当然の報いである
女の注意が逸れたおかげで体の重みが一気に軽減し、内から湧き上がっていた謎の魔力も霧散した。
相手の意識はシキの方へ向きっぱなし。その隙にイヴトラールを握り直して一気に肉薄。
迷ったり怖がったりしている場合じゃない。今やらなきゃ私だけじゃなく最悪シキまで失う。そんな事は断じて許さない!
「刺突!!」
イヴトラールを突き出すと同時に、貫通力を高めるスキルを発動。相当に切れ味のいいシキの刀を簡単に防いだのだから、これくらいの保険は必須。
だけど――。
「判断力もイイね」
「そんなっ!?」
我ながら完璧な踏み込みだった筈なのに、切っ先は簡単に上へと弾かれてしまった。それだけでも驚いたのに、更にイヴトラールを弾いてみせた存在に度肝を抜かれた。
「尻尾!?」
女の下半身から伸びているそれは間違いなく尻尾だ。しかも、私達と同じドラゴンの……じゃあコイツは――。
「2人とも、そこまで」
驚きに身を固めていると、横から突然の声。視線を移せば、そこにはいつの間にかカザネが立っていた。何故か酷く怒ってるみたいだけど……ってそうじゃなくて!
「止めないでカザネ。コイツ敵だよ」
「うん、レティシア様の言いたい事は分かってる。でも落ち着いて。シキも退って、これは命令」
「畏まりました」
ちょ、ちょっとシキ! いくら直属の上司の命令だからって、この状況であっさり退るかな普通!? ……ってあれ? シキの手震えてる。これはもしかしなくても怒ってるカザネに怯えてる感じ?
「変な魔力を感じて飛んできてみれば……これはどういう事? ヴァーミリオン様」
「やーだな〜。そんな怖い顔しないでよチビっ子ちゃん」
「チビっ子言うな。私これでも22。あとカザネ、それが私の名前」
「じゃあカーちゃんだ!」
「……」
「おぉう、無言の圧力。部下もメアちゃんそっくりぃ! 分かったよもぉ〜、カザネちゃんね、カザネちゃん」
えっと……なに、これは? あんなにも緊迫してたのに、カザネが現れた途端に場の空気が緩んでる。
3人とも戦うって感じじゃなくなってるし、剣構えてるの私だけなんだけど。なにこれ!? 説明求む!
「カザネ! そいついきなり攻撃してきたんだよ! 何でそんな普通に話してるの!?」
「だから、落ち着いて。攻撃してきたって、具体的には何をされたの?」
「何って、頭突きだよ頭突き! 危うく顔面に青あざできるとこだったんだよ!?」
正義は私にあり! ってな感じで必死に伝えてみれば、カザネがヴァーミリオンと呼ばれた女をジト目で睨み付ける。
そーだそーだ! 悪いのはコイツだもん! 私は自衛してただけだし! 何なら殺されそうになったし!
「……ヴァーミリオン様、あれ、レティシア様にもやったの?」
「だって挨拶だもん。挨拶は誰でもするでしょ? アタシ様悪くなーい、うーはははは!」
「はぁ……レティシア様、その頭突き、この人なりの挨拶」
「そんなわけ――」
ないじゃん! と私が言い切る前に、カザネが徐に前髪をかき上げる。そうして顕になったおでこには、真っ赤に腫れた大きなたんこぶが。
「私もされた。トマスも、シェラメア様も。たぶん誤解されやすい人なんだろうと思う。これでも一応お客」
「……本気で言ってる?」
「大真面目」
え、えぇ〜??? 頭突きが挨拶って、どこの世界にそんな物騒な文化があるの?
信じられないけど、カザネがこんな事で嘘を吐くとは思えないし、もしかして本当に?
いやいや、いやいやいや! やっぱりおかしいって!
「で、でもっ、頭突きが挨拶なのは百歩譲って認めてもいいけど、私危うく殺されかけたよ!?」
「そんな事してないよ〜う。君が思ってた以上に出来るから、ほんのちょっと挨拶が過激になっちゃっただけだも〜ん」
「人間なら内臓ぶちまけてぺしゃんことか言ってた!!」
「だって君人間じゃないじゃーん。だからセーフ」
どこがさ!? 挨拶代わりに人間ならぺしゃんこレベルの魔法使うって、それはもう戦う前提での事じゃないの!?
