たとえ失おうとも
「話を戻すけど、いい?」
「ああ、すまんな脱線してしまって」
「ん、だいじょぶ」
いかんいかん。いつもより気が緩んでしまっているのは、やはり落ち込んでいた反動とサヤとのわだかまりが無くなったせいだろうな。
トマスいじりもそこそこに、私達は再びカザネとシキの話に耳を傾け始めた。
「それで、この虫だけど、これは冒険者達の脳に寄生してたの」
「の、脳だと⁉」
「ん、間違いない。頭かち割って確認はしてないけど、たぶん回収した死体全部に居ると思う」
「何と……しかし、脳に寄生するような虫が存在しているなど、ワシは聞いた事が無いぞ」
「当然。こんな虫、存在してないもん」
存在していない? ではここに居るこれはいったい何だと言うのか。カザネの言葉を馬鹿正直に受け取るなら、明らかに矛盾した話だ。
「シキ」
「はい。黒幕の情報を探る一方で、私達はこの虫の生息地についても調査を進めていました。
もしそれが明らかになれば、或いは黒幕に繋がる決定的な証拠になるのではないか、と。
しかし、結果的に分かったのはこのような虫は存在していないという事実のみ。現在はもちろん、過去にも存在は確認されていません」
「有り得ん! 存在していない物が存在しているなど、矛盾しておるではないか!」
「そう、矛盾してる。でも存在してないのは本当」
「ぬぅ……トマスよ! テイマーのお主なら何か知っておるのではないか⁉」
ハッとトマスを見る。ルドルフの言う通り、あらゆる獣、魔獣を使役しているテイマーのトマスならば、何か知っているかもしれない。
私達が知らないとなると、やはり期待してしまう。
しかし、トマスは苦い表情で頭を左右に振るばかりだった。
「俺も多くの生き物について学んできたつもりです。ですが、こんな生物は初めて見るし、そもそも人間だけでなく亜人やドワーフにまで寄生する虫なんて聞いた事もない」
「当たり前、存在してないんだから」
「だから! 矛盾しておると――」
「待てルドルフ」
このままでは堂々巡りだ。あのカザネが存在していないと断言したのだから、それは疑いようの無い事実だろう。
であれば、何故これが存在しているのか。
……正直、心当たりが無いと言えば嘘になる。しかし今私が考えている事は、謎の虫よりもっとあり得ない。
確証の無い情報で皆を混乱させるのは得策ではないと思いつつも、この場で足踏みを続けているよりはマシだろうと決意し、私は重々しく口を開いた。
「魔法生物」
「……? シェラメア様、それはいったい?」
「あぁ、一言で言えば、人工的に生み出された生き物の総称だ。カザネ、今はこの虫には感じられないが、戦場でお前が見せてくれた時、コイツは微量の魔力を帯びていただろう?」
「! 確かに、本当に少しだけど」
「そして同時に、私達はその魔力にどこか気持ち悪さを感じていた」
「っ」コクコク
「何故あの時に思い至らなかったのか……いや、思い至る筈もない。あり得ない事だからな。
人工的に生み出された生物には、創造者によって魔力が注ぎ込まれる。理由は分からないが、その過程で魔力の質が濁り、生物が本来持つ物とはかけ離れた物になる。それが私達が感じた気持ち悪さの正体だ」
「……仮にシェラメア様のお言葉が正しいとして、あり得ないとは?」
「魔法生物を生み出せる唯一の存在……魔女以外には考えられないからだ」
そう、魔女だ。この虫が魔法生物だとするならば、そう考えるしかない。だが――。
「魔、女……? 聞いた事がないわね。エリザ、知ってる?」
「いいえ、初耳よ」
「知る訳がない。魔女に関する文献、あらゆる手がかり、その全てが数千年も前に徹底的に抹消されているのだからな」
「す、数千年!? しかし、それは何故、なんですか?」
「私の先祖達、つまり竜族によって魔女は一人残らず根絶やしにされたからだ。だからこそ、今魔法生物が存在しているのはあり得ない」
「根絶やしって、また物騒な話ですねぇ」
「まぁ竜族の怒りを買う程度には碌でもない連中だったとだけ言っておくさ。奴等について話すと長いからな、詳しい話はまた今度だ」
とは言えこの話を知った時の私は幼かったし、知っている事などたかが知れているが。
「今回の襲撃者達は魔法生物によって操られていた。そして魔法生物は既に存在していない筈の魔女にしか生み出せない。
普通に考えれば黒幕は魔女。しかし、先のシェラメア様の言葉通りであれば、根絶やしにされているのだからそれはあり得ない……チッ、訳が分かりませんね、まったく」
