制御不能
子供達、女性達の出番は終わった。
つまりそれは、ついに喧嘩祭りのメインイベントが始まる合図でもある。
ワンコの優勝にわいわいと盛り上がっていた皆の空気が一変して、俺の周りは闘気を纏った連中で埋め尽くされた。
コアちゃんとルナ、そしてヤァムはこの場には居ない。試合を目前に控えてる皆の前でワーワーと騒ぐ訳にもいかないから当然の配慮だろう。
「待たせちまったな。ようやく始まるぜ、この祭りの本番が! 準備はいいな野郎共!」
「「「「「うおおおおおおお!!!」」」」」
ウォーバーさんの声と男達の雄叫びが森の中に木霊する。そんな皆の中で俺だけは小さく深呼吸を繰り返していた。
何だかんだ出番が近付くと緊張するもんだ。せっかくヴェロニカさんに鍛えてもらったのだから、優勝はしなくとも無様な戦いだけは出来ない。
よって、俺の立ち回り方は一つ。上手いこと会場を盛り上げつつ熱気を盛り下げない事を前提として動くべきだ。……なんか言葉にするとバカっぽいな。まぁいいや。
「そんじゃ、勿体ぶらずに最初の試合と行こうぜ!
えーっと第一試合は……んお!? これはこれは! いいねぇ今回も初っ端から最高のものになりそうだ!」
手元の紙切れを見たウォーバーさんが良い笑顔を浮かべた。おそらく対戦表か何かだろうな。
「まずは北の集落から! 前回の祭りでも大活躍した神速の牙と言えば!? そう、コイツしか居ねぇよなー!
目的は嫁ではなく、あくまでも己を高めることただ一つ! べルードの入場だー!」
ウォーバーさんの紹介に応えて、控え席の中から1人の男が立ち上がる。横目にその姿を確認してみると、あの時カムロと一緒に居た片割れだ。
特に緊張した様子もなく、淡々と舞台に上がって柔軟を始めている。浮かべる表情は戦士のそれ。
それなりの実力者と見受けるが、さて誰がべルードさんとやらの相手となるのか。
対戦相手の紹介を今か今かと待つ。しかし肝心のウォーバーさんの声が一向に聞こえてこない。俺も皆も訝しんでウォーバーさんを見れば、何やら緊張した面持ちで深呼吸を繰り返していた。
「ふぅ〜……よしっ」
やがて何かを決意したように顔を上げたウォーバーさんが、静かに語り始める。
「ここに居る誰もが、喰らう者によって何かを失った。家、宝物、友人や家族……恋人。悲しかっただろう、辛かっただろう、怒りに震えただろう。
あの化け物を倒せるなら何だってしてやると、そう思った奴も少なくねぇ筈だ」
何だ? 今までと雰囲気がまるで違うじゃないか。どうしてここでバジリスクの話題を出してきたんだろう。
これじゃ盛り上がるどころかしんみりしちゃうぞ。実際、あの悲劇を思い出したのか俯いてる獣人も少なくない。
ウォーバーさん、いったいどういうつもりで……。
「(ん?)」
ふと、そのウォーバーさんと目が合った。
「へっ。だが! 族長も言っていた通り奴はもう居ない!」
意味深に笑ったかと思えば、ウォーバーさんが天を指差す。皆がそれに釣られて見上げれば、その先には会場をグルリと囲むように飾られたバジリスクの骸。
「奴は討ち取られた! たった1人の英雄が、喰らう者へと天誅を下したのだ!」
……あれ? この流れってまさか。
「その力は鬼神の如し! どれだけ打ち据えられようと怯まず、退かず! 己の命と引き換えてでも! それだけの覚悟を宿して喰らう者を下した英雄と言えば誰だ! そう! 1人しか居ねぇよなぁ!?」
うわぁ……うわぁ〜……やめて、それ以上持ち上げないで。胃がキリキリしてきた。
たぶん俺だってのは分かったけど、そこまで不必要に持ち上げることなくない? 鬼神ってなんだよ初めて言われたわ。
「さぁ大歓声を共に上げてくれ! 我ら獣人の英雄、イヴニア様だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」
「「「「「イヴニア様ーっ!!!」」」」」
「は、ははは……ど〜も〜……はぁ」
今日一番の居心地の悪さに苦笑を浮かべながらも立ち上がり、声援に応えるように軽く手を振っておく。
熱量がおかしいんだよ。今までに紹介されてきた皆が霞む勢いじゃねーか。ウォーバーさんの独断か、或いはヴェロニカさんの策略と見た。
「えっ!? さっきの子が英雄!?」
「おいおい嘘だろ。喰らう者を単身で倒しちまったって聞いたぞ」
「それだけじゃないぜ。確か使ったのは片腕だけって話だ」
「本当かよ!」
嘘だよ! そんな訳ねーだろ! 噂に尾ひれ付きまくってるじゃねーか! 誰だデマ流した馬鹿野郎は!
