第57話 予兆4
ボーダー伯爵令嬢とは、今後あまりかかわらないようにと思っていたが、すぐにまた会うことになってしまった。
翌日ホルドラン侯爵令嬢からお茶会のお誘いがあり、もしかしたらまた、ボーダー伯爵令嬢に呼ばれるかもと、こちらに来てみたのだが…
「ティさん。昨日は残念でしたが、今日こちらで会えましたのもなにかの縁。仲良くしてくださいまし」
なんて言いながら近づいてきて、俺が戸惑っている間に腕に抱きつかれている。
侯爵令嬢方も、「仲良くしてあげて」なんて言ってくるものだから、抵抗することも出来ない。
大きなお胸様が俺の腕に当たってはいるが、前世は確かに男ではあったものの、今は女になっているからだろうか?全く心が動かなかった。
ちなみに今日も女性が椅子になっている。
もしかしたら椅子の方に気を取られて、嬉しいとか思わないのかも知れない…
前世の時は、夢や希望が詰まった、素晴らしいものだと思ったのだが…
そう言えばここまで大きくはない物の、俺にも有るんだったな。
だからあんまり嬉しくないのかも知れない?
しかし、俺は魂が男で体が女なのだが、結局どっちに寄れば良いのだろうか?
昔同じことを考えたが、今の所男に恋をする気はないし、女を特別好きだと思ったこともない。
既に色々と他の人と違う人生を歩んでいるから、今更人と違う自分について、悩んだり考えたりもしなかったが、結婚とかどうするべきなんだろうか?
なんて、俺にとっては重要なことを考えていたからだろうか?
「どうなのかしらね?ティさんはどう思いますか?」
突然ホルドラン侯爵令嬢に意見を求められてしまった。
慌てて謝りつつ何の話か聞いてみたら、
「あらまぁ。ラファと仲良くしすぎて、こちらの話は聞いてなかったのかしら?まぁ良いわ。今話していたのは、中央諸国の方から流れてきた、ゴブリン達に対する扱いについてよ」
ちょっと呆れられながら教えてくれたのは、かなり前から大陸中央の国で、問題になっていたゴブリンの大増殖の問題で、既に一国でどうにかなる数ではなく、周辺諸国に救助要請を出してはいたものの、増殖したゴブリンの一部が、各国に流れてしまい、エスト王国にも千匹を超える群れが、東部の領地に来ていて、その対応の為に、最近良い所のない貴族派が、総勢千人程で討伐に乗り出したという話だった。
「千人ですか?それで本隊はどのくらいの予定なのです?」
「いえ?貴族派が出すのは千人だけよ?他の派閥も今の所は様子見かしら?」
「だとしたら正気とは思えませんね。武門の家系は出ていないのですか?」
「え?それは討伐に失敗するということですか?ゴブリン相手ですよ?」
「失敗と言いますか、本当にそのまま行くのであれば、大変な事になるかも知れませんね」
そこからゴブリンについて説明していったのだが、やはり皆ゴブリンを甘く見すぎていた。
実際に戦ってみれば分かるのだが、ゴブリンは集団の生き物なのだ。
一匹一匹には大した力もなく、とても臆病ですぐに逃げてしまうのだが、ある程度の数になると現れる、指揮個体が居ると、話がぜんぜん変わってくる。
死を恐れず向かってくるようになり、一匹一匹が強くなるし、増え方も変わってくる。
それに指揮個体にもよるが、戦術的な動きをしたりもする。
もし指揮個体を逃してしまったり、先に指揮個体だけを倒してしまい、群れが分裂しようものなら、その後の始末が大変だ。
今回の場合既に千匹を超えているなら、増殖スピードはかなり上がっているはずで、下手をすれば既に倍になっている可能性も考えて、最低でも2千人は必要になるだろうし、確実に全滅させなければいけないことを考えれば、5千人は準備していくべきである。
これを説明していたら、レイポルド侯爵令嬢が、
「それでも普通の兵士なら、一人で10や20は簡単に倒せるのでは?」
なんて言ってきた。
まだ理解してもらえないようなので、
「一匹一匹が相手でしたら、それも可能だと思いますけど、例えば5匹が一度に襲ってきたら、いったい何匹倒せることでしょう。
普通の人同士の戦いでしたら、一人に対して一度に襲いかかれるのは、正面からなら2人程度、囲むなら5人位でしょうか?ですがゴブリンの場合体が小さいので、正面なら5匹位、囲むなら10匹以上が襲いかかれます。
集団戦なら剣を横薙ぎにすることは出来ませんから、正面から切ったり突いたりする事になりますが、そうしている間に手足にしがみつかれ、引き倒されたりすれば、せいぜい2〜3匹しか倒せないでしょうし、近くのを倒そうとして、飛びかかって来られたら、それすらも出来なくなるでしょう。
なのでここまで数が増えてしまったら、乱戦を避けて遠目で倒していくか、盾を並べて押し込みながら戦う必要があります。
そのためには同数程度では、余程うまくやらないと、討伐するどころか、勝つことさえ難しいかと思います」
と、少し不安にさせてしまったので、フォローもしておく。
「とは言え軍部の方なら、こういった事は知っているはずですから、貴族派とは別に準備しているのかも知れません」
なんて言いながら、俺は別のことを考えていた。
もしかして襲来イベントとやらは、これの事を言っていたのか?
だとしたら確かに、初動を間違えれば大変なことになるが、世界が滅ぶかと言われれば、ちょっと疑問だ。
一応言ってみるか。
「以前第2王子殿下がおっしゃっていました、襲来イベントとはこの事なのでしょうか?だとしたら、行方不明の殿下に聞くことは出来ませんが、前世の記憶のある2人に聞けば、少しは情報が得られるかも知れませんね」
言われて思い出したのか、ホルドラン侯爵令嬢が、
「確かに言っていたわね。そうね、一応私の方であの子達に聞いてみますわ」
そうしてこの話は一旦終わり、また別の話に移っていった。
しかしさっきまで、ちょっと真面目な話をしていたのだが、ボーダー伯爵令嬢はそんな事は気にせず、俺の腕に抱きついたまま、うっとりした顔で目を閉じている。
ちなみに話の途中だったから、聞くのを忘れていたが、ボーダー伯爵令嬢は、ラファと言うらしい。
さっき初めて聞いた気がするが、色々と大丈夫なのかこの子。
と、そちらを見ると、椅子になっている女性と目があってしまった。
凄く気まずい感じなんだが、その目は受け入れてあげてと言っているようだった…




