長男イヴニア
俺がこの世に新たな生を受けてから、早いもので既に10日が経とうとしていた。
ドラゴン生活も馴染み、毎日母様が運んでくる料理を食べては寝るの自堕落生活。罪悪感が凄まじい。
でも本来の俺は成人済みの人間ではあるけど、今は赤ちゃんドラゴンだ。赤ちゃんの仕事は寝る事。何を悪く思う必要があるだろうか。
今はタップリと甘えて、成長した後に母様やエリザさん達へ恩返しをする。それでいいじゃないか。
そうやって俺なりに今の生活を満喫していた時、それは突然訪れたのだ。
母様は料理を持って来るために不在。無事歩けるようになった俺は、暇を潰そうと弟妹達が眠る卵を親鳥よろしく暖めていた。
暖めると言っても俺に出来る事なんてたかが知れてる。卵の1つにピッタリと抱き着いてやるのが精一杯だ。
そして、そんな行動が意味を成してしまったのか……いきなり俺の額に何か鋭利な物が軽く突き刺さった。
痛みと驚きに思わずすっ転び、何ぞ!? と思い卵を見てみると――。
「……!」
俺が今の今まで暖めていた卵の中から、爪らしきものが飛びてているではないか!
額の痛みの正体はこれに違いない。それよりも、卵の中から爪が覗いているという事はつまり!
「キュキュイーッ!!」
ついに産まれた! 俺の弟が! 妹が! 何だかんだで楽しみだったんだよなー!
俺の元親はあのクソっぷりだったから弟妹なんて夢のまた夢だったけど、今こうして産まれてきてくれた! めでたい!
喜び勇んで駆け寄り、中を覗く。そこから見えたのは蒼い瞳を持った赤ちゃんドラゴン!
カリカリと爪で必死に殻を破ろうとしているのがまた何とも言えぬ愛らしさ。
頑張れ頑張れ〜と心の中で応援しながら見守ること数分。ついに殻は破られ、ようやくその子が姿を見せてくれた。
透き通ったクリクリの蒼い瞳。俺の体色とはまた違った銀色の鱗。じーっと俺を見上げている姿がたまらなくかわいい!
「キュイ」
「……? キュ〜?」
くはぁっ! コテンと首を傾げる仕草はズルい! かわいいの権化! 今なら俺を可愛がってくれてる母様の気持ちが痛いほど分かるぞ! これはいいものだ!
「キュイキュキュ〜」
「キュ〜? キュ」
「(おっと危ない)」
産まれたばかりだからだろう。目に見えるもの全てが新鮮で興味を引かれるものばかりの筈。
俺の方へ抱き着くように倒れ込んできた赤ちゃんを抱き止めて、優しく頭を撫でてやる。
うわ、やっぱり卵から出てきたばかりだとネバっとしてるんだな。でもまぁ仕方ない事だ、気にしない気にしない。
「|キュキューキュイ《イヴニアお兄ちゃんだぞ〜》キュイ〜?」
「……?」
ふむ、ひょっとしたらなんて希望も叶わなかった。
どうやらこの子には俺の言葉は伝わっていないらしい。当然俺もこの子の言ってる事は分からない。
赤ちゃんドラゴン同士で通じ合えるかもとか密かに思ってたんだけどなー。残念。
「(このネバネバって取った方がいい……よな。んー、水場は危ないし、ここ数日の間で量産した編み藁を使ってみるか)」
特に用途も決めずにテキトーに編んでしまった藁の塊。暇潰しの成果がここで発揮されようとは誰が思っただろうか。
一先ず赤ちゃんを横たわらせて、こんもり山になった編み藁まで駆ける。数個ほど手に取り戻ろうとして、ふと気付いた。
「キュウ〜」
「(っ!!!?)」
赤ちゃんドラゴンが四つん這いで俺を必死に追いかけようとしている!! しかも今にも泣きそうに目元がうるうる!!! 分かる! 今の俺には分かるぞ! この子が発したキュウ〜はお兄ちゃんと言っているとぉ!!!