「わ、シキが愚痴。珍しい」
「ハッ、すみません。つい」
ほう、珍しい事なのだな。初対面だが、確かにシキは物静かで常に落ち着いているイメージが強い。愚痴を言ってるのはそうそう見ない光景なのかもしれないな。
「はぁぁぁぁぁ……魔女、魔法生物、次から次へと、頭の固いワシにはついていけませんぞ」
「安心しろルドルフ。私だって訳が分からん。
とりあえず、これ以上調査を続けてもめぼしい成果は望めないだろう。本当に魔女が黒幕ならば尚更な。
シキ、すまないが今後は周辺諸国の動向を注視してくれないか? 怪しい動きがあれば即知らせてくれ」
「承知しましたシェラメア様」
「魔女については保留という事でよろしいのですかぁ?」
「一先ずは、な。そもそも本当に存在しているか怪しい者の調査やその目的について時間を割くより、まずは目先の事だ。
ルミリスの防衛強化、回収した冒険者達の身元確認、あとはそうだな……ああ、レティシア達の居住スペースも作らないといけないな」
今回の襲撃があった以上、あの山で過ごさせるのは危険だ。同じ事が二度起こらないとは限らない。
今でこそエリザに部屋を借してもらっているが、体が大きくなれば当然狭過ぎる。ドラゴン用の住処は必須だ。
「待って、シェラメア様」
「ん? どうしたカザネ」
「まだやらないといけない事、ある」
やらないといけない事? ふむ、直ぐに思いつく限りではさっき言った事で全てなのだが、カザネにも考えがあるのだろう。聞いてみるか。
「いいぞ、意見があるならどんどん言ってくれ」
「イヴニア様の捜索」
予期せぬ一言に胸が締め付けられた。
それは皆も同じなようで、誰もが悲痛な面持ちで顔を伏せる。
そうか……そうだったな。言っていなかったし、皆が知らないのは当然か。
「ずっと黒幕の調査はしてたけど、あくまでも最優先に捜索してたのはイヴニア様。
だから今後も、部隊のみんなには捜索を続けてもらう。そういう訳だから、シキ、みんなにも知らせといて」
「承知しました」
待て。
「及ばずながら俺も手を貸そう。使い魔達を使えば、広範囲の捜索も可能だ」
「ん、助かる、トマス」
待ってくれ。
「であればワシの兵達も動かすとしようかの。灯台下暗し、件の侵入者2人が未だこのルミリス国内に潜伏している可能性も捨て切れまいて」
「なら私の部下も連れていきなさい。いざ会敵した時に魔法があるのと無いとじゃ雲泥の差よ」
違うんだよ、お前達。
「ふん、まぁ今回は同行を許そうではないか小娘」
「せいぜい背後に気を付けなさいなジジイ。敵と間違って吹き飛ばされないようにね」
「もう貴方達、今いがみ合うのはよしなさいな」
嗚呼、本当に、この子達は我が子を愛してくれているのだな。母親として、これほど嬉しい事はない。
だが、すまない。もうそれは、意味の無い事なんだ。
「頼む、聞いてくれ」
絞り出した声は酷く震えていた。
「……?」
「シェラメア、様?」
私の様子がおかしい事に気が付いたのだろう。全員が私を怪訝な表情で見つめてくる。
言いたくない。しかし言わねばならない。
ここで黙っていたとしても、いずれは知れ渡る事だ。残酷な事実を突き付けなければ、それを受け入れてもらわねば、皆は前には進めない。
言え。言うんだシェラメア。
「……イヴニアの捜索はしない。
サヤはルミリスの防衛強化、冒険者達についてはカザネ達とトマスで調査を。レティシア達の居住スペース確保はルドルフに一任する。
ああそうだ、エリザはレティシア達のケアに回ってくれ。私も母として全力を尽くすが、人手は多いに越したことはないからな」
「お、お待ちをシェラメア様!」
「そうそう、実はレティシアが身体創造を習得していてな。だが衣服を作るのはまだまだ難しいようだから、出来ればいくつか見繕ってもらいたい。
いや、ディーヴァ達もいつ覚えるか分からないか……ならば全員用に今から用意しておくのも――」
「納得できないっ!!!」
眼前に座っていたカザネが激しくテーブルを叩いて立ち上がる。あまりにも珍しい光景に、私はもちろん、ルドルフ達も瞠目した。
いつも眠そうな半眼は強気に釣り上がり、かつて無い程に怒気を宿した瞳で私を射抜く。
驚いたな……サヤならともかく、まさかカザネがここまで感情を顕にするとは。
まぁ、理由も話さず納得しろなどと、そんな都合の良い話がまかり通る訳もないか。
「イヴニア様は、こうしてる間にもきっと、怖い思いをしてる! 放置なんて出来ない!
