拘置所
2037年、刑法改定により死刑囚が収容されている全国の拘置所にカラオケが設置された。死刑囚の精神的ストレスの緩和がその名目である。
この物語の主人公である健二郎は2019年、元恋人とその婚約者を殺害し死刑宣告を受けた。彼が27歳のときである。事件を起こす以前から母親とは縁が切れており、父親は彼が幼少のときに心筋梗塞で他界している。
そんな彼には定期的に面会に来てくれる一人の友人がいる。二人は高校からの仲だ。
「何回言ってるかわからないけど、娑婆もここも同じようなもんだよ、ホントに。みんな毎日同じような仕事を繰り返して、休日もどこにも出掛けない。家と職場の往復だよ。誰も彼もが孤独だし暇を持て余してる。だからといって他人と繋がろうとしない。きっと何かを恐れているんだよ。俺も含めて。多分みんな死ぬのが怖いんだろうな。それも含めてここも外もあんまり変わんねえよ。」
「やっぱりそうだよな。娑婆にいるときからなんかおかしいと思ってたんだ。」
翌朝6時半、起床のチャイムの後、以下のような放送が入った。
「えー、以前から皆さんにお伝えしていたカラオケが設置されました。午後の自由時間に開錠しますので、自由にお使いください。」
健二郎は耳を疑った。カラオケが設置されているなんて話は聞いていなかった。
そして午後の自由時間がやってきた。健二郎は恐る恐る扉を開けた。するとそこには、至って普通のカラオケルームがあり、既に数人の死刑囚が手持ち無沙汰な様子でソファに座っていた。数人の死刑囚は一斉に彼の方を見ている。なんで誰も唄ってないんだ?やっぱり死刑囚はイカれたやつばっかりだ。正気を保っているのは俺くらいだと彼は思った。それにしてもどんな言葉を発していいか彼はわからなかった。彼らのことは拘置所内でたまにすれ違ったときに見たことがあるくらいで、一言も話したことがなかった。それがなぜ急にカラオケが設置されたのか。全く日本政府は訳のわからないことをするもんだと彼は思った。「どうも」や「こんにちは」さえ言う気になれない。彼らの目は死んでいる。返事が返ってくる気配がない。どうしたらいいんだ?あ、そうだ。あの歌を唄おう。健二郎は閃いた。そしてTHE BLUE HEARTSの首つり台からをセットした。そして彼は熱唱し始めた。すると死刑囚たちの目に生気が戻ってきた。どんどん彼らは元気を取り戻していった。その後彼らは立ち上がって踊り始めた。これは奇跡だ。死刑囚たちが狂ったように踊っている。それだけではない。彼は熱唱しながらさらなる奇跡を目にした。死と生が一緒に踊っている。善と悪が手に手をとってともに踊っている。