ぶつかり合う闘志 嫉妬は全てを凌駕する
騒動も落ち着いて、俺とコアちゃん、そしてルナはちょっとだけ居心地悪そうに観客席で縮こまっていた。
いくら何でも取り乱し過ぎたな。ある意味で祭りの雰囲気を壊すところだった……危ない危ない。
もうこれ以上の騒ぎは起こすまいと、俺の膝の上にはコアちゃんが座り、そのコアちゃんに抱きかかえられるようにルナが鎮座。これぞ試合に集中しようという俺達なりの覚悟の表れである。
端から見たら変な奴等だけどさ。
「間違いなくこの戦いは注目の一戦となるだろう! その目ひん剥いてよーく見ておけお前等! 両者構えぇっ!」
「今日は何が何でも勝たせてもらうっすよクロエ! 初めての喧嘩祭り、優勝賞品の食べ物、そしてアタシに恋する強い男の為にも!」
「……1つだけ謝っとくねウルズ」
「なんすか?」
「……私もウルズと同じで何が何でも優勝を狙ってる。賞品とか男はどうでもいい。ただ、今の私は旦那様のおかげで色々と振り切れてる状態だから」
「振り切れてる? 結局どういうことっすか?」
「……手加減できない。だから、死なないでね?」
「へ?」
「始めっ!」
クロエとウルズさんが何事かを話す最中、ウォーバーさんの合図が響き渡る。
瞬間、地面が割れた。
そう表現するしかないくらい、唐突にクロエの足元が割れたのだ。それだけの激しい踏み込み。
瞬きの間にクロエはウルズさんの懐に潜り込んでいた。きっとこの場に居る獣人の大半が見えなかったと思う。
動体視力が向上している筈の俺でさえハッキリと視認は出来なかったのだから。
「っ!」
「ちょ待っおごぇっ!!!?」
そのままクロエの拳がウルズさんの頬に深々とめり込んだ。どうやらウルズさんも見えていたようだが、いつかの俺と同じく見えても体が間に合わなかったみたいだ。
確実な有効打。しかしクロエの一撃はそれ以上にとんでもないもので、ダウンを取るどころかそのままウルズさんを会場の外へ吹っ飛ばしてしまった。
「うげぇ、容赦なく顔面行ったな」
「い、痛そう」
「痛いで済んだら御の字だよ今のは」
「…………ハッ!? 俺様としたことがボケっとしちまったぜ!
開始早々クロエの剛拳が炸裂ぅ! 森の奥まで吹っ飛んじまったぞー! これは今回初となる再起不能の決着かー!?」
その可能性は高いだろうな。あの踏み込みの一撃をノーガードで顔面から受け止めたら俺でも昏倒する自信がある。むしろウルズさん、死んでる可能性すら出てきてるけど……。
「ふむ、戻って来んな。救護係! 様子を見て来い!」
「はーい」
「それには及ばないっすぅぅぅぅぅ!!」
しばらく待っても戻ってくる様子が無いのでヴェロニカさんが指示を飛ばす。しかしその直後に響いた声に俺は一先ず胸を撫で下ろした。
「とうっ! しゅた! いぃぃぃぃぃた過ぎっす! 手加減無しにしても限度があるっすよクロエ! アタシじゃなきゃ首もげてるとこっす!」
何事もなかったように跳んで帰ってきたウルズさん。痛々しいほどに頬が腫れてるってのにピンピンしてる……嘘だろ。
「……そのつもりでやった。死なないでって言ったでしょ」
「こわっ! 族長これいいんすか!? 割と冗談にならないこと言ってるっすよ!」
「んはっ! 頑丈なウルズ相手ならば問題はない!」
「なんでっすかー!?」
不憫、あまりにも不憫だよウルズさん。
ヴェロニカさんのことだから、どうせ「ウルズは死なんと勘が言っておる」的なんだろうけど、それにしたって扱いが雑っ。
皆も族長が言うならみたいな感じで納得してるし。
「うぅぅ〜、イヴニアくん! アタシの味方はイヴニアくんしか居ないっす! なんか言ってやってほしいっすよー!」
バッカ野郎! そこで俺に振るんじゃねぇよ! これでウルズさんを擁護するようなこと言ったら他ならぬ君自身が危ないってこと分からないの!?
