五大竜が一柱
トマスが客人を呼んでくる間に、手ずから客人の分の紅茶を用意する。
ティーポットに注ぐお湯に乗って鼻を刺激するのは、茶葉の良い香り。相当に高級な茶葉を使用しているから、これで気を悪くさせる事は無いと思うが……いやしかし、紅茶が苦手という可能性もあるか。
そういえば、サヤの故郷ではメジャーな緑茶なる物もあった筈だ。紅茶がダメそうなら、そちらを試してみるのもありだな。
「じゃ、シェラメア様。何かあった時に備えて私は身を潜めてるから」
「ああ、分かった」
客人とは言え警戒は厳。音も無く姿を消したカザネに一つ頷き、私も私で椅子に座り直して客人を待つ事にした。
それからしばらく。
再び扉がノックされ、トマスの声が聞こえてきた。
「シェラメア様、お連れしました」
「通してくれ」
ついに扉が開かれる。
さて、いったいどんな客人だろうか。何にせよ、王として然るべき対応で出迎えようじゃないか。
そこにどんな思惑があろうと、私は揺るが――。
「メーアちゃーん!! ひっさしぶりー!! ていっ!!」
「ごっふ……!!!?」
「シェラメア様ーーっ!!?」
王として、などという心構えは刹那のうちに打ち砕かれた。
客人の顔を見る暇もなく、私の視界いっぱいに広がったのは水色の髪の毛とつむじ。次いで鼻先に手痛い衝撃を受けて、私はそのまま椅子ごとひっくり返った。
「敵襲!」
「むむ? 殺気がダダ漏れだね?」
私が襲われたと思ったのだろう、潜んでいたカザネが飛び出し、ダガーナイフを私の上に乗る客人に突き立てようとする……が。
「なっ!?」
「このアタシ様に喧嘩を売ろうなんて5000年早いよ〜ん」
向かってくる切っ先を、客人は人差し指の腹でいとも簡単に受け止めてしまった。
鋭いダガーナイフはほんの少しも皮膚に刺さっていない。掴みとるでもなく、挟むのでもなく、ただ真正面から指で受け止めて見せた。
「いいナイフを使ってるね。よく手入れもされてるし、並の相手なら骨ごと真っ二つに出来る程度には切れ味も良さそう。
うんうん、でも、それだけだね〜。アタシ様からすれば粗悪品と変わらないや」
「カザネっ!」
「っ……トマス、加勢に入るのが遅い」
「すまん、呆気にとられた。行け!」
「グアウッ!!!」
ここでトマスも参戦だ。正確にはその使い魔であるシャドウウルフがトマスの影から飛び出して、客人に襲い掛かる。
しかしこれも――。
「ありゃりゃ、躾のなってないわんころだ〜。ていっ」
「キャインッ!」
大口を開けて跳びかかってきたシャドウウルフの眉間に、親指で弾いた人差し指の一撃がめり込む。
たったそれだけの事でシャドウウルフは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
ウルフ系の魔獣の中でも小柄とはいえ、脅威度ではかなり高いシャドウウルフをこうも簡単に跳ね除けるとは……相変わらずだな。
これ以上傍観していても事が大きくなるだけか。そろそろ止めよう。
「2人とも、そこまでだ」
「えっ」
「シェラメア様! 何故止めるのですか!」
「何故も何も、コイツは敵ではないからだ」
そう、敵ではない。この水色の髪も、挨拶代わりの頭突きも、自信家なところも、全てが私の記憶通り。
「もうメアちゃん! コイツじゃなくてお姉ちゃんでしょ!」
「は、はぁぁぁっ!?」
「シェラメア様のお姉ちゃん?」
はぁ……姉面する所も変わっていないんだな。毎度毎度訂正する手間もかかるのだから、いい加減な事を言わないでくれ。
「真に受けるなよ? コイツが勝手に言ってるだけで血縁関係は無い。
久しぶりに会った手前無粋な事は言いたくないが、何をしに来たんだヴァーミリオン」
「わぁ、いつもよりドライだねメアちゃん。何かあったの?」
「それを私の口から語らせる前に、いい加減……どけっ!」
「うわっと! てひひ、危ない危ない」
「チッ」
いつまでも私の上から退こうとしないヴァーミリオンの脇腹めがけて横合いから拳を振るうも、簡単に避けられてしまった。
土足でテーブルの上に立たれているのも指摘したいところではあるが、まぁ結果的に退かせられたのだから良しとしよう。
「ねぇ君、察するにメアちゃんの護衛? それとも補佐?
どっちにしても実力不足だよ。私が暗殺者か何かだった場合、今頃メアちゃんの首はチョンパされてさよなら〜だった訳だけど?
攻撃が届く前に君が止めに入らないとダメじゃないか。よって、10000点中の10点だね」
「うっ」
はぁ……始まったぞ、ヴァーミリオンの悪い癖が。本当に変わってないなコイツは。
「それと君。そっちの子も言ってたけど不測の事態への対処が遅すぎ。わんころ1匹でどうにかなるとでも思った? 出し惜しみしてやられてちゃ世話ないね。
よって、10000点中の5点」
「い、言い返せない……」
「ヴァーミリオン、それくらいに――」
「他人事みたいに言ってるけどメアちゃんもだよ」
「ん?」
「平時のメアちゃんならあれくらい避けるか、迎撃も容易だった筈だよね?
