隠された才能
一戦、二戦と問題なく女の子の部は進んでいき、誰も大きな怪我をすることもなく迎えた五戦目。
ついにコアちゃんの出番が回ってきてしまった。
皆、歳相応の戦いばかりで内心ほっこりしてた俺の気分も一気に引き締まる。
父親であるガラルさんを差し置いて思うことじゃないかもしれないが、今の俺の心境は子を見守る父の気分だ。ハラハラしっぱなしでいても立ってもいられない。
いや、でもこれまでの戦いを見た感じじゃ女の子はそこまで殺伐とはしていなかった。男の子は何がなんでも良いとこ見せるぞ! みたいな気概が溢れ出ていたけど、こっちは正しく祭りを楽しんでる風なのだ。
本気で殴り合ってるのではなく、どちらかと言えばじゃれ合いの延長線。喧嘩祭りの形は保ちつつも上手いこと盛り上げる感じ、と言えば伝わるだろうか。
つまりコアちゃんの戦いもそういう感じで進行する可能性の方が高いし、過度な心配はするだけ損かもしれない。
……と、思っていた時期が俺にもあった。
「南の集落では負け無しの力自慢! 喰らう者の攻撃から果敢に家族を守り抜いた力を侮るべからず!
幼き巨人、ヴェルデちゃんの入場だー!」
「き、巨人って言い方やめてよぉ!」
ウォーバーさんに紹介される形で入場して来たのは、どう見ても子供とは思えない身長と体格をした茶髪の女性。
身長だけで言えばクロエと同等。その肉体は……俺が自信を無くす程度には引き締まっている。
何度でも言おう。子供じゃないだろって。
「子供じゃないじゃん!」
「いやいや、あれで10にもなってない子供ですよイヴニア様。コアより年下です」
意義を申し立てようとしたら近くの獣人からそんな情報が投げつけられた。
「あれで!?」
「獣人の中にゃ、稀に体の成長が著しい者が現れるんすよ。根っからの獣戦士向きってやつっすねぇ」
「つまりはその実力やらもって訳でして、南じゃ有名な子です。……分かりやすい例えを言うなら、族長も同じタイプだったとか」
「確かに分かりやすい……!」
え、じゃああのヴェルデって子、将来はヴェロニカさん級の猛者になる可能性もあるってこと!? そんなのとコアちゃんが今から戦うの!? ダメだろっ!!!
「それを迎え撃つのは、喰らう者からヴェロニカ様の実娘であるワンコ様を身を挺して守った、勇敢な小さき戦士! コアちゃんだー!
その活躍を聞いた時は俺様も感動したぜ! これは見逃せない一戦になるぞー!」
「ふんすっ……!」
こっちの心配を余所に肝心のコアちゃんはやる気満々な様子だった。キュッと両拳を作り、勇ましくヴェルデちゃん……さん? の前に立っている。
そうして改めて実感するその体格差。まさに大人と子供。ガタイだってヴェルデちゃんの方が圧倒的だ。
そんな2人が今から殴り合うと考えただけでも震えてしまう。祭りだから最悪の事態にはならないだろうけど、心配なものは心配なのだ。
「両者構え!」
止めるべきかどうかで迷っている間にも事は進んでいき、ウォーバーさんの合図で2人が構えた。
もう止められない。今飛び出したら祭りの雰囲気がぶち壊しだ。見守るしか、ないのか……?
ならせめて、全力で応援させてもらう!
