霧深き中で
「ぜぇぇぇぇぇいっ!!!」
「シャアァァァァッ!!!」
「んはっ! 馬鹿の一つ覚えだな! 当たらんよ!」
「よっと、調子良さそうだなヴェロニカさん」
「おおイヴニアか。何処に行っておった?」
ちょっとした作戦会議もそこそこに、俺は再びバジリスクの前にその身を晒した。
ヴェロニカさん1人に押し付ける形となっていたので、割と急いで駆けつけたんだけど……本当に余裕そうだ。
「勝つ為に、ちょっとな」
「ほう? ただクロエと逢引していた訳ではないらしいな」
何でバレてんだよ!
「見てたの?」
「勘だ。この状況で本当にしておったとは、度胸があるというか何というか」
ねぇさ、その勘ってやつ絶対スキルか何かでしょ? ズル過ぎない?
「なぁ――ってあぶなっ!」
話しかけようとしたタイミングでバジリスクの尻尾が落ちてきた。慌てて横っ飛びにそれを回避して地面を転がる。
まぁ、目の前で話してるのを黙って見守るほど優しかないよな。むしろ絶好の瞬間なのだから攻撃して当たり前。
「んはっ! 良い回避だ! 戦場に立った経験がある者の動きだぞ!」
「ご明察! こう見えても数えるのが馬鹿らしいくらい戦場には立って、来たさ!」
鞭の如く縦横無尽に振るわれる尻尾を必死に避ける避ける。兵士時代の俺だったら最初の一撃でとっくにペシャンコだ。
こうして避けられているのは戦闘経験ってよりも、やはりこの体の恩恵がデカいからだろう。
ヴェロニカさんみたいに必中の勘で動く事は出来なくとも、相手の行動を見て動ける。そして間に合う。
言うは易し行うは難し。見えても動けなきゃ意味が無く、動けても見えなければ木偶の坊。
この体はそれを可能にしてくれる。どう考えても間に合わない距離で、回避が出来る。
歴戦の猛者のような華麗な動きはまず無理でも、こう動きたい、ああ動きたい、そんな俺の要望に体が応えてくれる。
これが、呪いの力か。
「ところでその手甲! どこから、っとと! 持って来たんだ!?」
「んはっ! これはとある友人からの贈り物でな! デーモンロードの爪から造られた特注品だ! 作戦が始まって直ぐに取ってきた!」
バジリスクの攻撃を避けながらヴェロニカさんが倒壊した家屋の1つを指差した。察するにヴェロニカさんの自宅か……同情するぜ。
というかデーモンて。その名前、妙に縁があるというかなんというか。デーモンさんの親戚かな? 名付けたの俺だけど。
「デーモンロードって!? うわっと……!」
「禁忌種と呼ばれる魔獣の1体だ! オレでも敵わん!」
禁忌種? 元の世界で言うところの最上位に位置する魔獣みたいなものか。まぁバジリスクが居るくらいだし、そんな存在が居てもおかしな話じゃないよな。
「それより! ただクロエと乳繰り合っておった訳ではあるまい!? 何か妙案でも浮かんだか!」
「乳繰り合ってないっての! 俺とヴェロニカさんのやる事は変わらない! とにかく奴の気を引いてクロエとアルフさんの合図を待つ!」
「その合図が来た後は!?」
「バジリスクに毒を吐かせる! 詳細はその時が来たら自然と理解できる、筈だ! あぁもう鬱陶しいぞコンニャロウ! って折れたー!!?」
バジリスクの攻撃を避けれはするが、こうも絶え間ないと鬱陶しくて仕方ない。我慢ならず思わず石の剣で尻尾に反撃してやると、まぁものの見事に根本からボッキリ折れやがった。
流石は石製。頑丈さの欠片もありゃしない。持ってきた意味ないじゃないか。
「これ以上、ウチの武器を減らしてくれるなよイヴニア!」
「ごめん! これに関しては謝る! でも脆過ぎるのも悪いと思うんだよね!」
「耳が痛いな! だがオレ達に武具の質を求められても応えられん! 戦闘に長けておっても、技術面では最底辺よ! んははははっ!!」
笑い事じゃねーのよ! 他の国と交易するなりして補う手もあるだろー! って、偉そうに他国の事情に口を挟む気はないけどさ。
「シャアァァァァッ!!」
「(っ! アイツ何を――マズイ!)」
突然、バジリスクが頭部を下げた。
何のつもりだと思ったのは一瞬で、直ぐに俺の脳裏を過ぎったのは過去の記憶。
そうだ、俺はあの動きを知っている。目の前で何千という兵士達が餌食になった光景をそう簡単に忘れるものか。
頭部付近の鱗から霧状の麻痺毒が勢い良く噴射される。風も無い今、この距離を保っていればまず食らいはしない……などという楽観視は愚かだ。俺は知っている、この後に奴がどんな行動に出るのかを!
「ヴェロニカさん! 跳んで! 出来るだけ高く!」
「っ!」
流石に反応が速い。俺の呼び掛けに即座に対応して、ヴェロニカさんが高く跳躍。そのまま大木の肌に爪を突き立てて留まった。
直後、バジリスクが尻尾を大きく横薙ぎに振るう。俺達を直接狙う為ではなく、噴き出した麻痺毒の霧を拡散させる為だ。
これが想像以上に速い。地上を這う事しか出来なかった兵士達が、為す術なくこれに飲まれていったのを思い出す。
「俺も離脱――うぇぇっ⁉」
霧に飲まれる前に跳躍を発動させ、同じく高く跳び上がった……までは良かった。それを待っていたと言わんばかりに、俺の真上から尻尾による振り下ろし。
避けられない。咄嗟に飛翔のスキルを発動させようとしたけど、やはりうんともすんとも言わなかった。使えねぇ!
