耐えた先にあったもの
闇の中に溶けていた意識が静かに浮上していく。
なんだろう、この感じ。なんて言えばいいのかな。
あらゆる感覚が麻痺してるみたいでハッキリと掴めない? みたいな? 何か、そんな感じ。何言ってんだ俺。
スッと一息に呼吸をして目を開けてみると、そこには暗闇が広がっていた。
何度か視線を彷徨わせるが何も見えない。
そんな事を繰り返してしばらく、自分は寝ているのだとようやく自覚すると同時に、意識を失う前の強烈な記憶が頭の中を駆け巡った。
「っ!!」
勢い良く上体を起こし、慌てて体中をペタペタと手で触れて確認してみるが、怪我らしい怪我も無いしべっとりと付着していた血も確認できない。
というかこれ、人間の体だ。って事は。
「ここ、いつもの……?」
間違いない。視線を前に移せば見慣れた紋様が俺を出迎えてくれている。いつものスキル習得用謎空間だ。
ふむ、この場合はどうなるのだろう? 生きてる? 死んでる?
意識を失う前の俺はそれはもう酷い状態だった筈。それこそ死んでもおかしくない程の致命傷を受けていた。
如何にドラゴンと言えど赤ん坊の身。打撲、骨折、内臓破裂……うん、たぶん死んでるな。大の大人でも耐えられるか怪しい。
はぁ……呆気ねぇ。新たな生を受けて1年と経たずに殺されちまったよ。ていうか結局アイツ等は何だったんだ。
目的はまぁ俺を攫う事だろうが。ん、そういえば気になる事も言っていたな。幼竜の生き血は万病の薬とか、寿命すら克服するとか。
んな馬鹿な話があってたまるかと笑い飛ばせればどれだけ楽か。別世界な以上、俺の常識は通用しない。
うーん、常識と言えば最後に発動した魔法らしきものだけど。奴等が突然寝床に現れた事も考慮した上で、あれはやはり、もしかしなくても瞬時に長距離を移動できたりする魔法……? いやいやいや、ありえ――ってだから常識に囚われるなよ俺。
元の世界じゃあり得ない現象には、既に何個か遭遇してるだろうに。自分の常識は捨てて、この世界の常識を知らないと生きては……じゃねーよ、もう死んでるんだわ。
死んでるのにあれこれ考えてどうするんだって話だよな。
「勿体ぶらずにさっさと天国でも地獄でも連れて行ってくれよ。何で1回この空間挟んだし」
あれだけ頑張っていたポイントの貯蓄も無駄になっちまったなぁ。死ねばポイントなんざ何の価値もないだろうし、俺って何の為に頑張って来たのだろう。
これが無駄死にってやつ――。
と、そこまで考えて頭を振った。
「(……いや、少なくとも無駄じゃない)」
そうだ、結果的に死んでしまったとは言え、かけがえのない家族を守れたのだから、それでいいじゃないか。俺の命1つでレティシア達を救えたのなら安い代償だ。
悲観することはない。最後にお兄ちゃんらしい事を出来た事実を誇ろう。
レティシア、ディーヴァ、ダリウス、ヒューリィ、俺の分まで強く生きてくれ。俺は死後の世界からお前達を見守る事にするよ。
と言ってみたはいいものの、ここにお迎えなんて来るのかな? 分からないけど、とりあえずしばらく待ってみるとしよう。
――……。
「来ねーし」
待てど暮らせど何も現れはしなかった。まぁ、そもそもそんな存在が居るのか自体怪しいしな。
うーん……俺、本当に死んでるのかな?
その疑問に答えてくれる存在はここには居ない。居たとするなら、例のデーモンさんくらいだけど、こっちからの呼び掛けには一切応答しやがらないからアテにならない。使えねぇ。
もっとこう、手取り足取り色々教えてくれたっていいじゃない。何であんな俺を嫌って――……ん? 待てよ? そういえばまだ試してなかった事があったな。
よくよくデーモンさんと初めて邂逅した時の事を思い出してみたけど、あの時の俺って幻聴を振り払う為に自分の頭を地面に叩き付けてたっけ。
で、その行為で魂が壊れたら自分まで消えるからって事で、それを止める為に仕方なく姿を現しました的な感じだった筈。
ふーん? なるほどなるほど。どの道このまま待ってても埒が明かなそうだし、物は試しだ。どうせならあの時以上の勢いで打ち付けてやろうか。
そうと決まれば善は急げ。
膝をつく形で座り、両手は地面へペタリと付ける。そこからゆっくり深呼吸をして、一気に限界まで頭を反らし、そのまま地面へ向けての急落下!
