人ではないのだから
子供の成長ってのは大人が思っているよりもずっと早いものだ。
少し前までは歩く事すらままならなかった赤子が立って歩いていたり。言葉も話せなかったのに、拙くも言語を話すようになっていたり。
成長する、学習するといった点では、子供には敵わない。
なんて、これはあくまでも人間の子供だからこそ言えた事。今の俺はドラゴンで、そもそも中身は成人済み。
今更成長やら学習やらと考えたところであれなのだが、じゃあ何故そんな事を考えているのか?
答えは簡単だ。
「(いくら何でも早過ぎではなかろうか)」
あの日、弟妹達の名前を決めてから3ヶ月も過ぎた……いや、たった3ヶ月だ。
正直に言おう。ドラゴンの成長速度を舐めていたと。たかだか3ヶ月でレティシア達はみるみる成長し、産まれだばかりの頃と比べれば一回り以上に大きくなっている。
とは言え体は大きくなってもまだまだ子供。やんちゃ具合はそのままで世話をするのが恐ろしく大変だ。母様も連日お疲れの様子で、たまに死んだように眠っている。
「キュゥ……」
「キュー?」
離れたところで相変わらず元気に遊び回るヒューリィとダリウスをぼんやりと見つめ、小さなため息を吐いていると、不意に頭上から顔を覗かれた。
見上げた先には蒼色の瞳を持った幼ドラゴン。俺の妹であるレティシアだ。
なんでもないよ〜と、ヒラヒラと手を振って見せる。その答えを聞いて満足気に一鳴きした後、いつものごとく俺を抱き締めて離さない。
ディーヴァはと言えば、疲れ果てて横になっている母様の傍らで一緒になって寝転んでいた。時折ヒューリィ達のとばっちりを受けては迷惑そうに逃げているけど。
ちょっと前に比べればディーヴァは泣かなくなったよな。成長か? だから早いっての。
「(まぁ、成長してくれるのはめでたい事だし、そこをとやかく言うつもりはない。……でもさ)」
レティシアもディーヴァもヒューリィもダリウスも、みんなみんな大きくなってるのにさ? 順調に育ってるのにさ?
なんで俺だけ3ヶ月前と寸分の狂いもなくちっこいままなんですかねー!!!? ほんの少しすら大きくなる気配が無いのは何故なのかー!!?
これぞまさしく魂の叫び。
軽々と俺を抱っこできる程レティシアの手は大きいのに、俺の手を見てみろよ。人間で言うなら大人と子供くらいの差があるんだぜ?
最近はもうレティシアに抱っこされてばかりだ。俺がやろうものなら潰れる。完全に立場逆転でお兄ちゃんの面目丸潰れである。ふざけんな。
母様も母様で一向に大きくならない俺に対して毎日のように首を傾げてるし、異常事態であるのは確実だろう。
街の皆にも原因を聞いて回っているらしい。が、成果は見込めず途方に暮れているみたいだ。たぶんここ最近の疲れの原因にもなっていると思う。
原因……正直、心当たりが無い事もない。
思い起こされるのは、例の謎空間で見たステータスとやら。そこに書かれた呪いの一文字が、この状態の原因なのではと俺は当たりを付けている。
というかそれ以外考えられない。
だってそうだろ? しっかり食事と睡眠も摂り、過剰かってくらい皆にかわいいかわいいと構ってもらえてる健康児が一向に育たないんだぞ?
