常識が通用しない理由
名前を決める行為。それは人によって悩みに悩む事だと思う。その場で決める事が出来る人も居れば、三日三晩悩み続けても決まらない人も多く居るだろう。
……そう、三日三晩だ。
今まさにそんな状況が続いている。これだけの人が集まって意見を出し合い名を決めるのだから、直ぐに決定する訳がなかったのだ。
そもそも皆が敬ってるっぽい母様の子供達の名付けだ。下手なものを付けれる筈もなく、議論は日を跨いでも尚続いた。
ってかあれからホントに3日経ってるからね。暇なんかこの人達。
休憩なり何なりは必要なので、流石にちょいちょい入れ代わり立ち代わりで人は出入りしているが、名付けだけでここまでやるかね普通。
肝心の俺達ドラゴンキッズも休息は必要だし身も清めなくてはならない。その辺りは子育て経験のあるエリザさん達母親チームが面倒を見てくれた。
寝床の水場とは違う久々の湯船には感動すら覚えたね。
「キュウ……」
「(ほーら気持ちいいかぁ)」
言葉が話せない以上、酒場で待っていても退屈なだけだし用意されていた料理も既に無い。
エリザさんの配慮もあり、俺達は現在エリザさん宅でのんびりさせてもらっていた。
最初はサヤさんが名乗りを上げたんだけど、教育上悪いという理由で満場一致の却下が下されたのは記憶に新しい。
まぁ、サヤさんには悪いけどこればかりは納得の采配である。俺はともかく妹ちゃん達に悪影響が出るかもだからな。主に酒で。
「キュー!」
「キュイ!」
元気な声でそれぞれ好き放題に家の中で遊び回っているのはヤンチャ2頭。
甘えん坊なあの子はエリザさん、トマスさん、エトちゃんの誰かが交代で面倒を見て、相変わらずべったりな妹ちゃんは俺が担当。
そうそう、妹ちゃんは俺限定で頬っぺたを両手でムニムニされるのがお気に入りらしい。トマスさんがやろうとした時はめちゃくちゃ嫌がってたのはちょっと笑ったな。
「じょうず!」
「キュー!」
元気な声が聞こえてきた。どうやら今日はエトちゃんが甘えん坊第2号の担当らしい。
一緒になってよく分からない手遊びをしているようだ。この地域特有のものだろうか? 見た事の無い遊びだな。
「キュー!」
「キュウ、キュイキュイ」
気を取られてついムニムニしていた手を止めてしまうと「やめないで!」と妹ちゃんに怒られてしまった。
凄く可愛いけど満足しない限り解放してくれないのが難点なんだよな〜。
まぁやめたところでべったりな事には変わりないのだが。
「日が暮れてきたな」
「あら本当。この分だと、今日も決まりそうにないわね」
トマスさんとエリザさんの会話を聞き、窓から見える夕日を見て遠い目。
ホント、いつになったら終わるのだろう。
「キュー!!!」
「キュキュー!!!」
「(ん?)」
何やら後ろが騒がしい。見てみると、いったい何が原因なのかヤンチャ坊主達が取っ組み合いの喧嘩をしているではないか。
まーただよ。ちょっと目を離したらこれだもの。
エトちゃんにはあの子の面倒を任せてるし、3日もお世話になってるエリザさん達にもあまり負担はかけたくない。
ので、お兄ちゃん出動します。
「(ふんぬぅっ!!)」
妹ちゃんから離れると最悪泣き出してしまうから、この体で出せる限りの力を用いて妹ちゃんを抱っこする。
今にも腰が砕け散りそうなのをグッと堪え、俺は危なっかしい足取りながらも弟達の元へと辿り着いた。
妹ちゃんを近くに下ろし、喧嘩を続ける弟達の間に文字通り割って入る。そのまま両手でグイッと引き剥がして、それぞれの脳天に赤ちゃんチョップをお見舞いしてやった。
もちろん手加減はしてあるぞ。……まぁこの体で本気出そうがたかが知れてるけどさ。
「キュイ! キュ! キュイ!」
離したところで一喝!
言葉は通じなくとも、どうやら俺の雰囲気自体は伝わるようで、弟達はショボンとしながら「キュ〜ィ……」と小さくも返事をしてくれた。
ヤンチャだけど聞き分けはいいんだよなこの子達。むしろ一番頑固なの妹ちゃんだし。
「あらあら、イヴニア様はすっかりお兄ちゃんしてるわね」
「甘やかす時は甘やかし、怒るべき時は怒る。それに加えて面倒見も良い。
本当に産まれたばかりとは思えないな。より一層将来が楽しみだ」
そりゃ中身は成人してる元人間ですから。
「将来と言えば、イヴニア様もいつかはシェラメア様のように人の姿を象る事が出来るのかしら?」
「ああ、確かに気になるな。もし可能なのだとしたら、きっと飛び抜けた美男子に違いない。何せシェラメア様のご子息だからな」
「それは間違いないわね」
人の気も知らないで好き勝手に想像してるところ悪いけど、絶対そうとは限らないからな?
