異変は直ぐそこに
――それはコア達が異変に気付く少し前の出来事だった。
「族長〜、尻が痛いっす〜。全然痛みが引かないっす〜」
「何だ朝っぱらから」
ワンコに言われ、武器についての対策を取るべく住人達と話し合いをしているそこへ、何やら尻を押さえたウルズが現れた。
何故尻を……ああ、そういえばアルフが尻叩きがどうのこうのと言っておったか。あれから日も経っておるというに、まだ腫れが引かんらしい。
本当に100叩きしたのか、加減を知らぬなアルフは。
「アルフ殿にやられてからずっと尻が痛いんすよ〜。見てくださいっすこの尻をー!」
「年頃の娘が人前で尻を出すな尻を」
とは言うものの、またウルズが何かやってる程度にしか認識されておらんようで、道行く男衆は見向きもせん。こやつ、ワンコ以上に嫁の貰い手が無いのでは無かろうか。顔は良いのに勿体無い。
「その辺の男を捕まえて擦ってもらったらどうだ?」
「ちょー⁉ アタシを何だと思ってるんすか族長! これでも乙女っすよ⁉」
「乙女は気軽に尻は出さん。阿呆な事をやってないでお前も手伝わんか」
「うぅぅ、皆冷たいっす……干し肉は盗まれるし、アルフ殿には尻を叩かれるし、挙げ句の果てには喧嘩祭りまで中止になる勢い……アタシって不幸な娘」
「ん? 何だウルズ、喧嘩祭りに期待しておったのか」
「そりゃ、そろそろ恋人の1人くらい欲しいじゃないっすか。アタシだって女な訳ですし……はぁぁぁぁぁ」
何と。てっきりウルズはその手の事に対しての関心は無いとばかりに思っておったが、意外だな。
ふぅむ、惜しい。ウルズは見た目だけなら整っておる。しかし行動がなぁ……同じ集落内でウルズを嫁に欲しいという変わった男が居れば話は別なのだが。
「参考までに聞こう。どんな男をご所望なのだ?」
「多くは望まないっす。アタシより強ければ!」
お 前 も か。
何だ? 最近は自分より強くないとダメなのか? そういう流行りなのか? そりゃ男が強いに越した事はないが、必須ではなかろう?
ワンコといいウルズといい、最近の娘の考えが分からん。まぁ、どれだけ望んでいたものと剥離していようが、惹かれる時は惹かれるものだ。オレ達獣人というのは特にな。
「ならばアルフはどうだ? 実力的にもオレに迫る勢いで――」
「もっと若い男じゃないと嫌っすよ! というかアルフ殿が夫とか考えただけでも嫌っす! キモいっす!」
そこまで言ってやらんでも良かろうに……。
とは言え、仮にウルズがよくてもアルフ側が断るだろうな。子供を作る気が無い、つまり後継者は作らないという理由で族長の座をオレに譲ったくらいだ。女側がどれだけ迫ろうと無駄か。
「あーあ、族長が男の人だったら良かったのに。そしたらアタシ毎日でもアピールするっす」
「んはっ、オレが男だったとしてもお前はお断りだ」
「何でっすかー!」
んはははっ! 何でも何も、なぁ?
「あの、ヴェロニカ様、そろそろよろしいでしょうか?」
「おお、すまんすまん」
いつまでもウルズの相手をしておる訳にもいかん。こうして皆にわざわざ集まってもらい、対策を練っているのだからな。
途中になっていた武器をどうするかという話し合いに意識を戻し、手元にあるワンコからの報告書に今一度目を通していく。
「(ふぅむ……やはり何度見ても数が足りん。そうだ、倉庫番をさせておる魔導具を引っ張り出して――いや、魔力を持たんオレ達には使えんではないか。
そもそもどんな用途で使う物かも分かっておらんのだ。使えたとしてもこちらへの助けになるとは限らんか)」
無駄に発掘されるだけで使い道が無いゴミと変わらん。やれやれ、魔力が無い事を不便に思った事は無いが、考え方を変えるべきかもしれんな。
「致し方あるまい。扱いに長けた者にのみ武器を持たせるとしよう。誰に渡すべきかはアルフから助言を請うといい。武器を使った戦闘では奴の右に出る者は居らんからな」
「分かりました」
族長であるオレとて全能ではない。自分より優れた者が居るならば、その者に任せるのが一番だろう。
オレの指示を受け、皆が足早に去っていく。
すると、それと入れ替わりにこちらへと駆けてきたのは、何やら急いでいる様子のガラルだった。
「はぁっ、はぁっ……ヴ、ヴェロニカ様、お聞きしたい事がっ」
「どしたんすか? ガラル殿。そんなに急いで」
「あ、あぁ、ウルズも居たのか、ちょうどいい。実は喰らう者について思い出した事が」
お? 喰らう者についての新情報か? これは是が非でも聞かねばな。
「続けろ」
「いえ、その……正直確証は無い上に、何分朧気な記憶なので」
「今は少しでも情報が欲しい。どんな話が飛び出ようと咎めはせん、言ってみよ」
「……実は、私が幼い頃に読んでいた絵本がありまして」
「プッフー! いい年して絵本ってガラル殿お子様っすねー! いだぁっ!!?」
とりあえず横から茶々を入れてきたウルズには拳骨を落とし、顎を使ってガラルに続きを促す。
「絵本の内容としては、獣人の集落に巨大な怪物が襲いかかり、それを獣戦士の英雄が討ち取るといったもので、まぁよくある話ですね。
問題なのはその怪物の特徴が、文献に残されている喰らう者によく似ているのです」
なにっ? それはあまりにも聞き捨てならんぞ。長年喰らう者についての情報はあの文献だけだと思っておったのに、まさか絵本にまで?
