象れ、その姿を
ヴェロニカさんとの邂逅を終えて数時間後。鱗を通して感じる肌寒さから察するに、おそらく現在時刻は夜だと予想。
その間に別の獣人の方が俺への食事を運んで来てくれた。
メニューは獣の肉を焼いた物に、野菜と木の実が少々。あとは大きめの器に注がれた水である。ドラゴン用にと配慮された感じかな。
もっと酷い食事を予想してたんだけどな。これは嬉しい誤算だ。味付けが一切されてなかったのは気になったが、誰かさんのように生の状態で出されなかっただけ有り難い話と思おう。
それより気になったのは、食事を持って来てくれた獣人さんが酷くビクついてた事だ。何もしてないのに傷付くぜまったく。
敵視ってよりは怖がられてる印象を受けた。
ん〜、ヴェロニカさんはああ言ってたけど、俺って獣人にとっては良くない存在なのかもなぁ。やっぱりルミリスでの待遇こそがおかしくて、世界的に見ればこれが普通とさえ思えてきたわ。
むしろそう言われた方がしっくり来る。元いた世界でもドラゴンは最上位の危険生物だった訳だしな。
「(暇だ)」
牢屋の中ではやる事も限られる。
じゃあスキルの確認でもしろよって話だけど、今はそんな気も起きない。何故なら――。
「(腹減ったぁ)」
食ったばかりで贅沢の極み。いいや違うね、食ったからこそ空腹なのだ。
単純に量が足りない。持って来られた食事はどれだけ多く見積っても人間一人分程度の量。
成長する前の小さな体でさえなかなかの量を食していたってのに、体が成長した今、たったこれだけで満足しろというのが土台無理な話である。
空腹の際、下手に中途半端な量を食べれば余計に腹が減るものだ。もうさっきから腹が鳴って鳴ってうるせぇのなんの。
未だかつてこんなにも無気力になった事があっただろうか。空腹って恐ろしいなぁ。
「(これも美味いけど、所詮は果物。腹の足しにならん)」
コアちゃんが持って来てくれたレッドベリーは後生大事に少しずつ消費していこうと決めてるし、仮に麻袋の中身全部食ったとしても満腹には程遠い。
この空腹感を誤魔化すには……やはり寝てしまうのが一番。
「(それが出来たら苦労しないっての)」
誰だって一度は経験した事があるだろう。腹が減っている時に眠ろうとしたところで、そう簡単には寝付けないものだ。
俺の場合、自分の体内から鳴り響く腹の虫がうるさ過ぎて寝付くもクソもない。安眠妨害甚だしいぜ。
寝る以外での誤魔化し方を模索し、母様達の事を考えてみる。
しかしそれでも、思い出されるのはエリザさんの手料理ばかりで逆効果。母様の尻尾がデカい肉に見えてくるのだから末期である。
あぁ、腹減った。今は藁でもいいから頬張りたい。
「(はぁぁぁ……あ?)」
仰向けに寝転んで天井を見上げると、そこにはトカゲが1匹。
「(……美味いかな)」
ジュルリと涎が垂れてきた。
ハッ!? いや、いかんいかん! 我慢しろ俺! そうやって空腹感に負けて食べたら終わりだぞ!
あれこそ中途半端な食事だ! 余計に腹が減る! そもそも美味い確証なんぞ無いのだ!
