塞ぎ込んでなどいられない
「はい、完成です」
「う、うむ……」
エリザに風呂場へ連行され、1人で出来るというのに頭から足の先まで、隅々に渡って洗われてしまった。
手伝わなくてもいいと言いたくても、エリザから放たれる無言の圧力がドラゴンも真っ青な強さ故に黙らざるを得ず、結局最後まで世話になりっぱなしである。
挙げ句の果てには髪を乾かし、肌の手入れまで。汚れはともかく身体創造で作り出した体なのだから、肌の手入れは不必要なのだがな……まぁそれを言っても今のエリザには効果無しなので終始黙っておいた。
服まで自分の物を貸し出す程だ。服は魔力で作り出せるし、それにこれは少々胸がキツい……いや、これも言ったら良くない事が起こりそうだし、やはり黙っていよう。
「世話をかけたな」
「いいえ、お気になさらず。
……それでシェラメア様」
「ん?」
「本当に、大丈夫ですか?」
エリザの問いに、何が? とは問い返さない。大方、今の私が空元気なのではないかと心配しているのだろうな。
「あぁ。元気満点! と言えば嘘になる。しかしエリザ達のおかげでだいぶ持ち直したのは事実だ。
心配はいらない。ありがとうエリザ」
「……ふふ」
「何だ?」
「いいえ、少しでもいつものシェラメア様に戻られたようで安心しただけです。では、そろそろ行きましょうか」
「あぁ、そうしよう」
エリザに背中を押される形で脱衣所を後にし、そのまま私達はリビングへと歩みを進めた。
その途中、ちょうどレティシア達が使っている部屋の前に差し掛かり、思わず足を止めてしまう。
「……なぁエリザ」
「今は眠っていますよ。少し覗かれます?」
本音を言えば、今すぐにでも我が子達を抱き締めてやりたい。しかし寝ているのであれば起こしてしまうのもかわいそうだ。
エリザの問い掛けに頷き返し、扉を少しだけ開けて中を覗き込む。
各々好きな場所で寝息を立てている姿を見て、自然と笑みが零れた。
ただ、気持ちよく寝こけているディーヴァ、ヒューリィ、ダリウスと違い、レティシアだけは目元を真っ赤にさせて寂しそうに丸まっている。
エリザが言うにはずっと泣いていたらしいからな……当然か。
「不甲斐ない母を許してくれ」
小さく呟いて扉を閉める。今度こそはと私達の足はリビングへ向かい、やがて辿り着いたその先で、見知ったメンバー達を確認した。
皆腰を下ろしていたが、私が現れると直ぐに立ち上がり姿勢を正す。堅苦しいな、まったく。
「シェラメア様、お加減は?」
「ああ、大事ない。心配をかけたなルドルフ」
「とんでもない。ワシはシェラメア様ならば立ち直ってくださると信じておりましたからな」
「その期待に応えることが出来て安心したよ……あ」
改めてこの場に居る皆の顔を眺め、ふとサヤと目が合い思わず逸らしてしまった。
いかん、やはり気まずいな。度重なる私の失態、サヤはどう思っているのだろうか。愛想を尽かされたか? まぁ、そうなっても仕方ない不甲斐なさだったからな……それならそれで受け入れる他あるまい。
ああ、今頃になって叩かれた頬が痛く感じてきた。
と、そんな心配をする私を他所に、何やらサヤがガクリと蹲って……え?
「シェラメア様に目を逸らされた……やっぱり嫌われてしまったんだわ……そうよね、それだけの事をしたもの。
無礼な振る舞いの数々、挙句引っ叩いてしまったり……私は何て事をしてしまったの」
え、ちょ、サヤ?
「これ小娘! 何があっても耐えると意気込んでおったではないか!」
「うっさい! アンタには分かんないわよ!
あぁ、やっぱりダメだわっ。こんな私が名付け親だなんて! レティシア様に申し訳ない! 今からでも撤回を!」
「はぁ……サヤ姉、悪化してる」
「悪化? お、おいカザネ、これはどういう」
「サヤ姉、シェラメア様にいろいろ言ったの、後悔してる。あの襲撃以来、ずっとこの調子。
罪悪感からずっとお酒も断ってる状態」
なんと……てっきり私の方が嫌われてるものと思っていたのだが。それに自ら酒を│断っているとは、│大丈夫なのか《・・・・・・》?
「もう、死んで詫びるしか」
おいおい、私よりも重症じゃないか。気まずいどころの騒ぎではなくなっている。
正直、サヤと顔を合わせづらいのは事実だ。しかしそれを理由に疎遠になってしまっては、それこそ本当にサヤが死後の世界に旅立ってしまいそうな勢いである。
他の者が言葉を投げ掛けるより、やはりここは原因である私自らが動かねばなるまい。
「顔を上げてくれ、サヤ」
「うう、シェラメア様……?」
歩み寄り、私もまたしゃがみ込んでサヤの肩に手を置く。ゆっくりと上げられたサヤの顔は見事な泣き顔で、それがより一層自分の不甲斐なさを意識させる。
「私はお前を嫌ってはいない。むしろ感謝しているんだぞ?
