迎え撃て
無我夢中で走った。後ろから聞こえてくるトーくんの声にも振り返らずに、転けそうになりながら、それでも足を動かし続けた。
集落に近付いていくに連れて、ミーちゃんの言葉は正しかったんだと実感した。ここまで来ればボクの耳でも聞こえる。
色々な声が聞こえる。大人も子供も、みんなが叫んでる! 何が起きてるの!?
「あっ!」
集落までもうすぐの所で、誰かが倒れてる。大人の獣人だ。でもどうしてこんな所に?
「だいじょ――ひっ!?」
駆け寄ってみて直ぐにおかしいって気付いた。
だって、腕も足も、首も、変な方向に曲がってる。目も開きっぱなしで、ボクが居る事に気付いてない。ううん違う、死んでるんだ。
「はぁっ……はぁっ……おい、コア! 待てっ、て――っ!!?」
「ま、待ってよぉ〜。……? と、トウレンくん、どうしたの?」
「ミャーコ、絶対コアの方見んなよ。俺がいいって言うまで目閉じて耳も塞いでろ」
「え、なん、何で?」
「何でもだっ」
「あぅ……わ、わかったよぅ」
トーくんには後でお礼を言わないと、だね。獣人は初めてだけど、ボクは何度か動物の死体を見た事があるから少しくらいは我慢できる。
でも、狩りに行った事も無いミーちゃんにこれを見せるのは絶対にダメだ。ボクだっていっぱいいっぱいだもん。
「死んでんのか? そいつ」
「……そう、みたい」
「だよな。その状態で生きてる方がおかしいか」
「トーくん、平気なの? 驚かないの?」
「馬鹿ほどビックリしたわ。だけど男の俺が取り乱す訳にはいかねーだろ」
凄いなぁトーくん。でも足震えてる。
きっと言葉通り、腰を抜かしたいくらい驚いてる筈なのに、頑張ってるんだ。さすが男の子って感じ。
「何があったんだろ」
「猛獣か何かに襲われたにしては出血が少ないよな。とんでもない力で殴りつけられたみたいな折れ方してる。それにほら、見てみろよ」
そう言ってトーくんが指差した先には、不自然に削れた地面と、所々枝が折れちゃってる木々。
死体にばかり目が行ってて気付かなかった。何でこんな状態になってるんだろ。
「信じられねぇけど、コイツ集落からここまでぶっ飛ばされたんじゃねぇかな」
「そ、そんなの!」
「ありえないってか? でもそう考えるのが自然だろ。相当な勢いをつけた状態じゃねーと、ここまで地面は抉れねぇよ」
「そうだったとしてもだよ? じゃあ誰がこんな事――」
信じられない思いでトーくんに聞こうとしたその時、森全体が震える程の大声が響いてきた。
咄嗟に耳を塞いだのに、それでもガンガン頭に響く。聞いた事のない、とっても怖い声。体がブルリと震えた。
「んにぃぃ、な、なに今の声」
「集落からだ」
「ビックリしたぁ。と、トウレンくん、もういぃ――きゃあぁぁぁぁぁっ!!?」
「あっ! バカ! 目開けんなって言っただろうが!」
最初から耳を塞いでたミーちゃんでも、今の声には反応したみたい。それで思わず目を開けちゃったか……あちゃあ。
「しししし死ん、死んで、あうあうあう……!」
「あーもう、どうせこうなると思ったわ。
おいコア、ミャーコ連れてドラゴンのとこに戻れよ。どう見たって異常事態だ。
俺が集落まで行って確かめて来てやるから、おとなしく隠れてろ」
「ごめん無理」
「即答!? あ、あのなぁ、危ねーつってんだよ! 死人が出てる以上、お前らまで危険に晒すような真似は――」
「だからだよ!」
「お、おぅ……」
大声を出したらトーくんは怯んだ。
言いたい事は分かる。でもごめん、それだけは出来ない、したくない。
だって、だって……!
「危険なのは分かってる。でも、集落にはお父さんやみんなが居るんだよ!? ボクだけ隠れてるなんて、そんなの絶対に嫌だっ!!
もう、無くしたくない! お父さんまで、お母さんみたいに居なくなっちゃうのは嫌なんだもん!
