私は強くなる
息苦しい。心臓が痛いくらいに鼓動を早める。汗が止まらない。右腕もそろそろ限界が来そう。
いつもと違う、本気の稽古を始めてたった数分なのに、こうも実力差があるなんて思いもしなかった。スキルと魔法の使用さえ禁止されてなければまだ戦えるのに……ううん、違う。それは甘え。
これくらいで音を上げてちゃ、私はいつまで経っても子供のまま。母さんも言ってた。常に万全の状態で戦える訳じゃないって。
この世界は残酷で、何でもあり。だから、どんな状態でも全力を出せるだけの力を身に着けなきゃ。
「まだやりますかな?」
「当然。私まだ、負けてないから」
「ワハハハハ! これは試合ではなく稽古ですぞ?」
目の前で笑われてちょっとカチンと来た。
別に馬鹿にされてる訳じゃないんだろうけど、何となく子供扱いされてるみたいで気に入らないかな。
今にも取りこぼしそうになっていた竜剣イヴトラールの柄を握り直し、正眼の構えを取る。
大丈夫、まだやれる。正直勝てる気はまったくしない。でも、せめてかすり傷の一つくらいは負わせなきゃ私の気が済まない。
「笑ってられるのも今のうちかもよ? その髭斬り飛ばしてあげようか?」
「むぅ……段々と口調まで小娘に似てきましたな。あまりオススメはしませんぞ?」
「似てきた? それは光栄かな」
「ワシは悲しいですぞ」
「知ったこっちゃない、ねっ!」
石畳を踏み締めて一気に距離を詰める。
大丈夫、まだ戦斧は肩に担いでる状態だ。私の方が速い。このまま懐に飛び込む!
「真正面からではワシには勝てませぬ。そう申した筈ですがな」
「(そんなこと言われなくても分かってる)」
そう、分かってる。だから私は小細工を使うんだ。何も剣だけが私の武器じゃないからね。
振り上げたイヴトラールを、眼前の標的に向かって振り下ろす。当然、相手は防御する為に担いていた戦斧を使って受けようとするだろう。
「む?」
読みは当たった。でも本命じゃないとはいえ、全力で振るった一振りをこうも簡単に止められたのはショックだな。
なんて思いながら、私は即座にイヴトラールの柄を手放し、その場にしゃがみ込んだ。
絶妙な力加減で自分の足先を少しだけ捻ると、カチリという音と共に靴の裏から鋭いナイフが飛び出す。
そのまま思い切り円を描くように足を振り上げて――。
「甘いですな」
「いいっ!?」
「ぬぅんっ!」
ナイフの切っ先が届いたと思った瞬間、私の足首は大きな手に捕まった。そのまま後方へ力任せに投げ飛ばされてしまい、慌てて受け身を取ろうとした所で足がもつれて盛大に転けた。
……完全に意表を突いた筈なのに、ホントに化け物だ。
「ふむ、本日はここまでとしましょう。体力の限界も来たようですからな」
「何言ってるの。まだやれ……あ、れ?」
勝手に稽古を終わらせないで。そんな文句を言うために立ち上がろうとしたけど、直ぐに尻もちをついてしまった。
おかしい、確かに体力は消耗してるけど、立てない程じゃない筈。体に負担がかかるスキルも一切使用していないのに何で――……って、まさか?
「私の足に何かしたでしょ? ルドルフ」
「ワッハハハハハ! 気付かれましたか! 流石はレティシア様!」
やっぱり。いったい何したの? 上半身は自由に動くのに、足だけ他人の物みたいに動かない。
感覚はしっかり残ってるだけに気持ち悪い。
「無理はなさらぬ方がよいでしょう。足の腱を痛めてしまいますからの」
「スキル?」
「いやいやとんでもない。指で足首の筋肉をこう、クイッとしたまでの事。所謂小細工ですな」
何でそれだけで足が動かなくなるの、意味分かんない。クイッて何さ、クイッて。
「卑怯とは言いますまい? レティシア様とて小細工を弄したのですからな」
「うっ……まぁ、それを言われたら何も言えないかな」
「しかしながら、仕込みナイフとは驚かされました。あの小娘の入れ知恵ですかな?」
小娘? ……ああ、サヤの事ね。ルドルフは本当にサヤを目の敵にしてるなぁ。母さんは仲良しだって言ってるけど、どこがって感じ。
それにサヤは小細工無しで真正面から魔法ドカーンなイメージだし、小細工ならどっちかと言えばカザネの方じゃないかな?