というかこの人! 全っ然悪びれてないし! 私がおかしいのかな!?
「ヴァーミリオン様、何したの?」
「重力操作使っただけだけど?」
え……えぇぇっ!!? ぐ、重力操作って最上級魔法の1つじゃん!
そっか、魔本で存在だけは知ってたけど、さっきのがそうなんだ。確かに相手を拘束するにはかなり適した魔法――じゃなくて!! そんなものを無詠唱でポンと使えるなんて、この人ホントに何者!?
「はぁ……初級魔法ならいざ知らず、シェラメア様と同格のヴァーミリオン様が、初対面の子供に撃っていい魔法じゃない。
この事はシェラメア様に報告するから」
「うえっ!? ちょちょちょっと待ったカザネちゃん! そんなの絶対メアちゃん怒るから! ブチ切れたメアちゃんはアタシ様以上に手が付けられないんだよ!?」
いきなり慌て始めた。それに母さんと同格ってどういう事だろう? あとさっきから出しっぱなしの尻尾……やっぱりこの人、ドラゴンなのかな?
「知らない。ヴァーミリオン様は一度、痛い目を見た方がいい」
「ぐぬぬ……! じゃあここでカザネちゃんを消しちゃえばバレないよね!」
それをしたら証人である私とシキまで消す必要があるのを分かってるのかな、この人。それこそ収拾つかなくなるよ。
「私に限らず、ルミリスの民を手にかけた時点でブチ切れるよ。今はただでさえイヴニア様を失って、シェラメア様の精神状態は不安定なんだし」
「ふ、ふっふーん! 残念でしたー! 君も見ていたから分かってるでしょ? メアちゃんの中に溜まってたものは、このアタシ様が解消してあげたもーん。
恩を売ったんだから、君を消してもそんな事にはならないもーん」
「冷静に考えてほしい。私とヴァーミリオン様、天秤にかけたらシェラメア様はどっちを選ぶと思う? シキ」
「カザネ様ですね」
即答だった。まぁそりゃあ、ねぇ? おそらくドラゴンであろうヴァーミリオンとかいう人がどれほどの存在なのかは知らないけどさ、母さんがこの国の民を選ばない筈ないもんなぁ。
「レティシア様は?」
おっと、次は私か。もちろん答えは決まってる。
「大差でカザネでしょ」
「と言う訳で、私を消したら困るのはヴァーミリオン様だよ」
「アタシ様に味方は居ないのかー!」
「喧しいっ!!!!」
「ぶべっ!!?」
皆カザネ派だと分かったところで、いきなり女が横へ吹っ飛んだ。そのまま壁に顔面から激突。熱いキッスだ、痛そう。
ペシャリと蹲ってしまった女を私は内心で笑ってやった。ざまぁみろ。
さて、そんな残念な状態に女を追い込んだ張本人である母さんは、酷く不機嫌な様子で女を睨み付けていた。
お尻付近に尻尾が見えていることから、たぶんそれで吹っ飛ばしたんだろうな。
にしても、いつから居たの母さん……。
「人が久方ぶりに安眠してる部屋の近くでギャーギャーギャーギャーと!! お前は私を苛つかせる事しか出来んのかヴァーミリオン!!!」
「だ、だってさぁ〜!」
「言い訳無用! 丸くなったかと思えば、お前の根っこはまるで変わっていない! この機会にその性根を叩き直してやる!」
わ、わー。すっごい、あの優しい母さんが見た事もない形相で詰め寄ってる。普段私達に向けてるにっこり顔の影すら無いよ。
しかも言葉の端々にしっかりと殺気が込められてるし。でもどこか親しみも感じる。これはあれかな? 所謂喧嘩するほど仲が良いって――。
「少しでも見直した私が馬鹿だった! その尻の皮を剝いで家畜の餌にしてやる!」
「発想が怖いよメアちゃん!?」
――訳でもないのかな。
んー、でもこのやり取り、旧知の仲だからこそって感じがする。母さんもこの人を知ってるって事だから、カザネの言う通り本当にお客さんなのかも? だとしても非常識過ぎるでしょ……。
「皮を剥ぐのは大賛成。でもシェラメア様、ちょっといい?」
「止めてくれるなカザネ。ちょうどいい機会だから日頃のイライラ分も含めて全部ぶつける」
「アタシ様で発散しようとしてる!? 横暴だー!」
「ぶつける時は私も参加希望。でもその前に、左を見てほしい」
「左?」
母さんの左って事は、その先には私が居る訳だけど。
