作戦決行間近
突然のイヴニアからの指示に従い、大きく跳躍した。オレ自身、奴が妙な動きをした途端に嫌な予感を感じていたが、どうやらそれはイヴニアも同様だったらしい。
直後に麻痺毒の霧と、それを拡散させる動き。
恐ろしいな。少しでも遅れていたらあの場に取り残されて再び動けなくなっておった。
だが安堵したのも束の間、肝心のイヴニアが跳び上がった瞬間、喰らう者の尻尾が振り下ろされる。
空中での回避は至難の業だ。避ける事叶わずイヴニアは叩き落とされ、やがて麻痺毒に飲まれた。
助けに行こうとして思い留まる。ここで降りれば二の舞だ。
しかし喰らう者も容赦がない。霧の中をがむしゃらに尻尾で薙ぎ払い続け、時折聞こえる衝撃音はイヴニアに直撃したものだろうか。
安否を確認するために呼び掛ければ、元気な声が返ってきた。この麻痺毒の中で大声を上げれるとは恐れ入る。やはり只者ではない……オレの勘を信じるならば、正体は絞れているのだがな。
「しっかりこちらも見張っておるか。抜け目のない奴だ」
少しでも攻撃の手数を減らせないかと喰らう者へ接近を試みる。が、やらせるかと言わんばかりに的確に毒を吐いてきおる。
頭に上った血も冷めてきたか。存外冷静じゃないか。
オレだけでは手に余るな。せめてイヴニアを救出せねば。
手を借りるか? そう思い、何やら周りを跳び回るクロエとアルフに視線を向けるが、2人共に酷く集中しておるようで見向きもしない。
いや、クロエだけは傍目から見ても分かる程に怒気を放っておるな。イヴニアを傷付けられて怒髪天と言ったところだろう。
それでも助けに入らないのは、そのイヴニアに何か言い含められておるからか。或いは信頼……んは、この短期間でよくぞそこまで惚れられるものよな。
ん? クロエが持っておるアレは……ツタ? 何故そんな物を――。
「シャアァァァァッ!!!」
「チッ! 考え事も許さぬか!」
隙あらば毒、毒、毒。飽きもせずによく吐く事だな。しかしそれ故に厄介だ。これだけ吐いておきながら毒切れは起こさない。やはり角を折らねば話にならんか。
「ギッ……!?」
「ん? なんだ?」
屋根の上と木々の間を跳び回って回避を続ける中、不意に勢い良く毒を吐いていた喰らう者の動きが止まった。絶え間なく動かしておった尻尾もピタリと止まり、何やら踏ん張るような仕草をしておる。
視線の先には麻痺毒の霧。……いや、これは。
やがて地面を覆い尽くしておった霧も晴れる頃、オレは我が目を疑った。
予想通り、喰らう者が動きを止めたその理由はイヴニアだ。信じられない事に、あの小さな体で喰らう者の尻尾を抱え込み、踏ん張っておる。
見たところ毒が効いておる様子も見受けられない。
それだけでは飽き足らず、イヴニアの上半身に浮かび上がる白い鱗はまさしく――。
「んは……んははははははっ!!! 我が勘は本当に百発百中だなぁ!」
思わず大声で笑ってしまった。
イヴニアよ、この戦いはコアに対する感謝の表れか? であるならば何と義理堅い男よ。お前という存在と共に戦える事を誇りに思うぞ。
この場を無事に切り抜けられたなら、お前には最大級の感謝を贈らねばな。全ての獣人一同、心からの賞賛を受け取るとよい。
「ドラゴンとの共闘か。んはっ、ワンコに良い土産話が出来そうだ」
その前に、まずは勝手に戦場に出てきた事についての説教だがな。
――……。
霧が晴れてきた。毒の症状は未だに現れないのを見るに、やはり俺の予想は正しいと思うべきか。
それはそうと何か上でヴェロニカさんが大笑いしてるのは何故? こっちは笑うどころじゃないんだよ!
力比べと意気込んだのはいいものの、何て馬鹿力をしてるんだこの蛇野郎! 気を抜いたら一気に持ってかれそう!
そもそもこうして力比べ出来てる時点で色々とおかしいんだけどな! レベルアップ万歳ってかー!