ああああぁぁかぁうわぁいいいぃぃぃぃぃっ!!!
知らなかった、赤ちゃんドラゴンがこんなにもかわいいだなんて! 自分の姿を見た時とはえらい違いだ! これぞ弟妹パワーか! 恐ろしいなまったく!
「キュキューキュイキューイ」
「キュー!」
辛抱たまらず駆け寄って、わしゃわしゃと撫でり撫でり。嬉しそうな声を上げよって、愛いのぅ愛いのぅ。
たぶん俺が人間だったなら、今頃とんでもなくダラしない顔をしていると思う。
と、いかんいかん。いつまでもニヤついてないで、このネバネバを取ってやらなければ。
「……」
なるべく優しく編み藁を擦り付けて、この子の体に付着しているネバネバを取り除いていく。
泣き出したりしないかという心配は杞憂に終わり、驚くほど静かに身を任せている。かなり賢い子と見た! 将来が楽しみだな!
……ところで。
「(この子どっちだろ? 雌? 雄?)」
ドラゴンに生まれ変わっておいて何だが、ドラゴンの体についてはまったく詳しくないからな。
パッと見じゃ、この子が女の子なのか男の子なのかも分からない。人間なら生殖器の有無や体つきで見分けられるかもだけど……無いな。てことは女の子? いや、俺にもそれらしい物付いてないし、分からないか。
「キュ?」
まぁどっちでもいいか、かわいいし。
――……。
「〜♪」
「キュ〜♪」
「……!」パチパチ
あの後、料理を運んで帰ってきた母様と赤ちゃんがご対面。慌てて料理を寝床に並べた後、生き別れた親子よろしく駆け寄り赤ちゃんを抱き上げた。
散々抱き締めた後に全員で料理を囲みご飯の時間。
産まれて直ぐに固形物を摂取なんて今でも信じられないけど、それを否定するように赤ちゃんはモリモリ食べるもんだから驚きだ。
そして食後、心底ご機嫌な様子の母様がいつものように鼻歌を歌うと、赤ちゃんがそれを真似して可愛らしい声で歌い始めた。
これには母様も驚きに目を見開き思わず拍手。俺もしたいけど、ちょっと物理的に難しい。
と言うのも、現在進行形で赤ちゃんは俺の膝の上。後ろから支えるように腕を回しているものだから俺は身動きが取れない状況にある。
ずっとベッタリなんだよねこの子。母様より俺の方に擦り寄ってくるし、何ならご飯の時もくっ付いて来ようとしてたし。
既にお兄ちゃんっ子になりつつあるようだ。ふふん、羨ましいだろう母様。このかわいいの権化を独り占め! 最高だなっ!!
……うん、最高なのは間違いないのだが。
「……」
「キュー!」
「(やれやれ、まいったなこりゃ)」
こうして赤ちゃんを抱えてはいるけど、お忘れだろうか? 俺も肉体的には赤ん坊なのだという事を。
だから似たような質量の赤ちゃんをずっと膝の上で抱え続けるのは、なかなか酷なのだ。もう腕と足がプルプルしてきたよ。
限界を感じて下ろそうとすれば、今みたいに「やだー!」と言わんばかりに鳴かれてしがみつかれるのだ。
力ずくで引き剥がすのは良心が痛む。だからと言ってこのままでは俺が先に限界を迎えるだろう。
ちょい助けてくれよ母様。
「……」スッ
「キュー! キュー!」
「……」スン
「(いや諦めんの早っ)」
俺の思い通じて、母様が赤ちゃんを抱き上げようとしてくれた。……が、どこにそんな力があるのかと疑問に思う程に赤ちゃんは頑なに俺から離れようとしなかった。
とは言え秒で諦める母様をついジト目で見てしまった俺は悪くないと思う。
どうしたらいいのこの状況?
内心で嘆く俺に手出しが出来ない母様。ご機嫌な様子で鼻先を擦り付けてくる赤ちゃん。
三者三様なこの状況で誰もが気付く事は無かった。俺達の背後で、新たな生命が産まれようとしている事に。




