英雄の目覚め
ルナに導かれるまま歩くこと数分。木ばかりだった周りの光景に、だんだんと人工物が混ざり始めてきた。見上げてみれば木々の間に獣人達の家が見える。
なるほど、正確な案内だ。途中で道から逸れてしまった時は本当に大丈夫なのかと疑いもしたが、その心配は杞憂だったらしい。俺1人だったら間違いなく道なりに進んでただろうし、ルナには感謝しないと。
「ん?」
ふと、俺の耳が誰かの声を捉えた。話し声だ……それも1人や2人じゃない、もっと大勢の声。
更には話し声の中に、トントンカンカンと何かを叩くような音も混ざっている。
「喰らう者による襲撃で集落がボロボロになってしまいましたからね。今は獣人達が修復の作業を行っているのですよ」
「なるほど」
まぁ、巨大化した俺も混ざってあれだけ大暴れしたんだから、意図せずあちらこちらを壊していても不思議ではない。そのほとんどがバジリスクによるものだとしても、やっぱり多少は申し訳ない気持ちになった。
ていうか最後は皇雷で森を焼き払って、大地まで抉っちゃったからなぁ……。
ヴェロニカさんと合流したら俺も何か手伝わせてもらおう。せめてもの罪滅ぼしだ。
「到着です」
「ありがとうルナ。……おおっ」
目的地に到着したって事で、改めて辺りを見渡してみる。ここは地形的にも見覚えがある場所だ。
少し離れた場所にそびえる大木の肌には、真新しい傷跡がビッシリと刻まれている。俺とクロエでバジリスクを押さえ込んだ際に使用した木だろう。
そして何よりも、奥に見えるのは周りの木々が赤ん坊のように思えるほど巨大な大樹。間違いない、おそらく俺の血による効果で誕生した物だ。意識は朧気だったとはいえ、あんな光景をそう簡単に忘れるものか。
「修復の真っ最中って感じだな」
「ええ。いつもなら、そろそろ休憩の時間と思われます」
倒壊したままの建物はチラホラあれど、ほとんどの家屋は修復が終わっているようだ。それでも相変わらず壁は穴と隙間だらけだし、お粗末だけどな。
皆働いてる。至る所で聞こえてくる声は指示を出したりしてる声だろう。作業に夢中になっているようで、俺の存在には誰も気付いていない。
「そっち持ってくれ!」
「あいよー。こうか?」
「もっと右! 違う! 俺から見て右だっての!」
「悪い悪い」
「おかーさーん! 枝もってきたよー!」
「あら、ありがとう。そこに置いておいて」
「お腹空いたっす……そろそろご飯食べたいっす」
「ウルズテメェ! 俺の前でサボろうたぁいい度胸だ!」
「うえぇぇぇ! 動きたくないっすぅぅぅぅ!」
バジリスクの襲撃があったとは思えないくらい、皆明るい表情で作業してるな。なんか聞き覚えのある名前と声が聞こえた気がするけど、気のせいって事にしておこう。
見る限り、この場にヴェロニカさんの姿は無いようだ。さっきルナがそろそろ休憩だと言っていたし、そのタイミングで誰かに聞いてみようか。
そう思い至って近場に腰でも降ろし待とうとした矢先、不意に聞こえてきたのはカンカンと鳴り響く高い音。
音の発生源であろう方向に目を向けると、そこには薄い金属のようなものをカナヅチで叩いている男の姿があった。
「飯の時間だー! 全員手を止めて広場へ集合ー!」
「来たー! ご飯っす!」
男の言葉に皆が一斉に手を止めてゾロゾロと歩いていく。どうやら待つ必要は無いらしい。後を追い掛ければ、必然的にヴェロニカさんとも会えるかな。
「そういえばイヴニア様、お食事の方はよろしいので?」
「ん? ……あー、少し空いてるかな」
どれくらい寝ていたのかは分からないが、空腹ではある。でも牢屋に入れられていた時に比べればそこまででもないし、案外長く眠っていた訳じゃないのかもな。
「でしたら、イヴニア様の分も頂いては如何でしょう?」
「えっ、いやそれは流石に図々しいだろ。修復作業を手伝ってる訳でもないんだし、そんなわがままは言えないって」
「わがままなどと、とんでもない。イヴニア様は獣人達をお救いした英雄――いえ、大英雄なのです。
それに、いつお目覚めになられても良いようにイヴニア様の分のお食事は毎回用意されておりますよ?」