「そ、そうだそうだー。……そうかなー?」
「どっちっすか!?」
しょうがないだろ! ウルズさん擁護したらクロエの嫉妬が爆発するし、否定したらあんた孤立するじゃん!
「……ウルズ、旦那様を困らせないでくれる? 殴られ足りない?」
「ぐっ……も、もう知らないっす! アタシを怒らせたっすねクロエ! いいっすよ、この試合でクロエをぶっ飛ばして皆をビックリさせてやるっす!
おらぁウォーバー! さっさと盛り上げるっすよ!」
「お、おぅ。そりゃあいいが、本当に続けられんのかウルズ?」
「獣戦士一の頑丈さを誇るアタシを舐めんじゃねーっす! ぺっ、来いやクロエぇぇぇぇ!!!」
「……上等」
よかった。いやよくはないけど、とりあえず色々と振り切ったっぽいウルズさんが深く構えを取る。
対するクロエは先程と同じく激しい踏み込み。再び重い一撃が叩き込まれるかと思いきや、その拳はまさかの足の裏で防がれた。
「来るのが分かってれば!」
「っ!?」
「こぉんなもぉぉぉぉぉぉんどぉぉぉぉぉりゃあぁぁぁっ!!!」
「かはっ……!」
力任せに足でクロエの拳を踏み落とし、体を捻って強烈な回し蹴りが腹に突き刺さった。
まさかまさかのカウンター。自分の拳の勢いとウルズさんの蹴りの重みが乗せられた一撃は、クロエを大きく後退させた。
「今度はウルズが決めたー! モロに受けたクロエは……いやピンピンしてるぞ!」
「まだまだこんなもんじゃないっすよ!」
「……格好悪いとこ見せた。これじゃダメだ。もっと圧倒的に、沈める!」
互いが踏み込みゼロ距離へ。拳と拳、足と足がぶつかり合い、時には同時に頭突きを叩き込む。
破裂音にも似た衝撃音が絶え間なく会場中に鳴り響く。会場の熱気はどんどん上がり、誰も彼もが立ち上がって歓声を上げていた。
「……ふっ!」
「食らわないっっっす!」
「……それはこっちも同じ!」
どちらも防御を崩して隙を作る作戦らしいが、それにしたって近距離でやり過ぎだ。一発一発が剛撃と言ってもいいそれを、2人は紙一重で躱し、或いは防ぐ。
両者一歩も引かないまま、しかし徐々に明確な差が生まれ始めた。
ウルズさんの実力も大したものだ。どちらかと言えば本能による力だが、素人目に見ても分かるくらいには強い。あのクロエの一撃一撃を受けて一切怯まずに反撃している。
問題は、そのクロエの一撃だ。
知っての通り集落一の怪力を誇るクロエの拳やら足を、ウルズさんは真正面から受け続けている。いくら頑丈でも限度ってもんがあるのだ。
固い岩盤を打ち続けていればヒビが入るように、ウルズさんの防御もまた同じく崩れ始めていた。
「うっぐぅぅ……! まだ、まだぁぁぁぁっす!」
「……やるね。でも甘い」
「お互い拮抗していたが、これはマズいぞ! 本当にウルズは大丈夫なのかー!?」
大丈夫なもんか。防御を続けていた腕なんて、既に青痣だらけだ。
「うらぁっ!」
「……!」
「クロエこそ、油断したら一気に持っていくっすよ!」
「っ……調子に」
「乗ってるっすよ! でもそれがどうしたっす! おぉどぉぉぉりゃあぁぁぁぁぁ!!」
防御は崩れ始めても動きは鈍っていない。ここに来て更に加速。振るわれる拳の数が増し、今度はクロエが防御に回った。
ダメージ自体はある筈だ。僅かな隙を突いて放たれたウルズさんの蹴り。それを腕で防いだクロエの表情が歪んだのがいい証拠だろう。
「既に満身創痍! だが止まらねぇ! 進むことしか頭に無いウルズらしい戦い方だ! 徐々にクロエが後退させられていく!」
クロエ、やりづらいだろうな。ルール無しの戦いだったなら多少の被弾は覚悟で無茶もできるだろうが、これは試合。加えてあの猛攻だ。
お互いに1点ずつの状況で先に2点目を取られるのはかなりの不利。絶対に食らわないという揺るがない自信でも無ければ下手に反撃すべきではない。
……でも、正直クロエらしくないな。
確かにウルズさんの猛攻は凄まじいものだけど、俺はクロエの機動性の高さを知っている。足をやられているわけでもなし、躱さず防御だけに留めているのは何故だ?