「イヴくんがんばれー!」
「イヴニア様! このルナーシャがついております! 全力でやっちゃってくださーい!」
「……旦那様なら、余裕だよね」
「キヒヒ、お手並み拝見」
やめて、本当にやめて! そりゃやるからには真面目にやるけど、そうやって持ち上げられまくった後に負けたらとんでもない空気になるだろ!
あと、少しくらいべルードさんに注目してくれよ! 神速の牙だぞ神速の牙! 正直こっちの方が響き的に英雄より格好いいと思います!
「驚いたな。まさか君が……改めて、カムロの非礼を詫びたい。すまなかった」
ふとべルードさんが頭を下げてきた。
「べルードさんは悪くないだろ。謝る必要なんて無いし、落とし前は本人につけさせるからさ」
「ふっ、つまり俺を倒して勝ち上がる前提か」
「そう思ってもらっていいよ。全力を尽くすわけにはいかないけど、だからって手を抜くつもりもない」
「なるほど。ところで気になったんだが、俺の気のせいでなければ背が伸びてないか?」
「その辺のことは深く突っ込まないでくれ。ほんと冗談抜きでお願い」
「あ、ああ。分かった」
あの変態と違って話の分かる人でよかった。急成長について根掘り葉掘り聞かれても、口からでまかせで切り抜ける他ないからな。一度ならまだしも、それを繰り返していけば絶対どこかでやらかすはずだ。
それより集中!
遠回しに勝つと宣言した以上、無様な戦いはできない。まずは情報だ。
「(体付きは痩せ型……でもしっかりと鍛え込まれてるのは分かる。特に足の筋肉は顕著だな)」
それとなくべルードさんの肉体を観察して、大体の情報を集めていく。ウォーバーさんが言っていた神速の牙ってのも貴重な情報だ。
おそらく速度を活かした戦い方だろう。単純に素早いのか、或いは攻撃そのものが神速なのか。思考がズバ抜けて速いって可能性もある。
素早いだけならやりようはある、か。これ以上は分からないし、あとは実戦で学ばせてもらおう。
「両者構えっ!」
「っ……!」
同時に構えを取る。べルードさんは他の獣人達と同じく両腕を広げて腰を低くした構え。
対する俺は、今日に至るまで嫌というほどヴェロニカさんに叩き込まれた四つん這いの体勢だ。
人間……いや、ドラゴンも慣れる生き物なのか、初めこそ違和感ありまくりだったこの体勢も、今ではそこまで難しく感じない。
「あれはっ、四つ足の構え!?」
「んは、特訓の成果だな。ブレも一切無い」
「ヴェロニカ様、彼女──いえ彼はまさか、失われた獣人の戦闘技術を?」
「然り。正確には失われてはおらんが、使い手は極僅か。オレとて十全に使いこなすことは出来ん。
が、イヴニアの身体能力はそれを可能にする。実際奴は、既にオレより四つ足の構えを物にしておるからな」
「何ということだ。これが、喰らう者を打倒した英雄なのですね」
べルードさんは速度特化だと仮定するとして、なら初手は……その速度を上回る気で踏み込んでみるか。
躱されたらその時はその時。まずは探りも含めて様子見の一撃だ。
開始の合図と同時に駆け出すため、両手足に力を込める。
……不運にも、その時俺は気付いていなかった。集中し過ぎていたが為に、自分の想像以上に地面へ食い込む自らの指先に。
「注目の第一試合! 始めっ!!」
「(えっ!!?)」
確かにイメージ通りに駆け出せた。練習で何度も転けた四足での加速は見事に成功だ。……だが、直後に想定外の事態に見舞われる。
速すぎたのだ。べルードさんではなく、俺自身の加速が。あっという間に視界内の景色が流れ去り、一瞬でべルードさんの目の前へ辿り着いてしまった。
刹那、ゾクリと悪寒が襲い掛かってきた。
走り出したのは何も俺の体だけじゃない。拳もだ。
様子見の一撃と言いながら、おそらく……いや確実に殺してしまうほどの威力を秘めた俺の右拳が、勢いを殺せず突き進んでいく。
このまま振り抜けば確実にべルードさんは──。
