腐れ縁
唐突なヴァーミリオンの訪問騒ぎも一先ずは落ち着いた。
対面の椅子に座って紅茶を啜るバカをジト目で見つめながら、私はもう何度目かも分からないため息を吐く。
敵ではないという事で既にトマスは下がらせ、この場に残るは3人のみ。
尤も、カザネには例の如く影に潜んで待機してもらっている。これ以上ヴァーミリオンにちょっかいを出されたくない故に逃げたとも言えるがな。
「うまうま」
「それで、結局お前は何しに来たんだ」
「ん〜? 実はかくかくしかじかでさ〜」
「その説明で理解できる奴はまず存在しない。真面目に話せヴァーミリオン。私も暇じゃないんだ」
「も〜、せっかく数百年ぶりに再会したお姉ちゃんに対する態度じゃないよ〜。もっとさ、にこ〜ってしなきゃっ」
「お前にくれてやる笑顔なんぞ、とうの昔に捨てた。もう一度聞くぞ? 何をしに来た」
「しくしく、悲しい反応。メアちゃんに会いに来た、じゃダメ?」
「そんな理由で国を跨ぐような奴じゃないだろお前は。普段は自分勝手な癖に、わざわざ正規の手続きを経て入国したのもらしくない。
お前なら問答無用で空から侵入する筈だ。何が目的だ?」
「わーお、メアちゃんアタシ様の事分かってるね〜。さっすがアタシ様の妹」
「……」
「ぶー、ノリ悪ーい。ホントにどうしちゃったのさ? そっちこそ、らしくないよ」
本物の殺意をヴァーミリオンに向ければ、ようやくヘラヘラとしていた表情が引っ込んだ。
だからといってやめては、またふざけ始める可能性が高い。ので、多少悪いとは思いつつも、私は殺意を引っ込める事なく続きを促した。
「語る気は無い」
「はいはい、わかったよも〜」
「手短に話せよ。こっちはさっさと終わらせて魔力を回復したいんだ」
「魔力? ……あ〜れま、すっからかんだ」
中指と親指で輪を作り、その間から私を覗くヴァーミリオンが珍しく驚いた表情を浮かべる。スキル魔力鑑定で私の残り魔力量を見たのだろうな。
驚かれるのも無理はないか。魔力切れなど、コイツの前で起こしたのは今回が初めての事だ。
「なんでまたそんな事に?」
「身体創造の使い過ぎだ、単純にな。私の事はいいから、早く話せ」
「ふーん? 使い過ぎねぇ。ま、いいや。
じゃあ回りくどいのは無しにして、ド直球に本題から話そうか!」
持っていた紅茶を一気に飲み干したかと思えば、先程とは打って変わって真剣な表情を浮かべるヴァーミリオン。
おふざけは鳴りを潜め、そこに座っているのは5大竜然としたドラゴンの長だ。
「ねぇメアちゃん。アカネって名前に聞き覚えない?」
「アカネ? いや、初耳だが」
「んー、じゃあ、黒髪隻腕の女って言ったら?」
「……」
「すんごい殺気。心当たりがあるって顔してるよ。うん、やっぱりここに来て正解だった」
無意識に漏れ出る殺気を抑えられなかった。
心当たり? あるに決まっている。黒髪、隻腕、女、それはまさしく我が子の命を脅かした愚か者の特徴と合致しているじゃないか。
忘れなどするものか。あの女の顔は、今でもこの目に焼き付いている。
「どうしてお前がそいつを知ってるんだ」
「どうしても何も、まぁ察するにメアちゃんもそいつに手を出された口なんでしょ? つまり、アタシ様も同じ穴の狢ってやつだぁね〜」
「お前までも?」
聖皇竜だけでは飽き足らず、水皇竜にまで危害を加えたのかあの女。しかも、よりにもよってヴァーミリオンとは……無謀にも程があるだろ。
あの女、余程の強者なのか、もしくは度し難い馬鹿なのか。何れにせよ、ヴァーミリオンの逆鱗に触れた事は間違いない。
コイツがわざわざ足を運んでまで探すとなれば、相当に許し難い事をされたという事だ。
「一応聞いておこう。何をされた?」
同じ相手に襲われたとなれば、私が知らない情報をコイツが知っている可能性もある。そういう意味でも話を聞いておきたかったのだが、私の問い掛けにヴァーミリオンは酷く冷酷な表情を浮かべてみせた。
「それ、言わなきゃダメかな?」
「ああ」
「ふぅん……ところでさメアちゃん。道中でいろいろ話を聞いたんだけど、母親になったんだってね。
びっくりだなぁ。あの恋愛オンチなメアちゃんが雄とまぐわうなんて想像もしてなかったよ。相手はよっぽどイイ男なんだろうね〜」
「おい、生々しい表現をするな」
「ごめんごめん。子供は居るの?」
「当然だ。5人――……いや、今は4人な」
「あぁ、今のでメアちゃんがされた事、何となく分かっちゃった。ね、子供はかわいい?」
「私の全てを投げ売ってもいいと思う程度にはな。いや、世界全てと言っても過言ではないか」
「わー親バカ」
「やかましい」
「じゃあさ、そんなメアちゃんに質問。今のメアちゃんにとって一番失うのが怖いものってなーんだ?」
は? いきなり何だコイツ。そんなもの分かりきっている事ではないか。
「我が子達に決まっているだろ」
「だよね。まさにそれが私の答えだよ」
「…………ん?」
言っている意味が分からず、首を傾げる私にヴァーミリオンは露骨にため息を吐いた。
「はぁ、鈍いなぁ。だーかーらー、アタシ様がここに来た理由もまさしくそれなんだよ。
少しちょっかい出された程度なら、アタシ様だって両腕引き千切る程度で許してあげるけどさ……さすがに自分の子供に危害を加えられたら親としては黙ってられないわけ。
何がなんでも見つけ出して、生きてきたことをタップリ後悔させながら、ゆっくり嬲り殺しにしてやらないと気が済まないの。
だからアタシ様はここに居るんだよ。ちょっとでもクソ女の情報を集めたいからさ」
待て、コイツは何を言っている? 誰の子供に危害を? 私の? いや、今のコイツの口ぶりはまるで……まさか、そんな馬鹿な事があるものか。あのヴァーミリオンだぞ?