……だから、ごめん。ボク行くねっ!」
「おいコアっ!」
お父さんが居なくなるかもしれない。
ほんの少しでもそんな事を考えてしまったら、もう後先なんて考えてられなかった。
トーくんの声も無視して、ボクはまた走り出した。もう二度と繰り返さないように。
――……。
「回り込め! 正面から挑むな!」
「獣戦士隊前へ! 奴を引きつけろ! 女と子供達が避難所へ逃げる時間を稼ぐんだ!」
「そ、そんな事言われても! ひっ、やめっ……! ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「エルドーーッ!!」
「バカ! 出過ぎるな! お前も食われるぞ!」
「ひぃぃあ゛ぁぁぁあぁぁっ!!? 体がっ、体が溶け――!」
「だ、第一部隊壊滅! これじゃ数分と保たないぞ!」
「族長は!? ヴェロニカ様の意識はまだ戻らんのか!?」
「誰か! 誰か指示を!」
地獄絵図だ。さっきまで、警備は厳しくも普段通りだった集落が、瞬く間に戦場へと変わってしまった。
突如として現れた喰らう者。まさか本当に体の大きさを変える事ができるとは。他集落が接近に気付けなかったのも無理はない。
あれだけ小さな蛇なら、こちらがどれだけ警備を厚くしようが無意味だ。たとえ見つかっても、たかが蛇だと見向きもされない。きっと今までもこうやって壊滅させられたんだ。
喰らう者が巨大化した衝撃で辺りの物は尽く吹き飛ばされた。家も木も、そして獣人も。あの一瞬でどれだけの数が死んだ?
いや、仮に全員無事だったとしても、おそらく同じ光景が広がっていただろう。
今まさに獣戦士総出で喰らう者に挑み、そしてなす術なく蹂躙されている。人数など、無意味だ。
私とて、あれに真っ向から挑むのは恐ろしい。
甘く見ていた。いくら体が大きかろうと、対処は可能だと高を括っていた。
だが現実はどうだ? 喰らう者の体躯は私の想像を遥かに越えた巨大さだ。獣人どころか家を丸ごと飲み込む程の化け物。
うねる尻尾が獣戦士を薙ぎ払い、口から吐き出される毒液に触れた者は見るも無残に溶けていった。
あれが太古の時代より伝え聞く喰らう者。
違う、生物としての格がまるで違う……!
あんな物にどう勝てと言うのだ! 無謀にも程がある!
そうだ、それこそヴェロニカ様ほどの実力者でもない限りは相手など出来るものか!
「ガラル! 族長の様子はどうだ!?」
「……」
「ガラル! しっかりせんか!」
「――あ、アルフ、さん?」
途方に暮れ、心ここにあらずな私に声を掛けたのは、頭からけして少なくない量の血を流すアルフさんだった。
その姿を見てハッとなり、地面に力無く横たわるヴェロニカ様を見下ろす。
ヴェロニカ様は間近で喰らう者の巨大化に巻き込まれ、私が居た場所まで吹き飛ばされてきた。
あの瞬間にスキルを発動させて身を守ったらしく、外傷はほとんど見受けられない。そのおかげで身を挺して守った子供達も軽傷で済み、既に避難済みだ。
まったく末恐ろしい方だよ。
「命に別状はありません。ただ、先の衝撃で意識が飛んでしまっていて……」
「よしっ、それが聞ければ十分だ。族長が目覚めるまでの間、俺達が奴を食い止める。
悔しいが俺達では喰らう者には敵わん。精一杯時間を稼ぐしか……ところでウルズはどうした?」
「そういえば、姿が見え――」
「どおぉうりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっす!!!!」
噂をすれば何とやら。頭上より響き渡る咆哮に顔を上げれば、喰らう者の遥か上から落ちてくるウルズの姿が見えた。
掲げた拳には蒼い光。スキルによる一撃を叩き込まんと、ウルズがその拳を振り下ろす。
「剛拳刹華ゥゥゥゥッ!!!」
ウルズの存在に気付いていない様子の喰らう者は、真上からの一撃をマトモに受けた。落下の勢い、体重、そして破壊に特化したスキルの合わせ技。
脳天に拳が打ち据えられた瞬間、衝撃と蒼い閃光が走り抜ける。
決まった! これ以上ない完璧な一撃!
普段は残念なウルズでも、やはり実力は本物だ! 死角から一撃必殺の拳とは、やってくれる……!
あれを受けて無事でいられる者などそう居ない!
「奴が倒れる! ウルズめ、やりおったか!」
あれだけの巨体がグラリと揺れ、ゆっくりとその身を落としていく。誰もがウルズの活躍に歓喜の声を上げた。
――しかし。
「っ!? 避けろウルズ!」
「ほえ? うぎゃっ?!!」
喰らう者の後方に見えた尻尾がうねり、まるで鞭の如く空中に居たウルズを弾き飛ばす。
咄嗟に警告をしたが間に合わなかった。避ける猶予すら無いほど速い!