あの時、サヤの言葉と一撃が無ければ、事態はもっと深刻になっていたかもしれない。イヴニアだけでなく、お前が名を付けてくれたレティシアの身にまでな。
それを未然に防げたのは他でもない、サヤのおかげだ。謝るべきはその言葉を軽視してしまった私の方だろう。
すまなかった。そしてありがとうサヤ。やはり、お前が居てくれなくてはな」
「う、うぅぅぅっ、ジェラメア様ぁ゛ぁぁぁぁぁぁ……!!」
「おっと。よしよし、大丈夫だ。私がお前を嫌うものか。お前達も私の愛しい我が子同然なのだからな」
私の胸で泣きじゃくるサヤの背中を優しく擦る。普段なら「無礼であろう!」くらい言ってきそうなルドルフも、流石に今回は自重してくれているようだ。
うむ。今しばらくはサヤが落ち着くまで待つとしよう。話を聞くのはそれからでも遅くはない。
――……。
ようやくサヤが落ち着いてくれたのは、それから数分後の事だった。
当の本人は椅子に座って居心地悪そうに肩を縮めており、いつもの飄々とした雰囲気は欠片も感じられない。
「お見苦しいところを……」
「はっはっはっ、気にするなサヤ。お互いのわだかまりも無くなったのだし、よいではないか」
「そうは言われましてもぉ〜」
「えぇい調子が狂う! ほれ! これを飲んでシャンとせんか!」
ここでずっと黙っていたルドルフが割り込み、その手に持つ酒瓶をサヤの前にドンと置く。
ん? あれはドワーフ御用達に火酒か。また度数が強い物を持ち出してきたものだな。
そもそも酒を飲んで元気を出せというのも如何なものかと思うが……まぁサヤに関しては最適解かもしれない。
「ちょっとジジイ、こんな時に勧めないでよ」
「構わんぞサヤ。存分に飲むといい」
「シェラメア様まで〜」
と言いつつも、自然と手は酒瓶に伸ばされていく。体は正直だな、そうでなくては。
さて、一段落ついた事だし、そろそろ本題に入るとしよう。いつまでも談笑ばかりでは集まってくれた皆に申し訳が立たん。
始めてくれという意味を込めて対面に座るカザネに目配せすると、一つ頷いて立ち上がる。
「じゃ、始める。みんな、いい?」
緩んでいた空気が一気に張り詰めた。どうやら、皆これから何を聞かされるのかは察しているようだ。
「ん。じゃあまず、この娘を紹介するね。私の部下のシキ」
「皆様、お初にお目にかかります。シキ・コウジュンと申します」
カザネの後ろに控えていたシキが一歩前へ踏み出し、お手本のようなお辞儀をする。その完成された仕草に、私すら息を呑む程だ。
隠密部隊は潜入任務にも携わるからな。どんな場面にも対応出来るよう、こういった一つ一つの動作も完成されているのだろう。
「シキとやら。シェラメア様の御前なのだ、無礼に当たる故そのフードは取るべきではないか?」
「おいルドルフ、私は別に構わない」
「しかしですな――」
「本当なら取るべき。だけど見逃して。私の部隊は隠密だから、身内にも出来るだけ身バレはしたくない。
望むなら、後でシェラメア様にだけ見せる」
「なるほど、そういう訳があるのだな。俺としては素顔が気になるところなんだが」
「ト マ ス ?」
「べ、別に他意は無いぞエリザ!?」
さっきの私の冗談をまだ引き摺ってるのか、やたらと敏感なエリザに苦笑を浮かべる。
とばっちりになってしまって悪いなトマス。許せとは言わんよ。
「必要が無いのであれば無理強いはしない。そこは本人とカザネの意思に任せるさ」
「寛大なご処置痛み入ります」
「あー、よせよせ、堅苦しい。
それでシキよ、お前の報告とやらを聞かせてくれないか?」
「はい。私達はカザネ様の指示により、今回の襲撃に関与しているだろう黒幕の情報を集める為に動いていました」
「部下総動員、この数日で思い当たる国は軒並み洗い出した」
「カザネ様の仰る通り、思い当たる……つまりは冒険者ギルドを構える国全てです。
何者かが冒険者達を雇ったならば、その痕跡は必ずギルドに残る筈。依頼書等の物的証拠があれば確定的です」
冒険者ギルドが怪しいと考えるのは自然だな。現に私達を襲撃した者は皆、一人残らず冒険者だった。
雇った張本人が居ると疑うのは何もおかしな事ではない。
しかし、先程部屋に入ってきた時にシキは言っていた。カザネが期待している程の情報は得られなかったと。
であれば、決定的な何かを見つけるには至らなかったと考えるのが妥当だろう。
「だが、そんな物は無かった。だろう?」
「はい。証拠を破棄した痕跡も無し。あくまでも穏便にギルド長を尋問した結果、こちらも完全に白と言わざるを得ません」