「いざ! デーモンさん召喚ブハァアッ!!?」
『何をトチ狂った事をしているのですか貴方は』
頭が地面にぶつかる前に、瞬時に姿を現したデーモンさんに頬を思い切りビンタされた。
うっそだろ、あのアカネとかいう女に殴られた時より痛かったんだけど。大丈夫これ? 頭一回転とかしてないよね?
「痛ぅぅ、効いたぁ〜。いいもの持ってるなデーモンさん」
『用があるのなら普通に話しかければいいでしょう』
「どの口が言ってんのそれ!? 散々呼び掛けて無反応だっただろ!?」
『ハッ、記憶にありませんね』
こ、コイツ……! いやいや、イカンぞ俺。ここで食ってかかっても意味は無い。努めて冷静にいこうじゃないか。
『ところで、そのデーモンさんとはなんですか? まさかとは思いますが、私の呼び名、などとは言いませんよね?』
「え、そうだけど危なっ!!!?」
正直に答えたら二度目のビンタが飛んできた。
間一髪回避できたからいいものの、今のは間違いなく最初の一撃よりヤバかった! 魂が壊れたら困るとか言う割には殺しに来てない!?
『貴方ごときが偉そうに私の呼び名を決めるなどと。この上なく不快です』
「いや、でも呼び名があった方が何かと便利だろ? 一応は一心同体の仲なんだし、親睦を深める意味合いも兼ねてさ」
『……後者は論外として、前者は一理ありますね』
うわーおバッサリ。なんで? 仲良くした方がお互いの為じゃん。
『デーモンという名はひとまず保留という形にしましょう。ですが、さん付けが気に入りません』
お? 名前自体は否定しないんだ? もしかして意外と好感触だったりするのかな? なんだよ可愛い所もあるじゃないか。
さては照れ屋さんだな? いや呪いが照れ屋って時点で訳分からんが。
「じゃあ、思い切ってデーモンちゃんとか――」
『……』
「調子に乗りました、すみません」
とても言葉では言い表せないくらいの、とんでもない目つきで睨まれました。こーわ。
『様』
「へ?」
『デーモン様、と呼ぶ事を許しましょう』
お、おおう、様ときたか。無表情だけど間違いなく過去一生き生きしてるよこの娘。早く呼べと言わんばかりに顎で指示してるし。
「はぁ……じゃあ、デーモン様で」
『よろしい、下僕』
げぼ――言いたい放題だなまったく。本当なら一言二言文句くらい言ってやりたいところだが、俺は大人だ。ここはグッと我慢して知りたい情報を聞き出すのが賢い選択。
呼び名はもちろん、下手に出てれば機嫌も損ねないだろうし、質問にも答えてもらいやすくなる筈だ。
「えー、麗しき我が呪いたるデーモン様にご質問がございます」
『何ですか急に、気持ち悪いですね。さっきので新たな性癖にでも目覚めましたか? ああ気持ち悪い、近寄らないでください』
ぐぅぅぅぅ!! 我慢っ! 我慢しろ俺ぇっ!
このくらいの言葉責め、生前の頃はしょっちゅう浴びせられてきただろう! 呪いとは言え女性1人程度にボロクソに言われようが俺の鋼の意思は揺るがねぇ! ちょっと泣けてきたのは秘密!
「俺は、死んだのか?」
『質問の意図を理解しかねますね』
「え、見てたんじゃないのか?」
『何をですか?』
「何をって、だから、あのアカネって女にボコボコにされたじゃん俺」
『それを聞いて少しだけ気が晴れました。いい気味ですね』
ちょっと1回殴ってやろうかこの呪い……。いややめとこう、後が怖い。
それより、デーモン様の言動、何か引っ掛かるな。一心同体だから、てっきり俺の身に起きている事とかも共有されてるもんだと思ってたけど、そうじゃないのか?
「あのさ、ここに来る前の俺が何をしてたか知ってる?」
『知りませんよ。知りたくもありませんし』
やっぱりか。正直ホッとした。
共有されてたらされてたで、俺が普段何してるのかとか丸見えって事だもんな。やだそんなの恥ずかしい! 変な事できないじゃん!