……とは言うものの、我慢の限界は近い。
「(仕方ない。やる気は起きないけど、こうして静かに空腹と戦っているよりはマシだ)」
上体を起こして静かに目を閉じる。
今からやろうとしているのは、コアちゃんの乱入により未遂に終わってしまった身体創造の発動だ。
こんな時間に訪れる奴も居ないだろうし、邪魔は入らない筈。試すにはもってこいのタイミングだろう。
それに、人間形態になる訳だから、もしかしたら胃も小さくなって空腹感が和らぐかもしれない。
「(イメージ、イメージ。元の俺の姿を強くイメージ)」
頭の中で強くイメージを固めていく。
成功するかどうかなんて分からない。そもそもスキル発動のやり方が未だに曖昧なのだ。跳躍は何となく感覚で発動させてただけ。
理屈なんて分からない。ほら、どうやって指を動かしてるのか説明しろって言われても困るだろ? まさにそんな感じなんだよ。
出来るっていう確証はあれど、どうやって? がイマイチ分かってない。
言葉にするの難しいな、これ。
「(よし、こんなもんか。多少盛ったけど、まぁこれくらいなら違和感も無い)」
やがてイメージが固まると、体の内側がじんわりと暖かくなるのを感じた。胸から全身に広がるように、何かが駆け巡る。
これはひょっとして、魔力だろうか。
やれる。そんな気がした瞬間、俺は強く念じた。
「(身体創造!!)」
全身に巡っていた魔力が脈動する。体が光を発し、視界が白一色に染まる。痛みや不調は感じられない。でも少し怖くなって目を閉じてしまった。
もう終わっただろうか? 成功しているだろうか? 変な姿になっていないだろうか?
そんな不安ばかりが大きくなる。
そうして十数秒程が経過した後、恐る恐る閉じていた目を開いていく。
「……」
最初に視界が捉えたのは、相も変わらず殺風景な牢獄の光景。激しい光はもう感じられない。
ふと、視界の上でヒラヒラと白い何かが揺れ動く。ほぼ反射的に、俺はそれを指で摘んだ。
揺れ動いていたのが髪の毛であると理解するのにそう時間はかからなかった。何で白? という疑問も湧いてはきたが、それ以上に髪の毛を摘む自らの手の変化に驚いてそちらに気を取られる。
白い鱗ではない、慣れ親しんだ肌色の皮膚。生前と比べると白に近い肌色ではあるものの、明らかにドラゴンの手ではなくなっている。
伸ばした手も、床に投げ出された足も、それぞれが繋がる体も、間違いなく人間のものだった。
「(成功……した……?)」
まるで実感が湧かない。あまりにも呆気なく変貌を遂げてしまったからだろうか。
いや、まだ成功したかどうかは分からない。確かに手足と体は人間のものに変化しているけど、顔部分が不明のままだ。
手で触れた感じだと、やたらとすべすべモチモチ感触だから、変化自体はしているのだろう。
んー、何か自分の姿を映す物があれば……というか――。
「(まぁ、やっぱり素っ裸よな……)」
見事なまでのすっぽんぽん。生まれたままの姿である。胸の紋様はしっかりそのまま。人の体だと余計目立つなぁこれ。
そりゃレティシアも身体創造を使った時は裸だったし、そんな気はしてたんだよ。一応イメージでは兵士姿を象っていたものの、そう都合よく服や鎧までは再現してくれないらしい。
あれ? でも母様はちゃんと服を着てたのに、何でだ? もしかして服を作り出す別のスキルがあるとか?
「(うーん……あ、よかった。小さいけどちゃんと付いてる)」
何がとは言わないぜ。
しかし、全体的に随分と小柄だ。やっぱり完全な元の姿の再現は難しいのか。それともドラゴンの身体的にまだ未成熟だからか……普通に考えれば後者が妥当。
レティシアも幼女だった事を考えるに、やはりドラゴンとしての年齢が大きく作用しているに違いない。
残念。見慣れた姿になれると期待してたんだけどな。
「(そこまで願うのは贅沢かなぁ。ていうか何か、背中がこそばゆい)」
さっきからサワサワと背中に何かが触れて非常に鬱陶しい。後ろに手を回して、体に擦れている何かを掴んで目の前へ引っ張ってくる。
それは、どこからどう見ても髪の毛だった。
全体的に白で統一され、毛先だけは淡い深紅色。
どうやら今の俺は長髪であるらしい。いや、長髪過ぎると言っても過言ではないだろう。
下手をすれば立っても床に触れるくらいには長い。毛先汚れそうで嫌だなこれ……。
何でこんなに長いんだ? イメージではちゃんと茶色の短髪にしたのに。白くて長くて、これじゃまるで母様みたいだ。
いや、別に母様と一緒が嫌って訳じゃない。むしろ綺麗な髪だし、長さを除けば良いと思ってるけども。
うーん……身体創造、俺が思ってる以上に融通が効かないスキルなのかもしれない。
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