悪意襲来
「――平和な村に襲いかかったのは、どこからともなく現れた巨大な蛇でした。
がおー! 食べちゃうぞー!
大きな大きな口を開けて、ぐるりぐるりと暴れ回る蛇に、みんなは大騒ぎです。
村中の勇敢な戦士達が立ち向かいますが、あまりに強大な力の前に次々と倒れていきます。
そんな時、一本の槍を掲げた青年が蛇の前に踊り出ました。
やーやー! 我こそは村一の戦士なり! 邪悪の権化め、この槍にて成敗してくれよう!
青年が振るう槍の切っ先が蛇の鱗を斬り飛ばし、なんのなんのと蛇が毒を吐きます。飛び散る毒を青年は軽やかに避ける避ける。
えいやー! とー! これでもか!
幾度も交わるお互いの攻防は、やがて槍が蛇の首を貫いた事で終わりを迎えます。
ぎゃー!
蛇が叫びます。
我に敵無し!
首を切り落とした青年が声高々に勝利の雄叫びを上げました。
力無く倒れた蛇の体は、どんどんと小さくなっていきます。体はキラキラと光の粒に変わって森へと降り注ぎ、たくさんの果実が実りました。
こうして村に平和と実りが訪れたのです。おわり〜」
「(おー)」パチパチ
絵本を持参したコアちゃんの朗読が終わり、控えめに拍手を贈ってあげれば、照れた様子でコアちゃんがはにかむ。
文字は理解できるし俺一人でも読む事は可能だったのだが、せっかく皆が居るのだからというコアちゃんの提案で、こうして絵本を読み聞かせてもらっているのである。
所詮は絵本。俺には子供向け過ぎるかなと思っていたけど、何だかんだで聞き入ってしまった。コアちゃんの声が綺麗なのも相まって、絵本の内容以上に耳を傾けていた事に驚きだ。
というか割と血生臭い話だったな。
それに、絵本に出てきた蛇……なーんか既視感みたいな、どっかで聞いた事あるようなないような。
本に描かれてる絵も妙に生々しい。明らかに子供向けのそれじゃない。まるで実話を元にしてるみたいだ。
「お前な、1発目からその絵本ってどうなんだよ」
「えー? 何で?」
「コイツこの前までちっこかったんだろ? 読み聞かせるには内容が重いだろ」
トウレンくんがマトモな事言ってる。
話の序盤から死人が出てるくらいだからなー。
「むぅー。じゃあ次はトーくんが持って来たの読んでよ」
「は? 嫌だし。お前が持って来いって言うから持って来ただけで、読んでやるなんて一言も言ってねーもん。ここに置いていけば勝手に読むだろコイツ」
「……ふーん?」
「な、何だよその目はっ」
「べっつに〜。もういいよ、トーくんは。じゃあミーちゃんよろしく!」
「う、うんっ」
えー、トウレンくん読んでくれないのか。どんなの持って来たのかちょっと気になってたんだけどな。
獣人の文化に触れられるだけでも貴重な経験なんだから、色々と見てみたいのに。
まぁ絵本自体は置いていってくれるみたいだし、後で読ませてもらおう。
さて次のミャーコちゃんはどんな話を聞かせてくれるのだろうか。
「どんなの持って来たの?」
「え、えっとね? 獣人とスケルトンの恋物語なんだけど」
うん、待て。もうおかしい。
他種族との恋愛に興味を持っているにしても何故スケルトン? あれ一応魔獣に分類されてるよね? しかも骨だよね? え、まさかミャーコちゃんアンデットも守備範囲!?
「わ、わー。おもしろそー」
あのコアちゃんが引いてる! だよな!? 俺がおかしい訳じゃないよな!?
「何だその特殊過ぎる絵本。誰向けに書かれたんだよそれ」
「こ、これ、この間完成して、初お披露目なの」
まさかの自作!!? み、ミャーコちゃん、他種族との恋に興味があるとかの次元じゃない、この子本物だ。
「えーっと、ちなみにどうしてスケルトンなの?」
「え、えと、ウルズさんが骨ごとお肉を食べてる所を見て、思いついたの」
あの姉ちゃんが発端かい! そしてそこからスケルトンとの恋物語にまで昇華させるミャーコちゃんの発想力!
どうしよう、すっげぇ内容が気になる。でも見たら変な扉を開いてしまいそうで怖い。
いや落ち着け。いくら内容があれでも子供が作ったものなのだ。そんな性癖を歪ませる程の物ではないだろう。
などと楽観的に思う中、少しだけ開かれた絵本の中身が視界に飛び込んできて戦慄した。
「(この子何描いてんの!!!?)」
チラリと覗いたページには絵本らしく絵が描かれているけど、子供向けらしからぬ完成度の高さ!
そして女の子とスケルトンがくんずほぐれつ絡み合ってる! 圧倒的完成度で! 絵上手いなミャーコちゃん! でもそれダメ! 明らかに子供が見ちゃダメなやつ!