だ、大英雄って……やめてくれ、俺はそんな器じゃない。結果的に皆を救えただけで、俺はただ恩返しを果たしたかっただけなのだから。
「んー……まぁ、用意されてるってんならありがたく貰うけど」
「そうこなくては。では獣人達の後に続きましょう」
ルナに促されるまま歩き出し、皆の後を追ってみる。その道中、さり気なく後ろから獣人達の様子を観察してみたが、皆楽しそうに談笑したり小突き合ったりと、あの悲劇が嘘だったみたいに明るい。
被害はけして少なくなかった筈だ。住処はもちろん、大勢の獣人がバジリスクに殺された。だから、てっきりどんよりとした空気なんじゃないかと密かに思っていた。
でも蓋を開けてみれば、皆晴れやかな表情を浮かべている。……うん、良い事だ。後ろ向きでいるよりずっと良い。
「ちゃんと並べよー。おいウルズ! 横入りするな!」
「し、してないっすよ!?」
しばらく歩いて、広場らしき場所に到着した。既に大勢の獣人達が集まっており、何やら皆が1列に並んでいる。
先頭付近に見えるのは、もしかしなくても炊き出しだろうか? 兵士時代に任務で向かった先の村でも、たまに厚意で村人達がやってくれてたっけ。
美味しかったなぁ……使われてる材料は安い物でも、あの味は今でも忘れられない。
「大盛りで!」
「バカ言え、均等だ」
「ちぇ〜」
果物に野菜類、それにスープらしきものが木製の器によそわれる。受け取った獣人達は各々好きな場所に座り込んで食事を始めていた。
結構な数が生き残ってたんだな。女性と子供達が思っていたよりも多い。あの時はヴェロニカさん達と男性獣人くらいしか見てなかったし、正直驚いた。避難所でバジリスクによる被害を免れた人達って事だろう。
……それにしても。
「全然気付かれないのな」
割と堂々と突っ立ってるんだけど、誰1人として俺の存在に気付いていない。え、俺ホントに生きてるよね? 実は幽霊でしたとかそういうオチじゃないよね?
どうしよう、見た限りじゃヴェロニカさんどころか知ってる獣人の姿すら見えないし――。
「だから横入りなんてしてないっすよー!」
あーうん、約1名知ってるっちゃ知ってるけど、まだ横入りしたしてないの問答で忙しそうだから却下。
「なぁルナ、俺って存在感薄い?」
「何を仰いますっ。イヴニア様ほど存在感のある御方がこの世に居ましょうか!」
それに関してはいっぱい居るよ、俺よりずっと大きい母様とか良い例だし。
うーん、やっぱり誰かに聞いてみる? でも楽しそうに食事してる所に水を差すのも憚られるしなぁ。……仕方ない、その辺に座って知り合いが来るのをおとなしく待つとしよう。
手頃な石を見つけて腰を下ろす。遠目から皆を観察してみて改めて思うのは、皆希望を持った目をしている事。どこもかしこも笑顔で溢れてて、こっちも自然と笑みが溢れた。
騒がしくお喋りしている人達、踊っている人達、食べ終わって寝こけている人も居る。悲劇の後でもこうして前を向き、楽しそうに過ごせるのは、なかなかに難しい事だ。それが出来ているこの人達を素直に凄いと思えた。
「よかった」
「よかった、とは?」
「いや、行き当たりばったりな俺の行動も無駄じゃなかったんだと思ってさ。こうして笑顔が溢れてる光景を見れただけでも、頑張った甲斐はあったってもんだ」
「……本当にイヴニア様は心優しき御方なのですね」
「そんな事ないって。仮に無関係の赤の他人相手ならここまでの事はしてない。少しだけ手を差し伸べる事はあっても、命を投げ出すなんてありえないよ。俺は聖人じゃないからな」
「いえいえ、たとえ相手と親密な間柄であったとしても、命を賭しての行動はなかなか出来るものではありません。やはりイヴニア様は偉大な御方だ」
ルナが凄く持ち上げてくる。あんまりヨイショし過ぎるのは返って不快になるものだけど、ルナから感じるそれは不思議と心地良い。
上辺だけの言葉じゃなく、本当に心からの言葉だと感じ取れるから。
「見た目はカラスだけど、ルナの立ち振る舞いも凄いよ。俺も見習わないとな」