まずは跳んで距離を離し息を整える。俺ならそうするが。
「おらおらおらぁ! どうしたっすかクロエ! そんなに固めてても直ぐにぶっ壊すっすよ!」
「……」
「力が抜けたっすね! おりゃあっ!」
「っ……!?」
下から突き上げるように放たれた拳がクロエのガードを吹き飛ばした。完全に無防備。しかも足を滑らせて体勢を崩す負の連鎖。
もちろんそれを見逃すほどウルズさんも残念じゃない。ここぞとばかりに深い踏み込み。これで勝負を決めるのだと伝わってくる剛撃がクロエの顔面めがけて飛来する。
「だぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「……」
「あっ! ダメだウルズさん!」
思わず声を上げてしまった。
拳による一撃が当たると誰もが思っていただろう。しかし俺は見た、見てしまった。迫る脅威を静かに見据えながら笑みを浮かべているクロエの顔を!
違う。この状況はウルズさんが作ったものじゃない。
防御に徹していたのも、ガードを崩されたのも、足を滑らせたのも、全て演技! 誘っていたんだ、ウルズさんが勝負に出るその瞬間を!
「んなっ!!? 何で避けれぶはっ!!!」
薄皮一枚。まさに紙一重の回避。滑らせたように見せた足で地面を踏み締めて、肉薄。鋭い拳の一撃がウルズさんの拳と交差し、そのまま顔面に叩き込まれた。
見事としか言いようがない綺麗なカウンター。クロエの拳と自らの拳、その両方の破壊力を有した一撃が深々とウルズさんに刺さった。
ウルズさんが衝撃で大きく吹っ飛んだ。だがそれでも倒れない。震える足でかろうじて踏ん張り、体勢を立て直そうとするが……もう遅い。
慌ててウルズさんが前を向いた先には既にクロエの姿は無く。
「がふっ……い、居な──」
「……私の勝ち」
「ぐえっ!?」
あの一瞬で背後に回り込んだクロエの蹴りが背中に突き刺さり、今度は前へと吹っ飛ばされるウルズさん。
流石に立て続けにやられては踏ん張ることは出来ないらしく、顔面から地面に落ちて転がった。痛そ……。
「しょ、勝負ありー!!! 凄まじい殴り合いを制したのはクロエ・ハートだー!」
「「「「うおおおおおおおっ!!! クロエちゃぁぁぁぁぁん!!!」」」」
「……うるさ」
一瞬で残り2点をもぎ取り勝利したのはクロエ。ウォーバーさんが勝利を告げると周りの男達が爆発とも取れる大歓声を上げた。
「やべぇ、何だよこの気持ちの高鳴りは」
「本能が訴えかけてるのが分かる。クロエちゃんが欲しいと!」
「これが、これがっ、恋なのか!」
何か言ってるんだけど……いや、もしかするとこれが本能が惹かれるって現象か? 前々からクロエが好きだと公言してた男達の表情も、いつもよりどこか熱を帯びているように見えるし。
「クロエお姉ちゃん凄かったね、イヴくん!」
「ん、そうだな」
「しかし、ウルズ様は大丈夫でしょうか? 最後の二撃は相当にダメージを負っているものと思われますが」
「大丈夫じゃないだろうな。戦場帰りかってくらいボロボロだし」
両腕は痣だらけ。顔面だって痣と鼻血で凄いことになってる。あのまま放置してたらちょっと危ないかもしれない。
獣人達が所有してるポーションでも完治するか怪しいもんだぞありゃ。やり過ぎだぜクロエ……。
「はぁ……。ルナ、治癒魔法って使えるか?」
「もちろんです。初歩的な魔法であれば全て習得していると言っていいでしょう。不本意ながらヤァム様にはそう創られているので。不本意ながらっ」
「あ、うん……。じゃあ使えるってことで、ちょっと迎えに行ってくるか。2人はここに居てくれ」
