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そして竜呪は輪廻する  作者: アメイロニシキ
序章
30/105

永久の平穏などありはしない

 時刻は既に夕暮れ時。

 これまで長い時を生きてきた中で、幾度となく大笛の()に翼を広げてきた。


 いつもの事である。しかしながら、この時間に呼ばれるのは珍しい事だ。

 大笛の管理はルドルフに一任してある。私に対して時に度が過ぎる気遣いを見せるルドルフが、夕飯時のこの時間に大笛を鳴らすのはほぼ有り得ない。


 にも関わらず鳴らした理由として考えられるのは、余程の用事か、不測の事態か。


 「シェラメア様! 一大事ですぞ!」


 「分かった分かった。そう詰め寄るな」


 街に降り立ち、人の姿へと変わった途端に待機していたルドルフが飛んできた。

 予想は正しかったようだ。ルドルフの表情は焦りの色を孕んでおり、何より完全武装状態という出で立ちだった。


 ルドルフの後ろには同じく武装した兵士達と、珍しく酔っていない様子のサヤ。それ以外にも街中の実力者達が勢揃いである。


 これは穏やかではない話が待っていそうだな。


 「お前達を見て事の重大さは大体把握した。詳しく話せ」


 「ハッ! 約2時間程前、ルミリス南西部に位置するカドキア近郊にて、不審な魔力反応を検知したとカドキア警備隊の者から報せが入りました」


 カドキア? この大陸でも随分な田舎街だな。

 あの辺りは比較的魔物の類も少ない筈だ。空気中の魔素量も微々たるもの。故に検知される程強い魔力を持つ魔物が生まれるなど有り得ない。


 現地民の仕業か? いや、それならこんなに大事にはなっていないだろう。それこそカドキアの警備隊が内々で処理する筈。


 「調査は?」


 「既に。魔力反応が確認された場所を調べた結果、多数の足跡が発見されております。そのほとんどが人間のものであるとも」


 相変わらず仕事が早い。打てば鳴る鐘のように、こちらの質問に淀み無く答えるルドルフには感心するばかりだ。

 戦場を退いて久しいにも関わらず、平和ボケはしていないか。流石だな。


 「ほとんど、という部分が引っかかるな」


 「足跡の中には亜人、ドワーフの物も含まれておりました。獣の足跡も確認されている事から、おそらく使役魔獣の可能性が高いかと」


 「どういう集団だそれは。サーカス団か何か――いや、複数の種族に別れた統一性の無い集団……可能性として考えられるのは冒険者か」


 「流石の慧眼ですな」


 そいつらの正体が冒険者であるならば、それはそれでおかしな話だ。他国はともかくこの国に冒険者ギルドなんて物は存在しない。


 他大陸から渡って来たにしても、他国民の入国があればエリザ達に報せが入る筈。

 あれから(・・・・)竜王国ルミリスは他国民の入国に関して相当に厳しくなっているのだ。正規の手続きを通ったのなら報せが無いのはまず有り得ない。


 となると――。


 「密入国者、か。侵入経路は?」


 「私の部隊に調べさせましたが、不明です。どの港でも商人以外の他国からの入国者は目撃されていないと」


 ルドルフの後ろに控えていたサヤからの報告。

 彼女の部隊は隠密と魔術に長けた部隊。所属している物は皆、調査や暗殺に関しても超一流である者ばかりだ。この情報は信用できる。


 「大陸中に散らばるトマスの使い魔達にも協力を扇いだ結果、港以外から侵入した痕跡も無し。

 空は言うに及ばず。我が国の領空内に入れば、同じく使い魔達が報せを入れる筈ですからな」


 「侵入経路は不明……では何故、冒険者がルミリスに」


 「シェラメア様、足跡の話に戻るのですが、一つ気になる点が」


 「ん、何だ? サヤ」


 「はい。例の集団の足跡を辿れば、侵入経路も自ずと判明すると思い追跡したのですが……」


 そこでサヤが言葉を切り、不思議そうに首を傾げる。


 「足跡は、魔力反応を検知したその場所から始まっているのです」


 「はあ? お主は何を言うとるんだ小娘。それではまるで、そやつらが突然その場所に現れたと言っているようなものではないか」


 「そうとしか考えられないから首を傾げてるんじゃない。それ以前の足跡は確認できないのよ」


 「ハッ、小娘の部下共が手を抜いたのではないか?」


 「あんなに目立つ足跡、子供でも見つけられるわよクソジジイ。それに調査したのはカザネよ。それでも信用できないっての?」


 「む」


 「おい、今はよせ2人共」


 「「申し訳ありません」」


 まったく、コイツ等の喧嘩癖はどうにかならないものか。いや、そんな事を気にしている場合ではないな。


 「どうやってルミリスに入ってきたのかは一先ず置いておこう。

 今は何処に居る? ちゃんと監視の目は付けているのだろう?」


 「無論。現在はカザネが単独で追跡しております。大人数で監視していては気付かれる恐れがありますからな」


 「報告も定期的にするよう命じてあります。予定ではそろそろ――あら、噂をすれば何とやらですねぇ」


 ふむ、カザネか。サヤの部隊に所属している者の中でも抜きん出た実力者である彼女ならば、単独での行動も心配するだけ無駄だな。

 むしろあれは一匹狼のきらいがある。1人の方が何かとやりやすいのだろう。


 そんなカザネからの報告が来たらしく、サヤが静かに目を閉じる。察するに思考伝達(メッセージ)による脳内会話か。


 事前に繋がりを確立しておけば、遠く離れた場所に居ても意思の疎通を図れるとして重宝されている魔法だ。

 まぁ、扱いが難しい故に魔術に長けた者以外は禄に使えないがな。私も出来なくはないものの、苦手だ。


 「……っ」


 しばらく待っていると、サヤが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。同時に放たれた素人目にも分かる怒気の波動。

