思惑は叶えども
一先ず身体創造は成功した、そう思っておく。叶うならば顔部分の造形を拝みたい……が、それはグッと堪えて後回し。
何よりも確認しなければならないのは、言葉だ。
ドラゴンのままでは万能言語の効果は発揮されなかった。であれば、望みを託すは人間の姿。この状態で、ずっと焦がれていた言葉を紡がねばならない。
ってか喋れないと詰むからホントに頼む。
「すぅぅ……はぁぁ……」
深呼吸を繰り返し、第一声を発する為に準備する。
さっきと同じで肉と言ってみようか。……いや、よく考えたら空腹状態で言うもんじゃないな。却下。
「(……やっぱ、直ぐ思い付くのは名前だよなぁ)」
何を喋ろうかと悩み始めても、やはり一番初めに思い付いてしまうのは自分の名前だった。
イヴニア。
俺のもう1人の母親が名付けてくれた新たな名前。
その名前の意味は俺にとって激しく重い物だけど、だからこそ記念すべき第一声には相応しく感じた。
さっき自己紹介を却下しておきながら調子の良い男だよ、まったく。
「……っ」
たった一言。イヴニアと呟けばいいにも関わらず、言葉が詰まって出てこなかった。喋れないのではなく、これは単に緊張と恐怖から来る詰まりだ。
この姿で喋る。それだけの事でドラゴンの時とは比べ物にならない緊張感が俺の体を支配していた。
不安の大きさも比ではない。押し潰されそうだ。いっその事やめてしまおうかと思う程に喉が渇く。
「……っ……っ!」
ダメだ、怖くて声が出ない! なんて情けないんだ俺はっ。たった一言発すればいいだけなのに、ただただ失敗が怖くてどうしようもない。
身体創造だって俺の思っていた通りのスキルではなかった。なら、同じく万能言語も思い描いているものとは違うかもしれない。
不安がグルグルと頭の中で回り続けて、押さえつけられないほど大きくなって、やがて俺は声を出す事を諦めてしまった。
気持ちの悪い汗をかいた。気分も優れない。
「(あ〜……かっこわりぃ)」
自己嫌悪。膝を抱えて顔を伏せた。
本来なら喜ぶべき場面だってのに、何やってんだ俺は。何の力も持たないお前が、ドラゴンを倒す為に崖上から飛び降りたあの時の勇気はどこへ行ったんだよ。
死ぬ訳でもなし。喋ればいいだけだろう? 簡単じゃないか。
「(はっ、簡単なもんか)」
ここで喋れなくても、俺にはまだスキルがある。条件を達成して、その果てにレベルアップして、再び喋れるようになるスキルを探せばいい。
そんな甘えた考えで居られるほど俺は馬鹿じゃないんだよ。
なるほど確かに、あの膨大な量のスキルの中なら答えが眠っているかもしれない。それを見つけて習得すれば万事解決だ。
でもそれは、あくまでも俺がレベルアップを達成したらの話だ。
今回は奇跡的に命を拾われ、こうして成長できた。じゃあ次は? レベルアップはもちろん、条件を達成する保証など何処に存在するというのか?
ただでさえ訳の分からないバラバラの条件を、今後も都合良く達成し続けて、やったねおめでとうで終われると思うか? 楽観主義にも程があるだろ。
この状況は、偶然に偶然が重なって得た奇跡なんだ。俺が勝ち取ったものじゃない。
俺がどんな行動をしようと、それが的外れなら何の意味も成さない大博打だ。
次なんぞありはしない。確実性の無い俺の成長に期待を持つのがそもそもの間違いなのだから。
「(だー! やめやめ! おかしくなるわっ!)」
このままでは落ちる所まで気分が落ち込みそうだ。最悪を想定し過ぎるのも考えものだなこりゃ。
頭を激しく左右に振って、両手でバシンと頬を叩く。
「(とりあえず、水飲も)」
カラカラに渇いた喉を潤す為に、残しておいた水を飲もうと食器を引き寄せる。
水の容器を大きめにしてくれてるのはありがたいけど、なら食事ももっと豪勢に……ってヴェロニカさんの言う通り囚人なんだから、ちゃんとした食事を望む方がおかしいか。
水だけでも量が多かった事を感謝しよう。
「(かーっ、生き返る!)」
両手で持ち上げた器に口を付けて、ゴクリと一口喉へ流し込む。今までは直接水面に口を突っ込んで飲んでいたから、こうやって器を持って普通に水を飲むだけでも感動を覚えるな。
