獣人の王
「ヴェロニカ様の勘を疑うわけではありません。しかし本当に大丈夫でしょうか?」
「オレ個人としてはな。しかし集落の皆も同じようにとはいかんだろう。よって釈放は無しだ、すまんなドラゴンよ」
あぁ、うん。俺もそんなノリで釈放されても困るから構わないよ。むしろ隙を見て勝手に出ていくまであるから、こっちの事は気にしないでもらえると非常にありがたい。
そうしてホッと一息吐いていると、不意に手を伸ばされた。
そっと俺の額に触れ、慣れた手つきで撫で回される。不謹慎ながら心地よい感触だ。
「お前が無害であるのは間違いない。でなければこうしておとなしく撫でられたりなどするものか。噛もうと思えば噛めるだろうに」
「キュイ」
たぶん、やろうと思えば噛み千切るのは簡単だ。でも今それをやって得をする事もないし、何より俺がしたくない。
ヴェロニカさんと同じく、自らの勘がこの人は大丈夫と告げていた。俺も人の事は言えないな。
「それにだ――」
「……?」
ヴェロニカさんの視線が落ちる。俺もそれに習って追いかけると、視線の先には俺の尻尾。ハッとなり慌てて尻尾の影に隠しておいた麻袋を更に奥へと引き込んだ。
「どうやらお前を気にかけておるお節介な女の子も居るようだしな。随分と仲良しらしい。
獣人の嗅覚を舐めてもらっては困るぞ? んはは」
「(あちゃ〜、完全にバレてる)」
麻袋の存在はもちろん、それを持ってきたのがコアちゃんである事もヴェロニカさんにはお見通しらしい。
でもヒソヒソ声なのは何故だろう? ガラルさんに聞かれちゃマズイのか?
「今しばらくここで待っていろ名も無きドラゴンよ。
ガラル、こやつに見張りはいらん。巡回しておる獣戦士達にも知らせておけ」
「え、本気ですかっ?」
「本気も本気よ。なぁに心配いらんさ、な? ドラゴンよ」
非常に眩しい笑顔を向けられた。
ありがたい申し出ではある。でも高待遇過ぎないか? まぁ見張りが居ないのは俺としても好都合だし、四六時中見張られていてはスキルを試す事すら難しいからな。
「……」コク
「ほれ、こやつも暴れないと言っておる」
そうは言ってない。何度も言うが場合によっては脱獄します。
「は、はぁ」
「定期的に食事も持って来させろ。一応は囚人扱い故、必要最低限の物をな。お前もそれでよいか?」
「(ちゃんとした物が出てくるなら願ってもない)」コク
「よぅし決まりだっ! オレも時々様子を見に来てやる、楽しみに待っておるとよいぞ? んはははははっ!!!
あ、それと今後ガラルは来てはならん。これは守れ」
「え、そりゃまぁ、率先して会いに来ようとは思ってませんが……理由をお聞きしても?」
「とある少女にとって都合が悪い。竜との逢瀬を邪魔するのは無粋極まりないと知れ」
「???」
「分からずともよい。とにかく来るな。んははっ」
いや逢瀬て……。その少女ってもしかしなくてもコアちゃんの事? 俺達そんな関係じゃないってば。
あっちはどうか知らないけど、俺にとっては今日初めて顔を合わせた程度の仲でしかないんだぞ?
