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そして竜呪は輪廻する  作者: アメイロニシキ
序章
34/105

望まぬ旅立ち

諸事情により更新時間が大幅に遅れました。申し訳ありません。

 言葉なんて分からない。そこに込められた想いも分からない。

 でも、本当に何となく分かった気がしたんだ。レティシアが必死に、お兄ちゃんって叫んでいるって。


 とんでもない声量に飛びかけていた意識が引き戻される。眠っちゃダメだと妹に喝を入れられている気分だった。

 いや、事実そう言っているのかもしれない。なら、いつまでも寝転がってる場合じゃないだろう? なぁ? お兄ちゃん。


 「っっ! こ、の!」


 「ちょおっ! 何する気ぃや⁉」


 「黙らせるっ! 1匹連れ帰れば十分だからな! 後は始末してしまっても構わん!」


 掠れる視界の向こうで、女が剣を引き抜いて掲げている。逆手に持つその仕草は、今から剣を投げるぞと言わんばかりだった。

 その切っ先が向けられている先には、レティシア。殺そうとしている。ディーヴァだけでなくレティシアまでも。


 無我夢中で無理矢理に体を起こして、再び跳躍を発動させる。衝撃で体中に激痛が走るが、そんな些細な事に気を取られている場合じゃない。


 今にも振り抜かれようとしていた女の腕へこれでもかと力強く歯を突き立てた。柔らかな感触、鎧の類を着ている様子も無い。ジワリと口の中に広がっていくのは鉄の味。


 「ヴゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」


 「ぐあぁっ?!! また邪魔を!」


 空いた左手でガンガンと腹やら顔を殴り付けられる。その一発一発を受ける度に意識が飛んでいきそうになるのを必死に堪えて、両手でしがみつき、尚も顎の力を強めていく。


 ああ、そうだ! 俺を見ていろ! お前等の相手はレティシアじゃない! さぞ痛いだろうなざまぁみろ!

 皮ごと獣の肉を簡単に食い千切るドラゴンの牙だ! このまま右手をもらおうじゃないか!


 「ギュギュゥ(俺の妹にぃ)! ギュアァイィッ《手を出すなぁぁっ》!」


 「ぐっ、あ゛ぁぁぁぁっ!!!?」


 より一層顎の力を強めて噛み締める。やがて聞こえてきたのは骨が砕ける音。


 それを聞き届けた瞬間、三度目の跳躍発動。撃ち出される勢いで力任せに女の腕を食い千切った。

 腕は近くに落ちたものの、剣は離れた位置へ落ちてくれた。上出来だ。


 体は投げ出され藁の上へ叩き付けられる。上から降り注いでくるのは女の腕から飛び散る鮮血。もうマトモに動く事すらままならない俺はそれを呆然と見つめる事しか出来ず、全身を赤く染め上げていった。


 「アカネちゃん!」


 「ぐぅぅぅぅぅっ……!! こ、のぉ……トカゲ風情がぁぁぁっ!!!!」


 「ギュッ?!!」


 仰向けに寝転んでいると腹に鈍痛と何かが折れる音。めり込んでいるのは女の足だ。相手の骨を砕いたように、俺もまた肋骨辺りの骨を持って行かれた。


 内側から押し出されて口から飛び散る大量の血。もう俺の体は白い部分がほとんど見られないほど赤く染まっていた。自分の血なのか女の血なのかも分からない。


 気が付けば、あれだけ響いていたレティシアの声はもう聞こえなくなっていた。きっと叫び疲れたんだろう……あんなに鳴くからだ。


 「よくもっ!! こんな体ではあの方に――!」


 「アホ! 追撃すんなや! この子まで殺したら、それこそ大将に愛想尽かされるやろ!」


 再び振り下ろされそうになっている足を見て、あぁ死んだなと諦めていた俺を救ったのは、男の方だった。

 間に割り込んで、落ちてくる足を片手で受け止めている。


 「えぇから傷口縛ってポーション飲んどき。片腕持ってかれてんねんから、タフなアカネちゃんでも止血せんと死ぬで」


 「はぁ、はぁ……くっ、子供だからと油断し過ぎていた私の落ち度か……!