仮に母様と同じ事が出来て人間形態になれたとしても、姿は生前の姿でしたーなんてオチも十分考えられるんだ。
変に期待されたまま、いざ人間になり普通だった時の皆の反応なんぞ分かりきってる。
母様の手前本音では言えなくとも、確実に表情に出る筈だ。「うわ普通〜」ってな。元の容姿の事は俺が一番理解してんだから。
本気で期待しないでください。何なら言葉さえ話せれば姿はドラゴンのままでもいいです、はい。
あれ? でも前に母様がドラゴンの姿では話せないとかなんとか言ってたような……?
「いっそ大きくなったらエトを花嫁として貰ってくれないかしら」
「んなっ?! き、気が早いだろうエリザ!」
「きっとお似合いだと思うのよ。ね? エト」
「イヴニア様のおよめさん……〜〜っ」
「ほら、エトも満更ではない感じ」
「許しません! いくらイヴニア様でもお父さんは愛娘を嫁には出しません! むしろ添い遂げます!」
「流石にそれをしたら私とエトは出て行くわ」
うん、親バカは結構な事だけど、娘と添い遂げるのは普通に気持ち悪いぞトマスさん。兵士にとっつかまっても文句は言えない。
というかエリザさんも何を流れるようにエトちゃんをお嫁候補にしてるんだろうか。
そりゃエリザさんとトマスさんの娘だし、大きくなったエトちゃんは可愛い娘に違いないだろう。でもいくら母様の息子だからって、ドラゴンの嫁に薦めんなよ。
エトちゃんもエトちゃんで「イヴニア様が望まれるなら」的な視線で見てきてるし。この一家は見た目赤ちゃんドラゴンの俺に何を求めてんだ。
「エリザ〜トマス〜お酒ちょ〜だい〜」
どう反応していいか困った状況で、不意に聞こえてきたのは気怠げな声。倒れ込むようにして家の中に入ってきたのは、誰あろう見るからに顔色が優れないサヤさんだった。
確かサヤさんは名前決め大会会場に居たはずだけど、何があったし。
「どうしたんだサヤ。酒切れを起こしてるなんて珍しいな」
酒切れって何ぞ? まるでサヤさんが常日頃から酔ってるみたいな……あれ? そういえば酔ってないところは見たことないな。今が素面だと仮定すると、サヤさんって酒切れたら調子崩すの?
それだけ聞くと元クソ親とダブってしまうな。
「いいからお酒持ってきて〜」
「お酒って、酒場に居たのだからそこで飲めばいいじゃない」
「シェラメア様が「今は大事な決め事の最中だ。酔ってなどいられん! キリッ!」ってお酒禁止にされたから飲めないのよ〜」
俺の名前決める時はそんなお堅い感じじゃなかったじゃない。え、これが格差? お兄ちゃん差別?
「だからってうちに来なくてもいいだろう。ルドルフさんの家とか――」
「何が悲しくてあのジジイの家に転がり込まなくちゃいけないのよ。その舌磨り潰すわよトマス」
「サヤ、イヴニア様達もいらっしゃるのだから、あまり口汚い言葉を使わないでちょうだい」
教育上よろしくないって事でサヤさんに預けられるのは却下となったけど、ホント納得。酒はもちろん、おそらくサヤさんは特定の相手にはかなり口汚くなる癖があるのだろう。
何でも覚えたがる子供には確かに悪影響だ。
もし妹ちゃんが真似して「お兄ちゃんの舌磨り潰すよ?」などと言われた日には俺は立ち直れる自信が無い。
「あ〜んイヴニア様〜! 私を癒やしてくださいまし〜!」
「(おおぅ、間髪入れず抱っこされた。相変わらず立派なものをお持ちで)」
何がとは言わんよ、何がとは。
「キュー! キューーーっ!!!」
俺だけが抱っこされたのが気に食わないのか、はたまた引き離されてしまったからか、妹ちゃんが即座にグズりながらサヤさんの足にしがみついてきた。
「やぁんもう、妹様はイヴニア様が大好きなのね〜。ほーらおいでおいで〜」
「キュっ!」
「(はいはい、いらっしゃーい)」
どうやら後者が正解だったようだ。サヤさんに抱っこされた途端に痛いくらい俺を抱き締めてきた。
順調にお兄ちゃんっ子に育ってるのは凄く微笑ましい事だけど、もうちょっと緩和してほしいのが本音。このままだと俺1人の時間が作れなさ過ぎる。
「それで、その妹様達の名前はまだ決まりそうにないの? はい、果実酒」
「ありがとエリザ♪ んく……んく……ぷはぁ! ん〜おいし♪