「そういえば、何やら甘い匂い――」
「おぉいかんいかん! 用事を思い出したわ! どれガラル、お前も付き合え。今なら酌をしてやらんでもないぞ」
「え、用事って酒……それよりヴェロニカ様――」
「いいから行くぞー! んっはははは〜!」
「ちょっ! ヴェロニカ様!? 歩けます! 歩けますからー!!」
「よいよい遠慮するな!」
「遠慮とかではなく! 尻尾が! 尻尾が削れああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ヴェロニカさんのいらん気遣いにより、何かに気づいた様子のガラルさんは首根っこを掴まれて無理矢理に引きずられていく。
本当に普段から苦労してそうだな。あーあ、床に尻尾から抜けたであろう毛が……下手したら禿げるぞ。綺麗な赤毛が勿体無い。
「(……ん? 赤毛?)」
そういえば、コアちゃんも赤毛だったな。
ガラルさんも赤毛で、それに俺を見つけた時は共に行動してたっぽいし、つまり2人は?……いや、まさかな。
「おっとそうだ、忘れておったぞ」
階段を登り始めたところで、ふと何かを思い出した様子のヴェロニカさんが振り返る。
「今更だが名乗っておこう。獣国リィベレーナが王、ヴェロニカ・オージャである。
こっちは忠臣、ガラル・マキナだ。以後よろしく頼むぞ竜の子よ。んはは〜!」
「ヴェロニカ様! お、お離しくださいぃ!」
「えぇい喧しいっ。これで文句なかろう?」
「足を持てばいいという話ではなくいだだだだだっ! 頭! 頭削れああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
本当に今更な名乗りだった。
名乗るだけ名乗って、ヴェロニカさんとガラルさんは去っていく。最後の最後までガラルさんの叫びは届く事はなく、やがて静寂だけが残された。
ヴェロニカさん、嵐のような人だ。どことなくルドルフさんに似ていなくもない。たぶん気は合いそう。
そして強く生きてくれガラルさん。毛根が死滅していませんように。
「(ここまでの話を聞く限り、例の2人組とは無関係って感じだな。俺を捕らえているのは、あくまでも危険ではないという確証を得られないからか。
少なくとも完全な敵と考える必要はなさそうだ。今後の付き合い方次第によっては、俺にとって大きな利益となる可能性もある。
――となれば、無理に脱獄を考えるよりも信頼関係を築く方が建設的かな)」
兵士時代にも行っていた現地の人達と友好関係を築こう大作戦。まさかここでも使う事になろうとは。
「(新しい情報も得られたし。これはかなり大きい)」
ヴェロニカさんが発した獣国リィベレーナという言葉。
ちょっと前にエリザさんの家で見た世界地図にもその言葉が載っていたのを記憶している。俺の記憶が確かなら、ルミリスから遠く南に位置する小さな島の名前だった筈だ。
もしここがその島国だとするなら、あの2人組が使ったと思われる魔法の正体も大方の見当がつく。
「(前に考えてた通り、人の移動を可能にする魔法。しかも海すら越えての長距離移動なんて……何でもありだなこの世界)」
仮にその解釈が合っているとして、じゃあ奴等はどこに消えた?
(何処に飛ばされても知らんで)
ふと、魔法が発動される前にコンという名の男が発した言葉を思い出した。
つまり、そういう事か? 移動魔法は場所を指定できない、或いは正確に発動させる為には準備が必要。あの宝石みたいな魔導具も必要不可欠と考えた方がいいかもな。
あの時の慌て様から見て後者の方か? 或いは両方。母様の乱入により魔法は不完全のまま発動された。謎の空間で俺が跳躍を発動させて奴等から離れた事により、俺だけが別の場所へ、と……。
即席で考えた説にしては、あながち間違ってはいないと思う。
まぁ、奴等が居ないと分かっただけでもかなりの収穫と言えるな。
「(何はともあれ一歩前進。今は無理に騒がず、ヴェロニカさんの言う通りに待ちの一手だ。
そのうちまた顔を出した時に状況の確認をさせてもらうとしよう……んっ、やっぱこれ美味いな)」
色々考えながら麻袋の中からレッドベリーを取り出して咀嚼する。
この甘さは癖になる。主食とするには物足りないが、不思議と無限に食べられそうだ。これはある意味で危ない食べ物と言える。
「(貴重な食料だし、少しずつ消費していこう)」
そんな事を考えながらも、俺の手は無意識に麻袋へと伸ばされ続けるのだった。
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