「おぉっ……勿体無きお言葉。お目覚めになられたイヴニア様に失礼が無いよう、徹底的に練習した甲斐があったというものです」
「練習したんだ?」
「それはもう。毎朝小鳥を相手に練習の日々でしたとも。その努力が報われたのであれば、これ以上の喜びはありません」
カラスが小鳥相手に礼儀作法の練習……なんだろう、凄く変な光景に思えてくる。でも他ならぬ俺の為に努力してくれたって思うと嬉しいな。
「ルナの努力はちゃんと実を結んでるよ。……ん?」
ふと、視界の奥に黒色が映り込んだ。どこからどう見ても並ばずに、横入り上等な感じで列の先頭に立つ獣人が1人。ウルズさんとは対照的に、誰にも止められる様子も無く、むしろ皆、道を譲っている。
後ろ姿だし確証もない。でも見間違いでなければ、あれはクロエではないか? アルフさんの槍でバッサリ切られた髪の毛は、綺麗に切り揃えられているみたいだけど……おかしいな、もう少し短かった筈。
髪の長さは大体背中の半ばまで。って事を考えると、別人だろうか?
「気になりますか?」
「えっ?」
その言葉の意味が分からず、間抜けな声をこぼした。ルナの方を見てみると、何やら可笑しそうに笑っている。
「ふふ、あまり盗み聞きは褒められたものではありませんが、私がイヴニア様の聴覚を強化して差し上げましょう」
そんなのしてもらわなくてもいい、と俺が否定するより早くルナの体が一瞬だけ光り、そうして感じたのは耳の違和感。周りの音がいつもより数倍ほど聞き取れるようになっていた。
今のは魔法? それともスキル?
どっちにしろ盗み聞きなんてしたくはないし……でもあれがクロエかどうかも気になるし。
「(クロエかどうか確認するだけだから、まぁ……いっか)」
とりあえず深く考えないようにした。耳を澄まして、出来るだけクロエらしき人と炊き出しをしてる女性の会話だけを聞き取るように……。
「今日はクロエちゃんが当番かい?」
「……うん」
「そうかい。……ちゃんと食べて、寝てるかい? 酷い顔だよ」
「……顔、見えないでしょ」
「目元は隠せてないだろう? そこを見ればクロエちゃんが無理してるのくらい分かるさね。
心配しなくてもきっと大丈夫さ。私達の英雄様がそんな簡単にくたばるもんかね」
「……そうだね。でも、起きないし、ずっと何も食べてない。私達だけ食べて寝るなんて、そんなの許せないよ」
「何言ってんだい。いざ起きた時、クロエちゃんが弱りきってる姿を見て英雄様が喜ぶとでも思ってんのかい?
しっかり食べて、元気な姿を見せてこそ安心するってもんじゃないか。そうだろ?」
「……ぅん。ごめん」
「いいって事さ。ほら、もしかしたら今頃目を覚ましてるかもしれないんだ。早いとこ持って行ってやりな」
「……ありがと。少しだけ元気出た」
「クロエちゃんが落ち込んでちゃ、周りの男共まで沈んじまうからね。クロエちゃんはパワフルであってこそ! 獣戦士一の力持ち! ね?」
「……ふふ。うん、分かった」
ふむ、どうやらクロエで間違いないようだが……それに英雄様ってもしかしなくても俺の事? さっきルナも大英雄とか言ってたし。
俺が英雄であると仮定して、2人の会話から察するに俺への食事を運ぼうとしているのかな。俺の分も毎回用意されているというルナの言葉を信じるなら、つまりはそういう事なのだろう。
あ、クロエがこっちに来るぞ。ってうわ、本当に酷い顔だ。何日も寝ていないのか、目元に大きな隈が出来ている。
「毎日クロエ様とコア様が交代で、イヴニア様へのお食事を運んでいるのですよ」
「そうだったのか……それにコアちゃんも。しっかりお礼を言わないとな」
「とは言え、コア様はともかくクロエ様は些か無理をされている様子。毎回イヴニア様にお会いする前に私からも休むようにと提言しているのですが、それも聞き入れてはもらえず」
「誰がどう見ても無理してるよな。うん、俺から言えば聞いてくれるかも。クロエを気にかけてくれてありがと、ルナ」
「とんでもありません。クロエ様はイヴニア様の奥様なのですから、気にかけて当然の事です」
うんうん…………ん??? ん!!!?