「イヴニア!!!」
「ちぃっ! うっぐぅぅぅぅぅ!!!」
せめてもの防御として両腕をクロス。凄まじい衝撃が体中を駆け抜け、俺は地面に叩き付けられた。
痛い。頑丈になったとはいえ流石に今のは堪えた。体勢を整えて直ぐに離脱を試みたが、時すでに遅し。
間近に迫る麻痺毒の嵐。どうせ飲み込まれるならと限界ギリギリまで息を吸い込む。
「っ!」
視界が真っ黄色に染まった。まるで砂嵐の中にぶち込まれたみたいだ。
長居は無用。吸い込んだ息の限界が来る前に跳躍を発動させて離脱しなければ――。
「がはっ……!!?」
しかしそれも叶わず、横っ腹に衝撃。バジリスクが尻尾で追い打ちを掛けてきたのは直ぐに理解できた。でもそれ以上にマズイ事態なのは、今ので吸い込んだ空気を吐き出してしまった事だ。
「(マズイ、ホントにマズイ……!)」
無様に転がりながらも慌てて口元を両手で覆った。だけど無意味だ。吐き出した反動で自覚できるくらいには麻痺毒を吸い込んでしまった!
逃げないと! 症状が出てくる前に一刻も早くこの中から脱しなければ、俺は死ぬ!
「(もう一度跳ぶ……? いやダメだ、バジリスクの攻撃は速い。飛び出したところでさっきと同じくはたき落とされる。横に移動? それもダメだ。この麻痺毒がどこまで続いてるのか分からない以上無駄に体力は使えない)」
考えろ、考えろ……!
「っ!!?」
また尻尾が襲ってきた。視界が悪過ぎて回避は難しい。防御するしかない!
……待て、防御? そうか! 忘れてた!
「(硬質化、発動!)」
スキルポイントを消費して覚えた新たな防御スキル! 頼むから飛翔みたいに使えないってオチだけは勘弁してくれよ! これ以上俺を落胆させないでくれ!
「(痛っ――く、はない?)」
尻尾が体にブチ当たる瞬間、一瞬だけ体の内側で何かが脈動するのを感じた。防御も何も出来ず、ただ目を閉じて衝撃と痛みが来るのを覚悟したが……何かが当たったかな? 程度にしか感じず、肝心の痛みは毛ほども無い。
恐る恐る目を開けて自分の体を確認する。
尻尾が当たったであろう脇腹には、何と人としての肌ではなくドラゴンの時と同じ鱗が浮かび上がっていた。
魔力切れで身体創造が解けてしまったのかと慌てて頭上に浮かぶ数字を確認するも、残り魔力量は1400ちょっとと未だ余力はある。
という事は、この鱗は硬質化がしっかりと発動してくれたって事だろうか。
「(ありがてぇ。でも、こっちはそれなりに減ってるな)」
魔力に余力はあれど、赤い線は半分より少し長め程度にまで短くなっていた。
ん〜……やっぱりこれって、俺の体力ないしは生命力? それが正しいとして、もしこれが全部無くなったら――。
「(死ってか? 笑えねー)」
「イヴニア! 生きておるか!」
遥か頭上からヴェロニカさんの声。
「大丈夫! 生きてるよ! ハッ!!?」
しまったぁぁぁぁぁ!!! 返事する為に思いっきり口から手を離しちまったぁぁぁぁ!! バカか俺は!! 吸い込んじまったよクソッタレェ!!
「(うぐぐぐ……ん? あれ?)」
などと焦りはしたが、同時に疑問にも思った。
と言うのも、もうそろそろ麻痺毒による症状が出始めてもおかしくないのに、指先も痺れてないし声もハッキリと出せる。ほんの少しの違和感も無い。
これ本当に毒か? いや、毒だよな。足元に居た蟻もひっくり返ってピクピクと痙攣してるから毒なのは間違いない。
「……すんすん」
好奇心とは恐ろしいものだ。もしかして、なんて軽い気持ちで鼻から少しだけ麻痺毒を嗅いでみた。
一吸い、二吸い。終いには大きく深呼吸。
どれだけ呼吸を繰り返しても、体に不調が現れる事はなく。
思えば疑問だったんだ。コアちゃんの体に触れた時然り、毒を避けている際に飛び散って肌に付着した時然り、毒を纏っているだろう尻尾の一撃を受けた時も然り、そして今回も。
毒と言うには些か無害過ぎる。いや、もしかしなくてもこれは……。
「この体、毒効かないの?」
改めて声に出した途端、俺はある事を思い出した。
そうだ。そういえば、レベルアップによるステータス上昇で、他と同じく大きく数値が上がっていた項目があった筈だ。
状態異常耐性。
もしも、もしもだ。この考えが正しいのなら――。
三度振るわれるバジリスクの尻尾。
避けもしない。まして防御もしない。保険として硬質化だけ発動させて、その場でドッシリと両腕を開いて構えを取る。
尻尾が俺の脇腹を捉えた瞬間、俺もまたバジリスクの尻尾をガッチリと捕まえた。硬質化の恩恵は絶大だ。
こうして組み付いていても、鋭利な鱗が肌を切り裂く心配も無い。
あぁくそ、もっと早くに気付けていたらな。
「毒が効かなきゃ何も怖くないな! 力比べと行こうぜバジリスク!!」
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