 すぅぅ……はぁぁぁぁぁ……コン、さっさとそいつを連れて帰るぞ。魔導具を起動しろ」


 「はぁ、分かっとるわ。千切れた腕回収しときや」


 「ああ」


 掠れ、閉じかけている視界の中で男の動きを細かに観察していると、懐から小さな赤い宝石を取り出しているのが見えた。それを握り締めて直ぐ、宝石は淡く光り始め、フワリと空中へ浮かび上がる。


 宝石を中心に何重もの光の円が広がり、交差し、男と女、そして俺を囲んでいく。


 「えーっと、んで、ここに魔力ポーションをかけてと」


 再び男が懐から何かを取り出した。言葉通りに受け取るならポーションの類。でも、瓶越しに見えるポーションの色は、真っ赤な色をした見慣れない物だった。


 蓋を捻り開けて、男が空中に浮かぶ宝石にポーションの中身をかけ始める。

 

 目を疑った。何故か? ポーションは重力に従って垂れ落ちる事は無く、一滴すら逃さず宝石が吸い込んでしまったからだ。


 これから何が起きるのか、どっちにしろ俺にとって良くない事である事は想像に難くない。


 「キュ……ウゥ……」


 「おっと、動かん方がえぇよ」


 最後の悪足掻き。体に鞭打ち這いずって離れようとしたが、呆気なく男に捕まり抱き上げられてしまった。再び跳躍をと思っても、激痛が走るだけで発動してくれない。


 最早、抗う術を俺は持ち合わせていなかった。


 「……」


 顔に飛び散った血が垂れて目に入る。視界が赤く染まっていく中、男の腕に抱えられた状態で何とか前を向いた。


 どうせ連れ去られるのなら、最後くらいレティシア達を目に焼き付けておきたい。虐げられてばかりの人生だった俺と、短い間でも過ごしてくれた新しい家族の姿を。


 ああ、今生も不運だな。


 でも安心した。連れ去られるのがディーヴァじゃなくて良かった。俺の家族じゃなくて良かった――。


 「「「キュウゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」」」


 「っ!!?」


 視線を上げた先にあったのは、怯えて何も出来ないでいるレティシア達……ではなく、むしろ怒り心頭な様子で猛然とこちらへ駆けてくる弟達の姿だった。


 思わず目頭が熱くなる。でも、今は心を鬼にしないといけない。下手に立ち向かって怪我をしたり、最悪死に至るなんて事になったら、俺の行動が無駄になる。


 「キュ……ィ(来る……な)……」


 「ちっ、馬鹿が。幼竜相手にそう何度も油断はせん。反射の巨壁(ミラーオブウォール)


 女が魔法らしき術を発動させると、俺達を取り囲むように半透明の壁が現れた。


 見たことの無い魔法だ。それともスキルか?


 「キュウゥゥッ! ギュイッ!?」


 「(ダリウス!)」


 いち早く駆け付けたダリウスが頭から壁に激突。瞬間、壁に打ち付けた衝撃音とは別に、二度目の衝撃音が鳴り響いた。

 同時にダリウスが大きく仰け反り、頭を抑えて蹲る。


 何だ、今の。ぶつかった反動ってよりも、何かに殴り付けられたみたいな……。


 「キュイィッ!! キュッ!?」


 「キュキュウッ!?」


 続けてヒューリィとディーヴァが同じく壁に激突する。が、ダリウスとまったく同じように仰け反り蹲った。


 「今時反射の巨壁(ミラーオブウォール)に真正面から突撃を敢行してくる馬鹿はそう居ない。無知とは恐ろしいな」


 ミラー、オブウォール?

 とにかくこれはただの壁じゃない。ダリウス達の様子から考えられる可能性として一番高いのは……。


 「キュー! キュイーッ!?」


 持ち直したダリウスが大口を開けて壁に喰らいついた。直後、やはり先程と同様に直ぐに壁から離れてしまう。


 しかも今度はダリウスの右肩付近に傷。どう見ても噛み跡らしきものが刻まれていた。


 「(噛み付いて……噛み跡が……。っ、そうか!)」


 反射だ! この壁、ダリウス達の攻撃をそっくりそのまま返してるのか! って何だその卑怯臭い魔法! ふざけんな!