カザネに言われるままこっちを見た母さんとバッチリ目が合う。とりあえず帰宅の挨拶を交わすべきかな。
「ただいま、母さん」
「レティ……!!!?」
そこに私が居ると認識した途端、怒りに染まっていた母さんの表情が真っ青になった。ダラダラと汗を浮かばせて、そばに居たカザネの首根っこを掴んで壁際へ。
え、なにその反応。おかえりって返されなかったの初めてなんだけど。
むーん、気になる……こっそり聴覚を強化するスキルを発動させて2人の会話を盗み聞いてみよう。
「(聴覚強化)」
風の音はもちろん服が擦れる音まではっきりくっきり聞こえるようになったところで、意識を母さん達の方へ向ける。
「おいカザネ……! いつからだ? いつからあそこにレティシアは居た?」
「最初から」
「っっ……何という事だ。長年保ってきた完璧な母親像がこんな事で崩れてしまうなんて。
どうするべきだ? レティシアはさっきの私を見て嫌いになってしまっただろうか?」
「レティシア様は、そんなに狭量じゃないよ。皆が思うよりずっと大人」
えへへ……大人って言われて悪い気はしないなぁ。まぁ私の場合、完全記憶のせいで色んな事を覚えたままだから、それに伴って思考も大人びてるんだよね。
そうでなきゃ、弟達と同じようにまだまだ遊びたい盛りの筈だもん。8歳だしね、私。ピッチピチ。
「だとしてもだ、怖い母親だと思われていたらどうする……!」
「だから、心配し過ぎ。それにこの会話、レティシア様も聞いてるよ。喋るだけボロが出るだけ」
「そ、それを早く言え……!」
バレてる。流石はサヤ直属の隠密部隊隊長。完璧に悟られないままスキルを発動させる方法って無いのかな。
「あー……こほんっ」
新たな課題が増えたところで、不意に母さんが振り向いてわざとらしい咳払いをした。
この状況で立て直そうとしてる。必死だなー母さん。
さて、この変な空気をどう切り抜けるのかちょっと楽しみだ。私に会話を聞かれてたこの状況で、いったいどんな言葉を私に投げかけてくるのだろう。
「おかえりレティシア」
「うん」
まずはいつもの挨拶。話し始めとしては悪くない。さぁ次は?
「そして母さんを嫌いにならないでほしい。これ以上追い詰められたら私は死ぬ、お願いします見捨てないでください」
「予想以上に情けない言葉だ!?」
しかも泣いてるし! 別に嫌わないよこんな事でさ!
どうしよう、これは予想してなかった。母さんなら仮にボロを出したとしても、問題なく軌道修正しようと思えば出来る筈なのに。
それに人前で弱音らしい弱音を吐くのも珍しいよね。というか、らしくない。何か心境の変化でもあったのかな?
それとも、ごく単純に私に嫌われるのをそれだけ怖がってるのだろうか。
「母さん、嫌いになったりしないから涙拭きなよ」
「ぐす……本当か?」
「ホントだってば。ほらしゃがんで」
「う、うむ」
このまま泣かせていたら、後々後悔するのはきっと母さんだ。正面に立って母さんにしゃがんでもらい、私よりも低くなった頭を優しく胸に抱く。
いつもは母さんが私達にやってくれている事だけど、今回は特別。まるで小さな子どもをあやすように、何度も母さんの頭を撫でた。
「むしろ母さんの新しい一面を見れて私は嬉しいよ。それに、ずっと塞ぎ込んでた私を誰よりも優しく見守り続けてくれたのは母さんだ。
だから、これくらいの事で母さんに対する想いは変わらない。ずっとずっと大好きだよ。だから泣かないで」
これは間違いなく本心だ。私が過去に引きずられたまま、どれだけ癇癪を起こしても母さんは優しく包み込んでくれた。変われたきっかけはサヤでも、壊れそうになっていた私の心を支え続けてくれたのは母さんなんだから。
こんな事で嫌いになったりするものか。
「うぅぅぅっ!! レティシア〜っ!!!」
「あ、あれー?」
母さんの涙は引っ込むどころか激しさを増し、人前だとかそんなの関係なしに私の胸で泣き喚き始めてしまった。涙と鼻水で大変な事になってそう。
おかしいな、泣きやませるつもりだったのに大号泣に変わっちゃったよ。え、ホントに涙脆くなってない? どしたの母さん?
