必中の勘 暫しの滞在
「期待させといてそりゃないよ……」
「んははっ、すまんすまん。
しかし残酷な事を言うようだが、当分の間は船は来ん。間違いなくな」
「それはまたどうして?」
「ガラル」
「はいヴェロニカ様。イヴニアくん、これを見てほしい」
尤もな疑問をぶつけると、ガラルさんが懐から何かを取り出した。一見すればそれはただのボロっちい紙切れに過ぎなかったが、俺に見えるように広げられた紙の表面には何やら描かれている。
手描き感満載で少々雑ではあるものの、内容はいつかエリザさん宅で見た世界地図と酷似していた。
指でリィベレーナであろう島の周辺をぐるりとなぞり、ガラルさんが口を開く。
「この時期はリィベレーナ周辺の海が大きく荒れるんだ。安易に船が通ろうものなら沈没は免れない。
もちろん、ここを訪れる商船は昔からこの事を知っているから、荒れている間はまず近付かないって訳だ」
「然り。海が鎮まるのは早くても2ヶ月ほど先だ。出て行くならばそれまで待つ他ないぞ?」
なんてこった……ようやくやる事終えて帰路につけると思ってたのに出鼻を挫かれてしまった。しかも早くて2ヶ月って、長ぁ。
「すまんな、こればかりはオレ達にもどうしようもないのだ。今しばらくは此処で過ごすといい。待遇は保障するぞ? んははっ」
そこを何とか! ってのも無理な話だよな。海が荒れる……普通に考えれば自然現象によるものだろう。だとしたら本当にどうしようもない。
でも自然現象で2ヶ月も海が荒れ続けるものだろうか。魔獣の仕業ってのも考えられる。前の世界に比べて何でもありだからな、ここ。
はぁぁぁぁ……どちらにせよ足止めは確実か。上手くいかないもんだなぁ。
「えっと、つまりイヴくんはまだ出て行かないってこと?」
「んー、そうなるかな」
「やったぁ! あのねあのね! まだいっぱい話したい事あるし、見せたいものもたくさんあるんだよ!」
俺が出て行かないと知った途端、へにゃっていた耳をピンと立たせてコアちゃんが詰め寄ってくる。尻尾は千切れんばかりに振り回され、これでもかと喜びを現していた。
「……待つしかないなら仕方ないもんな。じゃあ、今度その話ってのを聞かせてくれよ」
「うんっ! にへへ〜、やったやった」
なんて眩しい笑顔を浮かべる子なんだろうか。クロエと違い引っ付き過ぎる事はせず、ただ寄り添うだけの距離感。凄く安心する。
「嬉しそうっすねーコア。もしかしてドラゴンくんの事好きなんすかぁ〜?」
「んに?」
「何言ってんだウルズ姉ちゃん! 毟るぞゴラァっ!!!?」
「ぎえぇぇぇぇ!? もう毟ってるじゃないっすか! というか何でトウレンがキレてるんすかー!?」
そりゃコアちゃん好きっ子であるトウレンくんの前でそんな事聞けばそうなるよ。あーあー、尻尾の毛ごっそり持ってかれてら。ちゃんと生えてくんのかね、あれ。
「イヴくんの事は好きだよ?」
「はあぁぁぁぁ!? おまっ、はあぁぁぁぁぁぁぁ!!? 何言ってんだよコア!」
「んにぃ、トーくんうるさい。別に変な事じゃないでしょ? 好きなものは好きなんだもん」
あらやだ、嬉しい事を言ってくれるね。コアちゃんの好意はありがたく受け取らせてもらおう。
何故ならば、コアちゃんのそれは親愛的な意味合いでの好きに他ならないからだ。流石にそれくらいの違いは分かる。
さて言い返されたトウレンくんはどんな反応をしているかな?
「……」
「あ、死んでるっす」
それは言い過ぎだが、コアちゃんの返答にトウレンくんは顔面蒼白、白目を剥いて座ったまま気絶しているようだ。器用だな。
よほどさっきの言葉が堪えたらしい。それだけショックを受けるくらいコアちゃんの事が好きなら、どうして普段からあんなにもツンツンしてしまうのか。
優しく接していたなら今頃コアちゃんの隣には君が居たかもしれないのだよ?