 「キュ……ィ(やめ……ろ)


 どんなに頑張っても声が出ない。


 ダリウス達は止まらなかった。痛いだろうに、壁を殴りつけ、噛みつき、引っ掻き、声を張り上げる。

 視線は女や男には向けられておらず、只管に俺を真っ直ぐに見つめていた。俺を助けようとしている。


 やめさせないと。傷付くだけだ……! もういいお前達! その気持ちだけで十分だから、もうやめてくれ!


 「コン、まだか」


 「待ちぃや。魔力は高級ポーションで代用できるからともかく、座標はそんな簡単やない。もうちょい時間を――」


 「うーーーっ‼」


 「む?」


 「(……! レティシア!)」


 尚も攻撃を続けるダリウス達の間を縫って、レティシアが駆けてくる。

 その姿はドラゴンのものではなく、つい数時間前に見せた人の姿だった。素っ裸のまま突撃してくるその手には、女が持っていた剣が握り締められている。


 「身体想像(ボディクリエイト)まで……コイツ、本当に幼竜か?」


 「うぅぅぅぅっ!!」


 壁を前にレティシアが剣を振りかぶる。


 ダメだ! やめろ! 俺の予想が正しいなら、そんな物で攻撃したらお前は……! やめろレティシアーーっ!!!


 俺の魂の叫び虚しく、振り下ろされた剣が壁と接触。レティシアの体に一筋の傷が刻まれる――……そう思っていた。


 「学ばない。所詮は子供か……ん?」


 「うぅ! うー! あぁゔぅぅぅぅっ‼」


 「っ!? 反射が発動していない!? 馬鹿なっ、ありえない!」


 女と同じく俺も驚いていた。

 何度も何度も振り下ろされる剣。なのに、レティシアの体には傷一つ付いていない。


 「ゔぅあぁァァァァァァっ!!!!」


 「何なんだコイツはっ。鑑定眼(アナライズ)! ………………は?」


 聞き慣れない言葉が紡がれた直後、女が間抜けな声を出したかと思えば、1歩2歩と後ずさる。フードの中から垂れ落ちていくのは汗だろうか。それにしては絶え間なくポタポタと滴り落ちているが。


 「アカネちゃん? どないしたん?」


 「まさか、いや……そんな事あり得る筈が、だがこれは、何故」


 「アカネちゃん! しっかりせぇ!」


 男の声に応える気配の無いまま、女がその場にペタンと尻餅をついた。明らかに様子がおかしいと思ったのだろう、男が作業の手を止めて駆け寄る。


 フードが取り去られ、俺はそこで初めて女の顔を目撃した。


 赤い視界のままだから詳しい色までは分からないけど、たぶんだけどサヤさんと同じ黒髪をした女性。キリッとした強気な目元が印象的だが、今は何故か怯えきった表情を浮かべている。