「はーい」
「かしこまりました」
流石にクロエも命までは取ってないだろうが、仮にも女性があのままなのはいただけない。
未だ熱気溢れる観客の間を縫って舞台の中へ。俺に気付いたウォーバーさんが何かを言いかけ、しかし直ぐに笑みを浮かべて片目を閉じた。
どうやら俺がしたいことを察してくれたらしい。ありがたいことだ。
「ね、ねぇあの子」
「わぁ……綺麗」
「おぉ、なんて美しさだ。少女、いや少年にも見えるが」
「さっき試合前に何かやってた人だよね? 改めて見るとこう……ね?」
「うん、分かる。すっごい好み。女の子かな?」
「でも今、男達の輪から出てきたわよ?」
「えっ、じゃあ男の子!? うわぁ、うわぁ……! いいなぁあの子、欲しいかも」
お、おおぅ……まぁ何となくこうなるだろうなとは思ってたけど、凄く注目されてる。やっぱり目立つんだろうなぁこの姿。
ええい気にするな! 無心になるのだイヴニアよ。今はとにかくウルズさんを回収するのみ。
「ウルズさーん、生きてるー?」
「……な……なん、とか……っす」
「ほぼ瀕死じゃないか。立てそう?」
「ふ、ふふふ……アタシを舐めてもらっちゃ、困るっすね。これくらい……あ、あれ?」
呼びかけに応じてウルズさんが立ち上がろうとするが、直ぐにまた倒れた。どうやら腕に力が入らないらしい。盛大に鼻血も出てる。
まぁクロエの猛攻を正面からあれだけ防御してたらそうなるわな。
「なん、のこれしきぃ……! うあっ!?」
腕がダメなら足でと立ち上がろうするも、やはり立てない。最後にもらった顔面へのカウンターが効いてる証拠だ。端から見てもプルップルしてるもんな、足。
腕も足もダメでは背負った場合に最悪落としてしまう可能性もある。仕方ない、緊急時ってことでウルズさんには我慢してもらおう。
「……」
が、直前で思い留まる。俺が今しようとしていたのは肩にウルズさんを担いでの移動。ヴェロニカさんが俺を連行する際のお決まりの形だ。
その場合、運ばれるのが俺だから問題なかったけど、今回はウルズさんだ。つまりは女性。
いくら皆からの扱いが雑で残念さんでもレディであることに変わりはないので、流石にこの方法は気が引ける。
かと言ってもう一つの選択肢は目立ち過ぎるし……うーん。
「はぁ、もういいや。なるようになるだろ」
「何がっすか?」
「ごめん。嫌かもだけどちょっとだけ我慢しててくれよウルズさん」
「ほわぁっ!?」
いちいち考えるのはやめた。背中に背負うでも肩に担ぐでもなく、ウルズさんの背中と膝裏に手を回して横抱きに体を持ち上げた。
まだまだ小さい俺がウルズさんを抱える姿は滑稽に見えるか、はたまた変に思われるか。明らかに貧弱そうに見える子供が苦も無く大人を抱き上げている違和感には突っ込まないでもらいたい。言い訳するの面倒だからさ。
「……」
この行動を取ったことにより、予想通り周りからキャーキャーと黄色い声が聞こえてきた。まぁそれは良しとして、問題はウルズさんだ。
てっきり文句の一つでも飛んでくるもんだと思ってたのに随分と静かだ。妙に縮こまってるし顔も真っ赤で……ははーん? さては照れてるな? なんだ可愛いとこもあるじゃないか。
「大丈夫か?」
「し、正直……自信無いっす。こんなことされたの初めてで……お、重くないっすか……?」
「クロエと張り合えるくらいには力あるからな。軽い軽い」
「そ、そっすか。でも、なんでアタシを……?」
「なんでって……ん〜、ボロボロの女性をあのまま放置したくなかったから?
