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短編コメディ―

私氏、気付いたらバグだらけの乙女ゲーの登場人物になってた。

作者: ななみや

「夢色イセカイMY HERO!」とは、ファンタジー世界を舞台にした学園系乙女ゲーである。


 有名声優を多数起用し広告をバンバン打ち出していたので発売前から一部界隈で話題となっていたが、いざ発売されてみると「これデバッグしてねえんじゃねーか?」どころか「素人が決め打ちでソースコード書いてギリコンパイラ通ったやつをそのまま出荷してる」、「スチルの枚数より致命的なバグの数の方が多い」、「ほぼノベルゲーにもかかわらずここまでバグを出せるのはむしろ奇跡」と言われるレベルのバグのオンパレードであり、別に意味で話題となって完全にネット民のおもちゃとされてしまった。


 栄えある202X年度クソゲー大賞受賞作品。



「はーーー。ここはまさか……いや、そんなことは……」



 目の前に広がるのはルネッサンス後期を思わせる白亜の宮殿のような学院と、そこに通う欧州風の顔立ちをした上流階級の子女達。


 毎日パソコンと向き合いながらキーボードをカタカタする本来の私とは一切無縁の世界であった。



 そう。


 毎日の仕事に疲れ果て、今日も今日とてメイクを落とすことも忘れて布団に倒れ込んでいたはずの私は、気付いたら乙女ゲーの登場人物になっていたのである。



 いや、それだけなら「小説の世界のできごとが自分の身にも降りかかるなんてね。よっしゃ、一丁楽しんだるか!」となるんだよ。


 しかし問題はこのゲーム、バグだらけのとんでもねえゲームだってことなんだよね。


 そのせいでネットでは随分と話題になったし、かくいう私もゲラゲラ笑いながらやりこんだものだったよ。



「エミルか。こんなところで何をしている?」


「は……これはこれはケーヒル王太子殿下。ご機嫌麗しゅうございます」



 今の私は伯爵令嬢エミル、主人公の親友と言ったポジションだ。


 今思い出したのだがこのエミルと言うキャラ、ゲーム内では主人公の案内役であり特に恋愛とかに絡む要素はないのだが、主人公のライバルキャラの冷酷さを引き立たせるために冤罪を着せられ島流しor断頭台送りとなる予定なので、それだけは何とか本当に心底回避しなければならない。



「すみません、少し考えごとをしながら春の花をみておりまして、ぼんやりとしておりました。ケーヒル殿下が傍にいらっしゃるとは知らずに申し訳ありません」


 バグだらけではあったが折角ゲームの中に入り込んだのだからこの世界を満喫してやろうと思い、私はゲームのメインビジュアルにも採用されているケーヒル殿下にごまかしながら会釈する。



「「「「そうか。特に問題がないのであればそれでいい」」」」


 て、オイィ!?


 いきなり殿下が四人に分裂するバグが発生してんじゃねぇかよ!


 ってか、ゲームにあったバグを忠実に再現するんじゃねえ!!



「「「「しかしエミルともあろう者が我を忘れるほど放心しているとは……春とはなんと罪深いものだな」」」」


 ケーヒル殿下が四人に分裂しながらサラウンドで私に話しかけてくる。


 いや、ゲーム画面で見てた時は「CV:仲村が分裂してハモっとるwww」とか言いながら大笑いしてたけど、現実に起こってみるとめっちゃ怖いな!?



「「「「それでは、私はそろそろ行こう。伯爵殿に宜しくな」」」」


 ケーヒル殿下は四人に分裂したまま歩いて宮殿の門をくぐる。


 私から見て左から二番目の殿下だけが障害物や人にぶつからずに歩いて行ったので、それが本物の殿下で残りは残像か何かだったのだろう。


 いや、マジで私これからどーすんだ。





*****************************





「エミルさん、おはよう。今日もいい天気ですわね」


「おはよう、セリーナさん」



 初夏の日差しが入り込む学院の教室で授業の準備をしていると、主人公のライバルキャラである悪役令嬢セリーナに声を掛けられた。


 ちなみにこのセリーナ、普通に話しかけてくれるのは序盤だけでそのうち腹黒の本性を現し牙を剥く女である。



 さて、私はといえばこの世界を満喫すべく、ゲームの進行どおり庶民出身の主人公に対して学園を案内したり、様々なバグを乗り越えたりしながら順風満帆なゲーム内生活を送っていた。


