力の差 それでも
次の試合は誰だろう。
ウルズさんの事を頭の隅に追いやってそんな風に思っていた頃に事件は起きた。
いや、事件は言い過ぎかもしれない。でも祭りを開催している獣人達からしてみれば大事と言っていいかも。
さて、その事件とは。
「え、き、棄権?」
「えぇ」
「全員?」
盛り上がりまくったクロエ対ウルズさんの対決の後、ウォーバーさんが声高々に次の試合を開始しようとしていた時、何やらぞろぞろと女性達がウォーバーさんの元へ。
どうやら彼女達は参加者らしいのだが、何といきなり今後の試合を棄権したいと言い出したのだ。
「理由は?」
「まぁ、あんなの見せられたら正直勝てる気しないし」
「ねー?」
「そもそも私達は数合わせみたいなところあったし、そこまで本気で取り組んでるかって聞かれたら微妙なところなのよね。
まぁやるからには獲りにいくつもりだったけど……」
「上手く勝ち上がったとしてもクロエと当たったら確実に大怪我するから……」
「な、なるほど……うーん。族長! どうしますか!?」
確かにさっきの一戦で祭りの盛り上がりは最高潮に達したと言ってもいい。だけどそれは観客側に限った話で、実際に戦う参加者からすればクロエと戦うってのはかなり勇気のいる事だろう。
そりゃ戦う気が失せるのも分かる。ウルズさんがあれだけやられているのだから、一般の獣人がクロエの一撃を受ければひとたまりもない筈だ。
安全を考えるのなら、むしろ棄権はかしこい選択と言える。
さて、判断を仰がれたヴェロニカさんの返答やいかに。
「うぅむ……今更クロエに手を抜けと言うのもな。本気で祭りに臨んでおる者には侮辱と同じ。
仕方あるまい。女性の部はこれにて終了とし、優勝はクロエとするか」
「分かりました。しょうがねーお前等! 異例続きとはなるが、族長の判断により女性の部はこれにて──」
「ちょっと待った!」
いくら婚活の為とはいえ大怪我をしては台無しだ。ヴェロニカさんの判断の元、ウォーバーさんが終了の宣言をしようとした瞬間、舞台に上がってきた人影。誰あろうワンコだった。
「私は棄権する気なんてないわよ! そもそも私は母さんに認めてもらうために参加してるんだから、このまま終わりなんて納得できない!
母さん! 私だけでも続けさせて!」
「……分かっておるのか? お前も見た通り、今のクロエは優勝を勝ち取る為ならば手加減などせん。
オレの娘だからと手を抜くような甘い奴でもなし、確実に怪我をするぞ?」
「それでもよ! クロエが本気であると同じく私だって本気! この祭りを通して今度こそ母さんに認めさせるわ! 私が獣戦士に相応しい存在だってことを!」
確固たる意思。誰が何を言おうと自分は意思を曲げる気は無いという気迫が痛いほどに伝わってきた。
目的は違えど賭ける想いはクロエにも引けを取らない。いや、むしろ強く見える。
母親であるヴェロニカさんとしては、我が子を危険な目に合わせたくはないのだろう。バジリスクとの戦いで危うくワンコを失いかけたらしいし、その想いはより一層大きくなっているに違いない。
だけど、無理だよヴェロニカさん。覚悟を決めてる人の意思はそう簡単には曲げられないもんだ。
「しかしな……」
だが肝心のヴェロニカさんは渋い顔だ。
やれやれ、仕方ない。このまま睨み合っててもせっかく盛り上がった祭りがシラケてしまうだけだからな。もう一助けしますかね。
立ち上がり、再び舞台へ上がってワンコの隣へ。その背中を軽く叩いて気合を入れてやった。
「俺はワンコの意思を尊重する。バジ……喰らう者との戦いで、この娘は酷く思い悩んでる様子だった。きっとたくさん後悔してると思う。
だけど、それでも腐らず前へ進もうとしてる。誰かに流されるでもなく他ならぬ自分の意思でだ。
だから俺からも頼むよヴェロニカさん。信じてワンコの背中を押してやってくれないか?」
「イヴニア……」
まぁ、祭り前のレベルアップで世話かけさせちゃったからな。それの恩返しも兼ねて今回は味方させてくれよ。
「……ふ」
「……?」
「んはははははははははははっ!!!」
突然響き渡るヴェロニカさんの笑い声。
渋って悩んでいた表情はどこへやら。いつもの豪快な笑い声を上げる姿に俺とワンコの目は点になった。
「お前にまで言われては頷かざるを得んな! ここで突っぱねては族長としても母としても失格だろう。
ワンコ! まことクロエと試合う覚悟は出来ておるのだろうな!」
「愚問よ。私を誰の娘だと思ってるの?