獣人の感覚がどんなもんか知らないけどさ、ウルズさんはもうちょい報われてもいい気がするんだよ。
ここ数日で確かに奇行やら余計な一言を言っちゃう人だってのは理解した。でもそれだけで皆から雑に扱われてんのは……個人的にはあんまり良い気がしない」
それこそ生前の俺も周りの兵士達から酷い扱いを受けてたし、親からも殴る蹴るの暴行だ。ぞんざいに扱われるツラさなら誰よりも分かる。
まぁ、ここの人達はあのクソ野郎共とは違って、どこか親しみを込めた感じだから胸糞悪くはないけど。でも気になるもんは気になるのだ。
「余計なお世話だったなら謝る」
「ぜ、全然そんなことないっすよ……?」
「なら良かった。にしてもウルズさん強いんだな。バジリスクの時は相手が相手だったからピンと来てなかったけど、あの怪力クロエとあそこまで渡り合えるとは正直思ってなかった」
「ふふん、アタシだって獣戦士の一員っすからね。ルールが無かったらクロエでもボッコボコっす!」
「いやそれはどうだろう……」
「なんでっすか!」
「ルールが無かったらてのはクロエにも言えることだろ? 何でもありの実戦だった場合、容赦なく潰しに来るぞ」
「それならそれに負けないくらい頑張るっす! 骨を切らせて肉を断つ作戦っす!」
「肉を切らせて骨を断つ、な。それも戦法の一つだし否定はしない。でももう少し自分を大事にしろよ。せっかくの美人さんなんだから」
「美人? クロエがっすか?」
「今の話でなんでそうなる。ウルズさんがだよ」
「…………ええっ!!?」
これはお世辞でも何でもない。行動、言動、戦い方、どれを取っても普通の女性とは程遠いものの、見てくれだけならクロエに勝るとも劣らない。これは事実だ。
黙ってれば美人をここまで体現してる人を俺は他に知らないよ。
「イヴニア様、こちらへ」
「ああ。頼むルナ」
「お任せを」
元居た場所に戻ってきて、既に準備が出来ている様子のルナに促されるままウルズさんを地面に下ろす。
本人はさっきの言葉を受け入れづらいのか一人百面相を繰り返していた。そっとしておこう。
「さて、では始めますよ。ウルズ様、こちらに腕を」
「……」
「ウルズ様?」
「うぇ? あ、ああ腕っすね!」
「そのまま。我が主たる偉大なりし魔の権化よ、この者に今一度安寧の時を与え給え。治癒」
詠唱が終わると、ウルズさんの腕に重ねていたルナの翼が淡く輝き始めた。
ルミリスに居た頃、同じ魔法をエリザさんから受けて以来だな。うーん? あの時とは詠唱部分が違うのが気になる。同じ効果だろうに前段階が異なるのは何か理由があるのか?
「わぁっ、魔法だ」
「そっか、コアちゃんにとっては物珍しい光景だよな。……ところでルナ、その険しい顔なんとかならないのか?」
淡い光とは対照的過ぎる嫌そうな顔。別にウルズさんを治癒するのが嫌ってわけでもないだろうし、どうしたいきなり。
「ウルズ様の傷を癒す為とはいえ、ヤァム様に祈りを捧げなければならないのが心底嫌でして、はい」
「祈り? もしかして詠唱の?」
「はい。信仰対象、或いは魔力による繋がりがある相手に祈りを捧げる事によって初めて魔法というものは発動します。
無詠唱での発動も可能ですが、それは特殊な魔法もしくは詠唱者がずば抜けた実力者である場合のみ。更に上を行く者であれば、そもそも魔法名を口にすることなく発動可能ですね。
もちろん私のような小さな存在は嫌でも祈りを捧げねばならないのですよ」
「へぇ……前の世界とは違うんだな」
「んに? 前の世界?」
「あ、いや何でもない。それで、ルナにとっての繋がりがある相手ってのがヤァムだから、そんな顔をしてると?」
「その通りです。反吐が出ますね」
「お、おぅ……」
嫌われ過ぎだろヤァム。
とは言え、これであの時エリザさんがやってた詠唱の内容にも納得できた。今思えば母様への祈りだったんだなあれ。
「はい、もういいですよ。次は顔ですね」
「ほえ〜ホントに治ってるっす。凄いっすねカラスくん」
「これくらいなら朝飯前です」
「あ、ちょっと待った。顔治す前に」
なんてことはない配慮だった。傷やら打撲は治っても、流れた血はそのまま付着している訳で。つまりウルズさんの鼻から盛大に流れ出てる鼻血だけでも先に拭き取ろうって話だ。
て言っても拭くものなんて持ってないし……ええい、この際手でいいや。
「ほら、動かないで」
「ちょちょちょ!? よ、汚れるっすよイヴニアくん! 別にそこまでしてもらわなくても!」
「うっさい。さっきも言ったけど美人なんだからその辺りのことも気にしろ。いいから動くな。……んー、血は止まってるな」
「あう……」
指や手の甲で拭き取った後から新たに出血が、ということもなく。ってか既にウルズさんの腕は治ってるんだから俺が拭く必要なかったんじゃ?