「んはははははは! ガラルよ、孫を見るのもそう遠くない未来かもしれんな!」
「ええ、実は密かに期待しています。
イヴニアくんならばコアを任せるに相応しいかと」
何でそうなるんだよ。ヴェロニカさんて事あるごとに俺を誰かと引っ付けようとしてない? そもそもコアちゃんはまだ子供――って、そうか、獣人からすれば普通なんだっけか。ややこしいなぁ。
ガラルさんもそんな簡単に娘をやろうとしないでくれ。相手がドラゴンだって分かってます?
「孫って?」
「コアちゃん、と、イヴくんの子供って、事だよ」
「ボクとイヴくんの……」
ミャーコちゃんの補足説明が入った後、何やら数秒ほど考え込むコアちゃん。やがてその視線が徐々に俺へと向けられる。瞬間。
「っ」ボッ
絵に描いたようにコアちゃんの顔が赤く染まった。何を想像したのかは置いといて、子供を作るとはどういう事なのか、その程度は分かっているらしい。
今にもトウレンくんみたいに気絶してしまいそうだ。しかし、俯きつつも頑として俺のそばから離れようとしない。
そんな光景を眺めるヴェロニカさんのニヤニヤ顔が加速していく一方で腹が立つよ。
「ふふ、可愛らしい反応。コアちゃんも着実に大人に近づいているのね」
そう言葉を漏らしたのは、対面に座っているレナイエと呼ばれていた女性だ。微笑ましくコアちゃんを見つめる姿は母親の様にも見えるが……。
非常に整った容姿もさる事ながら、薄く緑がかった金髪が一際目を引く。ザッと見回してみて、この人だけは他の獣人と比べても髪色が大きく違うように思う。
ウルズさんも同じく金髪ではあるものの、やはり何かが違うと感じた。
まるでエルフだな。前世でもお目にかかった事は無く、知識も書物で知っている程度だけど、容姿についてはそれなりの知識はあるつもりである。
金髪、長い耳、整った容姿、弓術と魔術に特化した一族。覚えているだけでも、これだけ特徴のある種族だ。
でもこの人はエルフじゃない。整った容姿と金髪は合っていても、肝心の耳は獣のそれだ。間違いなく獣人ではある。
見れば見るほど恐ろしく美しい姿だ。母様も飛び抜けて美人だけど、この人も負けていない。
「あら、私の顔に何か?」
「えっ、あー……特に理由はないんだ。気を悪くしたなら謝るよ」
コアちゃんが隣にいるのだから、ジッと見ていては気づかれるのも必然。俺の視線に反応したレナイエさんは、相変わらず笑顔のままだ。
「クロエにコア、挙句レナイエまで狙っておるのか? 英雄色を好むと言うが、それにしても強欲だなイヴニアよ」
「そろそろ怒るよヴェロニカさん?」
「んははっ、悪ふざけが過ぎたか!
しかしオレとしてはそれもよいと思っておる。お前にはそれだけの恩がある故な。他種族はどうか知らぬが、複数人の嫁を持ってはならんという決まりはこの国には無い。
お前が望むならもっと増やしてもよかろう」
「ハーレムでも作れって? お断りだね。そういう意味で愛する人は1人で十分だろ」
「ふむ、選択肢は多いというにあくまでも1人を愛するか。見上げたものよな」
「いえヴェロニカ様。それが普通ですからね?」
「族長ってどっかしら他とズレてるっすよね」
「「「お前が言うな」」」
「皆して酷くないっすか!?」
いや、きっと貴女は本当にどこかズレてるんだと思うよウルズさん……。
はぁ、まったく。そもそも近々出て行こうとしてる相手に嫁なんて薦めるなよな。悪いけど此処で嫁探しなんてする気は毛頭無い。
こちとら今を生きるだけで精一杯なんだ。無事に帰るって目的もある以上、誰かにうつつを抜かしている暇なんてあるものか。
体が未成熟故か、変な下心も今は湧いてこないし。サヤさんの胸に抱かれてた時然りクロエに押し倒された時然り、そういった欲が顔を覗かせる事は一切なかった。
だから今の俺に惚れるだけ無駄骨ってやつだよ。
「うふふ、そのハーレム、私は加わっても構わないのだけれど?」
レナイエさんまで余計な事を言い始めた。もうやめてくれ。もっと自分を大事にしようよ。
「加わらないで結構です。相手くらい自分で選ぶし、そもそも当分の間はそういう相手いらない。
あと今更だけど名乗っておくよ。ドラゴンのイヴニアです」
「レナイエ・メルクよ。この集落で歌い手の役目を務めているわ。よろしくね? 小さなドラゴンくん」
レナイエ・メルク……歌い手……歌い手? あれ? やっぱり聞いた事あるような。
ここまで出かかっているのに出てこない気持ち悪さ。うんうんと今までの事を思い出し、ふと行き着いたのはまだ俺が牢屋に居た頃。
そう、確かコアちゃんが言っていた筈だ。歌い手のレナイエさんについて、やたらとキラキラしながら語っていたっけ。
「ふむ、ところでイヴニアよ。何だかんだ聞きそびれてしまっておったのだが、体調の方はどうだ?」
「体調?」
ヴェロニカさんからの唐突な質問。いきなりだなと思いながらも、とりあえず問題はないと返しておく。すると、顎に手を添えてヴェロニカさんが深く考え込んでしまった。
その表情はお世辞にも機嫌が良いと言えるものではなく、明らかに何かを疑っているそれだ。
俺に対して、ではないだろうな。今までのヴェロニカさんの言動を思い返してみてもそれは間違いない。じゃあいったい何を?
