通じ合う心
あれからしばらく。
突然訪れたクロエさんは「……抜け道を見つけて逃げたのかも」と、持ち込んだ死骸を手に隠し通路へと消えてしまった。
うーん、何であそこまで俺を気にかけてくれてるんだろ。同情? にしたって限度があるが……。
はぁ、次から次へと知らない獣人が来て大変だわ。
コアちゃんは部屋の隅っこに置いてあった掃除道具で床を拭いている真っ最中。あの死骸のせいで床に血が付着してしまったからな。
しかも血は隠し通路に続いてるもんだから、ほっとく訳にもいかないのだろう。他の誰かにバレたら封鎖される恐れもあるし。
というか、何処に繋がってるんだろうな、あれ。もし住処に繋がってるなら昨日わざわざ外を通って行った意味よ……。
「ふぅ、こんなところかな」
「キュイ」
「わわっ、なになに〜?」
頑張った子にはご褒美を――って、これが褒美になってんのかは知らんけど、とりあえず牢屋越しにコアちゃんの頭をポンポンと軽く撫でておいた。
「にへへ〜♪ 君には撫でてもらってばっかりだなぁ。
昔はお父さんもよく撫でてくれたんだけど、もう大きいからって最近してくれないんだよね〜」
どうやら喜んでくれてはいるらしい。
頭に乗る俺の手を逆に撫でて、コアちゃんはより一層笑みを深めた。
「おっきい手だなぁ。
あっ、そういえばお腹鳴らなくなったね?」
あぁ、確かに。あれだけ喧しかった腹の虫がいつの間にやら鎮まっている。
死骸を見て食欲が失せてしまったのか、はたまた限界突破して空腹感を感じなくなったのか。どちらにせよ楽になったのは事実だ。
とは言えいつまで保ってくれる事やら。
「あとでお父さんに君のご飯もっと多くしてってお願いしておくね〜」
「キュキュイっ!」
「わわぁっ! にへへっ、くすぐったいよぉ〜」
聖母だ、聖母がここに居る。思わず両手で撫でくり回してしまった。頼んだぞコアちゃん! 俺の今後の牢獄生活は君にかかっていると言ってもいい!
それにしても、お父さんにお願い、か。それで飯を多くしてもらえるなら願ってもない事だが、コアちゃんのお父さんってそこそこに偉い人なのかな?
同じ赤毛だからガラルさん辺りとかが怪しい。族長のヴェロニカさんとも仲良さげだったし、発言力があってもおかしくないもんな。
「ねね、今度さ、ボクの友達連れてきてもいい?」
「(友達?)」
随分と急だな。まぁお子様が何人増えようが俺としてはまったく構わないからいいけど。
「君の話をしたら会ってみたい! って言ってるの。もちろん君が嫌なら断るけど」
「キュキュー」
「あ、大丈夫ってこと?」
「キュ」
「にへへ〜、だんだん君の考えてる事が分かってきた気がする」
ホントそれね。思えばコアちゃんと話している間は、こっちの気持ちが伝わらない事への煩わしさをあまり感じてないな。
コアちゃんは他者の気持ちを汲み取る能力に長けているのかもしれない。俺としては非常に助かる事だ。
「早くそこから出れるといいね。そしたらいっぱい遊ぼっ!」
「……」
「んに? どしたの?」
遊ぶ、か。
ここから出るって事は、獣人達が俺を危険ではないと判断した時。でもその時が来れば、俺は直ぐにでもここを離れるつもりだ。
コアちゃん達と過ごすのも悪くないかもしれない。でも、俺には置いてきてしまった家族が居る。
母様やレティシア達。ルドルフさん達だって、きっと心配しているだろう。最悪の別れ方をしてしまったからな。
ずっとレティシアが泣いてるんじゃないかと考えるだけで、胸を締め付けられる思いだ。
「元気無いね」
「……」
「ね、君に家族は居るの? 兄弟とか、友達とか」
「キュ」
「そっか……そうだよね。ここから出られたら、お家に帰るのが普通だよね。
にへへ、ごめんね? 何か無理言っちゃったみたい」
「(いや、嬉しかったよ)」
「ん、にへへ〜」
お礼の意味を込めて、再びコアちゃんの頭を撫で擦る。
ホント、良い子だよ。俺なんか気にかけないで、それこそ友達と外で目一杯遊べばいいのに。……まぁ、これでこそのコアちゃんなのかもな。
――……。
早朝。
いつものように起床したオレは、朝っぱらから集落内に設けられた書庫に篭っていた。