今奥様って言った!? 何故!? 俺が寝てる間に何がどうなってそうなったの!?
「ルナ。クロエは奥さんじゃないぞ」
「え? しかしクロエ様はイヴニア様を旦那様と呼んでおられましたが……」
「はぁぁぁぁ……まぁだその呼び方続いてたんだ。禁止だって言ったのに。
俺達は会って間もないし付き合いも浅い。当然、婚約もしてない。旦那様ってのは勝手にクロエが呼んでるだけなんだよ」
「なんと、そうだったのですか。
いやはや、しかしご結婚されていないにも関わらずあれだけの尽くし様……クロエ様は相当にイヴニア様をお慕いしているように見えますね」
それはまぁ……否定しない。会った時からスキンシップ凄まじいもんな。
「……」
話していたら既にクロエが直ぐそこまで来ていた。絶対に視界内だし、ここまで来たならいい加減俺に気付いてもよさそうなものだが、クロエの目は虚ろなまま。
あろう事かそのまま目の前を通り過ぎて行く。
あれ? これ本格的に生きてるのか怪しくなってきたんですけど。
「まさしく心ここにあらず。まぁ、致し方ない事ではありますが。イヴニア様、少々お待ちくださいませ」
「え?」
傍らに居たルナが徐に飛び立ち、そのまま真っ直ぐにクロエの方へ。その歩みを止めるべく目前に降り立ったかと思えば、大げさ気味に両翼を広げてみせた。
「クロエ様お待ちを! 貴女が求めて止まない御方がすぐそこグェェェッ!!?」
「ルナー!!?」
何という事だ! まぁまぁの声量に加え、これでもかと両翼による猛アピールをしたにも関わらず、クロエの歩みは止まるどころかルナを踏み潰してしまった! しかも踏んで尚ルナの存在に気付いていない! 重症だ!
慌てて駆け寄りルナを抱き上げるが口からは泡! そうだよな、モロに踏みつけられたもん!
「しっかりしろルナ! 傷は浅い!」
「この世に生み出され数ヶ月……もう少しばかり、貴方様にお仕えしたかった」
「死ぬ流れ作るのやめてくれる!? それでいいのかお前!?」
こんなので死んだら悔い残しまくりだぞ! 俺嫌だからな!? ルナが踏みつけられて死んだなんて誰かに言うの!
あーもう仕方ない! ルナの行動を無駄にしない為にも、俺が声をかけて気付かせる! あと普通に見てらんないんだよ今のクロエ!
「英雄様だ……」
ルナの無念を晴らすべく一歩を踏み出そうとしたその時、不意に誰かの呟きが聞こえてきた。パッと視線を移した先で、若い男性獣人と目が合う。
ボソリと呟かれた、英雄の一言。けして大きな声ではなかったのに、その言葉は次々に周りへと伝染していく。
また1人、また1人と顔を上げ、俺を見つけては静かに立ち上がった。
「英雄様」
「お目覚めになられた」
「白紅の勇者だ」
「俺達の救世主」
ど、どうしよう……凄く注目されてる。そりゃ、いくら存在感薄かろうとあれだけ馬鹿騒ぎしてれば気付かれて当然ではあるけど、居心地悪ぅ。
とにかく、気付かれてしまった以上は何か言わないとだよな。えーっと、何か気の利いた一言でも。
「お……おはぁ…よぅ〜」
精一杯絞り出した一言がそれだった。人見知りか!
「「「「「わああああああああ!!!!」」」」」
「ひぇっ。ちょ、ちょっと皆止ま――!」
お世辞にも良いとは言えない一言に、その場に集まった獣人達の熱が爆発した。予想外の大歓声に慌てて両耳を塞ぐ。
耳へのダメージは何とか防げたものの、こちらへ向かって突撃してくる皆は防げない。ならば一先ず逃げるか、そう考えた次の瞬間、背中に感じる衝撃。
「なに――ぁ」
振り返ると、涙で顔をグシャグシャにしたクロエが俺を抱き締めていた。