私はワンコ・オージャ! リィベレーナ最強にして王であるヴェロニカ・オージャの娘! 決して退かないわ!」
「んはっ!! よかろう!! その覚悟しかと見届けた!
ウォーバー! 次の試合を女性の部決勝戦とする! 今まで以上に盛り上げよ!」
「了解しました族長!! さぁお前等! もっとテンション上げて行くぞー!!!」
「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」
鎮まっていた会場の熱気は再び燃え上がり、一先ずは持ち直した。やる事はやったぞと俺はそそくさと舞台から下りようとして、不意に腕に何かが巻かれる感触。
「お?」
それは一言で言うなら毛だった。もっと正確に言うなら尻尾。
去ろうとしていた俺の腕を捕まえるように器用に巻き付けられたそれは、間違いなくワンコのものだ。本人の顔を見上げれば、嬉しそうに俺を見下ろす姿があった。
ていうか尻尾……大丈夫だよな? 俺の意思で触ったわけじゃないから殺されないよね?
「えぇっと、ワンコさん? 俺まだ死ねないので……」
「何でそんなにビクついてるのよ」
「何でってそりゃ……」
「ああ、尻尾? 別に貴方なら構わないわよ。敏感な娘はともかく、それくらいの事で命なんか取らないわ。
そもそも私から引き止めておいて怒るなんて真似するわけないでしょ。何なら耳も触る?」
「遠慮しておきます!」
「そんなに強く否定されたらされたで傷付くんだけど……まぁいいわ。とにかくありがとね? イヴニアの後押しが無かったら母さんは認めてなかったと思う」
「それは、どうだろう。ヴェロニカさんのことだし、ワンコが一歩も退かずに想いをぶつけ続けてれば折れてたと思うけど。
俺はほんの少し背中を押しただけ。時間短縮ってやつだな。あ、最後の口上は痺れたよ」
「……貴方って、良いドラゴンよね」
「ドラゴンが良いかどうかはともかく、少なくとも俺は話の分かる方ではあるな」
「ぷっ、それ自分で言う?」
「事実を言ったまでだ。ほら、そろそろ離してくれ。これから決勝戦だろ」
「あ、うん。ホントにありがとね」
「いいよ。クロエに嫉妬されるからあんまり声を大にしては言えないけど、俺個人はワンコを応援してる。頑張ってな」
「ドラゴンの加護があるなら百人力ね」
ようやくワンコが尻尾を解き、自由の身となった俺は足取り軽く舞台から下りた。その際ザッと会場を見渡してみたが、クロエの姿は無い。
どうやらまだウルズさんとお話の最中らしい。
とりあえずホッと一息。今までの事を考えるとワンコとのやり取りも十分嫉妬の対象になりそうだからな。
これ以上ウルズさんのような犠牲者を出すわけにはいかないのだ。
「おかえりなさいませイヴニア様」
「ん」
「イヴくんもワンコ様も格好良かった!」
「そりゃどうも。良い方向に傾いてくれて一安心だよ」
試合が始まってしまえばもう俺に出来ることは無い。ウルズさんであれだったのだから応援よりも心配の方が勝っているけれど、後押ししてしまった以上は信じねば。
──……。
覚悟はある。自信もある。だけど、勝算は無い。
悔しいけど私とクロエじゃ実力が違い過ぎる。経験も才能も、母さんの娘である私より優れてるはず。
ウルズとの試合でそれは確信に変わった。
初手で見せたクロエの踏み込みを私は見逃した。気づいた時にはウルズが吹き飛んでて、何をしたのか一切分からなかった。
だから思わず考えてしまった。もしあそこに私が立っていたら、果たしてウルズのように戻って来れただろうかって。