「おかしな事を言う。それではお前に子供が居るように聞こえるではないか」
「え、居るけど」
「……」
「居るけど?」
「待て、分かった。うん、今頭の中を整理してるから黙れ、殺すぞ」
「えぇ〜情緒不安定かよメアちゃん」
コイツに子供? つまり、ヴァーミリオンは誰かと契を交わした? どんな時でも自分中心、勝手気ままな暴君で、興味の無い奴はとことん扱き下ろすコイツが、特定の誰かと結ばれた、だと……?
「……分かった。百歩譲ってお前に子供が居るとしてだ。どうやって身篭った? いや、欲情に身を任せて誰かを襲ったんだろう? そうに違いない。
怒らないでいてやるから正直に言え。吐けば情状酌量の余地はある」
「失礼過ぎるよぅ! アタシ様がそんな事するように見え――」
「見える」
「そくと〜う」
本当に、冗談抜きで信じられない。ある意味で戦場のエリザ以上にたちが悪いコイツに伴侶などと。そこいらの男を襲って身篭ったと言われた方がよほど納得できる。
「アタシ様だって恋の一つや二つしますよ〜だ」
「……相手は? 同じドラゴンか?」
「いんや、人間だよ?」
「おい、ますます信じられなくなったぞ。お前、人間に対しては酷く冷たい態度を取るじゃないか」
その証拠に、コイツが有している軍勢はほとんどが亜人種で編成されている筈だ。長く行動を共にしていた頃も、ヴァーミリオンのそばに人間が居る所など見たことが無い。
「それは今でも変わらないけど、前よりは緩和してるよ。その辺の自覚はあるし。
さっきだって、メアちゃんの側近っぽい子に対してもかなりマイルドな接し方だったでしょ?」
ふむ、言われてみれば確かに。昔のままのヴァーミリオンなら、カザネやトマスに対しても相当辛辣に当たっていた筈だ。それこそゴミを見る目で。
信じられないが、本当に変わったというのか?
「この数百年でアタシ様も丸くなったのさ。変えられたって言った方がいいかな? あの子に」
「あの子?」
「アタシ様の旦那。凄いよね、人間なのにこのアタシ様を口説き落としたんだよ? 一目惚れだーって。笑っちゃうよホント」
「……」
「ちょっと、そのかわいそうなものを見る目やめてくれない? もー! ホントだってばー! 妄想なんかじゃないもーん!」
「あーもう、分かった分かった。信じてやるから揺らすな下郎」
「下郎!?」
この世には随分と変わった趣味を持った人間も居るのだな。数え切れない程の生命が生きるこの世界で、選んだのがよりによってヴァーミリオンとは。趣味が悪い。
私なら犬猫を嫁に貰った方が遥かに嬉しいぞ。それくらいヴァーミリオンは面倒くさい。
「話を戻すぞ。お前は我が子を害され、その犯人の情報を求めて私の元に来た、で合っているな?」
「うん」
「わざわざここに来た理由は?」
「あの女、やたらとドラゴンに執着してるっぽくてさ。もしかしたら他の五大竜の所にもちょっかいかけてるんじゃないかって思ったの。
メアちゃんを選んだのは、まぁ普通に一番話しやすいからかな」
「ドラゴンへの執着……ふむ、もっと正確に言うならば、ドラゴンの子供にだろうな」
「あ、やっぱりメアちゃんもそう思う?」
「まぁ、な」
これまでの調査の結果、奴等の目的が幼竜である事はほぼ確定的。あの日、冒険者を使って正面から攻めてきたのも、全ては私の注意を逸らすため。
そこまでしてイヴニア達をピンポイントに狙ったのには必ず理由がある筈だ。
心当たりは正直ある。だが、私達と敵対するリスクを犯してまで幼竜を求めたのは何故だ? そうまでして何故、血を求める? 血の力を得て何をしようとしている?
ヴァーミリオンと話す事で、その辺りの疑問も分かるだろうか。
……仕方ない。レティシア達と会うのは、もう少し後になりそうだな。
さて、情報交換というじゃないかヴァーミリオン。
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