「ギアァァァァァァァッ!!!」
「そう、だっ、怒れ怒れ! そうやって俺達だけ見てろ!」
クロエ達の準備はまだ整わないのか。
バジリスクを挑発しながら気取られない程度に視線を動かして2人を探せば、木々の間を跳び回る姿が見て取れた。
その手にあるのは数本のツタ。
よし、ちゃんと俺の指示通りに動いてくれてるな。合図までもう少しと言ったところか。
「このまま力比べに付き合ってもらおうか。その時が来るまでおとなしくぅぅえぇぇぇぇぇっ!!?」
ごめん、ナメてた。抑え込めてるから力は今の俺と同等くらいだと思ってたけど、それは勘違いだと気付かされた。
いとも簡単に俺ごと尻尾を持ち上げられ、そのまま投げ飛ばされる。そうして拘束を解いたバジリスクが間髪入れずに大口を開けて迫ってきた。
慌てて空中で身を捩り、木の幹を蹴ってこれを回避。大木はアッサリと折れて倒れていく。
「何だよっ、今まではお遊びでしたってか……!」
「イヴニア! 大事ないか?」
木の枝に着地した直後、直ぐ隣にヴェロニカさんが降り立つ。言葉とは裏腹に口元は笑みの形だ。分かってて聞いてるだろ。
「見ての通り五体満足。外傷も無いよ。ちょっとだけ体は痛いけど」
「何より。毒の方はどうだ?」
「あー、それね。自分でもビックリだけど、俺に毒は効かないみたいなんだ。霧に飲まれた時はかなり焦ってたから、不幸中の幸いだな」
「ふむ、ドラゴンの事は詳しくないが、それも種族特有の耐性か」
「やー、これはドラゴンの特性云々ってより俺個人の――」
……おいちょっと待て。今ヴェロニカさんなんて言った? とっても聞き捨てならない台詞を聞いた気がするぞ?
「や、やだなぁヴェロニカさん、俺がドラゴンだなんてそんな。こんな子供1人捕まえて冗談キツいって」
「ほう? ではその鱗はどう説明するのだ?」
「あ」
しまった失念していた。一部分とは言え、今の俺の姿はドラゴンとしての鱗が浮き出ている状態だった。
ブワッと変な汗が吹き出る。これでは正体に関しての言い訳が通用しない……! 実は生まれながらの体質で鱗が出てきちゃう変な人間なんです、とか言ってみる? いや苦しい、苦し過ぎる。
「んは、お前は賢いのか間抜けなのか分からんな」
どちらかと言えば間抜け寄りです、はい。
「えーっと、その……脱獄したのは別に逃げようとした訳じゃなくて、ね? 本当にやましい気持ちとか目的なんてこれっぽっちも」
「分かっておるわ。お前がこの地で大きく行動する理由くらい、勘に頼らずとも予想できる。
今回はコアの為、であろう? 随分と仲睦まじいようで何よりだ」
「全部お見通しだなぁ……」
とりあえず脱獄に関しては悪い意味で捉えられていないようで安心した。もしコアちゃんに色々と助けられていなければ、こうまでアッサリと事が運ぶ事はなかっただろう。
ま、コアちゃんと出会ってない場合、そもそも助けには来てなかったかもだけど。
「お、合図だ」
この人の前では隠し事できそうにないなぁ、なんて口元を引くつかせていると、ピィーっと口笛の音色が聞こえてきた。同時に体に浮かび上がっていた鱗もスゥっと消えていく。
クロエに話しておいた合図。どうやら準備は整ったらしい。あとは――。
「こっからが本番」
「そのようだ。で、どう動けばよい?」
「さっきも言ったけどアイツに毒を吐かせる。それも大口を開けて放つ特大のやつをな。ヴェロニカさんは最後まで今の役に徹してほしい」
「つまり囮だな。んはっ、任せろ」
「ただし無理はしないように。ヴェロニカさんが本格的に攻撃に参加するのは、あくまでも角を折った後だ」
新しい作戦に合わせて、角を折る役も変更した。本命はアルフさんによる一撃。武器の扱いに長けているらしいアルフさんならば、その瞬間を任せるに相応しい。
決定的な隙を作る役目は俺とクロエだ。
「俺もクロエの方に行く。とにかくヴェロニカさんは――」
「毒を吐かせろ、だな」
「ああ、頼んだ。あともう少しだけ時間を稼いでくれ」
「んはっ! 心得た!」
土煙の中からバジリスクが起き上がってくる。随分とのんびりしてるじゃないか、ナメられたもんだな。
だけどそろそろ終わりにしよう。
ヴェロニカさんへ目配せをした後、俺は跳躍を発動させてその場から離脱。クロエの元へと駆けるのだった。
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