一難去ってまた一難
背中に男性獣人達の熱い殺気を感じながら、地上へと降り立つ。
相変わらずバジリスクの尻尾は暴れたい放題で、降りるにもかなり苦労した。獣人達の住処も見るも無残な事になってしまっているし、ここから建て直すのはかなり骨が折れるだろうな。
下で待機していたヴェロニカさんとアルフさんに一言すらかける事もなく駆け出し、尻尾へ狙いを定める。
そうして尻尾が近くに来た瞬間に、もう何度目かも分からない跳躍を発動させて跳び上がり、空中でバジリスクの尻尾を捕まえた。
「んなろぉぉぉぉぉぉっ!!!」
あとは気合いと根性。両手で尻尾をガッチリとホールドした状態で死ぬ気で踏ん張るだけだ。
さっきは呆気なく投げ出されてしまったが、今はバジリスクも冷静さを欠いている状態! アルフさんが角を折るまでの時間くらいは押さえられる! いや、押さえてみせる!
「ぐぎぎぎっ……!」
絶対に離すものか。このまま尻尾を千切る勢いで両腕に力を込める。
魔力消費を考えて硬質化を発動させていない故に、刃状の鱗が色んなところに食い込んでめちゃくちゃ痛い!
傷口から血が噴き出しても知ったこっちゃないな! 限界ギリギリまででも耐えてやらぁ!
「でかした! やるぞアルフ!」
「承知!」
視界の端でヴェロニカさんとアルフさんがバジリスクの体を駆け上がっていく。障害物も無ければ邪魔者も居ない。
「ギギィィィィィッ!!!」
バジリスクの苦し紛れの叫び声が木霊する。どれだけ叫んだって離すものか。俺も皆も、命を懸けてお前を押さえてんだからなぁ!
「剛力強化! 筋力全開! 一撃剛殺!」
「剛力強化! 」
駆け上がりながら2人が紡いでいるのはスキルの類か。
やがて同時にバジリスクの頭上へと跳び上がり、ヴェロニカさんは拳を、アルフさんは石の槍を掲げ――。
「剛拳刹華!!!」
「雷轟一閃!!!」
蒼い光と金色の雷光が瞬き、激しく鳴り響く衝撃音。掴む尻尾がビクリと脈動したかと思えば、次いで耳を劈くバジリスクの断末魔。
俺は確かに見た。視線の先で何かが落ちてくるのを。枝にぶつかりながら落下を続け、地面に深々と突き刺さって静止した物体。
青白く光っていたそれは、やがて光を失い沈黙する。
「やっ、た……?」
実感が湧かない。俺が折り砕いた訳じゃないからか。それとも作戦が上手く行ったからという安心感からか。
尻尾から力が抜け、バジリスク本体もグッタリとしている。拘束を解けば尻尾は力無く地面へ落ちた。
抵抗の意志が消えた事でツタを引っ張っていた皆も力を弱め、巨体は木々を薙ぎ倒しながら重力に従い落ちていく。
倒れた瞬間にズンッと大地が揺れ、土煙が舞い上がる。誰もが呆然としていた。
皆の胸中に広がる感情は何だろう。
たぶん、喜びではあると思う。ただ、無邪気に喜んでいいのかどうか迷っている……そんな所だろうか。
でも俺は違った。
沸々と湧いて出てくるのは喜びではなく、違和感。バジリスクは倒れた、なるほどそれだけ聞けば快挙である。
しかし、俺は知っている。経験している。
かつて大勢の兵士達と共にバジリスクへ挑んだ際、角を折った後にどうなったのか。それを知っている。だからこそおかしい。
「成し遂げたな、イヴニア」
「本当に上手くいくとは……」
頭上からヴェロニカさんとアルフさんが降り立ち、俺の隣に並ぶ。投げ掛けられた言葉に素直に頷けたならどれだけ楽だっただろう。
「いや、警戒は解かない方がいい」
「む? 何故だ?」
「俺が知ってるバジリスクは、たとえ角を折り砕いても暴れる事をやめなかった。こんな風にアッサリと倒れて終わりとは考えにくい」
「考え過ぎではないのか?」
アルフさんの言う通りかもしれない。
俺が知っているバジリスクは麻痺毒しか吐かなかったし、溶解液を吐くこの世界のバジリスクとは根本的に違う存在なのだとすれば、角を折ってハイ終了の可能性も十分にある。
でも、やっぱり呆気なさ過ぎる。
「いや、冷静に考えてみればおかしな話だ」
「族長?」
「イヴニアの言葉通り、角への攻撃は有効であった。だが、ただ角を折った程度でこれだけ巨大な生物が死ぬと思うか?」