……無理ね。どう考えても首から上が取れて終わりだわ。言ってみれば即死。試合にすらなっていない。
後半の戦いだって目で追うのがやっとだった。避けるどころか防御も間に合わないかもしれない。それくらい私とクロエには力の差がある。
母さんも分かってる筈。無謀だってことくらい。そうよね、分かってる。それを一番理解してるのは私だもの。
どう足掻いてもまず勝てない。
だから私は勝たない。
私の目的は優勝することじゃない。もちろんそれが出来るなら最高の結果だけれど、私だって自分の実力くらい弁えてる。
私の目標は獣戦士になること。今も昔もそれだけの為に研鑽を積んできた。でも、どれだけ頑張っても肝心の母さんは首を縦には振ってくれなかった。
私を心配してるからなのは分かってる。だけどそんなの、他でもない私が嫌だ。
だから示すんだ。この試合で私の覚悟を。もう私が守られてばかりの存在じゃないってことを母さんに認めさせる。
勝てなくてもいい。勝つ気も無い。私が出来る限界ギリギリまでクロエに食らいつく。私が勝ち取るのは母さんの……ううん、皆からの信頼!
今日この日、私は獣戦士になる!
「退くこともまた勇気! その選択をした女性達を責める真似はしねぇよなお前等!?
ってことで急遽早まった決勝戦! ぶつかり合うのは激しい殴り合いを披露し見事ウルズを降したクロエと! 我らが族長ヴェロニカ・オージャ様の一人娘、ワンコ・オージャ様だーーーーーっ!!」
舞台の上には私とクロエ。普段の何処かぽやっとしてる様子は微塵も無いクロエの鋭い視線が、私を射抜く。
母さんの言う通り、私相手でも容赦はしないという強い意思を感じる。
「……怪我するよ? ワンコ様」
「お気遣いどうも。でも怪我はしないなんて甘えた考えで臨んじゃいないのよ」
「……そう。じゃあ遠慮なく」
「両者構え!」
私の覚悟は伝わった。その証拠にクロエが両腕を広げて深く構える。
来る。ウルズを吹き飛ばした小細工無しの一撃が間違いなく。取るべき行動は──。
「始め!」
「っっ!!」
ウォーバーの合図とほぼ同時。やはりクロエは一撃で沈めに来た。
迫り来る拳は横っ飛びでギリギリ躱せたけど、完璧じゃない。左頬を掠めただけで肌が切れてしまった。
「再び炸裂したクロエの剛撃! だがワンコ様、これを躱したー!」
今ので分かった。絶対に真正面から受けちゃいけない。受け流すのも論外ね。たぶんやろうとしてもそれ以上の力で捻じ伏せられる。
「……」
「ちっ……!」
ダメ元でがら空きの背中に拳を。そう思って接近した瞬間に後ろ蹴りが飛んできた。予想はしてたからこれも何とか躱せた。
一撃一撃が冗談抜きで卒倒級。これを受けて無事なウルズの耐久力って……。
「(離れてても一息で近付かれるし、かと言って接近戦も分が悪い。クロエの行動を観察できる距離を保って、確実に有効打を叩き込むのが最適解)」
まぁ、それが出来れば苦労はしないけれど。現実は違う。
「……」
「く、ぅっ……!」
「クロエが迫る迫る! ワンコ様は直ぐに距離を取ろうとしてるが次の瞬間にはクロエが目の前に! さぁどうする!?」
どうもこうもないわよ。私は私に出来る行動を取るまで。とにかく一定距離を保ちながら回避に専念する。
私の持ち味は優れた戦闘センスでも回避能力でもない。クロエみたいな怪力も無いしウルズのような頑丈さも無い。母さんの反則じみた勘だって当然無い。
でも私には生まれつきの目の良さがある。だから観察るんだ! クロエの一挙手一投足、攻撃の間隔、射程、視線の移動、筋肉の動き、呼吸すら、その全てを!