まぁ、いいか。やってしまったものは仕方ない。
「にへへ、ウルズお姉ちゃん顔真っ赤だね」
「ふふ、イヴニア様の手にかかれば、どんな豪傑だろうとたちどころに1人の乙女ですね」
「あ、アタシはそんなにチョロくないっすよ! 優しくても弱い男なんてこっちから願い下げっす!」
「いや何言ってんだよウルズ。英雄様が強かったから喰らう者を何とかできたんだろうが」
「そうだぞ。悔しいけど、今年の喧嘩祭り参加者で誰が一番強いかって聞かれたら、俺は間違いなくイヴニアさんを挙げるね」
「うんうん」
「う、あ…………そ、それじゃ、族長とどっちが強いんすか!? 生憎アタシは生半可な強さじゃ揺れないっすからね!」
別に揺れてもらわなくてもいいんだが……。これ以上クロエみたいなのが量産されても困るだけだし。
「確かに、その辺どうなんです? 英雄様」
「実際にやり合ったことないし分かるわけないだろ」
「でも喧嘩祭りの練習で族長とやり合ってたでしょう?」
「あれはあくまでも練習。そもそも戦い慣れてないスタイルでやらされてたし、ヴェロニカさんも本気とは程遠かった。
それでどっちが強いかなんて分かってたまるかよ」
「私の見立てではスキル有り無し問わず、ヴェロニカ様の方が一枚上手であると思います」
「あー、かもな。単純な戦闘センスなら俺は凡人だし。バジリスクとの戦いで見た限りじゃ、スキルの使い方も俺より遥かに上だ」
「ほ、ほーら見たことかっす! その程度でアタシの気を惹こうなんて生意気っすよ!」
「だからそんな気無いってのに。あーもうルナ、さっさと治してやってくれ」
「ふふ、かしこまりました」
惚れた腫れたの話題はもうお腹いっぱいだ。誰が誰に惚れたとか、誰が俺に惚れたとか、いい加減胃もたれしてきてるんだよ。
そうして死んだ目でため息を溢していると、不意にウルズさんに落ちる影。同時に寒気に襲われた。
視線を上げた先にはどこまでも冷ややかな目付きをしたクロエが、嫉妬という炎を隠そうともせずにウルズさんを見下ろしていた。
あー……たぶん一部始終見てたなこれ。
「どしたんすか? 皆して変な顔──」
「……カラス、治す必要は無い。私が怪我させたんだから私が手当てしてあげる」
「あ、はい」
「うぐえっ!? ぢょ、グロエ゛、首締まっで……!」
「……そう、首も怪我したんだ? じゃあ念入りに治療しないとね」
「怪我どころか死んじゃうっすから!」
「……頑丈なのが取り柄なんでしょ?」
「だ、誰か助けてっすーーーーーー!!!」
腕で力強く首を絞められながら、哀れウルズさんは会場の奥へと連行されて行った。
助けてやりたいのは山々だよ。でもあの気迫を纏ったクロエに物申すなんて恐ろしくて出来たもんじゃない。俺が出来ないのだから当然他の皆も言えるわけがなく。
ただ俺達に出来るのは、静かに合掌することのみだ。
「ぎゃーーーーーーーーーーーっ!!!」
しばらくして森の奥で叫び声が聞こえた。でもきっと気のせいだそうに違いないと、俺達は全力で無視を決め込むのだった。