「お主等隠密部隊がどの程度の力量を有しているのかは知らぬが、尋問が甘かったのではないか?」
「ルドルフさんに同意ですね。俺はどうも穏便にの部分が引っ掛かる」
「シキの――と言うより、部下達の実力は確かだよ。戦闘に関してはルドルフ達に敵わないかもだけど、こういう裏の仕事の腕は超一流。
暗殺、尋問、拷問、他にも色々とね。それでも疑うなら、試してみる?」
カザネが言い終わると、いったい何に使うのか不明な謎の器具を、シキがどこからともなく取り出した。
詳しくは分からずとも、見た目からして穏やかではない事に使う為の道具であるのは想像に難くない。
この器具のどこに穏便さを感じろと言うのか。
「む」
「え、遠慮しておこうかな……ちなみにそれは何に使うんだ?」
「これは頭に装着するもの。一つ質問する毎にこのハンドルを1回転。そしたらこの針が徐々に近づいていくの。最終的には目玉ブスーって感じ。……試す?」
「話の続きを聞こうかのう!」
「そうですねルドルフさん!」
「もっと優しめのもあるけど」
「「結構だ!!」」
やるなカザネ。トマスはともかく、ルドルフを黙らせるには口より行動だとよく分かっている。
とは言え話が進まないので、苦笑しつつも深くは突っ込まずにシキへと話し掛けた。
「シキ、続けてくれ」
「畏まりました。ギルドそのものは白と分かったので、次に私達が調べたのは裏の世界に生きる者達です。
奴隷、娼館、殺し、人体実験。調べれば調べるほど吐き気のする事ばかり出てきましたが、やはりこちらも肝心の黒幕についての情報は何も」
「冒険者ギルドでもなければ裏の住人でもない……ふむ」
「あ、その人体実験で思い出した。シキ、例の物は見つかった?」
「いえ、それらしい物はいくつかあれど、カザネ様のお探しの物は何処にも……」
「ん、そっか」
「何の話だ?」
「探してたんだ、これ」
そう言ったカザネが、何やら足元に置いていた皮袋をテーブルの上へ乱雑に置いた。
パッと見では中身が何なのかは当然分からない……が、袋の口から妙に見覚えのある物が1本飛び出しており、それを見た瞬間に私は全てを察した。
「なぁに? これ」
「ほら、戦場でサヤ姉も見たやつだよ」
「ああ……あれね」
そういえば、例の物のせいで冒険者達の様子がおかしくなっているんじゃないかとは、サヤの言だったか。
「今回の件に関係しているものなのか?」
「まぁね〜。無関係とは言えないんじゃないかしら。気になるなら見てみれば? トマス」
「ん? あぁ……って、何だそのニヤニヤ顔は」
「べっつに〜?」
「まったく何なんだ」
火酒のおかげだろうか、先程よりもだいぶ調子が戻った様子のサヤにホッと一息する一方で、袋を開けようとするトマスの反応が気になって仕方ない。
私でさえ引いたからな。さて、見ものだ。
「ん? 何か飛び出してるな。紐? にしてはやたらとヌルヌ……ル……ひあぁぁぁあぁあぁっ!!!!?」
一気に袋を開けて中身が顕になった瞬間、子を持つ大の男が奇声を上げながらすっ転んだ。
思わず拍手を送ってしまいそうな見事な転びっぷりである。まぁ驚くよなぁ、袋の中から謎の触手が盛大に飛び出してる巨大な虫が出てくれば。
机の上に放り投げられたそれは、間違いなくあの時カザネに見せられた虫の死骸。何度見ても気色の悪い姿をしている。
「プッフーッ!! あっははははははは!! ひあー! って! いひひひひひ! 何よその驚き方! ひー! お腹痛い〜!」
「わ、わ、笑い過ぎだろサヤ! 俺は虫が大嫌いなんだ! というか分かってて黙ってたな!?」
「そりゃあ面白そうな事になりそうだし〜?」
「すまんなトマス。正直、私も少しばかり期待していた」
「シェラメア様まで酷いですよー!」
ふむ、サヤの様子を見るに、もう大丈夫そうだ。やはりこうでなくては。エリザが私にとって薬になったように、サヤには酒を、だな。
「ほーらほらー、虫だぞ〜」
「だぁぁぁぁっ!! 近付けるな! 何でそんなに平気な顔して掴めるんだお前は!」
「ちょっと大きめの虫じゃない。怖がり過ぎなのよ。この程度でビビったり引いてるようじゃ先が思いやられるわねぇ。ね? シェラメア様♪」
「ははは、ソウダナー」
いじられそうだし、初めてカザネに見せられた時に引いていた事は黙っていよう。
「あれ? あの時シェラメア様も――」
「おぉっと口元が汚れているぞカザネ!」
「むむむぅぅ〜」
とりあえず余計な事を口走りそうになるカザネの口を押さえ込む。
頼むからその事は心の奥底に封印しておいてくれ。本当に頼むから。