「始め!」
「がんば──」
開始の合図と同時に「頑張れコアちゃん!」と叫ぼうとした瞬間、それは起きた。
まず動いたのはヴェルデちゃんだ。踏み込んだ勢いそのままに振り下ろされる拳。小さなコアちゃんがモロに食らえば昏倒待ったなしの一撃。
……しかし、そうはならなかった。
誰もが当たると思ったその時、コアちゃんは紙一重でその拳を避けた。いや、もっと正確に言うなら受け流したのだ。
迫る拳に横からそっと手を添えて弾くように。目標から逸れた拳はコアちゃんを通り過ぎていく。
予想外な展開にヴェルデちゃんも目を丸くしていた。そんな隙を逃すことなく、がら空きとなっていた腹部にコアちゃんの膝が捩じ込まれる。
「なんてこった! こいつはとんでもない展開だぜ! コアちゃん側1点先制だー!」
「あれ? 私、何でやられたんだろ……?」
ヴェルデちゃん自体にダメージは皆無。ただ有効打だけを叩き込まれた。
どうやら本人も何をされたのか理解していないらしい。しきりに首を傾げながらも、危険だと察知したのかすぐに後退した。
……目の当たりにした後でも信じられない。まさか、あのコアちゃんが。
「ふー……上手にできた」
得意気に笑みを浮かべるコアちゃんへ、大きな歓声が上がった。
────……。
「んはははははは! 皆度肝を抜かれておるわ! いやしかし、これはオレも驚きだぞ!」
ヴェルデ・ルーナ。その名と実力だけは聞き及んでいたが、実際に見てみると昔のオレと良い勝負をするだろう体格に驚かされた。名前も少しだけ似ておるし、何となく親近感を覚えるほどだ。
振り抜かれた拳の破壊力も見た通りだろう。そこらの大人でも真正面から受ければ悶絶待ったなしなのは間違いない。
が、その驚きすらコアは軽く越えて来おった。
「まさかヴェルデの一撃を受け流すとは。ヴェロニカ様、あのコアという娘はいったい?」
隣に座しておる南の集落長、ザマラが信じられぬ様子で聞いてくる。その気持ちは分かるぞ。オレとて予想外だからな。
「父親のガラル曰く、将来は歌い手を目指しておる普通の獣人だ」
「歌い手……いやしかし、歌い手に戦いの実力等は関係ないのでは? 確かレナイエ殿も戦闘には不向きだとか」
「うむ、関係ない。だが血は争えんものだ」
「血?」
「あの子の母親はルイズだ」
「なっ!? もしや、あの閃脚の娘ですか!?」
「その閃脚だ」
ルイズ……ああ、今となっては懐かしい名だ。オレの親友にして唯一オレと同等以上の実力を有していた生粋の獣戦士。
燃えるような赤い髪に強気な瞳は、女のオレでさえドキリとさせてしまう程に魅力的だった。
……故に、亡くしてしまったのが惜しい。
「コア自身は特別鍛えておる訳ではないが、母親譲りの戦闘センスは馬鹿に出来ん。もしも歌い手ではなく初めから獣戦士を志しておったなら……んはっ、想像するだけでもゾクリとするわ」
「なんと……」
「まぁ、本人は自分の才に無自覚であるみたいだがな。んはははっ」
とは言え今回の結果次第では自覚するかもしれん。そうなったらなったで楽しみだ。
「な、何で当たらないのぉ!?」
「んにっ、んにっ……!」
「ヴェルデちゃんの激しい乱打! しかしコアちゃんは紙一重で捌いていく! 凄い展開だぞこれはー!」
ヴェルデ自身も決して弱い訳ではない。むしろ同年代ならば最強格と言っていい。だが相手が悪いな。
どれだけ豪腕から重い一撃を放とうと、それら全てが流されて風を切る。それに惑わされ勝機を焦り、無謀な一手を打った瞬間にカウンターが飛んでくるのだ。
そう、嫌というほど味わったオレなら分かる。その厄介さが。
ルイズめ、オレの知らぬところでコアに手解きでもしておったか? それとも本能か? 何れにせよ強敵だぞ、ヴェルデ。
「このぉ!」
「うあっ!?」
「やあああああ!!」
「っっ!」
あれだけ受け流されれば多少なりとも学ぶもの。事実ヴェルデは殴り一辺倒の行動から足払いへと攻撃手段を変えた。
地面すれすれの攻撃は流石に受け流しきれなかったコアがたまらず跳び上がり、そこを狙う。
避けることは叶わず、ヴェルデの豪腕がコアを捉えた。しかし、直前に両腕を交差させて直撃は回避。有効打には至っていない。
とは言え空中で重い一撃を受け止めたコアの体は簡単に吹き飛ばされ、激しく地面を転がった。
「ヴェルデちゃんの手痛い一撃が炸裂! だが防いだ! 防いだぞー!」
「いっっっっったーい!!」
んはははっ。それはそうだろうコアよ。あの一撃を真っ向から受ければ痛みを伴うのは必然だ。
「こぉのぉぉぉぉぉぉ!」
「ここぞとばかりにヴェルデちゃんが脱兎の如く駆け出した!」