 フラグ管理が甘いため昨日まで仲の良かった友人や先生が突然初対面の挨拶をしてくれたりするのはご愛敬である。



「よう、ご令嬢達、何を話してるんだ?」


 私とセリーナが他愛のない話をしていると、背の高い筋肉質の男性が声をかけてきた。



 このキャラはディオンといい、殿下の親友かつ攻略対象のキャラでもある。


 軍事貴族の嫡男で体を動かすのが得意であり、他のゲームで言うところの爽やかスポーツマン枠だ。



「何のことはない普通の話ですわ。それで宜しければ、ディオン様も混ざられます?」


「ああ、そうだな」


 そんなディオン様が私達に返事をしながらさらりと髪をかきあげた瞬間、不幸なことにディオン様の髪消失バグが起こった。



「ん? どうした、エミル。具合でも悪いのか?」


 思わず下を向き笑いを堪える私に対して、突然スキンヘッドになったディオン様が心配そうに聞いてくる。



「い……いえ……なんでも……ありません……ディオン様……」


 覗き込まないでくださいやめろほんと。


 こちとら噴き出さないように必死に耐えてるんだよ……!


 いきなり髪をキャストオフするな!!



「本当に大丈夫か? 顔も赤いし心配になるぞ、どこか悪くしたんじゃないのか?」


「い……いえ……。本当に、ほんとーに大丈夫です! 元気、元気です!」


 何とか大丈夫そうになったタイミングで私が顔を上げると、今度はディオン様のお顔から両目がなくなり、左側に五十センチほどずれたところに目が浮いていた。



 もうやめてよ……!


 スキンヘッドバグと目玉ズレバグが同時に起きるんじゃないよ……!



「どうも気にかかるな……。エミル、いいか? 俺の目を見てちゃんと話をして欲しい」


 そうはおっしゃいますが、私の視点から見るとディオン様の目は五十センチほど左にずれたところで浮いております。


 私からしてみれば今のディオン様はハゲの上に両目がない状態なのです分かって下さいディオン様。



「ディオン様、エミルは少々調子が悪いみたいですね。少しここで休ませておいて、我々は中庭へと参りましょ」


「あ、ああ、そうしよう。エミル、何かあったらすぐに医師へ相談するのだぞ」


 そう言うとセリーナとスキンヘッドかつ目玉がずれたディオン様は私を置いて教室を出て行った。



 危なかった。


 もう少し二人があの場に留まっていたら目の前で笑い転げて(社会的に)死んでた……。



「エミルさん、大丈夫ですか? お医者様をお呼びいたしますか?」


 近くにいたモブ令嬢が半ば不審者となっている私に声をかけてきてくれたが、彼女は彼女でオープニングムービーで攻略対象達が踊るダンスを真顔で踊り続けるというバグが発生している。


 むしろ不審者度合いとしては私よりも彼女の方が大きい気がするが、誰も彼女の行動に突っ込まないのは私以外ゲームのキャラだからだろうか。


 おのれ夢色イセカイMY HERO!開発者……! 絶対に許さんからな……!!





*****************************





「ふう……今日も何とか乗り切れたわ……」


 炬燵とみかんが恋しい今日この頃、私がこの世界に紛れ込んでからしばらくが過ぎ、随分とこの生活にも慣れてきた。



 何故私がこんなバグだらけの世界で理不尽な目に遭いつつも元気に生きていけてるかというと、夢色イセカイMY HERO!は世界設定を詳細に作りこんでおりバグさえなければ私の趣味にドンピシャの世界観だったからだ。


 バグさえなければ本当にいいゲームなのである。バグさえなければ(三回言った)。



 ちなみにこの世界に来てからの正確な日付は分からない。


 なぜなら日付が巻き戻ったり勝手に数日飛んだりするからだ。


 ここら辺はしっかりゲーム準拠なのである意味感心していたのだが、よくよく考えたら積み重ね系であるはずの日付すらまともに管理できていないとか元のゲームはいったいどんなソースコードになっとんねん。



