そんなの気にしない
「んはははははは!!! 目覚めたばかりだというのに、もうボロボロではないかイヴニアよ!」
「誰かさんが早く来て騒ぎを鎮めてくれてたら、こうはなってないんだけど?」
「すまんすまん。ちと野暮用で飯に遅れてしまったのだ、許せ」
クロエに拘束され、正面からは獣人の波。もはや俺に為す術はなく、そのまま飲み込まれて揉みくちゃ状態。
体中ベタベタ触られた挙句、最後は胴上げだ。高過ぎて割と怖かった。
それだけの騒ぎを起こしていれば、必然的に俺が探していた人物であるヴェロニカさんにも気付かれるというもの。
ようやく姿を見せたヴェロニカさんが一喝するまで、俺はひたすらに宙を舞っていたのだ。
おかげで髪ボッサボサだし、せっかく身体創造で創り出した服もしわくちゃである。
周りに大勢が居ては話も禄に出来ないって事で、俺は無理やりヴェロニカさんに拐われ屋内へと避難していた。ボロい掘っ建て小屋の中には、俺とルナ、ヴェロニカさん、アルフさん、ウルズさん、クロエと、あの時バジリスクに立ち向かったメンバーが勢揃いだ。
何故かトウレンくんとミャーコちゃんも居るし、見慣れない女性も1人。ずっとニコニコ顔で俺を見てきてる。何さ?
ガラルさんはコアちゃんと一緒に食料集めに出掛けているらしく、そろそろ帰ってくる筈と言われた。一先ずは元気に過ごせているようでホッとした。
「お前も腹が減っているだろう? 遠慮せずに食うといい。牢に居た頃より遥かに豪勢であるぞ?」
その牢に居た時に比べれば腹減りもそこまでではないのだが、減っている事は事実だ。それにヴェロニカさんの言う通り、俺の前に置かれた料理は牢での食事より豪華なものだった。
加熱調理された肉の塊から始まり、まるごと一尾の大きな魚。木の実やフルーツ、色とりどりの野菜類。炊き出しには無かった物ばかりで困惑中。
というか俺だけこんなの食べてもよいものか。いくら英雄扱いされてるとは言え、格差が凄い。
ヴェロニカさん達でさえ炊き出しと同じメニューだってのに。
「……」
「どうした? 気に入らんか?」
「そういう訳じゃないけど」
「……食べさせてあげようか?」
「人前でそんな恥ずかしい事できるかっ。あとクロエ、そろそろ離れてくれない?」
ここに来るまではもちろん、現在も尚クロエがベッタリとくっついてて暑苦しい事この上ない。しかもくっつき方が凄いのだ。
寄り添うとかそんな生易しいものではなく、両足で俺の胴体をガッチリ捕まえたまま両腕で抱き着き、極めつけはピッタリと頬をくっつけている始末。我が妹でさえここまで酷くはなかった。
こんな所、クロエを慕う男連中に見られでもしたら殺される。
「……だめ?」
「涙目はズルい」
断りづらいなぁ……この状態のままでも食事は出来るっちゃ出来るが、やはり動きにくい。
「はぁ……ならせめて、そのマスク外してくれない? ゴリゴリ当たって流石に痛い」
「……!」
せめてもの妥協案を掲示したつもりなんだけど、何故かクロエがシュンと落ち込んでしまった。
意味が分からず視線を彷徨わせた先で、ヴェロニカさんがやれやれと頭を振る。
「クロエよ、外してやってよいのではないか? イヴニアならば問題あるまい」
「……だ、ダメ。無理」
クロエが族長であるヴェロニカさんの提案を蹴った。心なしか体が震えているようにも感じるが……。
「何でマスクしてるんだろってずっと疑問だったんだけど、もしかして訳あり?」
「あむあむ……訳ありっちゃ訳ありっすねー。クロエが気にし過ぎてるだけっすけどー。
あ、アタシはウルズっす! 何やかんやあったっすけど、よろしくっすよドラゴンくん!」
「あー、うん。ご丁寧にどうも」
この流れで飯食いながら自己紹介できるウルズさん凄い。考え無しって感じもするけどツッコむまい。
「クロエ、そのマスクの下を見たところで、イヴニアがお前を嫌うものか。我ら獣人の救世主はそこまで狭量ではあるまいよ」
「……無理なものは無理」
「では聞くが、将来的にお前達が夫婦になった時もマスクをつけ続けるつもりか?」
「そっ……それは……」
「いや夫婦になる前提で話してるのおかしくない?」
もうただの他人とは言えない間柄だけど、まだ会って間もない相手と婚約なんて飛躍し過ぎなんだよ。……まぁ今それは一先ず置いといてだ。