「ふむ……確かに」
「たぶん、角を折られた衝撃とダメージで一時的に昏倒しているだけだと思うんだ。ヴェロニカさんとアルフさんは皆の所へ行って状況説明を頼む。
俺が行って説明するより、族長の言葉の方が気も引き締まる筈だからさ」
「よかろう。お前はどうする?」
「見ての通り傷だらけだし、待機して少しでも傷を癒やすよ」
「んは、了解だ。行くぞアルフ」
「承知」
簡潔に伝えれば2人は直ぐに上へと登っていった。
この合間を無駄にしない為にも、俺も近場に生えていた木に背を預けて座り込む。
終わってはいないだろうけど、一息つかなければやってられない。鱗で傷付けられた体をスキルで癒やす必要もあるしな。
でもまぁ、これでかなり楽な戦いにはなる筈だ。
「(減ったなぁ)」
チラリと上を見てため息を吐く。残りの魔力量は800と少し。さっきの引っ張り合いと押さえ込みで相当削られてしまったな。
ヴェロニカさんには正体バレてるからいいものの、身体創造が解除されて他の獣人達にまでバレるのは避けたい所だ。
特にクロエなんか、惚れた相手が実はドラゴンでした〜なんてショックも大きいだろうからな。手早く終わらせて人知れず牢屋に戻るのが一番の最適解。或いはもうそのまま国から出ていくかだ。
コアちゃんの事は気に掛かるが、俺にもやらなければならない事がある。バジリスクを倒せば、少なくとも恩義は返したと言えるしな。
それに……あの傷では助かる見込みは限りなく低いだろう。最悪、見送る事はできないかもしれない。
というか、俺は居なくてもいいと思う。コアちゃんには父親が居て、大勢の仲間がいる。現在進行形で孤独な俺とは違うのだ。
きっと寂しい思いをする事なく安らかに逝ける。そうあってほしいと願うばかりだ。
「っ……やっぱ、そうだよな」
色々と考え続け、徐々に傷も癒えてきた頃、すぐそばにあったバジリスクの尻尾がビクンと脈動した。
意識は戻った。まだやれるぞと、ゆっくりゆっくり尻尾が持ち上げられていく。
「傷は癒えてないけどやるしか――……へ?」
思わず間抜けな声を洩らしてしまった。
だって、そうだろう? バジリスクが起き上がり始めたと思ったら、直ぐに力無く倒れてしまったのだから。そりゃ変な声の一つや二つ溢したくもなる。
以降、ピクリとも動かなくなり、俺もまたポカンと放心したままで動けないでいた。
どれくらいそうしていたか。少なくとも、木の上に居た獣人達が次々と降りてくるまではボーッとしていた。
訳が分からない。ありえない。こんな簡単に? ただ角を折って終わりだというのか? あのバジリスクが? そんな馬鹿な話があるものか。
「(……いや)」
ある。可能性の一つとして考えられる事はある。
ここは別世界だ。だから、俺が知ってるバジリスクとは生命力の差くらいあるかもしれない。その程度の食い違いはあってもおかしくないと思う。
さっきも言ったように、似てるだけで根本的に違う存在なのだとしたら、この結末もありえる事だ。
故にこれで終わり……その可能性も考えられる。でもやっぱり消えないんだ。さっきから不安は膨れ上がるばかりで、ちっとも小さくならない。
そんなものは杞憂だ。考え過ぎだ。俺達は勝ったのだ。
消えない不安を払拭する為に、そうやって最良の結果を想像しては己の本心を誤魔化そうとする。
「……?」
ふと、そんな馬鹿な事を続ける俺の耳に聞こえてきたのは、ビキりと何かが弾ける音。
一度、二度。音は次から次へと発生し、俺が思い描く最良の結果を尽く粉砕していく。
その音の正体は直ぐに分かった。
バジリスクの頭から尻尾の先にかけて、鱗がミシミシと盛り上がっている。そう、まるで内側から何かが出てこようとしているような――。
「――キィィア゛ァァァァァァァァァァッ!!!」
「嘘だろ……」
ああ、本当に。どうして嫌な予感ってのはこうも当たるものなのだろう。
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