 さて、そんな私が寝ようとすると、「コンコン」とドアをノックする音と共に声が聞こえる。



「エミル、よいか?」


「大丈夫です。お入りくださいお父様」



 私がそう答えると、暴走族のバイクのエキゾーストノイズのような音がしてドアが開いた。


 バグの内容としてはサウンドデータの指定ミスだとは思うのだけど、そもそもファンタジー世界が舞台の乙女ゲーにエキゾーストノイズのサウンドデータを入れている理由が分からない。



「実はなエミル……、お前に縁談が舞い込んでおってな……」


「縁談ですか。……え? 縁談!?」



 このルートは初耳である。


 と言っても、ゲーム内で主人公が関わらない部分については知らなくて当然か……。



「うむ……。しかし相手はお前より二十も上だし、身分としてもどうかというところもあるからな……。正直言えば私は乗り気ではないのだが、一応お前の意見を聞いておこうと思ってな……」


 なるほど。


 ゲームの本筋ではエミルはこの後も主人公と一緒にいてくれるはずなので、この話は断ってたって感じなのかな。


 主人公の知らないところでこんな話が出てたんだねエミルちゃん。



 ……ええと、ここでイエスと答えればひょっとしたら断頭台エンドを回避できるのかもしれないけど、私としてももう少し学園生活を満喫したいしお父様も乗り気でないならここはちょっとパスかなー。



「私も今しばらくお父様の傍にいたいと思っております。ご迷惑でなければ良縁あるまで宜しくお願いします」


「そうか。それではこの話はなかったことにしておこう。……ところで、実はなエミル……、お前に縁談が舞い込んでおってな……」



 は?


 その話は今お断りしましたが?



「ええと、縁談の話については今しばらく不要ですので」


「そうか。それではこの話はなかったことにしておこう。……ところで、実はなエミル……、お前に縁談が舞い込んでおってな……」



 お父様―、無限ループ。


 無限ループ嵌ってるー。


 ええー……じゃあイエスって言わなきゃいけないのー?



「あの、それじゃあ私、その縁談を受けたいと思います」


「そうか。お前がそう言うのであれば、私もお前の選択を受け入れ縁談の話をまとめよう。……ところで、実はなエミル……、お前に縁談が舞い込んでおってな……」



 ダメじゃねえか!!



 ……どうしよう。


 この手の無限ループ、抜け出す方法あった気がするんだけど、どうやるんだっけ……。


 ゲームだったら電源切るだけでいいんだけど、電源なんて切れないしなぁ……。



 色々考えた結果どうしようもないので、お父様のことは放置しそのまま寝ることにした。


 ひょっとしたら日付が変わることによってバグが解消されるかもしれないので、今の私にはそれに賭けるしかなかった。



「おはようエミル。ところでな……お前に縁談が舞い込んでおってな……」


 ……翌朝目が覚めると、お父様は私の部屋でまだ無限ループを脱していなかった。


 ええー……。


 どうすりゃいいのよこのバグ……。





*****************************





「あら、エミルさん、このお菓子美味しいですわね。この辺りで作られているものではないですわね?」


「それが分かるとは、流石ですねセリーナさん。父が異国の商人から取り寄せている珍品なのですよ」



 季節は廻りもうじき二度目の春を迎える支度を始めだす中、私はオープンテラスのカフェテリアでセリーナとお茶を飲んでいた。


 本来であればそろそろ断頭台エンドが近付いてきている時期ではあるのだけど、その未来を知っている私はあらゆる根回しをし、そしてセリーナに対して媚び媚びの媚び対応をすることによって今日まで何とか生き延びてきている。



 ちなみにお父様はあれから毎晩私の部屋に来て無限ループを繰り返しているがもう慣れた。


 あの程度のバグなら、いきなり学院が消し飛んで大空に放り出された中で授業を受けるハメになるバグとかに比べたら全然マシってものですよ。


 いやあゲーム画面ならただの背景スチルの表示ミスで済むのに実際に体験すると生きた心地がしませんねああいうのは!