かなり厳選し終わったみたいだけれど、シェラメア様もなかなか決められないみたいよ。
ちなみに私の案は最終候補に残ってるわ。妹様のお名前♪」
「お、なら俺の案とかは?」
「残念。トマスのは却下されたわ」
「あら、どんな名前にしたの? トマス」
「ドルトン。弟様達の何れかの名前になればと思ったのだが、却下されてしまったか……」
「「ないわ〜」」
「えっ!?」
我が弟の名前を考えてくれる事自体はありがたい。でも言っちゃなんだがドルトンは無い。なんかこう……オッサン臭い。
「エトちゃんが変な名前にならなくて良かったわね」
「2人の頭文字から取って名付けようと、私から提案してなかったらと思うと恐ろしい思いだわ」
「そ、そんなにか?」
「そんなによ、バカ。見てみなさいな。こぉんなに可愛い子達の何れかにドルトンなんて! かわいそうじゃない!」
「キュ」
「ほら、イヴニア様も頷いてるわ」
「いい名前だと思ったんだがなぁ……」
エリザさんが居なかったらエトちゃんがもっとゴツい名前になってたかもしれないんだな……おーこわ。
名前を付けるヒントなんてそこら中にあるのだから、それを参考にすればいいのにな。もしくは母様みたいに昔の言葉で名付けとかさ。
この部屋にだって色々と参考になるものはある。例えばそう、すぐ近くの壁に掛けられてる世界地図とか。
国の名前、大陸の名前、都市、色々と材料は……ん? んん? んんんんんんっ!!!?
え、ちょ、えっ? これ、世界地図だよな? いや間違いない。上の方にそう書いてある。でも世界地図だとしたら明らかにおかしい!
「キュー! キュキューイ!」
「ど、どうしたの? イヴニア様。そんなに暴れると危ないですよ〜?」
「見たところ、地図を見たそうにしているようだが……」
「キュイキュイ!」
「正解みたいね」
「お産まれになられたばかりなのに地図に興味を示すなんて、イヴニア様も変わってるわねぇ。はいどうぞ」
要望通りサヤさんが俺を抱えたまま世界地図へ歩み寄ってくれる。手で触れられる距離まで近付いたところで、改めて穴が空くほど地図を凝視した。
やっぱり、見間違いなんかじゃない。ここに記されているもの全て、俺の記憶とはまったく違うものばかりだ。
俺が居た国の名前すら載っていない上に、そもそも大陸の形がどれもこれも見覚えがない。
いくつかの大陸に別れている所は同じでも、一際目を引く地図のど真ん中に鎮座している巨大な大陸。そこには竜王国ルミリスと記されていた。
ここに描かれているデカい山って、もしかしなくても俺達の寝床じゃないだろうか。
「まぁっ、ご自分の国を分かっていらっしゃるのかしら?」
何となしに地図に触れるとエリザさんが驚きの声を上げた。
この反応から見てもはや確定的だろう。これは、この世界の地図だ。
どうなってる……? 仮に俺がドラゴンに生まれ変わる過程で数年の月日が経っていたとしても、こんなに変わるものだろうか? いやありえない。
国はもちろん大陸が形を変えるなんて、それこそ数万年単位は必要になってくるだろうし、そもそも元の面影が無さ過ぎる。ここが別世界だと言われた方がまだ――。
「(別世界……そうか、その可能性は考えてなかった)」
思い当たる節はいくつもある。
俺が知ってる生態とはかけ離れたドラゴンの行動。
空に浮かぶ巨大なピンク色の月。
ドラゴンと共存する人達。
見た事のない動物、食材の数々。
そして、この世界地図。
馬鹿な事を考えている自覚はある。けど、こうして元人間がドラゴンに生まれ変わっているくらいなのだ。
ここが別世界ってのも、あながちあり得なくはないと思わないか?
まぁそれが正解だとしても、別世界なのに言葉が理解できたり使われてる文字が同じだったりと、共通点があるのも謎ではあるのだが。
「邪魔するぞ!!!!」
「ぴっ!?」
俺がうんうんと考えているそこへ、突然部屋中に聞き覚えのある声が木霊した。
深い思考の海に潜っていた俺を一気に引き上げた大きな声。その声の主はドアを蹴破る勢いで開け放ったルドルフさんだ。
ルドルフさんの声はエトちゃんを驚かせる材料としては十分過ぎ、また傍に居た俺の弟くんも驚き固まった。
やがてジワジワと目の端に涙が浮かび上がり……あ、これ泣くやつだ。




