妹様は天才?
それは突然の事だった。
懸念していたポイントの件も解決。すっかり安心して相も変わらずゆるゆるとドラゴン生活を満喫していたある日の事。
レティシア達の成長は留まる事を知らず、すっかり俺を赤ん坊扱いするくらいの大きさにまで伸びまくり。
ディーヴァ、ヒューリィ、ダリウスですら、最近は俺を構いまくって大事にしてくれてる。兄の面目なんぞは既に無い。そこら辺は俺も諦めた。ちくしょう。
成長しない俺を変に思う素振りも無いし、本当にめちゃめちゃ良い子達。
さぁ存分に可愛がるが良い! なんて開き直り、今日も今日とてレティシアに抱っこされていたその時、それは突然起こったのだ。
「「「キュッ!?」」」
「グルッ……!」
「(え? なに? どした?)」
レティシアの腕の中で寛いでいる中、いきなり母様達が驚いた様子で俺を見てきた。
いや、よく見れば俺ではない。母様達の視線は俺より後ろへ、つまりはレティシアに注がれている。
なんぞ? と俺も後ろを振り向き、そして皆とまったく同じ反応をした。
「……」
そりゃ誰でも驚く。そこには俺の妹であるレティシアが居た筈なのに、目の前に居るのは見覚えの無い少女なのだから。
銀髪蒼眼のちっこい女の子。
何故か俺はそんな子に抱っこされている。
……どちら様? いつの間にレティシアと入れ替わったんだ? 抱っこされてた俺が気付かなかったって、いったいどんな魔法を使ったのだろう。
「……!」
そうして俺達が驚いていると、少女もまた自分の手を見て何故か瞠目していた。開いたり閉じたり引っくり返したりと謎の行動を繰り返し、やがてその視線は俺へ。
驚き顔は笑顔へと変わり、俺の体を引き寄せてレティシア顔負けの抱擁。そのままグリグリと頬ずりの刑だ。
理解が追い付かない。百歩譲ってこれがエトちゃんだったなら、母様のおちゃめなサプライズでした〜なんてオチも有り得た。
でもこの子は知らない。俺の記憶が確かなら関わった事は一度だって無い。
というか何か、この手慣れた頬ずり凄く身に覚えが……まるでレティシアにされてる時みたいな感じだ。
って、その肝心のレティシアは何処に行った? 自分からはまず離れようとしない我が妹の姿がどこにも見当たらない。
「キュー!」
「キュイ!」
「キュー! キュー!」
「(えっ、何でそんな親しげな感じ!?)」
驚いてたのは最初だけで、やたらと距離感近くディーヴァ達が少女に群がっている。少女も少女で嫌がる素振りも見せないし、何なら俺しか見てないし。
ちょ、もしかして俺だけ知らないの!? いつこんな可愛らしい子と知り合いになったんだ弟達! お兄ちゃんに説明しなさい!
あとこれは言うべきか迷ったけど言わせてもらう! この子は何故素っ裸何でしょうか!?
誰かこの状況説明して! 意味不明過ぎてついて行けない!
「やれやれ、イヴニアに続きレティシアもか。賢過ぎないか? 我が子ながら恐ろしい才能だ」
絶賛混乱の最中で聞こえてきたのは人間形態の母様の声。
「レティシア、話せるか? お・か・あ・さ・ん。ほら言ってみろ」
「……? あ……う」
「ふむ、流石に言葉までは無理か。いやそれを差し引いても驚くべき才能だぞレティシア。
短期間でスキルを発現させたのはもちろん、まさか高位スキルの身体創造とは。私でさえ数百年の時を要したのだがな……。
しかも初めてだというのに人としての姿形も完璧だ。ん、しかし衣服の創造は今後の課題か」
ん? ん!?
待て待て母様よ。アンタはいったい何を言っとるん? この謎の少女がさもレティシアだと言ってるように聞こえるのは俺の気のせいかな?
どこをどう見たって人間の女の子で……あれ? でも母様も今は人間の姿で……つまりドラゴンは人間の姿になれる訳で……母様は少女をレティシアと呼んでて――。
「キュキュイッ!!!!?」
「う〜♪」
うっそだろ……? 本当にレティシア!?
そ、そう言われてみれば確かにどことなくレティシアの面影がある。綺麗な蒼い瞳もレティシアと同じだし、何よりこの慣れ親しんだべったりすりすり具合なんてまさしく我が妹! この数ヶ月間、朝から晩まで毎日グリグリされてきた俺が言うのだ、間違いない!