「こんにちは、セリーナ。こんなところで何をしておられるのですか?」


 後ろから繊細な感じの男性の声がする。



「あら、ご機嫌よう。見てのとおり、お茶を頂いておりますのよ」


 振り向かなくても分かる。


 その声の主はフェリン。



 登場は遅いもののその中性的な容姿と繊細ながらも芯の通った性格は母性本能をくすぐり、ショタ好きのお姉様方にオオウケ(となる予定だった。バグさえなければ……)のキャラである。


 私は特段ショタ好きと言うわけではないが中の人(CV:志茂野)のファンであるため、夢色イセカイMY HERO!の中ではこのキャラが最推しとなっていた。



「初めまして、私、エミルともうし……ま……」


 私は席を立ち振り返りながら男性に挨拶しようとする。


 しかし私の後ろにいたのは中性的な容姿を持った背の低い男性……ではなく、時折ネタのように現れる半裸でスキンヘッドのモブ戦士であった。



「初めまして、僕はフェリンと申します。セリーナとは昔からの友人なのです(美声)」


 モブ戦士はCV:志茂野のショタ系ボイスをしながらにこりと笑う。



 やめろ……!


 確かにフェリンがモブ戦士のグラになるバグがあるとは聞いてたよ!?


 でも、私がやってた時は一回も出なかったじゃん……!



「フェリンの父と私の父が懇意にしていてね、昔はよく互いの家に遊びにいったものだわ。最近はそんなこともなくなってしまったのだけど、今でも泣き虫は治らないのかしら?」


「やめてくださいセリーナ、僕だっていつまでも昔のままではないのですよ(美声)」



 その筋肉ムキムキのモブ戦士の姿でなあ……! 私が敬愛してやまない志茂野の声を出すんじゃない!


 今までのバグの中で一番腹立つぞこんちくしょーめ!!



「ええと、エミルさん、いつもセリーナと仲良くして頂いているみたいでありがとうございます。これからも宜しくお願いしますね(美声)」


 そう言うとフェリン(ではない筋肉ムキムキの何か)はオープニングムービーで攻略対象達が踊るダンスを踊り始めた。


 クソみたいなバグにクソみたいなバグを重ねるんじゃないこのクソゲー世界が……!



「それでは、僕は失礼します。いつか僕もお茶会に混ぜて下さいね(美声)」


 そう言うと私的に声が良すぎる筋肉達磨は上半身だけダンスを踊りながら去って行った。



「まったく、あの子ったら少し身長が伸びただけで全然変わってないわね。いつまでも子供っぽい」


「ハハ、ソウナノデスネ……」


 私の目にはアホみたいに美声なマッチョな男性に見えましたが。



 沢山のバグを目にしながらもこの世界を満喫してきた私にとって、初めて心が折れるバグに遭遇したような気がした。





*****************************





 美しい花々が咲き乱れ、春の訪れを感じる。


 この世界でもついに一年が回りストーリーは後半戦に突入したのだ。


 本来であれば既に島流しor断頭台送りになっているはずの私も、無事この学院で元気に過ごせている。



「それにしても、色々なバグがあったわ……」


 衝撃的なバグ部門一位は不動のものとしても、それ以外にもケーヒル殿下が突然オープニングテーマを歌いだしたり真冬の夜なのに海で遠泳の授業を始めたりディオン様がとうとう全身表示されなくなったりと沢山あった。


 ……いや、正直そんな体たらくでよくリリースしたな夢色イセカイMY HERO!。



 私が感慨深めに一人頷いていると、目の前からモブ令嬢に少し毛が生えたような女の子が歩いてくる。


 彼女はゲームの主人公であり、私であるエミルが一番仲良くしている女の子だ。



 そんな彼女が私の前に立ち止まると、何やらおどおどしながら口を開く。


「あの……すみません、講堂はどちらでしょうか? 私、ここに来たのは初めてで場所がわからなくて……」


 それは、主人公が一番最初にエミルと出会って言う台詞であった。



 あーーー。


 巻き戻しバグきちゃったかーーー。



 終わり

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― 新着の感想 ―
[良い点] 元祖乙女ゲーアンジェ○ークの999日エンド(時間切れで初日に時を戻される)を思い出した。4人分裂もだけど、どっかで聞いた様な中の人の声でバグるんじゃない。頼むから自重しろ。 仮に何らかのモ…
[良い点] 主人公がとにかくかわいそうです笑 [気になる点] 主人公がとにかくかわいそうです泣 [一言] 殿下四人バグが最高に面白くて読んでいてずっと笑っていました
[良い点] 最後まで笑ってしまいました! 親父の無限ループで笑って最後の巻き戻しでまた笑って! これもう無限地獄じゃないですか! 他人事だからいいですけど!
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