何かを得るなら……
お兄ちゃんが居なくなってから、私の心にはポッカリと穴が空いてしまった。
どんなに誤魔化そうとしても、必死に笑おうとしても、何をしていても……満たされない。
何かに打ち込む気にもなれなくて、何年も塞ぎ込んだまま自堕落に過ごす日々。
皆はそんな私を元気付けようとしてくれたけど、私はそれが酷く煩わしくて、気付いたら最低な態度を取ってしまっていた事もある。
母さんの顔を見る度に八つ当たりをした。
どうしてお兄ちゃんを守ってくれなかったのかって。そうやって責めて責めて、自分の辛さを誤魔化そうとして。
頭ではダメだと分かっていても、感情が思考を鈍らせる。だから、激情に任せて何もかもを誰かのせいにした。
今思えば、母さん達に見捨てられなかったのって奇跡だよね。私に良くしてくれるサヤにだって、私はキツく当たってた。時には怪我をさせてしまう事もあった。
なのに、それでも皆は私を優しく包み込んでくれる。誰一人として嫌な顔をせず、心から私を想って……。
嬉しいと思う自分が居ると同時に、それに甘えて前へ進もうとしなかった自分が本当に大嫌いだった。
そんな日常を何年も続けていたある日、母さんが懐かしい物を持ってきた。それは、藁で編み込まれた大きなカゴ。
忘れる筈がない。あの山にあった物で間違いなかった。
どうして今更そんな物を持ち出してきたのかと思う私に母さんは言った。
これは、お兄ちゃんが作った物だと。
少しでも私の気を紛らわせる為にと持ってきたんだろう。実際、母さんの判断は正しかった。
その日を境に、私は魔力の続く限り身体創造で人の姿となり、カゴの中で過ごすようになった。
そうしていると、まるでお兄ちゃんが直ぐそばに居るような、そんな気がしたから。
本当なら眠る時もその中に居たかったけど、魔力が切れれば元の姿に戻ってしまうし、仮にカゴの中で魔力切れした場合、最悪カゴを潰してしまう。
当時の私の魔力量じゃ、朝まで身体創造を維持し続ける事は出来ない。
だから我慢して、眠る時だけ元の姿に戻って別の場所で眠っていた。
でも、それじゃ足りない。怖くて眠れない。お兄ちゃんが居なくなった気がして不安で堪らない。
酷い時は何日も眠れなくて、体調を崩してしまった事もある。何度もそんな事を繰り返した。
誰かに八つ当たりをする事は無くなったけど、代わりに一睡も出来ない体になりつつあった。
このままではいずれ限界が来る。それは自分でも分かってた。でも、カゴから離れて眠るのが私は何よりも怖かった。
そんな毎日を続け、日に日に痩せていく私を見かねてか、ある日、サヤが私を訪ねてきた。
いつものように私を元気付けに来たのだと思ったけど、その日は少しだけ違っていて、サヤの手には小さなペンダントが握られていた。
心身共に疲弊し切っていた私は気になりつつもそれが何なのかは聞かず、ただサヤにされるがまま、首にペンダントをかけられるのを黙って見ていた。
ボウっとしたまま、サヤの言葉を聞く。
嘘か真か、このペンダントにはサヤの魔力が込められていて、私が身体創造で消費する魔力を、代わりに担ってくれるらしい。
サヤは半信半疑な私の背を押して、半ば強引にカゴの中へ押し込めた。いつになく強い口調で「寝てください」と言われ、何となく逆らえないと悟った私は、おとなしく目を閉じる。
すると不思議な事に、あれだけ眠る事を恐れていた私の意識は、すんなりと闇の中へ溶けていったのだ。
初めは夢も何も見なかったと思う。ううん、もしかしたら見ていたかもだけど、完全記憶が発動しない程に追い詰められていたのかもしれない。
あっという間の睡眠。目が覚めて一番に確認したのは、当然カゴだ。
結果から言えば潰れてはいなかった。それどころかサヤの言った通り、身体創造を発動したまま長時間眠っていた筈なのに、私の体はドラゴンに戻っていない。
体を巡る魔力は減るどころかむしろ漲っていた。
それからというもの、私は毎日の夜をカゴの中で過ごした。空いてしまった穴を塞ぐように、来る日も来る日も。
時々夢を見るようにもなり、その夢の中では必ずお兄ちゃんが現れた。私が知ってる姿そのままで、夢の中でも私の頭を優しく撫でてくれる。
