未だ消えぬ予感
僅か数日。たったそれだけの期間で集落の防備は整った。
いつも集落周辺を巡回させておる者達の人数は倍にし、見張り台も増設。喰らう者クラスの巨大な生物が通れば即鳴り響く、木材で作った簡素な手製の警報装置を近辺に張り巡らせ、全ての獣戦士は常に武装状態。
集落内部の警備も厳戒態勢を維持し、万が一奴が魔法の類で突如として現れたとしてもいち早く対処出来るようにした。
被害を最小限に抑える事は十分に可能……だと言うのに、オレの勘が警鐘を鳴らして止まないのは何故だ。不安ばかりが大きくなる。
油断や慢心など無い筈なのに、何なのだこの気持ち悪さは。
「よっと。ねぇ母さん、武器の量が足りてないから補充するかどうかの確認……どうしたの?」
「……ん? おぉっ、ワンコか。すまん気が付かなかった」
太い木の枝の上で胡座をかいて座り、思考の海へと潜りかけていたオレの意識を引き上げたのは、いつの間にか横に登ってきていたワンコだった。
娘の接近にすら気付けなかったとは、やれやれ失態だな。
「らしくないわね、考え事?」
「んははっ、それではオレが普段から考え事すらしない女みたいではないか」
「考える前に勘で動く代表格が何言ってんだか、いたっ」
「口が達者でも獣戦士にはなれんぞ? んはははっ」
ワンコの頭を軽く小突いて笑い飛ばす。
小生意気な部分を除けば、態度や度胸がだんだんとオレに似てきたなぁ。少し前まで乳をせがんでいた赤ん坊であったのに、時が経つのは早いものだ。
「なんか今、物凄く子供扱いされた気がしたんだけど」
「なんと、勘の良さまでオレ譲りか。これはますます将来が楽しみだ」
「その楽しみを叶えたげるから、獣戦士隊に昇格よろしく」
「んはっ、それとこれとは話が別よ」
「何よそれ。いつまで経っても認めてくれないんだから。はいこれ、目を通しておいてくれる?」
獣戦士になりたい、いいやまだ早い。そんなお決まりのやり取りを終え、ワンコが紙を一枚渡してきた。
それを受け取り、記された内容をザッと見てみれば、どうやら集落に保管されている武器について書かれた報告書らしい。
ふむ……長年狩りを続けてきた結果か、酷使されて使い物にならなくなった武器の数が思ったより多いな。獣戦士隊の分は何とかなりそうだが、それ以外の皆に行き渡らせるには圧倒的に足りん。
今からでも量産させるべきか? ……いや、そもそも喰らう者相手に石でできた武器など通用するのか。
作ったところで効かなければ時間の無駄でしかない。だからと言って何も対策しないままではな……。
口惜しい。オレ達獣人にドワーフ並の技術力さえあれば。
鉄自体は地面を掘り返せば腐るほど出てくるというのに、オレ達にはそれを加工する術が無い。故に満足に鉄製の武具も作れん。
いくら身体能力に恵まれていても、そういう技術力や、不便を補う魔力すらオレ達には無いのだ。
天は二物を与えず、か。意地の悪い神様も居たものだな。
「ふーん? 喰らう者って水色なんだ。赤い斑点に、あとは角? ドラゴンの類じゃないってのは前から知ってたけど、どんな化け物なのかしら」
「……?」
ふと、隣で何やらブツブツと呟くワンコに気を取られる。
視線を移してみれば、オレにとってはもはや見飽きた文献を熱心に読み込む娘の姿。どうやら先日オレが読んでいた物と同じ文献のようだ。
書庫から持ち出してきたのか。油断も隙もない。
「ワンコ、文献は持ち出し禁止だと言わなかったか?」
「こんな事態なんだから固い事言いっこ無し。後でちゃんと書庫に戻しとくから。
うわ、毒まで持ってるの? 冗談じゃないわね」
やれやれ、本当に頑固だな。だがまぁ、情報共有は大事だろう。勝手に持ち出したのは褒められた行為ではないにしろ、この場合ワンコの言っている事は正しい。
非常時故に、今回は見逃してやるか。
「色々書かれてるけど、細かい情報って意外と無いのね」
「んははっ、何分古い故な。劣化が進んでおってその文献も完全ではない。所々ちぎれ落ちたページがあるだろう?」
「あ、ホントだ」
「オレが子供の頃には既にボロボロの状態でな。その欠損した部分に何が記されておったのか、今では誰も知らぬ」
「そこに答えがあったかもって考えたら、何かやるせないわね……あ、コアだ」
「む?」
ワンコに釣られて下を覗き見てみれば、何やら本を数冊抱えて集落内を駆けるコアの姿が見て取れた。その表情は酷くご機嫌な様子で、足取りも軽い。今にも鼻歌が聞こえてきそうな勢いだ。
「あの子、最近妙に機嫌がいいのよね。誰も連れずに毎日どこかに出掛けてるみたいだけど、大丈夫なのかしら」
「心配いらんだろう。少なくとも遠くへ出掛けておる訳ではない」
「母さん何か知ってるの?」
「まぁな。祭りを待たずしてコアには一足早い春が来たようなものだ」
「えっ!? そ、それって、まさか恋人!? あのコアに!?」