さ、最近の子って怖っ!
「へぇ〜。ちょっと見せ、て――」
あっ! こらコアちゃん! 見ちゃダメよ!
「っっっ〜〜!!!?」
俺の願い虚しく、例のページを見たコアちゃんの顔が一瞬にして赤く染まった。
「ミーちゃん! それはボク達にはまだ早過ぎるよぅ! お、女の人裸じゃん!」
「えっ!? お、おいミャーコちょっと見せろ!」
「何どさくさに紛れて見ようとしてんのさトーくんの変態!」
「ぶへっ?!」
流石男の子。裸と聞いて興味を引かれたトウレンくんが覗き込もうするが、そうはさせんとばかりにコアちゃんの裏拳が顔面に直撃した。
綺麗な一撃が入った。あれは痛い。
「……これでも抑え目に描いたんだけど」
「これで!?」
ミャーコちゃん、まったく抑えてない。そういうのを世間一般的には全開って言うんだよ。
俺の中でのミャーコちゃんの印象が、おとなしそうな子から超絶ませてる女の子に格上げされたわ。
見かけによらないってのは人間も獣人も変わらないってか。
「とにかくそれは無ーし! イヴくんの教育によくない!」
「えー……イヴくんもきっと興味持ってくれると思ったのに」
興味はあるよ、物凄く。ただこんな大勢で見る代物じゃねぇだろって話。
「やっぱりトーくん――……は伸びちゃってるから、ボクが持って来た他の絵本を読もう! うんそうしよう!」
大賛成である。不満気に頬を膨らませているミャーコちゃんには悪いと思いつつ、コアちゃんの言葉に同調するように何度も頷いた。
せっかく描いたのに、とだんだん涙目になりつつあるミャーコちゃんの頭を後ろから撫で擦り、何とか落ち着かせようとする……そんな時だった。
突然、ドンッと地面が大きく振動した。地震とかの類ではなく、何かが遠くで派手に爆発したような一瞬の衝撃。
牢屋のあちこちから埃が舞い、壁に小さな亀裂まで入っていた。
これにはコアちゃんの一撃で伸びていたトウレンくんも飛び起きて、慌てて辺りを見渡し始める。
「何だっ!?」
「わ、分かんない」
慌てている間に再びの衝撃。さっきよりも小規模だが、それでも十分牢屋中が震える。手を伸ばし、天井からパラパラと落ちてくる小石から然りげ無く3人を守りながら、注意深く耳を澄ませてみる。
しかし俺の耳では異変を捉えられない。牢屋の近くで起きているわけじゃないのか。
「……こ、コアちゃんっ」
「待って、こういう時は慌てちゃダメだってお父さんが言ってた」
「そ、そうじゃなくて!」
「……?」
初めて聞くミャーコちゃんの大声。驚いて視線を移すと、随分と怯えた様子で絵本を抱き締めている。何かに反応するように獣耳が忙しなくピクピクと動いている様子を見るに、何処からか音を拾っているようだった。
「し、集落の方から、変な声がする。たくさん、叫び声みたいのが」
「ミャーコ、この距離で聞こえるのか?」
「う、うん」
集落だって? それに叫び声って……っ! まさか!?
咄嗟に思い付いた可能性。瞬間的に脳裏を過ぎったのは、ヴェロニカさん達が話していた喰らう者についての話だった。
嫌な予感は当たると言うが。
「何だよ、それ。流石に聞き間違いだろ」
「ち、違うよっ。ハッキリ聞こえるのっ、助けて、痛いって、 たくさん聞こえる……!」
「っ!」
「おいコアっ!?」
ミャーコちゃんの言葉を聞いたコアちゃんが弾かれるように立ち上がり、一目散に階段の方へと駆けて行った。行く気だ、間違いなく。
もしこの地響きの正体が喰らう者だったなら、あまりにも危険過ぎる行為だ。相手は獣人の集落を壊滅できる程の力を持っている存在。
子供1人が駆け付けたところで何が出来る。
「ボク確かめに行ってくるね!」
「待てよ! 俺も行く!」
「あ、あの、えとっ、私も……!」
やはり行くつもりか、しかも全員で。コアちゃんの行動力には本当に驚かされるばかりだけど、危険な場所へ黙って行かせるほど俺も薄情ではないつもりだ。
直ぐに声を上げて引き止めようとする。しかし、それより早くコアちゃんの言葉が俺へとぶつけられた。
「何が起きてるか分からないから、イヴくんはここに居て! って、牢屋の中だから移動なんて出来ないけど……とにかくボクはだいじょぶ! 直ぐに戻って来るから!」
出鼻を挫かれた。声を出す暇すら与えてもらえず、コアちゃん達は階段奥へと姿を消してしまった。
もし躊躇わず牢屋を破壊して、無理矢理にでもコアちゃん達を引き止めていたら……或いは結末は変わっていたかもしれない。
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