お前に何があった説明しなさい! お兄ちゃんが理解できる範囲で!
いや待て、そういえばさっき母様がボディクリ何たらとか言ってたな。もしかしなくてもそれがレティシアを激変させたスキルの名前か?
つまり、つまりだ。
「(レティシアみたいに小さな子でも使えるそれを習得すれば、使い勝手の良い人間の体を手に入れる事ができる!!)」
ほ、欲しい! 是が非でも! 母様! レティシアに色々と教えるなら俺にも詳しく教えてほしいな! 出来ればボディなんちゃらがどういう字を書くのかとかも!
スキル一覧じゃ読み方すら書いてないもんで、俺の読み方が正しいのかどうかも分からんのよね。
例の呪いご本人ことデーモンさん(仮称)に聞けば手っ取り早いかもだが、あれ以来あの空間に行って話しかけてもうんともすんとも言いやがらないもんだから困ったもんである。
ていうかこの世界も、俺の知ってる言葉と知らない言葉をちょいちょい混ぜるの勘弁してくれ。
使われてる文字は同じの癖して知らない言葉が多いって、そういう細かいところが全然優しくない。
「う?」
「(おん?)」
ふと、レティシアの体が光り始めた。
この光は見た事がある。母様が人間の体へ、或いは元の姿に戻る時のそれと全く同じだ。
光が治まれば、そこには見慣れたレティシアの姿。それを見てホッと安心感を得たのも束の間、途端に俺を抱きかかえる手の力が弱まり、フラフラとレティシアがその場で倒れ伏してしまった。
「キュキュイッ!!」
妹の一大事に慌てて駆け寄れば、聞こえてきたのは……寝息?
「魔力切れだな。身体創造は相当に魔力を消費し続ける。
幼いレティシアが人間の姿で居られるのは保って数分。いや、それでも大したものだ」
なん、だと……?
聞き捨てならん事を聞いてしまった。つまりそのボディクリエイトは、かなり燃費の悪いスキルって事か。
現状ステータスに書かれていた俺の魔力は1。最低クラスと見て間違いない。
この状態で習得したとしても、人間の姿へ変貌を遂げるのは難しいか。できたとしても即元通りの未来が見える。
何か、スキルって便利そうに見えて不便だよな。最初に意図せず習得した跳躍然り、扱えなければ単なる宝の持ち腐れ。ままならんものだ。
「それにしても完璧な造形だったな……イメージはもちろん、こうなりたいという強い願望も成功の秘訣とは言うが――」
言葉を切った母様が意味深な視線を俺に向けてきた。見つめながら思考を続けている様子で、やがて何かを否定するように左右に頭を振る。
「まさか、な」
何がまさかなんだろう。
ああもう! こういうちょっとした疑問でも言葉を話す事が出来ればなぁ!
とりあえずボディクリエイトなるスキルは頭の片隅にでも置いといて、当初の予定通り万能言語の習得に励むとしよう。
あくまでも優先すべきは意志の疎通だ。あれもこれもと欲張っていては目標の達成など夢のまた夢。
欲張らず、一歩一歩着実に。
そうして俺が改めて目標を定めた所へ、不意に聞き覚えのある大笛が鳴り響いた。それ即ち母様に来客、或いは街の人達から何かしらの用事が有る事を示す合図だ。
大変だな母様も。いっその事、街へ移住すればいいのにさ。別に不便な事も無いし、生活も快適。何よりこうして呼び出されてわざわざ飛んで行く手間を省ける。
なのにそれをしようとしないのは何故なのか。
母様なりの考え? それとも、この場所は母様にとって余程大切な場所なのだろうか。
「イヴニア、お母さんは街に行ってくる。その間レティシア達の面倒は頼んだぞ?」
「キュ」
むしろ最近は面倒みてもらってばかりなんだけどね。
俺の返事に満足気に微笑むと、母様はドラゴンの姿へと変貌し上空へ舞い上がった。
穴から出ていく直前、こちらへと振り返り手を振ってくれる。それに応えて俺達も手を振り返し、母様の背を見送った。
今思えば、この時もう少しだけ母様と話していたら或いは何かが変わっていたのだろうか。
さっきも言った通り……それは、突然の事だったんだ。




