誰だって泣いていい
無くなってしまった紅茶を淹れ直し、改めてヴァーミリオンと向かい合う。何でも聞いてと言わんばかりにニコニコとしているが、コイツの心境を考えるにこれは作り笑いだろうな。
「ドラゴンの幼体を狙う理由はいくつか考えられる。鱗や皮を剥いで素材にする、もしくは生きたまま何処ぞの物好きに売り飛ばすか。まぁ大きく分ければこの2つだ。それだけドラゴンは稀少な存在だからな」
「うんうん」
「だが、金やコレクションだとか、そんな理由でお前の子供を狙うにはあまりにリスクが高い。私があの女と同じ立場なら、まず手は出さん。下手をすれば全ての竜種との全面戦争になるからな。
……だが、そのリスクを背負ってでも奴は幼竜を求めた。それをするだけの理由があったから」
「うんうん」
笑顔のくせにヴァーミリオンの目は「早く結論を言え」と物語っている。やれやれ。
「……率直に言おう。奴の狙いは、幼竜の生き血だ」
「だーよーねー! やっぱりそこに行き着くよねー!」
口調こそ明るいものの、ヴァーミリオンから漏れ出るそれは怒りのものに他ならない。影に控えているカザネを怯えさせてしまわないか心配だな。……いや、殺気を放っていた私が言えた義理はないか。
「竜種によって生き血の効果の程は異なる。聖皇竜ならば傷を癒やし、病魔を滅ぼし、寿命を大きく引き伸ばす。水皇竜ならば単純に力の底上げ、主に魔力の強化だ。
こうまで効果が違うにも関わらず、竜種問わず奴が血を求めるのは、おそらく完全に効果を把握していないからだと私は推測する。
もしくは、幼竜であればどれでも構わないか、だ」
「なるほどね〜。ちなみにメアちゃんが襲われたのはいつの事?」
「8年前だ」
「おー、結構前なんだ。そこから8年越しにアタシ様の所に来た……ってのも不自然な話だよね。もしかしなくても、他の五大竜の所にも行ってる可能性高くない?」
「無いとは言えないな」
仮に五大竜全てに襲撃をかけていたとして、何故そこまでする必要がある? もし奴が五大竜それぞれの血について知っているならば、イヴニアを狙ったのは生命力を欲したからか?
いや、ありえない。そもそもが知り得る筈がない。
竜の生き血についての情報は、昔から絶対の秘密として外部に漏らさないように努めてきた。それは他の竜とて同じだ。
漏らせば確実に良からぬ事を企てる輩が出てくる事は明らかだったからな。
ではやはり、効果を知らないままに襲撃を? そんな不確定な状態で? ……やはり解せんな。
「他の竜の所へ行っていたとして、既に五大竜の怒りを買い、殺されているのなら手間は省けるのだがな」
「でもそれじゃ、黒幕の手がかりも消えちゃうでしょ」
「まぁ、な」
これだけ大それた事をするくらいだ。個人で動いているとは考えにくい。事実、奴は冒険者を利用していた。それも最上金級の冒険者を複数人交えた500人規模の集団。
あれだけの数を揃えるとなれば、それなりの資金は必要だろう。その資金を出している奴こそが今回の黒幕であると私達も踏んではいる……が、如何せん8年経った今でも目新しい情報は何も無い。
どれだけ洗っても冒険者ギルドは白。周辺諸国も手当り次第に調べたが、黒い噂はあれど襲撃事件に繋がるものは何も出なかった。
テーブルの上に置かれた地図に視線を落としため息を吐く。
この無数にバツ印が刻まれた地図こそ、私達が今まで調査してきた結果そのものだ。何も、出てこない。
「んー? もしかしなくても、このバツ印って調べた結果ダメだった証?」
「ああ。諜報に特化した部隊に調べさせてもこの結果だ。何一つとして奴に繋がるものは出ていない」
「うへぁ。書き込み過ぎて地図真っ黒だねぇ。調査していない場所は残りわずかって感じだぁ。
ほんのちょっとでも分かった事とか無いの?」
「不思議な事に証拠の一つも出てきやしない。
強いて言うなら私達を襲った冒険者達が、襲撃日の数日前から忽然と姿を眩ませていたという事くらいか」
