騎士団長の投降
騎士団長視点で続きます。
「その手には乗りません。私と付き合うことを、回避したいなら、絶対に自分から『ノー』を突きつけてください」
容赦ない。逃げ場は無い。僕は観念した。
「……わかった認める。僕は君が好きだ」
カレンは僕の胸に頬を寄せた。ああ、これでは早鐘の心臓を隠すことすら、ままならない。
「……毎日、君と食事をするのを楽しんでいた。でも、これ以上の付き合いは……」
僕の顔を見上げた彼女は、ふたたび僕のネクタイをつかんだ。
「好きなら。ごちゃごちゃ御託はいらない」
彼女の唇が数センチのところまで近づく。
「ダメだ!」
仰け反った僕のネクタイを彼女は強く引いた。苦しい。
「小娘じゃ有るまいし、襲ってくれないなら大人しく襲われてください」
「ダメだよ。僕は君が好きだって言ってるじゃないか? こんな所まで来てしまって、後から逃げたくなっても、無理な相談だよ?」
ネクタイを掴む彼女の手が緩む。先程までの強い意志の篭った視線が、驚きのあまり威力を失う。
「君は、自ら檻に飛び込んだ。せっかく、扉を開けておいてあげたのに。自分で鍵をかけた。もう、君が逃げ出すために、扉を自分で開けることは出来ない。鍵は、僕が持っている」
彼女は、僕の豹変に驚きのあまりか、言葉を失っている。
「ほら、もう後悔してるでしょう? 馬鹿だな。でも、もう遅い」
彼女の瞳には、驚愕の色が宿っていたが、恐怖や絶望は見えなかった。
「これは、君の好きな僕では、ないだろう?」
ここで少し追撃を緩める。これは赦すつもりではなく、ただこの期に及んで、少し様子を見ようという、気弱な自分の現れだ。
「いいえ」
彼女は即答して、一呼吸おいて続けた。
「私に答えてくれる、あなたを待っていたんですから。これは、私の望むあなたです」
彼女の瞳には、再び強い欲望が灯った。彼女の前での、気弱な僕は消え、別のスイッチが入った。
「言っとくけど僕、嫉妬心と独占欲すごく強いからね。公私混同はしないけど、君が同期のバートンやら、エヴァンズやら、ブラウン"先輩"とか、後輩のコリンズと仕事以外の話してるの、実は、全部チェックしてるから。ストーカー並だと、自分でも思ってるけどね」
「そんなに私のこと好きなのに、どうして今まで受け入れてくれなかったんですか?」
「一瞬の幸せの後に、全面的に君を失うリスクは、受け入れがたいって、言ったじゃないか」
「団長が無駄に時間取らせるから、残された時間が少ないです」
「残された時間?」
「いいえ、こちらの話です」
「なあ、想いの疎通、そして身体の快楽は強力だ。けれど、刹那的でもある。強力だけに一瞬の幸福感、絶頂感は凄まじい。実際、こうなって、想像以上に、それが強いのは実感する。けれどこれなしで居られなくなったら? という恐怖が付きまとう。これはもう、麻薬的な快楽なんだよ。そうして廃人のようになっていく。それだったら、最初からずっと身近で見守っていられる幸せの方が、ずっと穏やかで続いていく幸せなんだと、今でも思っている」
「では、見守っていたら、以前私が脅迫したみたいに、騎士団を辞してあなたの元を去った場合は? 目の前で違う男のものになった場合は? 穏やかに、幸せは続かないじゃないですか?」
「それは勿論そうだ。その時は。じわじわと痛みに堪えていくしかない。けれど、受け入れて、中毒患者となった廃人が失う時の嵐に比べれば、比べ物にならない。傷つき方が」
「結局、自分が傷つきたくないから、受け入れたくなかって。今でも、思っているわけですね。往生際悪く」
「その通り。だから卑怯で、優柔不断で、臆病で、自分の保身しか考えない様な、小さい男だって言ってるじゃないか、最初から」
「そうやって、すぐ予防線張る」
「そう、卑屈なこと言って、君の同情を誘って、離れ難くしてるんだよ」
「同情なんてしない。離れ難くする効果はあるけど」
「何故?」
キーワードにヤンデレを追加します。
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