「はぁ……あのさクロエ」
「……?」
「ヴェロニカさんの言う通り、そのマスクの下がどうなってても、それで態度を変えるほど落ちたつもりはない。
それに、本気で嫌なら無理して取らなくても構わないよ。俺が我慢すればいいだけだからな」
「……旦那様だけが、我慢」
何事も強制は良くない。押し付けられて痛いのも我慢できない程ではないのだから、別に無理に外してもらわなくてもいいだろう。その分くっつき度は下げてもらいたいが。
「……それは、ダメ」
「え?」
「外す」
今の言葉で思う所があったのか、渋っていたクロエが徐に俺から離れる。両手を首の後ろへ回し、何やらゴソゴソし始めたかと思えば、不意にカチリと何かが外れる音。
その後、クロエがそっと両手でマスクを持ち上げると、鉄製のマスクは簡単に外れた。
「……」
ついに顕になったクロエの素顔。内心、あそこまで渋っていたのだから古傷でもあるのだろうと思っていた。
しかし蓋を開けてみれば傷などどこにもなく、現れた顔は美少女のそれ。いったい何を隠したかったのか分からない程、クロエの容姿は整っていた。
間近でジーッと観察してみるものの、やはりおかしな所などある訳もなく。
「……っ」
あ、目逸らされた。そして頬がほんのり染まってる。そりゃ誰だろうとこれだけ近くで見られてたら照れもするか。
「うーん? ますます分からなくなった。これだけ可愛いのに隠す意味とは」
「……あぅ」
「んははははっ! あのクロエが縮こまっておるぞアルフ! 貴重な瞬間だな!」
「恋とはそういうものなのでしょう。俺には理解出来かねますが」
「アルフ殿は色々枯れ果ててるっすもんね」
「喧しい」
笑ってないで真相を教えてくれ。何で隠してたんだよ。……もしかして、可愛すぎるから的な? いやいや、流石にそんな理由でクロエが隠すとも思えないしな。
仮にそうだとしたらどんな反応をするべきなのか。
「へー、クロエ姉ちゃんの顔初めて見た。ミャーコは?」
「わた、私も……初めて……かわいいね?」
「あら、ミャーコちゃん達は知らなかったのね。まぁ無理もないかしら、クロエったら家でも基本的に付けっぱなしだし」
「レナイエ姉ちゃんは知ってたのか?」
「私とクロエはお友達だもの。寝ている間にコッソリ覗いた事があるのよね」
友達でも本人が隠してるんだからやめてやれよ……ん? レナイエって名前、どっかで聞いた事があるような……?
「んはは。しかしクロエよ、それでは伝わるまい」
「……分かってる」ポソ
声ちっちゃ! 至近距離に居る俺でもギリギリ聞こえるくらいの声量なんだけど。
チラリチラリと俺の様子を窺い、やがて意を決したようにクロエがズズイっと距離を詰めてくる。
「……約束、して」
「何を?」
「……嫌わないって」
まだそれ気にしてたのか。ていうか素顔を見た以上、既に嫌う嫌わないはもう関係ないのでは? もしかしてまだ何かあるの?
「だから嫌わないって」
「……信じる」
それはどうも。などと俺が思っていると、クロエが控えめに口を開けた。本当に薄っすらとだが、それでもこれだけ近くに居れば開けているのはハッキリと見える。
そして、口の中に見えたものに少しばかり驚いた。同時に、どうしてマスクをしていたのか、どうして小さな声で話していたのか、全てを理解した。
要は口の中を見られたくなかったのだ。普通に会話をしていれば、多少なりとも中が見えてしまうもの。クロエはそれを隠したかったんだろう。
確かに人によっては、それは異質に見えるのかもしれないが。
「ふーむ、なるほどな。で?」
「え……でっ、て」
その反応は予想外とでも言いたげな顔だ。不安そうにしていた表情は一転、ポカンと呆けてしまっている。
クロエが隠したかったもの、それは歯だ。俺やヴェロニカさん達、そして人間とも明らかに違う歯であり、どちらかと言えば獣の歯。ギザギザとした形状は狼の如く。
仮に俺がこういう歯を持っていたとしても特に気にはならないだろうし、直ぐに慣れると思う。実際ドラゴンの時はまさしくギザギザ歯だしな。でもまぁ女の子であるクロエはそうもいかないのだろう。
コンプレックスと言うんだったかな?
「……それだけ?」
「他にも感想が欲しいのか?