これは冒険者ギルドの長をカザネが締め上げ――……話し合いの結果、引き出した情報だ。ギルドとしても、実力のある冒険者に頼みたい仕事を処理できなくて困っていたらしい。
「ふーん? 消えた冒険者の出身地とか調べたの?」
「当然だ。同じ地域の者達が消えたとなれば、必然的にその国に黒幕が潜伏している可能性が高くなるからな」
「でも何も分からなかったと。……当ててあげようか? そいつらの出身地、バラバラだったでしょ?」
「その通り。ご丁寧に出身地も種族もバラバラだ。これでは潜伏地を特定できない」
そもそもの話、あれだけの冒険者を集めた方法すら分かっていない。痕跡の一つも残さず世界中から冒険者を掻き集めただと? 何の冗談だまったく。
「お前の方はどうなんだ? やはり襲撃には冒険者が?」
「うんにゃ、アタシ様の時は寝込みを襲われたって感じ。近くででっかい爆発が起きて、まんまとそっちに陽動させられて留守の間にさ」
「陽動か……冒険者を使っているかいないかの違いだけで、手口自体は同じだな。それで、お前の子は無事なのか?」
「まぁ何とかね。あの子のそばには旦那が居てくれたから、最悪の結果にはならなかったよ。
それでも、あれ以来怯えちゃっててさ。旦那も大怪我させられたし、あぁホント……グチャグチャにしてやりたい気分さ」
とんでもない殺気を放つヴァーミリオンを見て、慌てて結界を張り巡らせる。これで部屋の外へ殺気が漏れて、異変を察知したルドルフ辺りが飛んでくるのを防げるだろう。
まったく、残り少ない魔力を使わせてくれるなよ。
「抑えろヴァーミリオン。この場に居るのは私だけではないのだ」
「はいはい。これでいーい?」
痛い程に突き刺さっていた殺気が消え失せる。私でこれなのだから、常人であれば卒倒は免れまい。……カザネは大丈夫だろうか?
「子が無事ならば血の力は奪われなかったという事か」
「どうだろ。サンプルの一つや二つは持ってかれてそーだけど、まぁ問題にはならないよね。
何せ竜の生き血は、その血の持ち主が自らの意思を持って与えなきゃ最大限の効果は発揮しない訳だし」
「無理やりに奪ったところで効果は殆ど望めない。数時間も経てば劣化が始まり、それこそただの血と変わらなくなる」
「ま、植物に使うって事なら話は別だけど、まさか園芸目的で竜を襲うバカなんて居ないよね〜」
「仮に居たとしても私達を襲った事実に変わりはないのだから、相応の報いは受けてもらうがな」
「それには大賛成。もしアタシ様より先に見つけても、ちゃんと知らせてくれるかな? 教えてくれなかったらメアちゃんでも許さないよ?」
「だからいちいち殺気を飛ばすな。言われなくても分かっているさ」
竜の生き血は自らの意思で与えた場合のみ効力を発揮する。故に、イヴニアの血を悪用されている可能性は限りなく低い。
あの子が自分を傷つけ攫った相手に血を与えるとは思えないからな。攫われた直後にイヴニアとの繋がりが途絶えた事を考えれば、移動した先で直ぐにあの子は殺されたのだろう。
そうして死んだイヴニアから、奴等は血を奪って……あの、幼い体から――。
「ちょいちょいメアちゃんや。アタシ様に注意しておいてすんごい殺気だよ? 今にも一帯を吹き飛ばしそうなんだけど」
「……抑えられん。お前の子は無事だったかもしれないが、あの子はっ」
ああ分かっている。人の事を言えない事ぐらい。何と無様な姿だろうか。
それに、これではヴァーミリオンに八つ当たりをしているみたいではないか。……いや、事実しているのか。
ヴァーミリオンの子が無事と聞いて安堵した気持ちの裏に、ほんの僅かに芽生えた嫉妬心。どうして私の子だけがと、醜い感情が顔を覗かせる。
やめろ、出てくるんじゃない。ヴァーミリオンも私と同じく母であり、子を失いかけたのだ。
生き延びた事をズルいだなどと、そんな事を思うべきじゃないだろう……!