「そうなるかどうかは当人達のみぞ知る。んはははっ」
「へ、へぇ〜、意外だわ。あの子、そういうのには興味無いものとばかり思ってたけど……もしかしてトウレンかしら? あっちもあっちでコアの事意識しまくってたし」
「んはーっ! それは無い!」
「うわ言い切った。えぇ〜、じゃあ誰よ。あの子と仲がいい異性ってトウレン意外に居たかな」
やれやれ、一端の獣戦士を目指して努力しておるワンコも年頃だな。まぁ、女に生まれた以上はそういった話題に興味を持つのは当たり前か。
オレとしてもそっち方面に力を入れてくれるのは非常に有り難い。早く孫の顔が見たいものだな、んははっ。
「他人の事ばかり気にかけておる場合か? お前もそろそろ相手を見つけたらどうだ」
「あのね、私まだ12歳だから。獣人って色々と早過ぎると思うのよ。そりゃ子孫を残したいって気持ちも分かるけどさ、もう少し大人になってからでも遅くないでしょ」
「何を言う。オレは9つで結婚したぞ」
「母さん基準で考えないでよ。とにかく、私はまだそういうのに興味は無いの。喧嘩祭りの結果を見てもそれは変わらないわ。たとえ本能が惹かれたとしてもね」
「……行き遅れても知らんぞワンコ」
「私には私なりの基準があるのよ。少なくとも私よりずっと強くなきゃ対象外。あとはそうね、やっぱり見た目や清潔さも大事でしょ。
格好いいよりは可愛い寄りがいいかしら。性格も重要ね。歳は〜……まぁ年下でも年上でもいいかなぁ」
うぅむ、あまり理想を高くし過ぎると本当に行き遅れるぞ我が娘よ。ババァになってからでは誰も振り向いてなどくれないだろうに、その辺りを理解しておるのか?
これは、当分の間は孫の顔は見れそうにないな。
「首を長くして待つ他ないか。……それ以前に、まずは喰らう者をどうにかせねばだがな」
奴の存在がある限りは祭りどころではない。やれる事は最大限やらねば。それこそ、早くワンコの子を拝む為にも。
――……。
「じゃーん!」
「キュイ?」
「今日は絵本を持って来てみましたー!」
「したー」
「チッ」
最早毎日の恒例行事となりつつある牢屋内雑談会。今日も今日とて俺の元を訪れたコアちゃんが声高々に掲げたのは、随分と読み古された数冊の本。
一緒に来たミャーコちゃんとトウレンくんも、何やらその手に本を持っていた。
というかあんな事があったのに普通に顔出すんだねトウレンくん。俺なら気まずくて遠慮するぞ。
「トーくん態度悪いぞー」
「う、うっせ。それより何でお前3冊も持って来てんだよ。1人1冊って言ったのお前だろ」
「にへへ〜、決めらんなくてさ〜。全部同じくらい好きだから大目に見てほしいな〜。ね?」
「うっ……まぁ、別にいいけどよ」
わぁ、トウレンくんチョロい。
狙ってもいないだろうに、自然と上目遣いをするコアちゃんも流石だ。大きくなったら多くの男性を振り回しそうだな。
「あのね、ここだと暇潰しになる物もないだろうから、君の為にオススメの絵本を持って来たんだよ」
「(絵本かぁ。そういえば、前世じゃその手の物は読んだことなかったな。何せ親があれだったし)」
「つーかコア、持って来といて何だけどよ、コイツ文字とか読めんのか?」
「あ゛っ」
「はぁ……そんな事だろうと思ったわ」
読めるよ! と答えられないこの体。
考えてなかったと言いたげにコアちゃんが口元を引くつかせ、やがて耳と尻尾は元気無く垂れてしまった。
失敗をしてしまった時の子供のそれだ。実際コアちゃんは子供だし、勢い任せで行動してしまった自分に落ち込んでいるのだろう。
落ち込む必要は無い。俺の為の行動なのだから素直に嬉しいよ。
「ボクってバカだなぁ……」
「いつも言ってんじゃんバカだって」
「え、えいっ……!」
「いった! 何すんだよミャーコ!」
空気も読まずに追い打ちをかけるトウレンくん。また尻尾で一喝してやろうと思ったのも束の間、それより先にミャーコちゃんが持っていた本で軽くトウレンくんを叩いてみせた。
「そ、そういうこと、言っちゃダメだよっ……! コアちゃん、女の子なんだからっ」
「うっ」
「いーよもう。そういう所でトーくんに期待してないもん」
「なっ?!」
あっちゃ〜、コアちゃんの好感度ダダ下がり。前途多難だなぁトウレンくん。
ミャーコちゃんが言う通り女の子で、しかもめちゃくちゃ良い子なんだから優しく接してあげないとダメじゃないか。そんなんじゃいつまで経っても距離は縮まらんぞ。
「(ふーむ)」
しかしどうしたもんか。仮に読めるよーっと伝えようとしても、身振り手振りじゃ限界がある。
読めもしないのに気を遣ってくれてると思われてしまったら本末転倒だ。
……仕方ない。ヴェロニカさん達大人組相手ではないのだから、奥の手を使おう。
「キュイ」
「あ、なになに?」
「……?」
お前実は子供じゃねぇだろうと、大人達からのいらん勘繰りを避ける為に使ってこなかった禁じ手。
それは、文字を書く!
