第76話 ゴブリン大討伐6
その日朝から嫌な雨が降っていた。
一気に降るような雨なら誰もが雨宿りして動かなくなるのに、しとしととこのまま永遠と続くのではないかと思えるような、細かく小さな雨が振り続けていた。
「ティ子爵に命ずる。現状の任務を解除しレアサングルの丘の守備を命ずる。ここは山人の負傷交代兵が守る。すぐに準備してくれ」
恐れていた最悪の事態になった。
もう本隊には割ける兵力がないのだ。
ゴブリン達はこの戦況を待っていたのだろう。
最早こちらに打つ手なしと見るや攻勢に転じたのだ。
各陣営に対して厚さではなくその数を使っての幅の攻勢。
完全に抜かれてしまえば各所で囲まれてしまい、戦線の維持どころか孤立を避けることも出来なくなる。
かと言って今更退くことは出来ない。
随分前からもそうだったが、退いたらどうなるか位誰でも分かる状況。
「グロス!全員全力出撃だ!ナメクジ達は置いていけ!ここから先は進むだけだ!」
「「「「「おおおおおおお」」」」」
皆わかっているのだろう。
多分今日が最後なんだと。
それでも前を向いて進むしか無いのだと。
全員で出撃準備をしていると不意にナメクジ達が集まり始めた。
いつの間にそうしていたのか、水桶の周りに卵を産んでいた。
そして卵ではなく出陣する俺達の周りに集まってきたのだ。
皆なんとも言えない顔になって黙っているが、わかっているのだ。
「よし!ナメクジ達も一緒に戦おう!全員出発!」
俺達はこうして今まで一緒に歩んできたナメクジ達と共に、前線の要所であるレアサングルの丘へと向かうことにした。
「グロス右翼が押されている!半分連れて押し返せ!俺達は丘の上を死守するぞ!」
「「「「「おおおおおお」」」」」
レアサングルの丘はひどい状況になっていた。
朝から降り続く雨に丘の斜面はぬかるみ、そこに血が混じり足を取られないように歩くのはかなり難しい。
そこを這いずるように登ってくるゴブリンの殆どは武器も持たず、それでもぬかるんだ斜面を覆い尽くすような状況だ。
足元のゴブリンを蹴り飛ばし、蹴落とし、蹴り潰してもなお斜面がゴブリンの緑に染まっている。
この丘は全体の中央に位置していて周囲の状況を見れるだけでなく、もしここが落ちたならこちらの陣営が丸裸にされてしまうのだ。
しかもここから斜面を利用してどこにでも強襲を仕掛けられる。
まさに急所であり戦線の一番前に当たる。
ナメクジ達も触角でゴブリンを突き刺し、その体で押しつぶし押し返してはいるが、数が違いすぎる。
どれだけ殺してもどれだけ押し返しても、上から見える斜面はゴブリンで緑色になっているのだ。
丘の右手に送ったグロス達も次第に押し込まれているのが見える。
こうなったら後のことは考えては居られない。
中級魔法を連発してゴブリンを押し返すが、すぐにまたゴブリンが這い上がってくる。
休憩する暇なんてありはしない、先に居た山人達も一人また一人と膝をついていく。
そうした奴はすかさずゴブリンにのしかかられ、斜面を一緒に転げ落ちていくことになるのだ。
もうどれだけゴブリンを倒したことだろう。
まだ嫌な雨が降り続いている。
隣りにいたはずのナメクジがいつの間にか居なくなっていた。
グロスの方を見るもそっちは既に緑色にしか見えない。
魔力の使いすぎでだんだん意識が霞んできた。
空を見るとあれだけ降っていた嫌な雨がやんでいた。
もう魔力を絞り出すのも辛くなって来た時、不意に北の方から音がした。
それはなんと言って良いのかわからない。
雲が晴れ一筋の光が差している所に、緑色を押しつぶす茶色と銀色の塊があったのだ。
北から来たそれはすごい速度で緑色を塗りつぶしていく。
町の北側に差し掛かった所で二手に分かれたそれは、一手がこちらに向かってくるのが見えた。
もう雨は降っておらず急速に雲は退き晴れていく。
それでもまだ斜面は緑色のままだ。
最後の魔力になるかもしれないが、今動かなければ髪を掴むことが出来ない。
今まで何度もやって来たことを繰り返す。
集中して・イメージして・コントロールする。
今は斜面を押し流すような水が必要だ。
暴れる魔力を押さえつけ押し出す。
斜面の緑色が流されるのを見ながら
俺の意識は
かすんでいく。