私は、それがたまらなく好きだった。
ペンダントに込められた魔力は膨大だ。でも無限ではない。いずれは無くなって、再び私から魔力を消費していくのだろう。
図々しいかもしれない。それでも私は、サヤを頼る事にした。
何年も出歩いていなかった街に出て、何度もサヤの元を訪れた。すべては、無くなってしまった魔力を再び補充してもらう為に。
「はぁい、おしまいです。これで元通りですよ〜」
「ありがとサヤ」
本当にお肉とお酒を楽しみながら、サヤは片手間にペンダントの魔力補充を終わらせてしまった。
毎度の事ながら凄いよね。ただ魔力を込めるだけと聞けば簡単に思えるけど、この小さな小瓶の中に圧縮した魔力を流し込むのはかなり難しい事なんだ。
やろうと思えば私にも出来なくはないものの、少量かつ少しずつでしか無理。サヤみたいに大量の魔力を一気になんて芸当は考えられない。たぶん真似しようものならペンダントが壊れる。
もしそうなったら私は立ち直れるだろうか。
いや、でも前ほど酷くはならない……筈。たぶん。だけどやっぱり、現状はペンダントが無い生活なんてもう考えられない。
せめて私の魔力だけで補えるようになるまでは、これは手放せないかな。
「いつも思うんだけど、そんなに魔力使っちゃって大丈夫なの? 1回の補充で常に身体創造発動したままでも2週間は維持できるし、相当多いでしょ? 負担凄くない?」
「うふふ〜、ご心配なく。これでもシェラメア様に次いで魔力量は多いですから♪」
「母さんはドラゴンだから納得できる部分もあるけど、にしたって凄いよサヤは。確か人間の魔力量限界ってそこまで上振れしないんでしょ?」
「あら、よくご存知ですね」
「引き篭もってる間に色々と知識は蓄えたからね。主にサヤが持ってきてくれた魔本とかでさ。おかげでマスターした魔法もいっぱい」
普通の本も好きは好き。でもやっぱり魔本の方が読んでて面白いからそればっかり読んでたんだよねぇ。
中には簡単な魔法の使い方が記載されてる物もあるし、難しいものだって時間を掛ければ習得できた。
思考伝達が良い例かな。魔法というよりスキル寄りだけど、結局は魔力を使うし扱いも難しいから、魔法の括りらしい。
これを初めて使った時は母さん達に驚かれたっけ。
相手は限られるけど、ドラゴンのままでも他の人と意思疎通できるから、かなり重宝してる。私が習得してから母さんも頑張ってマスターしようとしてるみたい。
元々思考伝達自体は使えなくはないらしいけど、どうしても雑音が入っちゃって聞き取りにくいんだってさ。
ずっと長生きしてる母さんでさえも苦労する魔法を簡単に使ってみせる娘。ふふん、やっぱり私って凄い。どやぁ。
おっと、いけないいけない。過信慢心は最大の敵だってルドルフも言ってたもんね。
「ふふ、レティシア様はまさしく天才肌ですね〜。
私の魔力量に関して言えば、ちょっとしたズルによる恩恵です。本来であれば、ここまでの魔力を保持する事はなかったでしょう」
「ズル?」
「詳しくはお教えできませんが、簡単に言うと人間の限界を無理やりにこじ開けて得た魔力なんです」
「へー。そんな方法あるんだ。どうやるの?」
「ですから、お教えできません」
ピシャリと断られてしまった。うぅぅぅ、気になる。そんな裏技みたいなのがあるなら私も知りたい。それが出来れば魔力量が増えるって事だし、今の私にとっては一番欲しいものだ。
「じゃあヒント! それくらいは教えてよ!」
「そうですね〜……あ、やろうとした場合、下手したら死にます♪」
「それただの脅迫じゃん……」
まぁでも、納得ではあるかな。何の代償も無しに魔力を増やせるなら、この世はサヤレベルの人達で溢れ返ってる、か。
「サヤはどうだったの?」
「半分死にましたね〜。シェラメア様が居なかったら、間違いなく今ここには居ません。
思えばあの時初めて、本気の本気でシェラメア様に怒られましたっけ」
「あの母さんが怒ったの?」
何年も引き篭もってた私に対しても怒るどころか優しく接してくれて、街中のトラブルも比較的穏便に解決したり、弟達の喧嘩も穏やかに鎮めてしまうあの母さんが? 怒る?
