その名付け、異議あり
「……」
「そ、そんな目で見るんじゃない! この子が産まれた事が嬉しくて、つい失念していただけじゃないか!」
どうも、絶賛名付けを忘れられていた悲劇の赤ちゃんドラゴンです。
現在母様は皆から冷ややかな視線を一身に浴びております。俺なら心が砕けるね。同情はしないけど。
めちゃくちゃ敬われてる感じだったのに、今はこんな扱い。単純な上下関係であったなら、母様の失敗を全力でフォローするのが当たり前っちゃあ当たり前。
でもそうしないのは、上も下も関係なく、それだけお互いが信頼し合っているからこそだろうか。
上の者をからかったり、こうして視線責めにするなんて普通では出来ない事だ。
……そもそも人間とドラゴンがそんな関係にあること自体非常識かつ馬鹿げてるんだけどな。
「お気持ちは分かりますけれど、どんな種族にとっても名前とは神聖なものであり、名付けは聖なる儀式。ご子息の今後を大きく左右する物と言っても過言ではありません。
いくらシェラメア様と言えど忘れていたでは済まされない事です」
「はぃ……」
え? 待ってエリザさん、名付けってそんな大仰な事じゃなくない? そりゃ変な名前付けられたら今後生きていく上でめちゃくちゃ不便ではあるけど、それにしたって聖なる儀式は言い過ぎだろ。
それともここら辺じゃそれが一般的なのか?
「お、おかあさん、シェラメア様をあんまりおこらないで」
「エト……」
エリザさんに怒られてしゅんとしている母様を見かねてか、ここでエトちゃんの上目遣いフォロー。これは凄まじい破壊力。
そうなんだよ、別にそこまで怒る必要は無いのだ。当の本人は何で怒ってるのか理解してないんだからさ。呆れはしてるけども。
「こんな子供に庇われてしまうとは、まったく情けない限りだな私は。ありがとうエト、私なら大丈夫だよ。
エリザもすまなかったな。どうか私の失態を許してほしい」
「いえ、シェラメア様に対して失礼な発言をしてしまった私の方こそ謝らせてください」
「……」
「……」
「「ふふっ」」
お互いが頭を下げ合い、どちらともなく頭を上げて笑みを浮かべる。仲直りの証として小さく握手をする2人の姿は、俺にはとても眩しく見えてしまった。
あっという間に元通り。本当に信頼し合っているからこそ、か。羨ましい限りだ。
「さて、となれば早急にこの子に名を付けてあげなければな。ふぅむ……」
顎に手を当て、こちらをジーッと見つめながら母様が深く考え始める。他の皆はその様子を固唾を飲んで見守り続け、やがて母様が何かを思いついたように笑みを深めた。
そっと手を伸ばす。その手が触れたのは俺の頬。
たとえ相手が母親であっても、こんな美人に真正面から見つめられながら頬に触れられる経験なんて無いから、変にドキドキする。
はたから見たら愛の告白現場みたいだな。しかし悲しいかな、相手は母親で俺はドラゴンだ。虚しいね。
「うん、決めた」
「聞かせていただいても?」
「ああ。この子の名はイヴニア。そう名付けよう」
「イヴニア様。確かに聞き届けました」
名付けられた名は、イヴニア。
よかった。頭のどこかでとんでもない名前付けられたらどうしようとか思ってたけど、マトモそうな名前だ。
「(ん?)」
ホッと一息していると、何やら俺の頭上で変化が起こった。
俺の上に浮かんでいる文字の横に、新たに別の文字が浮かび上がる。
聖皇竜の幼体 イヴニア。
「(なるほど、名付けられるとこういう変化が起こるのか)」
て事は、幼体という部分も成長すればちゃんと消えるのかな。たぶん合ってると思う……が、相変わらず分からないのは名前の下にある赤い線と数字の意味だ。
名付けられてもこっちには目立った変化なし。何を表したものなんだろうか。
「その名前にはどんな意味が込められているんですか?」
お、確かに。それは俺も気になるな。
「大昔に使われていた竜の言葉でな」
うんうん。
「イヴニア……今の言葉で言うなら、白き神を表す言葉だ」
うんう…………ん?
「おお! シェラメア様の後継者に相応しいお名前かと!
ご子息様、いえイヴニア様。俺の名はトマス・リートと申します。どうぞお見知り置きを」
「では私も。イヴニア様、私はエリザ・リート。今後ともよろしくお願いいたします」
あーうん。せっかくトマスさんとエリザさんが自己紹介してくれてるけど、ちょっと待とうか。
おい母様、母様よ。そこの、やってやった感を出してドヤってる母様よ。
ちゃんとした名を与えてくれてありがとう。そこには深く感謝する、いやホントに心から。
しかぁし! 神!! 神ってなんだ!!? 誰がそんな仰々しい名前にしてくれって言ったよ!? 絶望的なまでに名前負けしてるんですけど!?
神どころか普段ボロクソに扱き使われてた元一般兵士なんだよ俺は! 天と地の差! 神なんて言葉は俺に付けていいもんじゃないの! アンタの方がよっぽど神っぽいでしょうが!
「キュキュイキューキュイ!」
「ふふ、この子も喜んでいるようだ」
「キュイーン!」
言葉が話せないの不便過ぎるだろ! 早く俺に意思の疎通をさせてくれー!