 痛いほど肌で感じる怒気は間違いなくサヤから発せられているもので、周りの兵士はそれに当てられ酷くビクついた。


 濃厚な殺意。サヤがここまで気分を害するのは、ルドルフとの諍いですらまず見ない光景だ。よほど胸糞の悪い報告を受けたか。


 やれやれ、まったく……。


 「カザネからの報告です」


 「続けろ」


 「まず第一に、シェラメア様のお考え通り、正体は冒険者である事が確定しました。数はおよそ500人前後。

 第二に、奴等は真っ直ぐに首都であるローエンダリア、つまり此処を目指して侵攻中。

 そして第三に……道中、不運にも奴等と遭遇したルミリス民の一家が3名、殺されました。幼い子供も容赦なく」


 「幼子をだと!? くっ、やはり武装しておいたのは間違いではなかったか。シェラメア様、誰が見てもこれは竜王国に対する宣戦布告、侵略行為ですぞ」


 「……」


 自分でも驚くほど頭が冷えていくのが分かった。怒りで感情が煮え滾る事もなく、ただ静かな憎悪と殺意がジワリジワリと広がっていく。


 不法な入国は許されるべき事ではない。私達の国にとっては尚更許されない大罪だ。

 その上、奴等は私の民を殺したという。500に迫る数で、たった3人を殺したのだ。これを外道の所業と言わずして何と言う。


 何より許せないのは、子供を害した事実。


 母となった今、子を殺される苦しみがどれだけ悔しく、ツライ事かは分かる。もしイヴニア達が突然現れた侵略者に殺されでもしたら、私は正気を保っていられる自信が無い。


 ああ、今私は酷い顔をしているのだろうな。とてもではないがイヴニア達には見せられない。


 「サヤ、カザネに聞いてくれ。奴等が此処に到達するにはどれほどかかる?」


 「お待ちを。……現在に至るまで休み無しの行軍。この速度を維持されれば4時間と経たず会敵するかと」


 「思っていた以上に早いな。進路上に町、集落は?」


 「カドキアから真っ直ぐの侵攻。ワシの記憶が確かであれば、只管に草原と森ばかりの筈ですぞ」


 「よし。ルドルフ、聞くまでもないだろうが一応の確認だ。戦闘準備は整っているな?」


 「全兵士隊、既に臨戦態勢。あとはシェラメア様の指示を待つばかりですな」


 流石の手際だな。兵士も皆、瞳に決意を宿している。ルドルフの手には長大な戦斧が握られており、言葉通り私が命を下せば直ぐにでも敵殲滅に動き出すだろう。


 ルドルフ側は問題なし。次にサヤの方へ視線を送る。


 「サヤの部隊は後衛に周りルドルフ達をサポートだ。それと、トマスに伝えてくれ。大陸中の使い魔を集結させて戦力を集中とな」


 「承りました。エリザは如何がいたしましょう?」


 「うっ」


 そう聞かれ、私は言葉を詰まらせた。


 これは悩ましい問いだ。エリザをどうするか、それ即ちエリザを戦場に立たせるか否かの問い掛けに他ならない。


 立ってくれるならば非常に心強い戦力なのは確かなんだがなぁ……如何せんエリザは思考が切り替わるとやり過ぎる癖がある。味方もろとも、なんて未来が容易に想像できてしまう。