元の姿でも飲めなくはない。でも身体的構造のせいか飲みづらいのだ。ドラゴンの時はガバッと口ですくい上げて飲むのが楽。
「(すっかりドラゴンである事に慣れちゃってんだな、俺。……ん? おっ?)」
ドラゴン生活に違和感を覚えなくなったのはいつからだろうか。そんな事を思いながらボーッと器の中で揺れる水面を眺めて、気が付いた。
ぼうっと牢屋を照らす松明の火と夜目が効く俺の目だからこそ見えたもの。水面に映り込んでいるそれは間違いなく――。
「っ!」
器を持っているとユラユラ揺れて水面が落ち着かない。直ぐに床に置いて波紋が消えるのを今か今かと待ち続ける。
そうしてにらめっこを続ける事しばらく、やがて水面が静寂を取り戻すと、簡易的な鏡が完成した。
鏡。つまり、水面と見つめ合っているこの状況でそこに映り込む可能性があるのはただ一つ……俺の顔だけだ。
「(な、何故……?)」
戸惑いを隠せない。失敗したって訳ではないと思う。でも、水面に映った俺の姿は、あまりにもイメージしていた姿と剥離し過ぎていた。
アレが付いてる事は確認済みだし、この体が男であるのは間違いないだろう。にも関わらず、どこからどう見ても女の子の容姿をしていた。
長い白髪、白い肌、深紅色の瞳。母様をちっこくしたらこんな感じなのだろうか。キリッとした母様の目元とは違い、俺のはこう……丸みを帯びてるような、垂れ目というか、とにかく可愛らしい。
おえ、自分で自分を可愛いとか嫌過ぎる。でも事実だ。美少女ならぬ美幼女。これで男とか詐欺だろ。
「(姿が幼いのはまだ分かる。でも何で髪色やら瞳の色まで……)」
前世の姿の面影なんぞ毛ほどもありはしなかった。あれだけ綿密にイメージした結果がこれとか、納得できないんですけど。
身体創造……なるほど、やっぱりスキルってのは全てが俺に都合良く作用する訳じゃないのね。となれば、他の習得したスキルも慎重に使わないとなぁ。
「(まぁ、姿形は違えど人間の体である事に変わりはない。あとはこの体がどこまで思い通りに動かせるか――)」
そうして人が思考の海へ潜ろうとした瞬間、牢屋中に響き渡る低い音。発生源は、俺の腹だった。
空気を読もうよ腹の虫くん。
って、体は小さくなっても結局空腹感はそのままか。これじゃゆっくり考え事も出来やしない。
このまま一夜を過ごすのもかなり堪えるなぁ。声も出せない、腹も減ったまま、何の為にスキルを発動したんだか。
「(うおぉぉ、うるせぇぇぇぇ)」
我が腹の音ながら騒音被害も甚だしい。どっから鳴ってんだこの音。
堪らずレッドベリーに手を伸ばし、直ぐに思い直してやめた。何度も言うが中途半端に食べるだけじゃ逆効果だ。ここで食ったらさっきの二の舞だろうに。
たとえ少量でも腹にたまる物を食べなければ、俺は今夜中に餓死する自信すらある!
「(誰かエリザさん連れてきてぇ…………あっ)」
ついに居もしないエリザさんを求め始めたその時、不意に悪い事を思い付いてしまった。
視線の先には、コアちゃんを助ける為に少しだけ歪ませてしまった鉄格子。
そうだ、何もおとなしくしている必要はない。出ようと思えば出れるじゃないか。今のところ脱獄する気は更々無いが、ちょっと腹ごしらえの為に外出するくらいならいいのでは?
いや、よくない。よくないよ? でもさ? 要はバレなきゃいいって事でしょ?
ドラゴンのままで抜け出したところで、図体のデカさから即発見されるのは目に見えてる。でも今は、人間の姿だ。
しかも小さな幼女――もとい、幼い男児。監視の目を盗んで行動するにはうってつけである。
うん、行ける。絶対行ける。
そうと決まれば即行動……と行きたいところなのだが。
「(流石にこのまま徘徊してたら変態だよな)」
今の俺は素っ裸。いくら腹が減ってるからって、この姿のまま外を彷徨いたら色々な意味で俺は終わる。
母様のように服まで創造できればなぁ。やり方が分からないんじゃ意味が無い。
どうしたもんかと頭を悩ませていると、ふと視界の端に映り込んだのは一粒だけ床に転がっていたレッドベリーだった。
そのまま視線を横に動かした先にあるのは、麻袋。
「(……背に腹は替えられない、か)」
目指せ書籍化!
多くの人に読んでもらうためにも、皆さんの応援コメント、評価等よろしくお願いします!