「(……? 決めきれない。何で?)」
「はぁ……はぁ……!」
「ワンコ様の息が徐々に切れてきたー! それに対してクロエの猛攻は衰えることを知らず! 激しさは増していくが、しかしワンコ様も見事にそれを躱す躱すー!」
落ち着け私。息をすることを忘れるな。
脳に酸素を送り続けて常に冴えた状態を維持するんだ。考えを鈍らせないように、少しでも正確な思考ができるように。
「っ……!」
「(足払い! 跳んで……違うっ、後方へ!)」
筋肉の動きでクロエが直ぐに次の一撃を放つことは察知できた。その場で跳ぶ真似はせずに後方へ軽く跳躍。
瞬間、私が居た場所を強烈な回し蹴りが駆け抜けた。
「よ、避けたーー! クロエの一撃が空を切る! これを躱せたのはデカイぞ! ワンコ様反撃に転じるか!?」
「(いいえ、まだよ)」
クロエはまだ余力を残してる。それは筋肉の動きで分かった。
今踏み込めば確実に膝が飛んでくる。まさかの三段構え……避けられた後に相手が飛び込んで来ることも想定済みってわけね。流石だわ。
「すぅ……はぁぁ……」
踏み止まって息を整える。まだ足りない。もっと見せなさいクロエ。この目に刻んで、学ばせる為に!
「(……びっくりだな。ワンコ様、思ってた以上に強い。じゃあ、こんなのはどう?)」
クロエが腰を落とした。何かしてくる、何を──。
「……ふっ!」
「ちょっ、はぁ!?」
踏み込んでは来なかった。ただクロエはその場で下から突き上げるように拳を振るっただけ。
距離は空いてるから当然拳が届くことはなかったけど、予想外の事態に見舞われた。
風。ううん、この場合は拳圧と言うべきかしら。見えない衝撃が私の体を上に押し上げ、軽く固めるだけに留めていた私のガードを跳ね上げた。
ってめちゃくちゃ過ぎでしょうが!
「……!」
驚いてる場合じゃない。確実にクロエは踏み込んで来る。狙いはバカみたいにがら空きになった腹部。
体の重心、筋肉の動き、放たれようとしてるのは左拳による追撃で間違いない! 拳圧でバランスを崩されてる今、回避はできない!
なら防御……だから腕は跳ね上げられてるってば! 間に合わない! 違うっ、間に合わせろ!
観察ろ! 観察ろ! 何かある筈! あの一撃を凌ぐ何かが! 拳を防ぐ何かが──…………拳?
「……ごめん、痛いよ?」
クロエが何かを言ってる。でもそれどころじゃない。
今、頭の中に浮かんだ光景。ウルズとクロエの試合……そうだ、似たような状況がさっきもあった。
私はそれを観察ていたじゃない。この絶望的な状況を覆した一手を!
ありがとウルズ。アンタの技、ちょっとだけ真似するわよ。
「……これで終わっ!!!?」
左拳が来ることは分かっていた。防御も回避も出来ないなら、私が選べる選択肢は迎撃のみ。
右足を目一杯伸ばし、今まさに私を打ち据えようとするクロエの拳に……いえ、左手首に引っ掛ける。
受け流しとは程遠く、そのまま力任せに横へ蹴り抜けば、拳はいとも簡単に軌道を逸らされ私を通り過ぎた。
その怪力が災いしたわねクロエ。そんなに勢い良く突き出されたら、側面からズラしてくださいって言ってるようなものよ。
なんて余裕ぶってみたけど、ぶっつけ本番で成功できるかどうかはほとんど賭けだった。結果は上々。
私の目の前までわざわざ体を差し出してくれたクロエに小さく口角を上げて、今度は私が左拳を打つ。
クロエに比べれば赤ん坊みたいな一撃でも、確かにその拳はクロエの顔面を捉えた。
「せ、先制はワンコ様! 確かに入ったぜ一撃が!」
「やった……!」
「……油断した。でもそれはワンコ様も同じ」
「え……?」
そんなクロエの言葉を理解するよりも早く、脇腹に走る激痛。体がフワリと浮き上がり、視界に映る景色が一気に流れ、続けて全身を駆け抜ける衝撃。
意識がそこで途絶えそうになる。
いいえ、こんな形では終わらせない!