「泣ーかしたー」
「からかわないでよカザネ」
「ごめん、今のはカザネジョーク」
出た、微妙に笑えないカザネジョーク。何だか久し振りに聞いた気がする。
「ねぇカザネ、母さん何かあったの? 流石にいつもと違い過ぎて私も戸惑ってるんだけど」
「今のシェラメア様は、8年分の色んな感情が決壊してる状態。一言で言うなら情緒不安定、制御不能」
「あはは……さり気なく酷い事言ってる」
「事実だし。でも、前みたいに溜め込んでないし、確実に状態は良くなってる。癪だけど、ヴァーミリオン様のおかげ」
「ふぅん? あ、そういえばそのヴァーミリオン様って人の事忘れ――」
「に゛ゃあ゛ぁぁぁぁぁぁっ!!! 罠あるの忘れてたー!!」
ついさっきまで戦って? いたのに、名前が出てくるまであの女の人を忘れていた。カザネに言われて思い出した直後、何やら叫び声が響き渡る。
つられて横を向いてみると、私が仕掛けた魔法トラップに引っかかっている女の姿がそこにはあった。やったぜ。
拘束魔法トラップ、縛鎖の領域。
発動域内に侵入した対象を暗黒の鎖で縛り上げ拘束する中級魔法。
単なる拘束魔法と侮るなかれ。この魔法は対象が有する魔力が強ければ強いほど拘束力が増すという優れものなのだ。
サヤから譲り受けた魔本で習得した魔法の1つで、何気に使うのは今回が初めてだったけど、問題なく発動してくれて一安心。
「いたたたた! 食い込むー! んあっ、そこはダメー!」
……何か、鎖の食い込み方がちょっとエッチな感じになってる。まぁでもいっか、敵じゃないっぽいし。さっきの事はこれでチャラって事で。
「……あ、そうだ。シェラメア様、ちょっと報告」
「ぐしゅ……ひっく……ん……なん、だ?」
「ヴァーミリオン様だけど、レティシア様にも頭突きしようとしてたって。しかも重力操作まで使って、危うく怪我するとこ」
「ちょーーっ!!!? カザネちゃん今それ言っちゃう!? 追い打ちにも程が――!」
「ほぉう?」
「ひえっ」
とんでもない怒気が私の胸元から発せられる。今の今まで泣いてたのに、母さんの顔から一瞬で涙が消えた。とりあえずご愁傷さま、ヴァーミリオン様とやら。
拘束魔法はそのままにしておくから、みっちりお灸を据えてもらうといいよ。
「じゃ、さっき言った通り、私も参加で。おでこのお返しもしたいし」
「よかろう。存分にやれカザネ」
カザネも本気みたいだ。どこからか取り出した拷問器具らしき物の詳細が凄く気になる。
「いったん落ち着こうよメアちゃん。確かに重力操作は使ったけど、すんっっっごく手加減したんだから」
「母さん、人間ならぺしゃんこって言ってたよ。ちなみにこれ指摘するの2回目だから」
「うおらー! 黙れお前ー!」
「お゛いヴァーミリオン。誰の娘に向かってそんな口を利いている? ああ?」
「ひえぇっ! ちょちょちょ、待ちなってメアちゃん! アタシ様は今動けないんだよ? 誇り高い聖皇竜が一方的に相手を嬲るのはどうかと思うなー。竜の沽券に関わるってもんじゃない? ね?」
「ふむ、確かに卑怯な行いかもしれないな」
「でしょ!?」
「だがお前相手なら卑怯な手もやむ無し。そしてこの場に居る者達は真相を告げ口するような愚者でもない。
お前にどんな事をしようが、その事実は全て闇に葬り去ってやるさ」
「聖皇竜にあるまじきとんでも発言してるよこの人! えっ、ちょっとホントに待って、アタシ様まだ死ねないから! 頭突きも控えめにするからー!」
「ふふ、安心しろ。殺しはしない」
「ご……ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!」
母さんのニッコリ笑顔を初めて怖いと思った今日この頃である。