「な、何したのサヤ?」
「ですから、お教えできません♪
とにかくその方法は大変危険であり、成功する確率も限りなく低いものです。たとえ成功したとしても、体に大きな後遺症が残るでしょう」
「後遺症? たとえば?」
「私の場合、子を宿せない体になりました」
「えっ――」
思ってもみない言葉がサヤから飛び出した。
声を詰まらせて、私は無意識にサヤの下腹部へと視線を下ろしてしまう。
「シェラメア様のお力になりたくて、功を焦った幼い子供の過ちですわ」
「で、でも、子供が出来ないって、そんなの」
「私は、人ではあり得ない程の魔力を有しています。過剰な魔力は常に体中を駆け巡り、この身を蝕もうとしているんです。もちろん、こうしている今も」
「っ!?」
「レティシア様。どうして私がいつもお酒を飲んでいるか分かりますか?」
「それ、は、お酒が好きだからじゃないの……?」
「うふふ、もちろんそれもありますね。
でも、本当の理由は違います。無理やりにこじ開けて得た私の魔力は、その過程でとても攻撃的な物へと変質してしまいました。
何もしていなくても、この身を引き裂こうと暴れ狂う。そんな危険な物に。
ですがどういう訳か、この魔力はお酒にとても弱い性質を持っていたんです。おそらく、変質した時に何らかの作用が働いたのだろうとシェラメア様は仰っていました。
お酒を摂取する事で私の魔力は沈静化され、攻撃性が低下する。まぁ、今は昔ほど酷くはありませんけどね。数日お酒を抜く程度なら問題ありません♪」
笑っているけど、サヤの表情はどこか寂しそうだ。
「……もしかして、その魔力。子供にも?」
「はい。身体的に子を宿す事は出来ますが、今言った通り魔力による影響で十中八九命を落とす事になります。
何もしなくても魔力が子を殺し、妊婦の状態でお酒を摂取するのは当然ながら子に悪影響。そういう意味で、私は子供が産めないのですよ」
「……」
絶句だ。まさかそんな事情があったなんて。
それに、私の場合って事は、当然後遺症は多岐にわたると考えていいかもしれない。
私がサヤと同じ手段で魔力を得た場合、もっと深刻な状態になりでもしたら? もしそんな状態でお兄ちゃんと再会して嫌われでもしたら? 私は今度こそ生きていける自信が無いっ……!
「でも、私は後悔していません。
その選択をしたからこそシェラメア様に誠心誠意お仕え出来ていますし、何よりもレティシア様とこうして過ごせているのですから」
「強いね、サヤは。そうだ! じゃあ私がサヤの子供になってあげるよっ」
「え、いえそれは流石にシェラメア様に悪いかと――」
「サヤは私の名付け親でしょ? だったらもう1人の母親でも通用するって。それとも、他でもない私がそうしてほしいじゃ、理由にならない?」
「〜〜っ! レティシア様ぁっ、抱きしめてもいいですか!?」
「うぶっ、も、もう抱きしめてるじゃん」
感極まった様子のサヤに力強く抱かれる。上を向けば本当に嬉しそうに顔を綻ばせるサヤが居て、私も何だか嬉しいような照れくさいような変な気持ちになる。
これくらいの事で喜んでくれるなら、いくらでも応えよう。
私はそれだけサヤに恩がある。たくさんの人に支えてもらっている今も、私の中に大きな存在として居続けてくれているのは、やっぱりサヤだ。
私だけのもう1人の母親。
負けじと私もサヤにしがみついてみる。
柔らかいなぁ……うん、分かってたけどデッカい。
「……あのさ、サヤ」
「はぁい、何ですか?」
ご機嫌な様子のサヤの声は弾んでおり、今にも鼻歌が聞こえてきそう。だけど、そんなサヤには悪いと思いつつ、恨みがましい視線をある部分に注ぐ。
「もう少し私に分けてほしいな」
「あら、魔力ですか?」
「おっぱい」
女としての魅力を磨く為にも、是非これくらいの大きさは欲しい。私はまだ子供だし、成長の余地はまだまだある。でも絶対じゃない。
母さんも大きいから、たぶん遺伝的に私も成長はする……筈。うん、してくれなきゃ困る。
仮に、仮に! 成長しないのであれば、代わりに大きくする別の方法があるなら覚えていても困るものじゃないと思うんだよね、うん。私間違ってない。これはお兄ちゃんの為だもんね、うん。
私はちゃんと覚えてるもん。サヤに抱っこされてる時、お兄ちゃんがたまにサヤのおっぱいを踏み踏みしてたの。絶対お兄ちゃんは巨乳好きに育ってる筈。
「レティシア様。時には諦めも肝心なのですよ」
「やっぱり私の母親は母さんだけかー」
「あぁん! それはズルいですよぉ!」
だって大きくなりたいんだもんっ!!!
身体創造で細かい部分は変えれても、身体的な成長は年齢に依存するって母さんも言ってたもん! それってつまり成長しても大きくならない時はならないって事じゃん!
ホントに頼むよ母さん! 私にも受け継がせて! お兄ちゃんの為にもっ!!