それが一番分かってるのは、他でもないシェラメア様なのに! どうして、そんな事言うの!?」
「控えよカザネ! シェラメア様に対して無礼であるぞ!」
「うるさい!」
今にも噛み付いてきそうな勢いでカザネが詰め寄ってくる。
ここで一喝するのは簡単だ。しかし、カザネの怒りは至極真っ当であり、糾弾されるべきは私である。
「答えてシェラメア様! どうして、諦めるの⁉」
「……」
どうして、か。
もちろん理由はある。当たり前だ。無ければ今すぐにでも私自ら世界を飛び回り、全ての大陸を隅々まで探し回っている。
このまま有耶無耶にしてカザネを納得させるのは無理だろう。下手に誤魔化して離反されでもしたら、それこそ本末転倒だ。
「カザネ、何故私がこの数日間、何もする気になれず塞ぎ込んでいたと思う?」
「それは、イヴニア様が攫われたから、でしょ?」
「本当にそう思うか?」
「……シェラメア様らしくない、そう思ってたけど」
「ははは。あぁ、その通りだ。本来なら私がおとなしく座しているものか。
私がイヴニア捜索に動かなかったのはな、動く意味が無かったからだ」
「っ! ちょ、ちょっと、待ってください……シェラメア様、まさか……!」
同じく子を持つエリザがいち早く気付いたか。
真実を告げる前に深く息を吸う。
いざ口にするとなると、こんなにも怖いのか。言葉にすれば最後、それが本当に変えようのない事実だと再認識すると分かっているから……怖くて、たまらない。
受け入れるのが怖い。それでも――。
「イヴニアは、既に死んでいる」
短い言葉。しかしそれに秘められたあまりに重い現実に、この場は静寂に包まれた。あれだけ食ってかかっていたカザネが力無く座り込み、ルドルフは無言で壁を殴り付ける。
サヤは放心状態に陥ったカザネに寄り添い、シキとエリザはただただ俯き、その中でトマスだけが、頬に一筋の汗を流しながら乾いた笑みを溢した。
「……は、はは、シェラメア様、それは些か冗談が過ぎるかと」
「私がこのような趣味の悪い冗談を言うと思うか? トマス。
今更捜索したところで意味はない。仮に見つかっても既に骸だ。だから私は動かなかった」
「か、確証など無いでしょう!?」
「あるさ」
「っ!?」
そう、ある。私が憶測でイヴニアは死んだだろうなどと思うか? あり得ない。
あの子が死んだと確信したからこそ、私は無気力状態に陥っていたのだ。もう、どう足掻いても我が子が帰ってくる事はないと、分かっていたから。
「イヴニアはスキルを覚えていてな。だが幼い故、制御できずに暴発させてしまっていた。
それを防ぐ為に、私はあの子に瞳の力を使ってスキル抑制の効果を施していたんだ。
その効果の解除方法は4つ。私自身が解除するか、私が死ぬか、対象が自力で解くか、そして」
「……施した対象の死亡、ですか」
「……」
トマスの言葉に、私は沈黙で応えた。それが正しいと重々しく頷いて、血が滲むほどに両の手を握り締める。
抑制を解除した覚えはない。
私自身もこうして生きている。
幼いイヴニアが自力で解除出来たとも思えない。
ならばもう、考えられる可能性は一つしかないんだ。
「私の中にあったイヴニアとの繋がりは完全に途絶えた。即ちそれは、あの子の死を意味しているんだよ。
……カザネ、これで納得してくれたか?」
「……ぅん。ごめ、ん、なさぃ……!」
大粒の涙がカザネの膝を濡らす。サヤがより一層強く抱き締めれば、呼応するように嗚咽の声が大きくなっていく。
「どうしてお前が謝るんだ。全ては不甲斐ない私の責任だ。
それに、イヴニアを想って怒鳴ってくれたのだろう? ならば私は感謝しなくてはな。カザネ、私の子を愛してくれてありがとう」
「う、ぅぅぅぅ……!」
「カザネ様……」
声を押し殺して泣きじゃくるカザネにシキも寄り添う。
あれからずっと、頑張ってくれていたんだろうな。もっと早くに伝えていれば、なんて、それは言い訳か。
「今一度言う。私の後継者たる我が子イヴニアは凶刃に倒れた。先程私が命じた通り、まずはやるべき事を済まそう」
「くっ……委細、承知っ! シェラメア様の望まれるままに!
しかしシェラメア様、不詳ながらこのルドルフ・ビガー、このままで終わらせるにはあまりに納得がいきませぬ……!」
「分かっている。やるべき事を終えた後は新たに命じよう。
私とて、やられっぱなしで終わる気は無い。よりにもよってイヴニアの命を奪った誰とも知らぬ愚か者には、必ず報いを受けさせる。
それが魔女だろうが何だろうが関係ない。必ず見つけ出し、この私自らの手で――」
殺 し て や る 。




