どんな生物も空腹には勝てない
マトモな料理が並んでいる。
肉と野菜のシンプルな炒め物。いろんな種類のパンに、この香りはシチューか。馴染みのあるものから見たことのない料理まで、どれもこれも美味そうだ。
腹の音は大きくなるばかり。無意識に口内の中に分泌される唾液。ゴクリと喉が鳴った。
「あら、すごいお腹の音」
「……ハッ!? また目的を忘れていた!」
「そうでしたな。ご子息があまりに可愛らしい故、すっかり失念しておりましたぞ。お主ら! 料理をいくつか持ってきてくれ!」
ルドルフさんが周りに呼びかけると、何やら多くの人達が慌ただしく動き始めた。あっという間に俺の近くへ料理が並べられ、俺を抱えたままサヤさんが座り込む。
「サヤおねーちゃん、わたしもだっこしたい」
「ん、いいわよ。でも気を付けてね? まだ赤ちゃんだから」
「う、うん」
料理を前に今にも涎が流れ出しそうな状態で、再び俺の体が持ち上げられる。サヤさんの手を離れ、次に俺の体が納まったのは先程の少女の手の中だった。
後ろから弱々しい力でギュッと抱きしめられる感覚……こそばゆい。
「わぁ」
「キャーっ! トマス見て! エトの可愛さにご子息の愛らしさが合わさって最強だわ!」
「君は何を言ってるんだエリザ……まぁ可愛いのは確かだが」
「んしょ……はい、たべる?」
エトと呼ばれた少女が徐に何かを取りだし、俺の前へ差し出してくる。それは丸くてほんのり薄い茶色の何か。
ひとまず匂いを嗅いでみれば、鼻を優しく刺激する甘い香りを感じた。
「(兵士時代によく口にしていた携帯食料によく似ているな。でも匂いは別物だ。これはひょっとして焼き菓子の一種だろうか?)」
うぅむ、今は菓子よりも飯を食べたい。しかし俺はこれでも子供好き。下手に断わって落ち込まれては俺の良心が痛む。
まぁ腹いっぱいに菓子を食べる訳でもなし。1つ2つくらいならばいいだろう。
「あ」
「食べましたね」
「いや、前も同じく少しの間は咀嚼してその後に吐き出していた。今回も吐いてしまう可能性はある」
おお……おおおお! サクサクとした食感にほんのりとミルクの香り。そして何より甘い! 美味い! 間違いなくマトモな食べ物!
エトちゃん! もう1枚!
「おいしい?」
「キュ! キュキュイ!」
「まだほしいのかな? あーん」
こんなに小さな子に食べさせてもらうなんて、とんでもなく複雑な気持ちだ。食欲が勝っていなければ断固として拒否していたに違いない。
それにしても美味い菓子だ。王都でも普通に通用するんじゃないか?
「全然吐き出しませんね」
「アレー?」
「あの、シェラメア様? 本当に食べられる物を与えられていたのですか?」
「今の言葉で私への信頼が崩れる音がしたぞ。
しかし納得がいかん。何故私が持ってくる食料は口にしてくれないんだ……或いは今なら?」
生だからだよ。どんな高級肉でも俺は生で食うなんてお断りなんだ。加えて母様の持ってくる物は全部くっさいんだもの。
むしろ母様はよく食えるな。見てるだけで吐き気がしてくるってのに。これが人とドラゴンの違いか……悲しいね。
最悪、焼きはしなくてもあの臭いさえどうにかなればなー。あぁ、そうそう、ちょうどこんな感じの臭い――。
「キュッ!!?」
「ほら、あーん」
ギャーーーッ!!? こ、この親いきなり目の前に死骸を!? しかも動物の生首! ひょっとしてアンタ実は俺の事嫌いだな!?
