進展なき現状
――……
「――結論から言えば、ラインガルド国も白かと。報告は以上になります」
「めぼしい情報は無し。今回もハズレか……ご苦労、調査チームは全隊帰還で構わない。君も今日はゆっくり休んでくれ」
「はい。では失礼いたします」
私に報せを持ってきた兵士を労い、その背を見送る。扉が閉まると同時に、私は椅子の背もたれに全体重を預けて大きなため息を吐く。
テーブルの上に広げた世界地図に片手でペンを走らせ、ラインガルド国と書かれた場所にバツ印を刻んだ。
ここは数年前に私の為に用意された自宅兼職場の一室。すっかり見慣れた飾り気のない事務的な内装を尻目に、テーブルに置かれた水を一口飲み、またため息を吐く。
もう時刻は夕暮れ時だ。
「……ん?」
窓の外に広がるローエンダリアの街並みを、何を考えるでもなくボーッと見つめていると、不意にコンコンと窓を叩く音。
少しだけ視線を上げてみれば、窓の外で逆さ状態のまま私を見下ろしているカザネの姿がそこにはあった。……器用だな。
「あたっ」
「わっ、すまんカザネ。大丈夫か?」
鍵を開けて窓を開いた際、勢い余って軽くカザネの額に当ててしまった。
すまないと思いつつ、おかしいとも思う。これくらいならカザネは苦も無く避けて見せるだろうに、珍しい事もあるものだ。
「ん、だいじょぶ。ちょっと油断しただけ」
「……!」
そうか、そういえば、ここの所休み無く調査を続けさせて禄に休暇も与えていなかったな。いくらカザネが優秀とは言え、それでは集中力も途切れる筈だ。
その程度の事にすら気が回らなくなっているのか私は。
「すまない。カザネもしばらくは休んで構わないぞ。私一人でも情報の整理くらいは出来るからな」
「国のトップがそんなに何度も謝らない方がいい。それに、私なら大丈夫」
む、確かにそうか。いかんな、どうも謝り癖が付きつつある。しかし皆を労う事をサボる訳にもいかんしな。
「謝る事以外で、皆に報いればいいと思うよ」
「む、口に出していたか?」
「シェラメア様の専属になってそこそこ。考えてる事くらいは分かるようになって当然。凄いでしょ」
「ふむ、当然……なのか?」
だとしたら、心中でオチオチ弱音を吐いてもいられないな。
「なんてね。それより伝えたい事がある」
「新情報か?」
「んーん。レティシア様から伝言」
「レティシアから? わざわざカザネを介さずとも、直接来ればいいだろうに」
それこそ一緒に住んでいる上に、レティシアの部屋はここの隣だ。外出していても既に帰ってきている時間帯だし、部屋に居るならたったそれだけの距離を面倒くさがる娘でもない。どうしたのだ?
「今日は帰るのが遅れるって。具体的にはあと数時間くらい」
「何だとっ?」
思わぬ伝言に椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった。
数時間? もう日暮れだぞ。いくら夜目が効くとはいえ闇に乗じて良からぬ事を考える輩が居ないとも限らない。
それはレティシアだって分かっているだろうに。えぇい、仕方ない。私が直接迎えに行くか。
「場所を教えろ。迎えに行く」
「……シェラメア様、過剰」
「っ! そんな訳があるかっ!!」
「ひっ」
「ぁ……いゃ、すまないカザネ」
またやってしまった。
何をしているんだ私は。我が子を心配するあまり、カザネに対して酷い態度を……だが、それでも私は――。
はぁ、いかん。まただ。またあの時を思い出した。
ずっと引き篭もっていたとは言え、今のレティシアは驚くほど賢い子に成長している。誰に言われるでもなく多くを学び、前へ進もうとしているのに、私はいつまで経っても過去に囚われたままだ。
我が子達が何をしていても常に不安と焦燥が私を襲う。もしもを考えてしまう。血濡れになったあの子を思い出してしまう。
結局は、立ち直ったつもりでいただけ。
「私は、王として失格だな」
「そんな事ない。あんな事があれば、むしろシェラメア様の反応は当たり前。それでも心配し過ぎな部分はあるけど」
「はは、耳が痛いな」
「それと、レティシア様はサヤ姉の所。だから心配いらない」
「そ、そうか。サヤの……いつもの魔力補充という事か。……そうか」
「シェラメア様?」
あの子は、いつも私よりサヤを頼っている。例のペンダントの件だけではなく、他の事も大体はサヤ頼りだ。
昔より多くなった笑顔も、サヤに向ける事の方が多い気もする。考え過ぎと言われてしまえばそれまでだが、寂しいものだ。
まぁ、サヤはレティシアの名付け親でもあるし、実質もう1人の母親と言えなくもないからな。頼るのも当たり前……そう、当たり前なんだ。
何もおかしな事じゃない。
「レティシアの件は分かった。サヤに任せよう。あまり心配し過ぎて嫌われでもしたら、それこそ無意味だからな」