喋れない以上、これより効果的な意思疎通手段は無い。
「んー?」
「どした――って、おいおい」
「わぁ……!」
書く道具も紙も無い。だから俺は、自分の爪を使って床に文字を書いてみせた。削り過ぎないように慎重に、一文字一文字丁寧に彫り込んでいく。
そうして出来た簡素な一言。
「よ、め、る、よ……読めるよ! すごーい! 君って文字書けるんだ!」
「嘘だろ、ちゃんと習わないと文字ってのは読み書き出来ないのに」
「す、凄い凄い……!」
お、おぉ……とんでもなく簡単な文字を書いてみただけなのに凄い騒ぎようだ。ちょっと恥ずかしい。
「コアちゃん、こ、これなら読めるね」
「うんっ! 持って来てよかったー!」
「ケッ、まぁそんな大した事じゃないけどな」
そこは否定しない。本当に大した事じゃないからな。
「ねっ! ねっ! 他の文字も書けるんだよね!?」
「(そりゃまぁ)」コク
「じゃあ、君の名前教えてよっ! この前あるって知ったし!」
あー、そうか。文字書けるんなら自己紹介も出来るよな。でもあんまり書きたくない。
別にコアちゃん達に知られるのが嫌って訳じゃないが、床に書いたら痕跡が残っちゃうんだよなぁ。
断ろうか……そう思ってチラッと3人を見てみると、まぁ眩しい表情で俺を見ていらっしゃる。これでもかってくらいワクワクが全身から溢れ出してます。断れる雰囲気じゃねー。
トウレンくんも何だかんだ言いつつ気になってるみたいだし。本当に素直じゃないな少年。
うーん、書いた文字は後から削って消せはする。でもそれを他の獣人が見て不審に思わないだろうか。
もしや脱獄を企てたな? よし殺せ! なんて事になる可能性も……それが不安だ。
やっぱり断っ――。
「わくわくっ」
無理だわ。もうコアちゃんが可愛くてしょうがない。千切れんばかりにブンブン振り回されてる尻尾がその喜びの程を体現してる。
これを断れる奴は勇者か魔王くらいではないだろうか。
「(はぁ……まいっか。疑われたら疑われたでその時に考えよ)」
うだうだと悩むのは後回しにして、床に爪を突き立てる。
一人称はどうしようかと迷ったが、まぁいらんかな。
そうして出来上がった短い文章を披露してやると、再び喜びの声が上がった。
「な、ま、え、は……い、ゔ、に、あ……イヴニア! それが君の名前!?」
「キュ」
「わー! 良い名前だねー! 何だか特別っていうか、普通の名前とは違う感じがする!」
母様曰く、旧い竜の言葉で白き神って意味らしいからな。特別って言えばそうなんだろうが、相変わらず名前負け甚だしいぜ。神様が牢屋にぶち込まれてるんだから笑えねーよな。
「そうかぁ? 別に普通の名前だろ」
「それって負け惜しみ?」
「あぁ?! やんのかコラぁ!」
「べ〜だ」
「い、イヴニアだから、なんて呼ぶ? コアちゃん」
え、普通にイヴニアで――あ、そうか。トーくん然りミーちゃん然り、コアちゃんの呼び方って独特だからそれでか。
その流れでいくなら、俺はイーくん呼びになると見た。
「イーくん――」
ほらやっぱり――。
「――は、ちょっと普通過ぎるよねー。ドラゴンだし、もっとさー、んー……イヴ……ニア……イー……ニア……ニャ……あっ! イーニャとかどうかな!?」
「かわいい名前……!」
うおぉぉぉぉぉいっ!! 何でそうなった!? どう変換されたらそんな呼び方になるんだよ! ニャはどっから来た! ニアのアが行方不明だよ!
というか俺、男だから! それはちょっと可愛過ぎる! やめて!
「キューイっ!!!」
「わっ、え、ダメ?」
「キュキュキュー!」
「あー、そっかぁ。男の子だもんねぇ」
「えっ!? コイツ雄なのか!?」
「そ、そっか、トウレンくんあの後どこかに行っちゃったから知らないんだ」
「雄、だと? つまり男? ……ま、負けねーぞこの野郎!」
張り合うなよ少年。別に君の恋路を邪魔する気は無いんだから。邪魔してんの君自身だからね? もっと素直になれ阿呆う。
「んー、しょうがない。じゃあイヴくんにしよっか」
何でちょっと残念そうなんだコアちゃん。
目指せ書籍化!
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