第56話 予兆3
用意されたお茶を飲みながら、特にたわいない話をしていたのだが、なんかおかしい。
何がおかしいのかまではわからないのだが、何かが引っかかるのを感じる。
お話がしたいと呼び出した割に、特に大したことのない話ばかりなのもあるが、なんだろう?何かがさっきから引っかかっているのを感じる?
気のせいかなとも思い、お茶を飲んだりしていたのだが、突然その違和感に気付いてしまった。
丸いテーブルに2人で座って、話しているのは何も変わらないのだが、ずれて来ているのだ。
そんな素振りを一切感じさせず、目を離したのなんてほんの一瞬。
お茶やお菓子に目を向けた位しか、目を離していなかったと思うのだが、明らかにずれて来ているのだ。
最初座った時は間違いなく、ボーダー伯爵令嬢の対面に座っていたのが、今や軽く首を右に動かさないと、顔を見れない位置に移動している。
いつの間に?どうやって?
音も気配もなく、ほんの少しずつ移動している。
気付いてしまったら、その異常さに背筋に冷たいものを感じる程の、でも気づくまでかなりの時間がかかる、この状況。
テーブルと令嬢それに背景や部屋の隅にいる、チェンバレンとの位置関係を確認して、そっと目を伏せてみる。
特に何の気配も感じない。
再び目を向けると、やっぱり位置が変わっている。
気付いていたからこそ、気付ける程度の位置のズレ。
俺も達人には程遠くても、それなりに死線を越えてきたはずなのに、全く気配を感じさせること無く、少しだけそれでも確実に動いている。
ネタがわからない手品を、黙って見せられ続けているような、そんな気持ちにもなってしまうのだが、そもそもこの行動の意味も全くわからない。
何故近づいてくるのだ?
それほど大きくない丸いテーブルに、対面して座っているのだ。
近づく意味もわからない。
手段もわからなければ、目的もわからない。
顔は笑顔を崩さないようにしながら、とにかく情報がほしいと思い、周囲に目を光らせる。
ふと気付いてしまったのだが、チェンバレンの男は少し変だ。
前髪が長いから、顔をはっきり見ていなかったのもあるが、今まで気づかなかったのがおかしいくらい、体型に違和感がある。
今こっちを向いて立っているのだが、スラックスの股間部分に膨らみがない。
気付いてから注意してみると、細い手足の割に胸に厚みがあるし、前世のシルクハットのような帽子に隠れていたが、今見ると長い髪を帽子にしまっているように見える。
これはもう間違いないのかも知れない、チェンバレンと思っていたのは、メイドさんだったのだ。
この世界は前世の世界に比べて、他人の趣味や嗜好にかんして、干渉しない風潮が強く、また男女の差にこだわらない所も大きく、実際公然の秘密だが、そういったサロンは多く有るのは知っている。
それに今まで忘れていたが、令嬢の侍従にチェンバレンをと言うか、男性を付けるのは珍しい部類だ。
そう考えれば男装の女性が、ボーダー伯爵令嬢についているのは、何の問題もないのだが…
そうやって見ていたら、ふとチェンバレンの持つ、銀のポットに気付いてしまった。
気付いたときには思わず吹き出しそうになり、慌ててごまかしたが、銀のポットに反射している光景なので、はっきりとはわからないが、間違いない。
ボーダー伯爵令嬢の下に、椅子とは思えない大きさの、何かが映っていた。
テーブルには床まで届く長さの、テーブルクロスがかけられていた為、気づくことはなかったが、映っている何かは、四つん這いのなにかに見える。
そう思ってしまうと、ボーダー伯爵令嬢に隠れて気づかなかったが、確かに今現在この部屋には、俺と令嬢とチェンバレン以外の、誰かがいる気配を感じる。
余程訓練されているのか、本当に注意しないと気づかないほど、小さな気配。
「ッゥヒ!」
ついに抑えきれず声が出てしまった。
色々なことに気付いてしまい、注意がそちらに向けられていたからだろう、本当に気づかないうちに、ボーダー伯爵令嬢が元の位置から見て45°の位置まで来ていたからだ。
ボーダー伯爵令嬢は首をかしげながら、「どうかしましたか?」などと言ってくるが、あわてて取り繕いながら、ボーダー伯爵令嬢を見たら、それが視界の端に映ってしまった。
俺は慌てて、
「ッ大変申し訳ございません。少々用事を思い出してしまいまして。今日はこの辺で失礼させていただきます。このお詫びはまたいずれ、今度お話を聞かせて下さい」
と断り、急いで個別ティールームを出た。
焦る心を押さえつけながら、ボーダー伯爵令嬢に対して失礼だったとは思うけど、とにかくあそこから離れたくて、寮の部屋まで帰ってきた。
まだ心臓がバクバクしている。
転生してから今まで色々なことがあったが、ここまで逃げることを優先したのは、おそらく初めてだったと思う。
とにかく得体の知れないなにかから、逃げ出すことしか考えられなかった。
視界の端に映ったのは、ピッタリとした服を着た女性だった。
その女性はボーダー伯爵令嬢の下に居たのだ。
おそらく衣擦れの音を出さない服装で、四つん這いをしながら、俺のスキを探るようにこちらを見ていた。
そして、その女性の腰のあたりに、ボーダー伯爵令嬢が座って居たのだと思う。
混乱し考えがなかなかまとまらないが、今後ボーダー伯爵令嬢には、あまり関わらないようにしようと、心に決めたのだった。