「知らない、か。じゃあ俺が死んでるかどうかも分からないよなー」
『それ以前に貴方が死のうが私にはどうでもいい事ですけれど。何か大怪我でも?』
「まぁ、死んでも不思議じゃない程度には追い込まれたかな。って何か反応薄くない? 俺の死はデーモン様にとっての死なんだろ?」
『私が危惧するべきはこの場所、つまりは魂の死のみ。貴方の肉体がどれだけの損傷を受けて、結果死に至ろうが私の知るところではありません』
「え、そうなの?
ん〜、でもさ、肉体が死んだらもう目覚める事もないだろ? それってつまり、ここにずっと俺が居る形になる訳で、それに関しては?」
『はぁ……チっ、安心してください、そうはなりませんので』
おいコラ、ため息と舌打ちの合わせ技までしてきやがったぞコンニャロウ。
まぁいい。いやよくないけど、とりあえず突っ込まない。
にしても、そうはならないってのは何故だろう? 目覚めるべき肉体が無ければ、ここ以外に俺が行くべき所は無いのでは?
しかし、デーモン様曰くそうはならないと。これは詳しく聞かないとな。有耶無耶にしててもいい疑問じゃないし。
「なぁ、もっと詳しく――」
『っ!』
「聞き、たい……って、どした?」
疑問を口にしようとした瞬間、デーモン様が何かに反応するように顔を上げた。それに習って俺も上を見上げてみるが、何かある訳でもなく只管に暗闇の世界が広がっているだけだ。
俺には分からない何かが起こっているのか、ここで口を挟むとどんな口撃が飛んでくるか分からないので、とりあえずデーモン様の言葉を待つ事にしよう。
『……はぁ。本当に貴方は悪運が強いらしいですね』
「え?」
何だ突然。
唐突な言葉にポカンとする俺をよそに、デーモン様の様子が変わる。今までも相当に感情を感じさせない表情だったのが、更に冷たくなった印象だ。
『最終条件 死の淵からの生還を達成』
「…………へ?」
やがて無感情に紡がれた言葉に俺が間抜けな声を漏らし、その間にもデーモン様の言葉は続いていく。
『個体名 イヴニアのレベル上昇を確認。基礎ステータスの上昇を確認。
レベルアップボーナス獲得。スキル、解読、技能掌握を獲得。固有スキル、皇雷を獲得。レベルアップによるボーナススキルポイント獲得。
条件再設定完了。レベルアップを終了します』
長々と並べ立て、ようやくデーモン様の瞳に色が戻った。冷めた目で俺を一瞥すると、小さくため息を一つ溢し、踵を返して闇の中へと消えていこうとする。
これには慌てて待ったをかけた。
「ちょーっ! 待て待て待て!」
『何ですか?』
「一方的に告げてはいさよならの前にさ! 今のは何なのか教えてくれよ!」
『言葉通りです。死にかけていたらしい貴方が、どういう訳か最終条件を達成してレベルアップを果たした。ただそれだけの事です』
「デーモン様にとってはそれだけかもしれんが、こっちは情報量多くて困ってんの!
たまには色々教えてくれたっていいだろう!」
『私が教えられる事などそう多くはありません。前にも言ったように、私は義務を果たしているだけに過ぎないのです。
知りたければ自分で確認してみては? その為にそれがあるのですから』
そう言ってデーモン様が指差す先には、俺の背後にピッタリとくっついて離れない紋様。
「そりゃ、そうだけど……って居ねーし」
俺が一瞬だけ紋様を見て再び振り返った時には、既にデーモン様の姿は無かった。
たぶん今、再び声をかけても応えてはくれないだろうな。無理に呼び出したらビンタどころの話じゃなくなる気がする。
まぁいい。一先ずは喜ぶべき、だよな? デーモン様の言葉通りなら、どうやら俺は九死に一生を得たらしいし。
というか、最終条件の内容がふざけ過ぎてる。なんだよ死の淵からの生還って。今回は図らずも達成出来たけど、普通に生活してたら余程の事が起きない限り一生達成出来ないじゃねーか。
どういうつもりで組み込んだのか、この呪い作った奴締め上げて問い詰めてやりたい。
「とりあえず、見てみるか」
グチグチと言っていても埒が明かないので、デーモン様に言われた通り、俺はいつもの如く紋様に触れてステータス画面を開いてみた。
瞬間、目を疑った。
レベル 2
筋力 783
体力 870
持久力 651
魔力 1965
知力 529
技量 421
耐久力 718
状態異常耐性 261
精神耐性 234
習得魔法 なし
習得スキル
跳躍 解読 技能掌握
固有スキル
竜眼 皇雷
現状態 呪い
残りスキルポイント 104
「は……はあぁぁぁぁぁぁ!!!?」