「あぐぅっ……!」
地面に叩き付けられた体に鞭打ち、無理矢理に起き上がる。自分の腕に噛み付いて飛び掛けた意識を痛みで強引に引き戻した。
口の中いっぱいに広がる血の味。不快でしかないけど、絶対に視線は逸らさない!
「クロエの強烈な一撃がワンコ様を捉えた! だが耐えた! 耐え切った! あの破壊的な拳をモロに受けながらも立っているぞー!!」
「……浅かったかな」
「どこがよっ。上半身持って行かれたかと思ったわ!」
鍛えておいてよかったと心底思う。……でもしっかりダメージはあるのよね。痛過ぎる。
「……そう。なら、今度は意識を持って行こうかな」
「うわっ!?」
またクロエが接近してきた。しっかり見ててもこの速度! 反応してギリギリ躱すのがやっとだわ!
「……ほら、後がないよ」
「くっ……!」
言葉通り、私のすぐ後ろは舞台の端。一応場外負けのルールは無いけど、追い込まれたまま戦うのはあまりに不利!
実質後ろへの回避を制限されてるようなもの。ほら、クロエもそれが分かってるから左右からのラッシュが飛んできた!
「絶え間ないクロエの乱打乱打乱打!! しかしワンコ様もかろうじてこれを躱す躱すぅ!!!」
「(右っ、左っ、こっちはフェイントっ、上体を下げて小さく踏み込むっ、膝も、見えてるっ。当たってたまるか!)」
「(……何で躱されるの? 勘?)」
「今っ!」
死にものぐるいで只管に躱し続けていると、この窮地を脱する瞬間は突然訪れた。
焦り、それとも確信かしら。クロエが大振りの一撃を放ってきたのを確認し、私は即座に地面を蹴った。
「す、すり抜けたー! ワンコ様、命からがらクロエの脇を通って舞台中央へ舞い戻った!」
「はぁ……はぁ……とりあえず、仕切り直しね」
「……今、反撃できたんじゃない?」
「やったら手痛いのが飛んでくるでしょ? 生憎と見えてるから」
「(……見えてる? ……ふぅん、そういうことか)」
戻って来れたのはいい。でもかなりマズイ状況だわ。今の攻防でかなり体力を消耗した上に、お腹に受けたダメージが効いてきてる。気を抜いたら直ぐにでも崩れ落ちちゃいそう。
息を整えて、次に備えよう。大丈夫、焦るな私。必ずチャンスはやって来る。
「……そういえばワンコ様は目が良いんだっけ。私の攻撃も、僅かな体の動きで察知して先読みしたから避けれた。そんなとこ?」
「っ!」
あっちゃ〜、調子に乗って余計な事を言ったから気付かれたわね。
「……なら、見えなければ意味ないよね」
「(来たっ!)」
再び真正面。クロエが地面を蹴って接近してくる。
意味深なことを言ってたし、何か仕掛けてくるのはまず間違いない。その何かを見逃さないためにも全意識を目に集中。どんな動きも見逃さない!
そう思っていた矢先、クロエがいきなり背中を見せた。
ただし勢いは衰えておらず、そのまま私に向かって近付いてくる。しかも両腕を胸の前でクロスしているせいで次の一手が分からない!
「見えなければってそういうこと……!?」
右か、左か。或いは正面、下からも考えられる。観察続けなさいワンコ! どんな些細な動きも見逃さないように──。
「えっ」
「……残念。正解は」
……上。
クロエが跳び上がり、空中で体を1回転させる。迫ってきたのは拳ではなく足。
「がふっ……!!」
脳天に直撃。そのまま地面まで頭を引き落とされた。痛みを感じるよりも先に、抗い続けていた私の意識はそこでプツリと途絶えた。