「……レティシア様はそんな事思わないよ」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでも。それと万が一に備えて、遠目からシキにレティシア様を見守ってもらってる。だから安心して」
シキが……。ふむ、ならばこれ以上の心配はシキへの信頼すら裏切る事になるな。信じるべきだ。
「分かった。世話をかける」
「ん」
「やれやれ、これでは面目丸潰れだ。私も自分に出来る事を頑張らねば――おっとっ」
一息つこうとテーブルに置いていたコップを手に取ろうとし、誤って落としてしまいそうになった。
幸い直ぐに反応できた故、コップが床に落ちる事はなかったが、代わりと言わんばかりに私の視界が突如として歪み、体勢を崩してしまう。
せっかく捕まえたコップも取りこぼし、結局中身を床にぶちまける結果となった。
「シェラメア様!」
「っ……心配ない。少しフラついただけだ」
カザネが駆け付けて体を支えてくれる。小さな体に似つかわしくない力だ。……いや、そう感じしまう程度に私が弱っているだけなのかもしれないな。
「シェラメア様、ずっと気になってた事がある」
「ん?」
「最後にドラゴンの姿に戻ったのは、いつ?」
ふむ、そういえばいつだったか。確か――。
「……すまん、記憶に無い」
「つまり、忘れるくらい長い間身体創造を発動しっぱなしって事、だよね」
「そういう事になるな」
「残ってる魔力は?」
魔力? 確かに最近気にしていなかったな。
意識を集中。体内を巡る魔力量を感じ取り、そこで初めて私は自分の状態に気付いた。
自覚するほど膨大にあった魔力量は、今や残り僅かとなっており、あと数日もすれば枯渇するだろう。
いくらドラゴンと言えど、ここまで継続的に魔力を消費していればフラつくのは当然だ。
この程度の自己管理すらできていないとはな。これで我が子の心配などと笑わせてくれる。
「その顔、ほとんど使い尽くしてるって感じでしょ」
「返す言葉も無い」
「はぁ……シェラメア様、無理し過ぎ。数日はドラゴンの姿に戻って、魔力の回復に専念して。
その間、仕事も厳禁。調査班の報告も私が代わりに受け取るから」
「しかしそれでは――」
「譲らないよ。それに、何も私1人でやる訳じゃない。部下にも仕事を回すから安心してほしい」
私を見つめるカザネの目は真剣そのものだった。いつかのサヤを思い出す瞳だな……本当に、自分が情けない。
「分かった。お前達に任せよう」
「ん、それでいい」
「ただし、もし調査に進展があった場合は私に知らせてくれ。カザネと同じく、私にも譲れないものがある」
「分かった。約束」
小さく笑い合い、互いの手のひらを合わせる。
これはルミリスで固い約束を交わす際に行うものだ。これをするのも随分と久しぶりな気がする。
良い機会だから、これまでの情報を整理する為にも休ませてもらおう。成果は無かったとは言え、皆の調査全てが無駄というわけではないからな。
「シェラメア様、いらっしゃいますか?」
椅子に座り直し、私が溢してしまった水をカザネが拭き取ろうとしてくれた頃、扉をノックする再びの訪問者。
この声はトマスだな。
「居るぞ。入ってくれ」
「失礼しま――お、カザネも居たのか」
「ん、ご無沙汰。ちなみに、この水はシェラメア様がお漏らししたとか、そんなんじゃないから」
「いや聞いてないし、別にそんな事も思ってないぞ」
「おいカザネ、私はそこまで間抜けに見えるか?」
「ん、今のはカザネジョーク」
「お前な……」
その冗談は笑えないぞカザネ……。相変わらずどこかズレた娘だ。
「んんっ、それで? どうしたんだトマス?」
「あ、はい。実はシェラメア様に会いたいと他国から客人が来られているのですが、如何いたしますか?」
「客人だと?」
妙だな、特に誰かを招いた覚えもないし、わざわざこんな時間にとは。しかも他国の客人……ふむ、こちらが8年前の襲撃についてあれこれと調査しているのがバレたか?
もしそうなら下手に突っぱねた場合、色々と露見してしまう可能性が出てくる。真相究明の為とはいえ、私達もかなり黒い事をしてきてしまったからな。
「一応聞くが、正規の手続きで入国している者だな?」
「はい。西の港で発行された入国許可証も確認済みです。偽造された形跡もありません。
武器の類も持っておらず、俺の使い魔達も警戒していない事から、敵意は無いかと」
「正しく客人、という事か。ならば無下に扱うわけにもいかないな。分かった、通してくれ」
「分かりました」
「そういう訳だカザネ。休むのはもう少し後からでも構わないな?」
「ちゃんと休んでくれるなら、これ以上あれこれ言うつもりは無いよ」
「心配するな。終わったらしっかり休むさ」
さて、私を名指しで訪ねて来る程だ。単なる旅行客である筈はあるまい。何かしらの思惑は確実にあると見ていいだろう。
何にせよ、少々気を引き締める必要がありそうだ。
目指せ書籍化!
多くの人に読んでもらうためにも、皆さんの応援コメント、評価等よろしくお願いします!