「違う違う。これに関しては私が考えて作ったの。まぁ、魔力で創造した物だから、作ったって言うのは変かもだけど」
「ほほう。シェラメア様曰く、特殊な仕掛けまで魔力で作るとなると相当に繊細な魔力操作が必要になってくると仰っておりましたが、いやはや流石ですな」
「魔力を使わせたら私の右に出る人なんて居ないよ」
「同年代では、でしょう?」
「……ルドルフって一言余計だって言われない?」
同年代では、ね。まぁ人一倍訓練してるし、そうでなきゃ納得できないけどさ。
「はぁ。ルドルフ、イヴトラール拾ってよ。まだ立てないんだから」
「む? おかしいですな、そろそろ立てるようになる頃ですが」
「そんな事言われても立てないものは立てないんだから仕方ないじゃない」
「ふむ、であれば仕方ありませんな」
落としたイヴトラールをルドルフが拾い上げ、私に手渡してくる。私が柄を握り、ルドルフが手を離した瞬間――。
「せいっ!」
「ぬおぉっ!!?」
まだ足が動かないのは大嘘。直ぐに飛び起きてルドルフへ剣を一閃。完全な不意打ちにも関わらず、それでも反応するルドルフに驚きを隠せない。
だけどそこは私、有言実行だね。
ヒラリと舞い落ちた一本の髭を摘み上げて、私はいたずらっぽく笑ってみせた。
「言った通り髭は斬り飛ばした。一本でも髭は髭、でしょ?」
「ワハハハハ! してやられましたわい!
まだまだワシも精進が足らぬ様子。感謝いたしますぞレティシア様」
「別にいいよ。私もスッキリしたし」
根本からバッサリやりたかったという本音は言わないでおこう。
「じゃ、これで終わり。今日も付き合ってくれてありがとね」
剣を光に変えて自分の中へしまい込み、ルドルフに一言お礼を言ってから踵を返して訓練場の出入り口へ足早に向かう。
「もう日が暮れますぞー? 何処へ行かれるのですかー?」
「サヤの所に寄ってから帰るー! 心配しなくても遅くならないよー!」
「んなっ!? なりませんぞ! あの小娘は悪影響しか与えませぬ故!」
「それは聞けなーい! │跳躍!」
今にも追いかけてきそうなルドルフの声に、私はスキルを使って出入り口を飛び越えた。そのまま街に躍り出て、屋根伝いを走る。
もう後ろから声は聞こえない。追いかけようと思えば追いかけられるのに、それをしないのはルドルフなりの優しさかもね。
そういう優しさを他に向けて、もう少しサヤとも仲良くしてくれればいいのに。毎回顔を合わせる度に不穏な空気になるのさえ無ければなぁ。
まぁいっか。何とかなるよ、うん。
「跳躍っと!」
再びスキルを発動させて、私は暗くなり始めた街の中を何処までも駆けた。
「はぁ……随分とお転婆になられたものだ。
だが、あの忌まわしい襲撃から早8年。塞ぎ込んでいたレティシア様も皆の支え合って立ち直ってくださった。
未だ幼いながらも懸命に己を鍛えるお姿。このルドルフ、これほど嬉しい事はありませんぞ……!」
「あの兵士長。訓練場の掃除するんで退いてもらっていいですか?」
「待ていっ、今は感動に打ち震えている最中なのだっ」
「いや邪魔――」
「見ておられますかイヴニア様……! 妹君は立派に生きておられますぞぉ!」
「この人ホントにレティシア様達が絡むとポンコツだな……」
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