加えて体のどこにも異常は無いのだから、もう確定的だと思うわけだ。
いやもう最悪である。下手すれば一生赤ちゃんドラゴンのままで過ごす羽目になるじゃないか。
手のかかる赤ちゃんのまま。自分達とは違うと弟妹からも敬遠され、いずれ面倒になり放棄される育児。何処とも知れない山に捨てられ、最悪獣に食われて終わる。
まさか母様がそんな非道な事をするとも思えないけど、元クソ親の件もあり、場合によっては子を親が殺す事もあるのをこの身で経験しているから楽観はできない。
……と、悲壮感に満ち満ちてはいるけどな? 同時に光明も見えているんだよ。
実はレティシア達の名前が決められた後の3ヶ月間、何度か例の謎の声を聞いたのだ。また訳の分からない条件がどうのと一方的に話してはだんまりを決め込むのは相変わらず。
あの声を聞いたのは3ヶ月間で合わせて3回。そして、声を聞いた日の夜は決まってあの謎空間へと飛ばされている。いや、正確には毎晩だけど……。
飛ばされたのは偶然ではない。その疑問も俺なりに解決した。
おそらくだが、条件とやらを達成した恩恵としてスキルポイントなる物を与えられると俺は読んでいる。で、そのポイントを消費する為に俺は毎度あの空間へと呼び出されていると結論付けた。
条件を一つ満たせば同じ数だけのポイントを得て、それをスキルに割り振り習得する。
細かい部分の理解はまだまだ足りなくとも、この推測は正しい筈だ。実際、最初に跳躍を習得した時もスキルポイントは無くなっていたからな。
さて、ここで先程俺が言った光明に戻るが、まさにこのスキルに糸口があるのだ。
謎空間でボーッと膨大な数のスキルを流し読みしていた時、俺はそれを見つけてしまった。
スキル 万能言語。
名称だけでどういうスキルなのかもまったく分からないけれど、この文字を見て俺は期待してしまった。
言語。つまり、これを習得すれば俺は晴れて喋れるようになるんじゃないかと。そんな淡い期待をこのスキルに抱いたのである。
仮にその考えが正しいなら、最悪赤ちゃんドラゴンのままでも意思疎通を図る事ができるようになり、ほんの少しでも生存率を上げる事が可能だ。
いつまでもキューキュー言ってる場合ではないのだよ。
しかしながら、そう簡単にはいかないのが世の常。
先程も言ったようにスキルを得るにはスキルポイントを消費する必要がある。
万能言語がどれだけのポイントを消費すれば習得できるのかは不明であり、現状習得は不可。ポイントが不足している。
そこで思い付いたのがポイントの持ち越し。まぁ貯金と言った方が分かりやすいか。
要は今持っているポイントは消費せず、習得可能になるまでは温存しておく作戦である。
ダメ元で「ポイント使いたくないんだけど、どうすればいい?」と、謎の声に呼び掛けてみたらアッサリと了承された。
今持っているスキルポイントで習得出来るスキルがある故か、毎晩毎晩謎空間に飛ばされながらも、俺は鋼の意思でポイントを使わずに貯め込んでいる最中な訳だ。
なぁに、クソ親に隠れてコツコツ貯金してきた俺の手にかかれば、これくらいの我慢なんぞ屁でもない。
そうさ、体が成長しないからと言って、まだ人生……いや、竜生が詰んだ訳じゃあない。諦めるのは全部やり切った後でいい。
ひとまず喋れるようになりさえすれば、生きやすくなる。ドラゴンのままでは喋れないという母様の言は引っ掛かるけど、賭けるしかないんだ。
その為にもサッサとポイントを貯めなければ。
「(なんて、口で言うだけなら簡単だよなぁ)」
目標は出来た。ただ、そこに至るまでの不確定要素が多い。
そもそも、だ。ポイントを得る条件が分からなさ過ぎるんだよ。
この3ヶ月色々と試したさ。思いつく限りの行動をしてみたつもりでも、条件とやらに一貫性がまるで無い。正しくバラバラなのだ。
ほんの数日前。母様達と街に遊びに行った際、エリザさん宅で足の小指をテーブルにぶつけてスキルポイントを得た。
もう一度言おう。テーブルに足の小指をぶつけただけで条件を達成。それでポイントを得たのだ。
意 味 が 分 か ら な い。
あまりに限定的過ぎる条件に絶句を通り越して笑いが出たのをよく覚えてる。
料理を食べて達成。
ダメージを受けて達成。
一定時間の睡眠を摂って達成。
くしゃみをして達成。
足の小指をぶつけて達成。
もう何かヤケクソに見えて仕方ない。子供が考えたんじゃないかってくらいクソどうでもいい事で条件が満たされる。
予測なんて出来る筈がないんだよ。
だからポイントを貯めるだけでも相当に苦労すると分かり、かなり前途多難なスタートになりそうだと悟った。
もう狙いすまして行動するより、普段通りに過ごしてれば勝手に条件達成できるんじゃないかって思えてるんだよな〜ははは。はぁ……。
これで万能言語が思ってた効果と違ってたら泣けるぜ……ホント頼むよ。
「キュウ……キュイ」
「キュー?」
横たわる母様を遠目にボーッと眺め、釣られるように俺もまた瞼を閉じるのだった。