ウルズはそのまま大木に叩き付けられ、追い打ちをかけるように喰らう者が反転。そのまま大口を開けてウルズへと迫る。
「いかん! 食われるぞ!」
「逃げろぉぉぉぉぉっ!!!」
叩き付けられた直後だ、避けられない。
間に合わないとは分かっていても、声を出さずにはいられなかった。
「ガアァァァァアァァァッ!!!?」
「なっ⁉」
響き渡る絶叫。その声はウルズのものではない。他ならぬ喰らう者が痛みに叫び声を上げていた。
丸呑みにされそうになった直前、ウルズと喰らう者を別つように何処からともなく丸太が飛来。
そのまま喰らう者の口の中へ勢い良く突っ込み、その巨体を大きく仰け反らせたのだ。
一体誰が。そんな疑問を口にする暇も無く、ウルズの近くへ降り立ったのは1人の黒い獣人。
その姿を見て丸太が飛んできた事にも激しく納得した。確かにお前ならば、丸太の一本や二本、軽々と投げ飛ばすよな。
「……生きてる?」
「いちちぃ、今のは効いたっすぅ〜。助太刀感謝っすよ、クロエ」
やはりクロエだ。あの特徴的な鉄マスクを見間違うものか。随分と遅い登場だな。だがこれで状況は好転したと見ていい。
アルフさん、ウルズ、クロエ。獣戦士の中でもトップクラスの実力者が揃い踏みだ。如何に喰らう者と言えど、もう好き勝手には暴れられないだろう。
「……ごめん、昼寝してて来るの遅れた。とりあえず危なそうだったから資材用の丸太投げちゃったけど、これどういう状況?」
「今の今まで寝てたんすか!?」
「……ちょっと夜更かし続きでぐっすり」
「警備とか?」
「……私用で色々」
「なるほどー。ってそれよりも、アイツを何とかするっすよ! クロエが来たなら百人力っす!」
「……もしかして、あれが喰らう者?」
「そうっす! もう何人もやられてるっす! ここで仕留めなきゃ、この集落も他と同じように壊滅させられて終わりっす……それだけは阻止しないと!」
「……理解した。じゃあぶっ殺せばいいって訳だね」
目に見えてクロエの闘気が膨れ上がった。頼もしい限りだな。悔しいが、私は特別戦闘能力が高い訳ではない。
下手に3人と共に戦おうものなら足を引っ張ってしまうだろう。
だから私は後方で喰らう者を観察する役に徹する。あのウルズの一撃を受けて平然と反撃に移る喰らう者の耐久力は、私達が思っているよりも遥かに高い筈だ。
正攻法でのダメージは期待できそうにない。何か弱点でもあれば話は別だが――いや、待て。
クロエが投げた丸太は随分と堪えた様子だったし、口の中への攻撃は有効なのか。
だが、そうだとしても攻撃方法が限られる。直接口を殴りつけようものなら、毒を吐かれて溶かされるだろう。
何か、何か良い手は――。
「まったく、やってくれるではないか。ガラルよ、状況はどうなっておる?」
「ウルズとクロエが奴に一撃入れた所です。ただ、仕留めるには程遠いかと。奴の外皮は相当の硬さと見ていいでしょうね。
効果的だと思われる口の中を狙おうにも毒への警戒が必要ですし、或いは目といった部分に対してなら、ば……え?」
「んはっ!! ならば鱗ごと貫けばよいな!」
「ヴェロニカ様!?」
あまりにヌルっと話しかけられたため、その声がヴェロニカ様だと気付くのに時間がかかってしまった。
体は平気なのかと問い掛ける暇も無いまま、子供達を助けた時と同じく爆発的な速度で喰らう者へと突撃。
一見無謀にも見える行為。だがヴェロニカ様は、迎撃しようと暴れ狂う喰らう者の攻撃をスルリスルリと避け進み、瞬く間に懐へと飛び込んだ。
「剛拳刹華!!!」
ウルズと同じスキル。しかし一族最強のヴェロニカ様が放つ│剛拳刹華は、他の者とは比べるのも馬鹿らしい程の差がある。
狙い違わず、ヴェロニカ様の拳は喰らう者の胴体へと突き刺さった。
先程の比ではない閃光が瞬き、大地を揺らす衝撃が走る。
「……んは、化け物め」
完璧に決まった。決まった筈だ。
なのに、喰らう者はまるでダメージを負った様子はなく、静かにヴェロニカ様を見下ろしていた。
目指せ書籍化!
多くの人に読んでもらうためにも、皆さんの応援コメント、評価等よろしくお願いします!