「族長? 如何なされた?」
「ん、いや。……イヴニア、お前は喰らう者との戦いで傷を負い昏睡状態にあった。3ヶ月もな」
思いがけない一言に瞠目する。ついつい前のめりになって大声を上げてしまった。
「3ヶ月!!? 何の冗談だそれ!?」
「冗談ではないよイヴニアくん。本当にあれから3ヶ月経ってるんだ」
「い、いやいや、そんな馬鹿な。だって外はまだまだ復興作業中って感じじゃないか。長くても襲撃を受けて2週間そこらってとこだ」
「オレ達獣人に技術力は無いと言うたばかりであろう? 集落の復興作業も3ヶ月かけてやっと今の状態まで戻したのだ」
「えぇぇ……でも目が覚めた時、俺そこまで腹が減ってた訳じゃないんだぞ? 3ヶ月も経ってたら腹減りどころか餓死してるだろ」
「それについては私から説明を」
そう名乗りを上げたのはずっと静かに俺の側で控えていたルナだ。翼をはためかせて皆の前へと降り立ち、相変わらず綺麗な動作で咳払いを一つ。
「こほん。イヴニア様が仰る通り、3ヶ月も飲まず食わずであれば如何にドラゴンと言えど生命活動を維持するのは難しいと言えるでしょう。
ですが、それを可能にしたのが他でもないヤァム様です」
「ヤァムが? ……ん?」
何だろう、ヤァムの名前が出た途端にヴェロニカさんの表情が更に険しくなった。
「はい。既にイヴニア様もご存知かと思いますが、死に至る程の深手を癒やしたのはヤァム様です。
魔力の扱いに関しても、この場に居る誰よりも優れているだろう事は皆様も周知している事でしょう。ここまではよろしいですね?」
「ああ、続けてくれ」
「ヤァム様はイヴニア様の生命力を高める為に、魔力による生命維持を毎日のように行っていました。それがどういう事なのかも詳しく説明したい所なのですが、かなり専門的な話となりますので今回は割愛致しますね。
そういった経緯があった故に、イヴニア様が目覚められてもそこまでの空腹は感じなかったのです」
「つまりザックリ解釈するなら、空腹を満たせない俺の代わりに、ヤァムが魔力を使って栄養補給を担ってくれてたって事?」
「そうなります」
おいおい、傷を癒やしてくれたどころかその後の看病やら何やら世話になりっぱなしじゃないか。起きた時にヤァムが居たのも、その栄養補給をしてくれていたからだろう。
しかも魔力で空腹を抑えられるってかなり有用な情報だ。あの空腹地獄を回避できる手段があるなら、俺もやり方を覚えてみたいところである。
うぅむ……それにしても、これではお礼が鱗1枚じゃ釣り合ってない気がするな。いっその事、とんでもない効力を発揮する俺の血でもあげようか。
「やはり気に入らん!」
割と真面目に血を分ける選択肢を考えていたところへ、突然大声を上げたのはヴェロニカさんだ。
「まだ言ってるんすか族長?」
「ヤァムさんは見ず知らずのイヴニアくんを治療してくれた恩人。あまり目の敵にするのも私はどうかと思いますが……」
ガラルさんの言動から察するに、どうやら皆もヤァムとは面識があるらしい。まぁそりゃそうか、ルナとも普通に接してるし、3ヶ月間で交流を持ったって事だろう。
「そこに関してはオレも感謝しておる。だがな、イヴニアが死の淵を彷徨っておる時に都合良くあれほどの魔法の使い手が現れるか? あまりに出来過ぎだ。
それに、先程カラスが言うておった魔力による生命維持。それを行う際は決まって皆を追い出しておったのも解せん。まるで何かを隠しておるようでな」