……いや、早計だ。まだその怪物が喰らう者だと決まった訳ではない。
「その絵本は何処にある?」
「うちにあります。いえ、あったと言うべきですか。どうやらコアが勝手に持ち出してしまっているようで、今の今まで必死に捜していた所なのです。どこかで見ませんでしたか?」
……! 枝の上から見た時に抱えておった本かっ!
「事情は分かった。コアの居場所についてなら心当たりがある、というか彼処しかなかろう」
「知っているのですか⁉」
「あの子がいつもと同じく通っておるならの話だ。
オレが迎えに行く。ガラルは残って警備に当たれ」
「ヴェロニカ様自ら行かずとも、父親である私が――」
「ならん。無粋な真似はするなと言ったろう?」
「え、ええ……?」
んはははっ、分からんか! ガラルもなかなかに鈍い男よな。
「ねーガラル殿。アタシ喰らう者がどんなのか知らないんすけど、絵本には書かれてるんすか?」
「お前な、仮にも獣戦士なのだから文献にくらい目を通しておけよ」
「あれは文字ばっかりで頭痛くなるんすもん!」
「はぁ……体色は水色、赤い斑点、一対の角が生えている。絵本には確か、巨大な蛇とも書かれていた筈だ」
「ほーん、蛇っすかぁ。焼いたら美味そうっすね」
「食えんだろう。毒も持っているらしいからな」
む、何気に有力な情報だな。これまで喰らう者の外見は特徴や大雑把な物こそ把握していたが、細部は不透明なままだった。しかしガラルの言葉が正しいとするならば、その姿は蛇に酷似していると考えてもよいか。しかも毒持ちとは厄介な。
「他に何かあるか?」
「幼い時分に読んだ頃、印象に残っているのは、その蛇が英雄によって打ち倒された直後の事ですね。
倒れた蛇の体は小さくなり、光の粒へと変わって森へと降り注いでいった……不思議とそこだけはハッキリと覚えています」
「ふむ、光の粒。それに小――」
「あーーーーーっ!!!」
あの日の夜と同じように、突然ウルズが大声を上げた。直ぐ真横でデカい声を上げられたものだから、流石のオレでも耳を押さえてしまう。
この娘は本当に……実力以外はまるでポンコツだな。
「おいウルズ! お前はいつまで経っても!」
「ご、ごめんっすよガラル殿〜。でもほら! あそこ! おんなじのが居るっす! 凄くないっすか!?」
「同じ? 何を言って――」
ウルズが指差す方へ視線を移す。その先には多くの獣人達が忙しなく行き交う大広場。
警備に走る者、日々の生活に追われる者、遊び回る子供達。そんな中でポツンと一つ、青い何かが存在していた。
それは小さな蛇だ。
産まれてそう時間も経っていない程の小さな命。たかが蛇、珍しくもないと思えたならどれだけ幸せだった事か。
一目見た瞬間に全身の毛が逆立つ。文献にある特徴と、ガラルから聞いた絵本の内容が合致する。思わず息を呑んだ。
水色の体色、赤い斑点、小さくともハッキリと見て取れる一対の角。外見だけなら完全に一致。
"倒れた蛇の体は小さくなり"
ガラルの言葉が脳裏を過ぎった。
「凄い偶然もあったもんすね〜」
偶然? こんな偶然があってたまるものか。
今オレが考えている仮設が正しいのなら、生き残りが言っていた「突然喰らう者が現れた」という証言にも納得がいく。
もし、もしもだ。スキル、ないしは魔法か何かで喰らう者が自在に体の大きさを変える事が出来たなら? そんな事を可能に出来る存在なのだとしたら?
「みてみてー! 蛇が居るー!」
「ちっちゃーい」
呆然としている間に、蛇に気が付いた子供達が不用意に近付いていく。
オレの勘が最大限の悪い予感を感じ取る。
ワンコに言われた通り、考えるよりも先に足を踏み出していた。今動かねば後悔するという勘に突き動かされるまま、大地を踏みしめ、全力でスキルを発動させる。
「(大跳躍!!!)」
「ヴェロニカ様!?」
ガラルとウルズへの配慮すら考えず、地面を踏み砕いて一気に前へ跳んだ。
オレの接近に気付いた蛇と目が合う。刹那、蛇は全身から光を放ち、その体を膨張させていく。
予感は当たった。当たってしまった。
ああ、まったく。本当にオレの勘は当たるものだな。しかしその勘の良さも、今はただ憎らしい。
「逃げよっ!!!!」
腹の底から声を荒げて警告する。だが相手は子供だ。オレの意図を瞬時に察して行動に移すなど土台無理な話だろう。
事実、子供達は皆オレの怒号に身を竦めるばかりで動こうとしない。いや、動けないのか。
オレの声だけでなく、目の前で起こる異変に混乱している。
「届けぇぇっ!!!」
再び大地を踏み締めて加速する。
距離は一気に縮み、伸ばした右手が子供達に届くと同時に、全身を凄まじい衝撃が襲った。
視界が真っ白に染まる。何も見えない、何も聞こえない。五感が狂う。
それでも、引き寄せた両手の中に確かに感じる温もりは間違いなく――。
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