焦り過ぎだ。だがコアの方は今の一撃で腕が痺れておる筈。実際、再び肉薄してきたヴェルデの攻撃を受け流しきれていない。
有効打でなくとも確実に一撃一撃がコアの肉体を掠めていく。諦めて防御に回っても、ヴェルデはその上から破壊しようとする。
たった一撃で形勢は逆転した。……いいや、否だ。
「んにぃっ!」
「わぁっ!?」
防戦一方なのは否定しない。しかしコアは肝心の有効打を未だ一撃も許していないのだ。それどころか、あの状態でヴェルデの動きに対応しつつある。
受け流しも防御も間に合わないなら躱す。紙一重のところで拳を凌いだコアから放たれる鋭い蹴撃が、ヴェルデの首を捉えた。
「な、なんてこったー! あの状況からカウンターが炸裂! これでコアちゃん側2点先取だー!」
「な、なんでぇ……?」
「負けないもん、絶対……!」
ルイズ譲りの才覚は確かにある。今のもアイツが得意としておった技の一つ。だがなるほど……あの覚悟を決めたコアの瞳を見て納得した。
今のコアの強さは才能によるものだけではない。譲れない何かの為に何が何でも勝とうとしておる。
思い起こされるのはウォーバーに聞かれて言い放った言葉だ。競争相手はクロエ。そしてお互いが求めあっておるのは間違いなくイヴニア、か。
んはっ、さてさて……お前はどちらに傾くのだろうな? イヴニアよ。
「あの歳でこれだけの戦闘技術とは、末恐ろしいですね」
「然り。鍛えればまだまだ伸びるぞあの子は。体格差故にダメージは殆ど入ってはおらんが、喧嘩祭りで大事なのは有効打を入れること。相手を戦闘不能にするつもりが無ければ破壊力など不要だ。
無自覚だろうがコアは相手の隙を突くのが上手い。ほんの僅かな隙に脚を滑り込ませて届かせておる。まさしく、閃脚のルイズの娘よな」
昔のルイズを思い出してニヤリと笑ってしまいそうになるのを抑える。ここまであっという間の勢いだ。決着は近いな。
「当たらないし見えないっ。もぉぉぉぉぉぉ!」
「えっ」
如何にして勝敗が決するのかと見守っていた最中、それはあまりに突然訪れた。
どれだけ攻撃しても有効打を与えられないことにイライラでも募ったのか、振りかぶったヴェルデの拳に小さな光が宿る。
本人は気付いていない。完全に無自覚での使用。間違いない、あれはスキルだ。
即座に試合を止めるべきだが……まぁ、それはオレの役目ではないからな。
「そこまでぇっ!!!」
「ふえ!?」
勝敗をジャッジするウォーバーの目は、その小さな光を見逃さなかった。技能看破の前ではどんなに巧みに隠そうとも、発動スキルは隠せん。
「スキル使用を確認したため、ヴェルデちゃん失格! 勝者はコアちゃんだー!」
「えええ!!?」
「……勝った?」
何故自分が負けたのか理解できないヴェルデと、勝った実感が湧いておらん様子のコア。んはは、消化不良とはこの事だな。
しかし決まりは決まり。スキルを使用した以上はヴェルデの負けだ。
「……〜〜っ!! やったー! 勝った勝ったー!」
ようやく事態を飲み込めたコアが歓喜の声を上げる。舞台上で跳ね回り、その勢いのまま何やら観客席の方へと駆け出した。
そうして飛び付いた先には案の定イヴニアの姿。他の者の目など気にも留めず熱い抱擁を交した。
「勝ったよイヴくん!」
「お、おお、凄かったなコアちゃん」
「でしょでしょー? ボクだってやる時は……ってイヴくんおっきくなってない!?」
「あー、いろいろありまして」
んはははっ、先の攻防で会場は大盛り上がりだというのに、あいつ等は変わらんなぁ。
「ふぅむ、流石はヴェロニカ様が治める地の者。先程の少年といいあの子といい、将来有望な者が多いようですね」
「なに、ヴェルデも負けず劣らずだろう。幼さ故の焦りが勝敗を別けたのだ。鍛えれば化けるぞ」
「はははっ、そのお言葉を伝えればヴェルデも喜びます」
正直に言えば、喧嘩祭りという縛りさえ無ければヴェルデの方に分がある。有効打3発まで、そしてスキル禁止が無かった場合を考えれば……うむ、流石のコアでも厳しいだろう。
ヴェルデの剛撃を受け流し続けるのも限界がある上に、コアが与えるダメージは極微量だからな。長引けば長引くほど反撃は絶望的だ。
「いいものを見せてもらったなお前ら! 熱い試合を繰り広げてくれた2人に大きな拍手を頼むぜー! さぁっ、次の試合と行こうか!」
ウォーバーの声に会場の熱気が更に上がった。今でも相当だが、さてさてイヴニアの出番が来たらどうなることやら。
「ヴェロニカ様? 何やら嬉しそうですね?」
「まぁな。今年は荒れるぞザマラ。今から楽しみにしておるがよい」