「(止まれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!)」
体中の筋肉を使って急停止をかける。至る所からミシミシと軋む音が聞こえるが、そんなこと言ってる場合じゃない。
咄嗟に左手で右腕を抑え込み、左足を地面に突き刺す勢いで急制動。そのせいで余計な負荷が足にかかり、激痛と共にバキッと骨が砕け散った。
しかしその代償を払った甲斐は確かにあり、止まらないと思われた拳はべルードさんの鼻先ギリギリで急停止。その瞬間、凄まじい衝撃波が舞台上を駆け抜けた。
激しい土煙が舞う。べルードさんの祭り衣装が弾け飛び、遥か後方に広がる緑を衝撃波が突き抜ける。木々の間にぽっかりと穴が空いてしまった。
あの時クロエがワンコに放った拳圧。まるでそれを極限まで強化したかのような、そんな凄まじい何かを俺は意図せずに放っていた。
「……」
当たらなかったことに安堵の息を吐く前に、一言も発することなくべルードさんが崩れ落ちる。
その光景を理解できず、しばらく制止。が、直ぐに血の気が引いた。
もしかして俺……やっちまったんじゃ……?
「え……今、何が起きた?」
「分からん。このオレが見逃すなどと……ワンコ、お前の目は捉えたか?」
「合図前からイヴニアを見てた。けど、見えなかったわ。私の目を完全に掻い潜って、まさに消えたって以外に表現できない」
「ワンコ様でさえ!?」
「あのべルードが一撃で……? 私達が思う以上に英雄の力は強大なのか」
「いや、一撃は入っておらん。あれが当たっておればべルードの頭は吹き飛んでおっただろう。
べルードが倒れたのは間違いなく衝撃波によるものだ。おそらく頭の中を激しく揺さぶられたか……森を穿つ一撃から生まれた拳圧を真正面から受ければ、オレとて立っていられるかどうかだ」
周りがザワザワと騒がしい。でもその内容が頭に入ってこない。最悪の事態を考えてしまい、俺は軽いパニック状態に陥っていた。
殺してしまったかもしれない。そんなつもりはなかったのに、どうしてこうなった?
練習通りだった筈だ。少しばかり強めに踏み込んだだけで、こんなことにはならない筈なのに、どうして……なんで……スキル? 違う、無意識に発動してたとしてもウォーバーさんが止める筈……いや、そんな暇すら無かったんじゃ……ならやっぱりスキルの暴発で……でも常時発動型の技能掌握スキルがあるからそれはありえないし、じゃあ何で、何でっ、どうしてこんなことになってるんだ!
「い、いったい何が起きたのか分からねーが、とにかく! べルードがダウン! まさに電光石火! 続行可能かどうか確認するぜ!」
「っ……!」
ピクリとも動かないべルードさんを見て、思わず後退りしてしまう。しかし、折れた足ではそれすらマトモに行えず、尻餅をついてしまった。
痛みを思い出して左足を見てみる。損傷具合は想像以上だ。見た目こそ少し腫れている程度ではあるが、時間が経てば赤黒く腫れ上がってくるだろう。
自然治癒スキルで回復し切るかどうかも分からない。
いや、俺のことなんてどうでもいいんだ。それよりべルードさんは!?
「こいつは、完全に意識が飛んでるな。息は……ある。脈もある。ふぅ、安心してくれイヴニア様。死んじゃいねぇよ」
そんなウォーバーさんの言葉を聞き届けた瞬間、体中の力が抜けた。一気に疲労感が襲いかかり、たまらず仰向けに寝転んでしまう。
よかった……ホントによかった。ダメだ、割と本気で泣きそう。
「べルード側は続行不可能と見なし、勝者! イヴニア様!」
高らかに告げられた勝利宣言。一泊置いた後、割れんばかりの大歓声が響き渡る。
だけど、素直に喜べない。喜んでいい筈がないんだ。こんなの勝ちとは言えないのだから。
勝利に酔うことすら出来ず、ただ只管に不快感を味わいながら俺は静かに瞼を閉じた。
「(……情けねぇ)」