 「アカネちゃん! おいっ、どないした!?」


 「こ、コン、奴を殺せ」


 「はぁ? 何やいきなり」


 「いいから殺せ! 今ここで殺しておかなければ確実に――!」


 女の言葉が最後まで紡がれる事はなかった。何故ならば、それをかき消す程の大咆哮が寝床中に響き渡ったからだ。


 腹の底にズンと響く怒りを宿した咆哮。それは頭上から聞こえてきた。驚いた様子で2人が弾かれるように上を向き、俺もまた激痛を堪えながら上を見上げる。


 よく見えない視界の中で、俺は確かに見た。

 広げられた大翼、口元には炎を滾らせ、深紅色の稲妻を全身に纏う母様の姿を。


 母様と目が合った瞬間。


 「っっっ!!! ガア゛ァアァァァァァァァアッ!!!!!」


 怒りの爆発。赤い稲妻が弾けた。


 「シェラメア⁉ ちっ、やはり大響声(ハウリングボイス)を聞きつけたか! 多重結界(クロスフィールド)‼」


 真っ直ぐに突撃してくる母様に対抗して、再び女が魔法を発動した。さっきの半透明の壁とは違う、まるで重鎧並みの頑強さを秘めた分厚い複数の壁が俺達を覆い尽くす。


 衝撃が突き抜ける。母様が壁に激突した瞬間、寝床が大きく傾いた。それだけの衝撃。体勢を崩した2人の足元を侵食していくのは水だ。


 どうやら傾いた衝撃で周囲の水が浸水してきているらしい。


 「ぐっ、うぅぅぅぅぅぅっ!!! 重ったい!」


 「キュ……ィ……」


 壁の隙間から僅かに覗くのは母様の瞳。

 無駄と分かっていても、俺は手を伸ばさざるを得なかった。


 「グガアァァァァァァァァッ!!!」


 「加減をしていてこれかっ、化け物め!」


 「これで加減やて?!」


 「当たり前だっ! 途方もない力を宿している癖にただ殴り付けているだけなのは、ぐうっ! 全力を、出せば! 子を巻き込むと分かっているからだ!

 とは言えっ、このままでは保たん! コン! 今すぐ魔導具を起動しろ!」


 「アカン! まだ座標が――!」


 「そんな悠長な事を言っている場合か!! ここで死ぬよりマシだろう! やれ!」


 「っ……何処に飛ばされても、知らんで!」


 男が空中に浮かぶ宝石を掴み取る。広がっていた光の円が集束したのを見計らい、男が声高々に叫ぶ。


 「転移門(ゲート)!!」


 その瞬間、視界が暗転した。

 直後に俺を襲ったのは、言い表せない気持ち悪さ。内蔵を上へ下へと絶え間なく揺さぶられてるような不快な感覚。


 やがて視界が開けると、我が目を疑った。


 周りにあるのは様々な景色。山や街、溶岩、雪原、海。それら全てが絶え間なく俺の目の前を通過しては消えていく。


 何だこれ……? 何処だ、ここ? レティシア達は? 母様は?


 見渡しても訳の分からない光景ばかりで、俺が居た筈の寝床は何処にも見当たらない。


 そうして見渡している中で、俺を抱き抱えている男の様子がおかしい事に気付いた。


 「あ、かん……座標設定無して、こんなキツイんか……うぷっ」


 空いた手で口元を覆い、込み上げて来るものを必死に押し止めているようだ。言葉通り余程キツイらしく、その証拠に俺を抱える手の力が僅かに緩んでいる。


 直感で、これは最後のチャンスだと思った。


 もう色々痛い上に気持ち悪くてどうしようもないけど、最後の最後くらい根性を見せてやる。

 足が弾け飛んだっていい。これで死んだって構うものか。コイツ等に利用されて死ぬくらいなら、一矢報いて散るが男!


 跳躍! 跳躍!! 跳躍!!!

 跳べよクソッタレぇぇぇぇぇぇぇっ!!!


 「ギュイィッ!!?」


 「んなっ!?」


 「ばっ! 何をしてる! 捕まえ――」


 ビリビリと激痛が体中を走り抜ける。この感覚、跳躍が発動してくれた時と同じだ。


 そして断言しよう。過去一跳んだと。


 痛みと引き換えに撃ち出された俺の体は容易く男の手からすっぽ抜けた。奴等との距離はみるみる広がり、あっという間に姿が見えなくなった。

 と言うより消えた。壁に遮断されたみたいに忽然と。


 やっぱりこの空間は普通じゃない。

 相変わらず気持ちの悪さは払拭されないし、もうとっくに地面に叩きつけられてもおかしくない筈なのに、いつまでも続く浮遊感。


 「(あぁ、クソ……眠い)」


 急激に瞼が重くなってきた。体が限界を迎えた証だろうか。

 でも、きっとこれは単なる眠気じゃない。寝たらそこで終わりの死の眠り。


 気持ち悪さも、痛みも、視界さえ、だんだんと消えていく。


 「(っとに、死んでばっかじゃん、俺)」


 自分に対して呆れの言葉を吐き捨てて、やがて落ちていく意識に身を任せる。迫り来る死の感覚をぼんやりと感じながら、ふと最後に思ったのは……。




 「(レティシア……泣いてないかな)」




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