「キュイー!」
「う……シェラメアさま……それ、くしゃい」
「えっ」ガーン
臭いに耐えきれず、逃げるようにエトちゃんに抱き着いて生首から逃れた。
そして俺の嗅覚がおかしい訳ではないと証明された瞬間だ。あと動物のとはいえ小さい子の前に生首なんて晒すな!
「シェラメア様、それは如何なものかと」
「如何にドラゴンと言えど、産まれたばかりのご子息に生首というのは……」
「私がおかしいのか!? しかし私はこうやって育ったし、これだって言うほど臭くはないだろう!?」
「いえ臭いです」
「ええ、エリザの言う通りかと」
「ハッキリ申しまして臭いですな」
「ジジイに同感で」
「くしゃい」
「キュイキュイ!」
「ば、馬鹿な……」
自分が大丈夫だったから子も同じとは限らないんだぞ母様よ。
そして今回の事で確かになった事がひとつ。やはり俺の嗅覚はドラゴン寄りではなく人間寄りであるらしい。もしくは母様の鼻がぶっ壊れてるかだ。
「クッキーも問題なく食べられるようだし、これなら他の料理もいけるんじゃない?」
「そうね。刺激の強いものは避けて、まずはシチュー辺りから」
落ち込む母様を尻目に、エリザさんが鍋から皿へシチューをよそってくれる。見るからに熱々なそれを木製のスプーンですくい上げ、冷ますためにフーフーと息を吹きかけた。
俺が火傷しないようにという配慮が何よりも嬉しい。
「エト、支えてて」
「うん」
食べやすいようにエトちゃんが俺の体を抱えなおしてくれる。再び正面に向けられた俺に差し出されるのは、しっかり冷まされたシチュー。
我慢など出来よう筈もなく、スプーンを噛み砕く勢いで食らいついた。ホントに砕きはしないけど。
「……」
お、おぉ……おおおおおおおお!!!?
美味い! 凄まじく美味い! なんてことは無い味付けのシチューなのに、体が芯から震えている!
食べ物を求めて止まなかった体が歓喜している! 瞬く間にシチューが血肉へと変わっていくのを感じた!
次から次へと湧き上がる空腹感。チマチマと食べていては押し潰されてしまいそうだ。
「きゃっ」
「キューキュイキュイ!」
咥えていたスプーンを奪い取り、皿を寄越せと両手をばたつかせる。
しばらくは怪訝に思うような仕草をしていたものの、直ぐに俺の意図を汲み取ったエリザさんが皿ごとシチューを渡してくれた。
もはや俺を止める者無しっ!!!
「はぐはぐはぐはぐ!!」
「あらあら、よっぽどお腹がすいてたのね」
「そのようだな。しかし先程の編み技術といい、ご子息は本当に天才かもしれませんなシェラメア様。
見事にスプーンを使いこなしている上に、これだけがっついていながらシチューを一滴も零しておらん。
わははは! やはり将来が楽しみですなぁ!」
バカヤロー! 本音を言えば零すのも気にせず皿に顔を突っ込みたいくらいだよ!
でもそんな事したらエトちゃんの服が汚れるだろ! 火傷する可能性だってあるんだから配慮すんのは当たり前!
「(ぶはぁっ)」
シチューをかっ込む勢いは衰えず、気付けば皿の中のシチューは無くなっていた。
「(美味かった! でも足りない! 圧倒的に!)」
「わわ……!」
ジタバタともがいてエトちゃんの腕から素早く脱出。集められた料理の前へ駆け寄り、近くにあったフォークを手に取って存在感ありまくりのジューシーなステーキ肉へ突き刺した。
間髪入れずにかぶりつく。獣臭さ、生臭さ、鉄臭さ、そんなものなど一切無い、俺が思い描いていた通りの肉の味! 溢れる肉汁に全細胞が暴れ狂う!
美 味 す ぎ る !!!
「キュイーーっ!!!!!」
新たな生を受けてから、おそらく最大級であろ雄叫びを俺は上げたのだった。