んー……噛まれたら痛そう。それくらいかなぁ」
「……変だと思わないの? 私だけこんな」
「いいや? 変っていうか、それも一つの個性だろ。歯の形状が他と違うってだけでクロエの価値が決まるでもなし、気にし過ぎだ。
少なくとも俺は、それだけの理由でクロエを突き放すような事はしないし。あ、でもくっつき過ぎるのは直してほしいけどな」
「……」
嘘偽りの無い言葉。心からそう思ったからこそ、包み隠さずクロエに話した。さてどんな反応が返ってくることやら。
数秒の間、クロエの目尻に涙が溜まり始め、間もなくそれが決壊。大号泣だった。
それだけ不安だったんだろうな。他人と本人の感じ方は違うものだ。クロエの不安の大きさは、この涙が物語っている。
「んはっ、だから言うたであろうに」
「い、イヴくんは、優しいの。コアちゃんも言ってた」
「ケッ、女相手なら誰にでも優しいんだよコイツは」
「そうであったとしても、普段からツンケンしておる奴に比べればマシだとは思わんか? ん? トウレンよ」
「う゛っ」
優しいのだろうか? 別に普通の事だと思うんだけど、俺がおかしい?
「ぐす……旦那様っ!」
「えぁ? な、何? ってかその呼び方やめてくれってば」
「やめない」
「頑な過ぎわぁぁっ!!?」
どこまでも強情なクロエに呆れそうになった瞬間、離れていたクロエが一気に近付いて、そのまま俺は押し倒されてしまった。
相変わらず涙は流しつつも視界いっぱいに広がるクロエの表情は誰がどう見ても高揚しているそれであり、心なしか息も荒い。
「……旦那様」
「は、はい、何でしょう?」
あまりの迫力に自然と言葉遣いが変わっていた。ギラギラと光るクロエの瞳が俺を捉えて離さない。
嫌な予感がビンビンである。抜け出そうともがくが、持ち前の怪力を遺憾なく発揮されてビクともしない。
馬鹿な、俺もクロエに負けず劣らずな力を持っている筈なのに、これはどういう事だ。……いや、単純に体勢の問題か。クロエは上、俺は下。それに体格差も加われば分が悪いのも頷ける。
って冷静に分析してる場合じゃない! 何か徐々に顔が近付いてきてる! ひょっとしなくてもこれは――!
「……貴方が欲しい」
ああぁぁぁぁぁ!! やっぱりね!! バカクロエお前こら! 嬉しかったのは分かるけど何故今!? 周り見ろ! こんな大勢の前で何する気だお前ぇ!
ミャーコちゃんとトウレンくんも居るんだぞ!? 子供の前で至ろうとしてんじゃないよ!
「「あわわわわ」」
「はーい、ミャーコちゃん達にはまだ早いから、向こうに行きましょうね〜」
「ほう? 発情期でもない獣人を本気にさせるとは。イヴニアよ、お前はなかなかにたらしだな」
「まったく、食事中に盛るなど獣戦士の風上にもおけん。族長、俺は席を外しますので、終わり次第呼んでください」
「なんだ見ていかんのか? アルフ」
「些か悪趣味かと」
「ふむ、まぁ言われてみればそうよな。
よし、積もる話は後回しにして、オレ達は外で食事を続けるとしよう。若い2人の情事を邪魔しては事だしなぁ」
「情事? あ、子作りっすか? アタシ興味あるんで見てていいっすか?」
「バカな事言ってないで助けろよ!!! 何で謎に乗り気なんだよアンタ等!?
ルナ! 頼れるのはルナだけだ! 助けて!」
もはやヴェロニカさん達に助けを求めたところで絶望的。残る選択肢は唯一の希望、ルナ!
「お任せくださいイヴニア様!
クロエ様! いくらお慕いしていようと無理やりは褒められた行為ではありません! どうかお鎮まりになってください!」
「……うるさい、焼いて食べるよ?」
「たとえこの身を食われようと、私にはイヴニア様をお守りするという使命があるのグエェェェェッ!!?」
「んははっ、行くぞカラスよ。無粋な真似は悪と知れい」
あぁぁぁ!! 唯一の希望がヴェロニカさんに首根っこ掴まれて連れてかれる! 無粋じゃねーよ! 本人が望んでないんだから無粋も何もないだろう!?
「……大丈夫、私も初めてだから」
「そういう問題じゃ――……あぁぁもぉぉぉぉ、いい加減にしろぉっ!!」
もはや我慢の限界。腕の力も限界。
体格差で負けて押し返せないならば、その差を埋めればいいだけ! 調子に乗るなよクロエ! 身体創造解除ぉっ!!!
「……あれ?」
「|キュキュゥゥゥゥゥイッ《どっせぇぇぇぇぇいっ》!!!」
あっという間にドラゴンの姿へ戻った俺は勢いそのままに、迫るクロエを後方へと容赦なく投げ飛ばした。
壁を突き破って外へ吹っ飛んでいったが、今はかわいそうなどとは思わん! そうやすやすと俺の貞操を奪えると思うなよ愚か者っ!!
「わあぁぁぁっ!!? く、クロエお姉ちゃん!? どうしたの!?」
「……惜しかった」
「何が!?」
壁の向こう側で、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
【条件その4 強い欲望に抗うを達成。条件その5を解放】
欲望……あぁ、欲望ね。