 普段は誰よりも常識人な彼女も、戦場ではハッキリ言って悪鬼羅刹の化け物だ。ルドルフとサヤの小競り合いが子供同士の喧嘩レベルに成り下がる程度には豹変する。


 エリザは私を除けばこちら側の切り札。悩みどころだが、無難に相手の戦力を見極めてから決めるべきだな。


 「一先ずエリザには街の防衛に周ってもらうとしよう。住民の避難もだな」


 「ふいぃ〜、それを聞いて安心しましたぞ。エリザの横で戦いたくはありませんからな」


 「癪だけどジジイに同感。危うく首を切り落とされそうになったの思い出しちゃったわ……」


 ははは……皆も戦闘中のエリザには苦労させられているようだな。しかし同時に誰よりも頼もしい存在であるのは間違いない。


 「戦力は街の外へ集中させろ。地上部隊はルドルフとサヤ、空はトマスと使い魔に任せる。先も言った通り街に侵入された場合はエリザが対処だ」


 「「承知」」


 「無意味に民を殺された手前悠長な事は言ってられんが、奴等が到達した際は話し合いの場を設けようと思っている」


 「聞き入れるでしょうか?」


 「私達は外道ではない。相手がその気でなくとも建前というものは大事だ」


 「では、交渉には誰が?」


 「無論、私が出向く」


 当然だと言ってやれば、皆が一様に息を呑んだ。


 まぁ、聖皇竜である私が出向くとはつまり、国の現トップが戦場の最前線に立つ事と同義。ざわつかない方がおかしいというもの。

 当然ながら反対意見も出るだろう……と思っていたのだが。


 「シェラメア様がそう仰るのであれば、ワシ等に否と応える道理はありませんな。それに、それでこその我らが王でしょう」


 そう言って豪快に笑い飛ばすルドルフに苦笑を一つ。兵士達も力強く頷いてくれている。

 頼もしい限りだ。本当に良い仲間達を持ったものだと心から思う。


 「……」


 やる気満々のルドルフとは対称に、どこか納得のいかない表情をしているのはサヤだ。


 珍しい事もあるものだと思った。これは決して自惚れではなく、これまでサヤが私の言にここまでハッキリと苦い表情を浮かべる事は無かった経験に基づいている。


 「何だ小娘! シェラメア様の言葉に何ぞ不満でもあるのか!」


 「あーもう、うるっさいわね。耳元で怒鳴らないでちょうだい」


 「サヤ、盲目的に私の言葉に従えとは言わない。何か気にかかる事があれば言ってほしい」


 「……では、遠慮なく」


 いつになく真面目な表情だ。普段の酔っている姿からは到底想像できない真っ直ぐな瞳には、小さな怒りを宿らせていた。


 侵入者に対する怒りではない。これは紛れもなく私に向けられている。その瞳を覗き見たルドルフが、顔のシワを深くさせながら戦斧をサヤの喉元に突き付けた。


 「小娘!!!」


 「やめろルドルフ」


 「しかしシェラメア様! あまりにも不敬が過ぎ――」


 「私はやめろと言っている。聞こえないのか? ルドルフ・ビガー兵士長」


 「っ……出過ぎた真似をしました」


 ルドルフの気持ちも分かる。しかし先程も言ったように身内同士で争っている場合ではないのだ。

 少々強めに睨んでしまってすまないな。許してくれとは言わんよ。


 戦斧を下げたルドルフに笑みを零し、サヤを見る。小さく頷けば、意図を察したサヤが徐に私の背後を指差した。