「はい良い子良い子〜」
「……何をしてるんだ」
不甲斐ない自分を殴りつけたくて堪らない。聖皇竜ともあろう者が愚かしい事を考えるなと、自らを罰したくて仕方がなかった。
そんな私を、不意に横からヴァーミリオンが抱き締めてきた。椅子に座る私の頭をその胸に抱き、まるで子をあやすように撫で擦る。
こんな時までふざけているヴァーミリオンに少しばかりの怒りを覚えたのも束の間、次に発せられた一言でその怒りは瞬時に消え失せた。
「ちゃんと泣いたの?」
泣いた……? 何を言ってるんだ。子供達の事を言っているのか?
「あの子が居なくなってから、下の子はしばらく塞ぎ込んでいてな。それこそ毎晩のように泣いて――」
「じゃなくて、メアちゃんは泣いたの? って聞いてるんだよ」
「私、が……?」
「アタシ様は泣いたよ。誰からも恐れられたこのヴァーミリオン様が、恥も外聞もかなぐり捨てて、自分の子供が無事だった事に心から安心して泣き喚いた。
誰かと番になるなんて真っ平御免、子供なんて泣いてばかりのうるさい存在だから作るだけ面倒だって思ってたアタシ様が、それだけの事で大泣きだよ? 笑っちゃうよね。
でもさ、一度思いっきり泣いたら胸につっかえてたものが不思議と取れたんだよ。旦那の胸で号泣したら色々と吹っ切れちゃった。
だからアタシ様は前に進めたって言っても過言じゃない。メアちゃんは、そうやって誰かに甘えたの?」
「……私は、この国の王だ。おいそれと誰かに泣きつきなど出来る筈がないだろう」
「じゃあアタシ様の胸で思いっきり泣くといいよ。これでもメアちゃんと同格の五大竜が一柱なのだぜ? 誰にも恥じる必要なんてないよん」
ヴァーミリオンの細指が私の髪を梳いていく。くすぐったい中にも確かに感じたのは、ヴァーミリオンらしからぬ優しさだった。
この手つきを私は知っている。これは愛を知った者のそれだ。私自身も、こうしてあの子を撫でていたな。
そんな優しさに当てられてしまったのか、気付けば私はポツリポツリと言葉を紡いでいた。
「あの子はいつも、私を気遣ってくれていた」
「うん」
「不甲斐ない母に一喝を入れるような逞しい子で、でもそんな厳しさの中にも確かにあの子の優しさを感じてて」
「そっか」
「妹達の面倒も率先して見ていてな、兄弟喧嘩を止めるのも上手い。私の方が学ばされる事ばかりで……いつも、そう……あの子は、イヴニア、は……」
「ほら、我慢しないで」
思えば私は、あの子を奪われた日にも泣く事はなかった。怒り、憎悪、喪失感、その全てが悲しみより勝り、私は涙を流す事さえ忘れていた。
いや、忘れようとしていたんだ。自分は王だからと、弱みを見せるべきではないと、我慢に我慢を重ねて、いつしか当たり前の感情にすら蓋をして。
だが、不思議なものだな。それだけ抑えつけていた感情が、こんなにも簡単に溢れていく。
私の頬に感じるのは、久しく忘れていた一筋の暖かさ。
「王だから何さ、ドラゴンだから何さ、関係ないよ。泣きたい時は泣けばいい。少なくともここには、メアちゃんの涙を笑う奴なんて居やしない。
……頑張ったんだね、メアちゃん。ツラかったね」
「っ……う、ぁ……!」
その日私は、いつぶりかも分からない涙を流した。
誰に遠慮するでもなく、たたただあの子を失った悲しみに身を任せて……。