「(えぇい諦めんぞ! 伝わるまで抗議してやどわぁぁぁっ!!?)」
嘆きながら、少しでも伝わらないものかと全身を使ってジタバタともがき続けていたその時、あまりにも唐突に辺りを轟音と衝撃が襲った。
直接何かをされた訳ではなく、遠くから飛んできた衝撃波のような何か。残った料理は皿ごと吹き飛び、何人かは倒れ、俺はと言えばエリザさんの腕の中からすっぽ抜けてゴロゴロと地面を転がった。
「ギュイッ!!?」
広場の段差に後頭部を強かに打ち付けたところでようやく勢いは止まった。
ぐぅおおぉぉぉぉぉ……! い、いってぇぇぇぇ……! 大丈夫これ? 血とか出てない? 人間の赤ちゃんだったら確実に死んでる感じでぶつけたけど大丈夫だよね? ドラゴンの耐久力信じていいよね?
「っ! 一体何が……お、おい、あの火柱はっ」
「あっちは訓練場がある方ね。サヤとルドルフの小競り合いの余波がここまで届いたみたい。はぁ、また修復しないと」
「それにしたってやり過ぎだろう! お互い酒が入ってるから加減が出来ていないのかっ」
「きっとそうね。エト、大丈夫?」
「う、うん」
「イヴニア様もご無事……あら? え? イヴニアさ――きゃああ!! イヴニア様ー!!!」
「えっ、うおぉぉっ!!? イヴニア様ぁぁぁ!!!」
「たいへん……!」
めちゃくちゃ取り乱した様子でエリザさん達が駆け寄ってきてくれた。
ありがとう気付いてくれて。このまま放置されてたら泣いてたかもしれん。もう痛さでちょっと泣いてるけど。
「(あれ?)」
本気で心配してくれてる皆に別の意味で泣いてしまいそうになりながら、ふと気付く。俺の頭上に浮かんでいた赤い線が、さっきよりも短くなっている事に。
減ってる……何で?
《条件その2 ダメージを受けるを達成しました。条件その3を解放》
ま、またあの声だ。さっきと同じで頭の中に直接響いてきた。本当に何なんだこの声、その2を達成? ダメージを受けたから? だから何だよ。頼むから詳細を教えてくれ。
「ああ! 腫れてる! エリザ、直ぐに治癒魔法を!」
「えぇ! 我らが守護者、偉大なる聖皇竜よ、この者に祝福を与えたまえ――治癒」
エリザさんが俺の後頭部に手を当てて言葉を紡ぐ。ポウっと淡い緑色の光が発せられ、驚くほど直ぐに痛みは引いていった。
治癒か。俺の住んでた所でも一般的に使われてた治癒魔法だ。特に実力の無い者でも使える事が多いから馴染み深い。
んー、でも治癒ってこんなに即効性のある治癒魔法だったかな? どんなに魔力量の多い人でも、ちょっとした打撲を治すだけでも数分はかかるはず。
即効性のある治癒魔法なら、それこそ中位クラスの治癒の奇跡じゃないととは思うんだが……何故だろう。
「はぁ……これで良し。お加減はどうですか? イヴニア様」
「キュイー」
「ふふ、イヴニア様はお強いですね」
おお、何か伝わってる感あって地味に嬉しい。エリザさん凄く良い人だ。
「さて、イヴニア様も癒して差しあげた事だし……」
ん? な、何だ? 優しげだったエリザさんの様子が一変したぞ。ひえっ! 黒い! 笑みが黒い! 怖っ!
「周りの事も考えないバカ2人にお灸を据えてあげないとね」
「あー、エリザ。気持ちは分かるが、君が出向く必要はなくなったみたいだぞ」
「あらどうして?」
「ほら」
トマスさんが口元を引くつかせながらエリザさんの後ろを指差す。釣られて俺も視線を向けると、そこには――。
「……」
「(うわーお、すんごい怒ってーる)」
怒髪天を衝くとはこういう事を言うのだろう。
トマスさんが指を差す先には、怒りを微塵も隠そうとしない母様の姿があった。心なしか母様の周りだけ空間が歪んでいるようにも見えるけど、たぶんあれは錯覚ではない。
底知れないドラゴンの力が生み出した異様な光景。俺はサヤさんとルドルフさんの死を覚悟してしまった。
というか、ここまで余波が来るって……あの2人も大概おかしくないか? 遠くに見える火柱って、もしかしなくてもどっちかがやった現象なんだろ?
魔法か、或いは別の何かか。何れにしろ冒険者で言えば最上位級の実力が無いと、あんな事できっこない。俺では到底たどり着けない高みだ。
「エリザ、トマス」
「「っ! はっ!」」
名を呼ぶ。それだけでエリザさんとトマスさんがその場に跪き、母様へ頭を垂れた。
「イヴニアを頼む。私は少々……野暮用だ」
「承知しました。ですがシェラメア様、何卒穏便に」
「ふむ、善処しよう。ほんの少しだけな」
非常にイイ笑顔で振り返った次の瞬間、母様の背中から翼が飛び出す。たった一度きりの羽ばたきで瞬く間に大空へと舞った母様は、そのまま火柱の方へ飛んでいってしまった。
その後、散らかってしまった広場を皆が片付けている最中に、2人分の悲鳴が遠くから聞こえた。