 何を? そう思いながら振り返ると、指差した方向には山。つまり私の寝床。


 「本来であれば、シェラメア様の命に異を唱えるなんて真似はしません。ですが、今のシェラメア様が戦場に立つ事がどういう事か、お分かりですか?」


 「……」


 「今の貴女は母。もし万が一にでも貴女の身に何かがあれば、産まれたばかりのイヴニア様達はどうなるのです?

 母の愛を十二分に知らないまま、イヴニア様にこの国の全てを押し付けるのですか? それが、母のやる事ですか?」


 「私が、死ぬとでも?」


 「もちろん、シェラメア様が負けるなどと欠片も思ってはいません。ですが今回のように不測の事態はいつだって起こるものです。

 子を想うなら、前線に立つ選択はするべきではありません。シェラメア様もエリザと同様、街に留まるべきかと」


 ……なるほど、そういう事か。

 確かにイヴニア達を放って戦場に赴くのは褒められた行為ではないだろう。私とて自分の力が絶対などと過信するつもりはないし、サヤの言うように不測の事態は十分に起こり得る。


 それこそ私の命を脅かす危険すらも。


 だが、それでも――。


 「サヤ、お前の気持ちはありがたく受け取ろう。

 しかしな、私は母である前にルミリスの王だ。安全な街中でふんぞり返っているなど断固として断る。私の魂がそれを許さない。

 子を想うなら留まるべきか? 否。子を想うからこそ私は立つ。この事態を乗り越え我が子の元へ帰るのだ。それでは不満か?」


 「……はぁ」


 暫く私の目を見つめていたかと思えば、諦めたようにサヤがため息を吐いた。さぞ呆れられた事だろう。


 「シェラメア様の望まれるままに。では、私は一足早く配置に付きますので、これで失礼します」


 納得などしていないだろうに、サヤは踵を返して兵士の間を抜けていく。依然ルドルフは厳しい目つきでその背を見送り、私は私で改めてイヴニア達が待つ山へと振り返る。


 サヤには悪い事をしてしまったな。だが理解してほしい。


 子を想うなら留まるべき、か。久しぶりに心に刺さる一言だった。

 しかし子を想うと言うのなら、この街に……いや、この国に住まう人々全てが私の子同然だ。だからこそ、私は子の為に立とう。


 お前達だけに手を汚させるなど、母である私が許すものか。


 「ルドルフ」


 「ハッ」


 「あまりサヤを責めないでやってくれ。私とイヴニア達を想ってこその進言だ。本当はお前も分かっているんだろう?」


 「……いやはや、隠し事はできませんな。

 しかしながらシェラメア様に怒りを向けるのは許容できませんので、事が終わり次第説教をせねばなりません!」


 「ふっ、程々にな。

 では皆! 迅速に配置に付け! 奴等に遅れを取る事は許さん!」


 「「「「「応っ!!!」」」」」













 もしも過去に戻れたなら、私はきっとこの時の自分を殴り飛ばす事だろう。


 王の位など捨てて今すぐにでも戻れと。


 サヤの言葉を信じて、我が子の元へ行けと。



 私はこの後悔を、一生忘れはしない。

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