書庫と言っても木材で組み上げられた非常に簡素な物だ。保管されておる本などが湿気にやられないよう必要最低限の対策が取られているのみで……まぁ、お粗末な作りだよ。
オレ達獣人は、こういう技術面は他種族より遥かに劣る。
「……役に立たんな」
手に持っていた書物を乱雑に棚へ戻し、その場に座り込んだ。
思い当たる物は手当り次第に読み漁ったが、詳しい事は分からずじまい。まったく腹が立つ。
「こちらでしたか、ヴェロニカ様」
「ん? おぉガラルか。どうした?」
どうしたものかと頭を悩ませているオレに声を掛けてきたのは、誰あろうガラルだった。
「獣戦士隊の配備についてお聞きしたい事がありまして。
ヴェロニカ様こそ、こんなに朝早くからどうしてこちらに?」
ほう? もう既に獣戦士達の配備を考えていたか。やはりガラルは有能な男よな。オレが何かを言うでもなく行動に移す、他の者にも見習ってもらいたいものだ。
ま、行動力だけならウルズが飛び抜けておるがな、んはははっ。
「喰らう者について今一度文献を読み直しておったところだ。ガキの頃から飽きるほど読んでいるものだが、見落としがあるかもしれんと思ってな」
「なるほど。それで成果の程は?」
「んは、あると思うか?」
書物の内容は隅から隅まで記憶通り。真新しい情報など欠片も無かった。
「三度に渡り襲撃を受け、生き残った者達が決まって口にするのが、突然喰らう者が現れたという一言。
目撃証言から喰らう者の体長は相当にデカイ事が分かっておる。獣人をまとめて数十人丸呑みにするくらいはな。なぁガラルよ、おかしいとは思わんか?」
「……私達はとにかく気配や匂いに酷く敏感です。更に言えば、どの集落もヴェロニカ様から巡回を怠らないようにと厳命されている筈。
にも関わらず、襲われた集落は喰らう者の接近に気付けなかった。どれだけ慎重に接近して来たとしても、それだけ巨大な存在が完全に気配を殺すのはまず不可能です」
「であろう? そこだけが解せんのだ。
奴の外見的特徴として、体全体は鮮やかな水色、赤い斑点、そして大きな一対の角。森の中に溶け込むには無理がある故、見逃す方がおかしい」
オレの目がないのをよい事に見張りをサボっていた? 全ての集落が? ……有り得んな。
「……」
ふと、1人顎に手を添えて何かを考えるようにガラルが黙り込んだ。何か心当たりでもあるような顔だな。
「ガラル、申してみろ」
「あ、顔に出てました?」
「これでもかとな。で? 何を考えておった?」
「大した事ではありません。ただ、突然現れたと言えば、ごく最近似たような事があったなと思いまして」
似たような事? ……あぁ、なるほど。
「ドラゴンか」
「はい。ヴェロニカ様も知っての通り、我が国にドラゴンは生息していません。もし過去に居たとするなら、その事実は文献にも残されている筈ですが、当然何処にも記されてはいない。
そんな影も形も無かったドラゴンが、ごく最近になって我が国に何の前触れもなく突然現れた。それも幼竜だけで親らしき存在は無し。
……ヴェロニカ様、本当にドラゴンと喰らう者は無関係なのでしょうか?」
「喰らう者は明らかにオレ達に対して敵対行動を取っている反面、あのドラゴンはおとなしいものだ。
直に触れ合ってみて確信に変わった。あれに害は無い。しかし突然現れたという共通点に関して言えば確かに気にはなる」
「魔法の類でしょうか?」
「例の国にそういったものがあると聞いた事がある。だが、本当にそれがあったとしても、オレ達にちょっかいを出すメリットが無い。
こちとら弱小国家だ。貴重な原産物があるでもなし、侵略したところで旨味など無かろう? 故に他国の仕業という線は考えにくい。
他の可能性として考えられるのは……うぅ〜〜〜む」
「ヴェロニカ様?」
深く深く考え込んでみるが、やはり分からん。
突然現れたのは喰らう者の魔法、或いはスキルか。あのドラゴンも似たような術を使えると考えた場合、では何故脱獄しようとしないのか。
何か、何かを見落としておる気がする。
「見当も付かんな。分からぬ事をいつまでも考えておっても始まらん。まずは目先の事だ。
獣戦士隊の配備だったな? それから手を付けていくぞ」
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