「他人には教えられない技術だからと言っていたではありませんか」
「そんなものは単なる口実とも取れる。オレ達の預かり知らぬところで治療行為以外の事をやっておったとしてもおかしくあるまい」
「俺も族長と同意見だ。あのヤァムとかいう女、どうもきな臭い。怪しげな魔導具も持っていたしな、信用するのは早計だろう」
「むぐむぐ……|ふぁんふぁえふぎあろおふぉうんふへろ《考え過ぎだと思うんすけど》」
「ウルズ、飲み込んでから喋れ」
「ふぁーい」
酷い言われ様だ。一応は主であるヤァムを悪く言われているし、ルナが気を悪くしていないかと窺ってみたが、こちらはこちらでウンウンと激しく頷いている。
どうやらルナもヴェロニカさん派っぽい。俺にヤァムを信用し過ぎるなと言っていたし、当然と言えば当然ではあるけど。
にしてもヴェロニカさんとアルフさんからの評判はすこぶる悪いな。俺が寝てる間に軋轢を生む出来事でもあったのだろうか。怪しいってだけでここまで言われるのは流石に可哀想なんだが……。
「何か疑う確証でもあるのか?」
「言動がそもそも怪しい。イヴニアの生命維持をしておる以外での行動も謎。それとオレの勘が警告しておるのだ」
出た、ヴェロニカさんお得意の勘。でも馬鹿にできないんだよなぁそれ……ホントに当たってそうでさ。
「イヴニア様にも申した通りですが、改めて皆様にも言っておきましょう。
ヤァム様を信用し過ぎてはなりません。この先関わる事になるような場面が来た場合、疑ってかかる事を私は強く推奨いたします」
「その怪しい奴に仕えている貴様は信用できると?」
「心は既にイヴニア様の下僕! 完全にヤァム様に逆らう事は叶わなくとも、私の行動理念は常にイヴニア様を中心としているのです!
イヴニア様が死ねと仰るならば今ここで自害致しましょう!」
大仰な仕草で物騒な事を言わないでくれ、縁起でもない。簡単に命を投げ打たれても困るので、注意の意味を込めてルナの背中へ軽くチョップ。
「少なくとも俺はルナを信じてる、今はな。死ねなんて言わないから、もう二度と自分の命を軽んじる事は言わないでくれ」
「おぉっ……! 何と慈悲深いお言葉なのでしょう! 生まれてきてよかった……!」
感極まった様子で大粒の涙を流すルナに苦笑を禁じ得ない。ホントに大げさだなぁ。
「何か、このカラスは信じてもいい気がするっす」
「奇遇だな、私もだ。不思議と嫌悪感は感じない。少し鬱陶しくはあるが」
「ふむ……族長の判断は?」
「カラスは良かろう。イヴニアも信じると言っておるのだからな」
「お得意の勘も大丈夫って?」
「然りっ! んっははははははは!!」
勘なんて不確かなものでしかないのに、ヴェロニカさんのそれは謎の安心感があるのは何故だろう。
「(ヤァムについてはさて置き、3ヶ月経ってるのは確実っぽい。ここを出て行けるのも最短で2ヶ月ほど先……ならこれから俺が取るべき行動はヴェロニカさん達の手伝いだな)」
英雄だの何だの持ち上げられようが、働かざるもの食うべからずだ。胡座をかいてその時を待ち続けるような真似はしたくない。
手伝うべきは復興作業、それに皆の士気を高める為に料理の味付けもどうにかしないとだな。獣人に技術力が無いのなら、兵士時代に培ってきた俺の知識を役立てる良い機会である。
あと2ヶ月。もうしばらくの間、俺はコアちゃん達と過ごす事になりそうだ。