それが出来ないって事は、今のメアちゃんが万全の状態じゃないのか、或いはこの数百年で単純に衰えちゃったのか。どっちにしろ、そんなんじゃ聖皇竜の名が泣くよん。
よって、10000点中の……ん〜、甘めに見て50点!」
「……手厳しいな」
「グサリと言うのがアタシ様の良い所だもん」
「そうだな、確かにその指摘のおかげで助かる時もある。だが、戦闘前に味方に指摘して士気を下げる癖は抜けたのか?」
「我慢しないのもアタシ様の良い所!」
「それは悪い所だ、直せ」
過去にそれで自軍が壊滅寸前まで追い込まれたのを忘れたのかコイツは。などと説教したところで、まぁコイツのワンマンプレーが改善する筈もないか。
それで直るなら苦労などしていない。
「あの、シェラメア様。結局この方は……?」
「あぁ、コイツの――」
「お姉ちゃんでしょ! もー、記憶力まで衰えぐへぁぁぁっ!!!?」
黙らせないと話が進まないので、身体創造を部分解除。尻尾のみを顕現させて油断しているヴァーミリオンの腹に一撃食らわせた。
吹っ飛んだ衝撃で本棚を薙ぎ倒し、壁に上半身だけ埋まった姿は滑稽極まりない。ざまぁみろの一言を贈ってやろう。
「うわ、いたそ」
「改めて、コイツの名はヴァーミリオン。昔からの腐れ縁で、水皇竜の長だ」
「サラッととんでもない事を言われた気がする」
「ちょっ! シェラメア様! 水皇竜ってもしかして、あの五大竜の一柱……!?」
「そうだ。こんなバカで自分勝手な奴でも、立派なドラゴンだよ。腹の立つ事にな」
五大竜とは、世界にその名を轟かせるドラゴンの中でも特に誇り高く、力を持つ竜達の総称だ。
聖皇竜。
炎皇竜
水皇竜。
邪皇竜。
剛皇竜。
以上の竜種を五大竜と呼び、その一柱を担っているのが他でもない、このヴァーミリオンだ。
実力は五大竜の中でも相当に高い部類なくせに、中身がこれだから他の竜と孤立しているのがなぁ……。
おそらく、コイツに構ってやってるのは私だけだろう。いや、構ってやらなかったら今頃水皇竜との全面戦争になっていたかもしれない。
それくらい言えてしまう程に、かつてのヴァーミリオンは危うかった。今でも手が付けられない所は変わりないようだが。
「そう! 何を隠そうこのアタシ様が五大竜最強のドラゴンの中のドラゴン! ヴァーミリオン様であーーーーーるっ!!
恐れ慄くがいい人間共! そしてアタシ様に美味しいご飯を提供するのだ! うーははははは!」
あれを受けてなお平然と喋れるとは、相変わらずのタフさだ。心底嫌になる。
「尻をしまってから喋れヴァーミリオン」
「いやーん! メアちゃんのエッチ!」
「安心しろ。お前の尻など虫にも劣る。目障りだ」
「わー、シェラメア様が毒舌。何か新鮮」
「確かに、ここまで口汚ゲフンゲフン――……強めの言葉を使う所は初めて見たな」
「気を遣わなくてもいいぞトマス。口汚いのは事実だからな。それに安心しろ、私がこうまで辛辣に当たるのはヴァーミリオン相手の時だけだ」
「ひっどーい! こぉんなに可愛いドラゴンちゃんを捕まえて鬼畜過ぎぃ! よいしょっと」
ようやく壁から這い出してきたかと思えば、今度はカザネ達の前まで小走りで駆け寄り、よく分からないポーズを取ってみせる。
具体的には、左手を腰に、右手は人差し指と中指だけを立てて顔の前へ、極めつけは口の端から舌を少しだけ出してみせる。
私とほとんど歳の変わらないババァがしていいポーズではないだろうに。
「改めまして! 水皇竜ヴァーミリオンちゃんです! 歳は1000を越えた辺りで忘れちゃった! よろしくねっ! ていっ!」
「ぶへっ?!」
あ、トマスに警告し忘れてしまっていた。
コイツが本当に昔と変わらないなら、挨拶代わりに頭突きをしてくるぞ……と言うべきだったんだがな。
不意の一撃は見事にトマスの鼻先へ炸裂した。流石に私の時よりは手加減しているだろう。
「は、鼻がぁぁぁ〜〜……!!」
……してるよな?
「じゃあそっちの君も、ていっ!」
「断るっ!」
「あっ、もう逃げないでよ〜」
「何で今のを見て私が逃げないと思ったのっ」
「だってこれは挨拶だよ? あ〜い〜さ〜つぅ〜っていっ!」
「っ……私はいい。痛いのは嫌い。にじり寄ってこないで」
「痛くな〜い痛くな〜い。怖くもないから動かな〜い」ジリジリ
「シェラメア様、助けて」
嗚呼、カザネが泣きそうになっている。分かるぞその気持ち。話が通じないをこれでもかと体現しているヴァーミリオン相手なのだから無理もない……が――。
「私が何かを言って止まるような奴なら、そもそも苦労してないんだよカザネ」
「え、じゃあ」
「すまない。諦めてくれ」
「ていっ!」
この日、小さな叫び声が私の自宅に木霊した。
目指せ書籍化!
多くの人に読んでもらうためにも、皆さんの応援コメント、評価等よろしくお願いします!




