かれた言葉は……まぁ、だいたい予想通りではあった。
「貴方は女の子にしか見えません。どれだけ男だと言い張ろうとも、見た目がもう少女のそれ。しかも男性受けが良すぎる整った容姿をしています。
それに、強さに惹かれるのは獣人の性。喰らう者を討ち倒したイヴニア様は間違いなく強者であると皆認識しています。今や集落に住む多くの女性獣人が貴方に惹かれていると言っても過言ではありません。
もちろんそれは……一部イヴニア様と共闘した男も然り」
「……い、いやいや。無い無い無い無い」
「いいえ。事実、イヴニア様が伏せっている間、私達は何度も男達の会話を聞いています」
「き、聞きたくないです」
やめろ。ただでさえ皆から英雄扱いされて辟易してるってのに、これ以上の爆弾を俺に突きつけないでくれ。
「英雄様って可愛いよな。
あの時はいろいろあって余裕なかったけど、よく考えたら見た目女の子だし。
あのさ、俺……正直惹かれてる。
だよな。強いし、あの見た目だろ? しょうがないよな。
かぁーっ、俺も英雄様のお世話してー! クロエさんに代わってもらおうかな。
おいバカ死ぬぞ。
どうせ死ぬなら寝てる英雄様にいたずらしてから死にたいわ。
今はドラゴンの姿じゃないか。
いや、俺はイケる。
……と、他にもまだまだありますが」
「うわああぁぁぁぁぁぁっ!!! やめろぉぉぉぉぉぉっ!!!」
このままでは耳が腐ると両手で耳を塞ごうとする。が、それは許さんと言わんばかりにナビアさんの両手が割って入り、俺の頭を掴んだ。
何でだよ! ってか無駄に低い声出して生々しいこと言うなよ! 嘘だよな!? 俺が男だと分かってたらそんなこと普通言わないよな!? そんな変態の集まりじゃないよな!?
俺とクロエがバジリスクを押さえてる時に駆けつけてくれた皆、格好良かったじゃん! あの格好良さはどこ行った!? そもそもクロエ好きーだったんじゃないの!? どうして俺の方へ移ってんだよ!
「イヴニア様、残念ながらこれは事実です。故に私達は、せめて目の届く範囲ではあのような変態共からイヴニア様をお守りしようと誓いを立てました。
この場に居る多くの者がイヴニア様お守り隊の一員なのです」
何だそりゃ!? 本人の預かり知らぬところで変な団体作らないでもらえます!?
「改めてお聞きしますイヴニア様。私達と共にお湯を楽しむか……イヴニア様を虎視眈々と狙う野獣共と汗を流すか。どちらにします?」
「ぐっ……!」
何だこの究極の二択。どっちを選んでも俺の精神がダメージを受けることに変わりないじゃないか。
ああくそ、俺が「女性と混浴だー! いえーい!」みたいな性格だったらどれだけ楽だったか。いやそんな性格嫌だけども、今だけは考えなしに選べる思考でありたかった!
よく考えろイヴニア。どうせ逃れられないのなら、どちらかを選択するしかないのだ。
よりリスクの少ない方なら確実に女湯。だがそちらだと俺の精神力が持たない可能性が高い。
ならば男湯か? 否、そっちはそっちで肉体的に危ない。万が一襲われたなら撃退するだけだが、そもそもそんな趣味嗜好を持ってる奴等と同じ風呂なんざごめんだ。
ならば……ならば……!
「…………入ります」
「はい、畏まりました♪」
時には諦めも肝心だ。そんな言葉を前世の誰かから聞いたことを今更ながらに思い出した。




