第15話 子爵家10
異世界転生物なら、ゴブリン退治の依頼が来たら、すぐさま現地に向かって、ささっと倒すものだろう。なんならその後疑われて、証拠を示したら更に上位種だったりして、すげぇぇぇになるはず。
なにが悲しくて、出発準備の資金調達から始めないといけないのやら。
俺は俺の道を行くしか無いのだが…
取り敢えず今日の予定の通りに行くとしよう。
まず兵舎によって、ゴミと資金と書類の類を置いていく。
「今からマーブル先生のところに行ってくるから、これらを見ておいてくれ。それとグロス。取り敢えず資金を作ってきたから、この金で20人くらい雇えるか?」
「十分な金です。ギルドで雇った上で、十分な物資を買うことが出来るでしょう」
「そうしたら、それで一旦準備を整えてくれ。変なボッタクリとかあったら、一旦やめて報告して欲しい。出来れば昼からは、現地に向かって移動したいが、絶対でもないし足元を見られないように、準備してくれ」
グロスは心得たとばかりに、部下にどんどん指示していく。
細かい金額とかわからないし、そもそも物価も金銭価値もわからないから、任せるしか無い。この辺は孤児院から子爵家の跡取りになった弊害だな。
取り敢えず俺は、マーブル先生のところに向かうとしよう。
「貴方も気付いていたと思うのだけど、私達中立派はこうなるのを待っていたのよ」
お屋敷についてマーブル先生に今の状態を話すと、こう言って話し始めた。
こうなる事とは言っても、具体的に俺が執事を抑えて、不正の証拠を押さえる事ではなく、スタン子爵家の内部に入り込む事らしい。
現在スタン子爵家には、不正取引の疑いがかけられていて、出来れば内部調査をしたいところだけど、おおやけに調べると貴族派から邪魔が入るし、スタン子爵家が貴族派に行かれるのも困る。
だからやるなら、不正の証拠を押さえた上で、余計な横やりが来る前に一気に終わらせたかった。
本当なら俺の教師役を引き受けることで、スタン子爵家に堂々と入り、そこからじわじわと追い詰めていく予定だったが、まさか入ることさえ出来ず、次の手を考えていたそうだ。
そんな折に動いたのがエルダー伯爵。
同じ中立派と言っても、マーブル伯爵家とエルダー伯爵家とでは、所属がまた違うらしく、連携して動いてはいるものの、違った考えで動いていたりする。
今回ゴブリンの討伐指示が来たのは、スタン子爵家への最後通牒でもあったそうだ。
本来なら現在の当主であるバルサー・スタンが、騎士学院を卒業していないし、騎士学院に入り直す素振りを見せないことから、街道警備の仕事から外されるはずだったが、派閥の貴族から離脱者を出したくないために、仮の当主としてバルサー・スタンを置き、いずれ跡取りが騎士学校を卒業して、仕事を引き継ぐ約束だった。
だけど、それまでの仮の立場ですら、仕事をしないバルサー・スタンに周囲の目は冷たく、おまけにエルダー伯爵の他の下請け達が、自分の子供を後継者へと押し始めたため、わかりやすく手柄を立てる機会を用意したわけだ。
これをしっかりこなせば、取り敢えずそのままとなるが、これでもなにもしないなら、切り捨てる覚悟を持っての指示だった。
「そんな事になっていたのですか。マーブル先生が優しくしてくれるのには、理由があると思っていましたが」
「あらあら?まぁ良いわ。取り敢えず不正取引とかスタン家の問題は、私が何とかしておきますから、ティちゃんはなんとかゴブリン退治をしてきてもらえるかしら?」
「わかりました。私では色々とわからないこともありますし、その辺りはお願いいたします」
取り敢えずマーブル先生とその部下の皆さんを伴って、スタン子爵家の屋敷に向かう。
いつの間に集めたのか、50人位居るのだが…
あーもう。あっちもこっちも何とかしないと、この歳で路上生活になってしまう。
もうどうしろと言うのやら。取り敢えず目の前の事を何とかしていこう。その後のことはその後に考えるしかなさそうだ。
「ボサ一緒に来てくれ。グロスちょっと屋敷の方に行ってくるから、準備は進めていてくれ。それと執事と書類をマーブル先生のお付きの方に渡して」
訓練場の方から屋敷に向かいつつ、途中で皆に指示を出していく。
屋敷に入る前にお付きの方のうち何人かが、屋敷を迂回するように動きだした。
逃げるやつが出ないように、周囲を抑えに行ったのだろう。
裏手から屋敷にはいるとメイドが数人たむろしていた。
「屋敷の使用人をすぐに全員ここに集めろ。一応お前たちにもこちらの方々が付いていく」
「なにを言っているんですか!執事さんはどうしたんですか!それにこの方達は一体何です!」
中の一人が抗議の声を上げるが、
「こちらはマーブル元伯爵様と、そのお付きの方々だ。お前が声をかけていい相手ではない。さっさと言われたとおりにしろ」
俺の説得に心打たれたようで、何か変な音を立てているものの、大体は言われたとおりに動き出した。
「失礼いたしました。執務室はこの奥です」
「なかなか協力的な使用人ですね。これならこちらも仕事のし斐性が有るというものです。あなた達他の部屋も抑えておきなさい」
前世で言うマルサの踏み込みのような感じになっているが、いつの間に準備していたのだろうか?もしかしたら、兵士の皆さんの中か使用人の中に、いわゆる手の者がいるのかもしれないな…
執務室に入ってみると、なにかおかしい感じがする。
「ボサ。この部屋さっきとなんか違わない?」
ボサは首を傾げるだけだったが、なんか違うような気がする。
こんな事なら、部屋に誰かを残すべきだったか?それとも扉に糸を張っておくとか?
「マーブル先生すみません。もしかしたら、何か持ち出されてしまっているかも知れないです」
「なにが持ち出されたかわかりますか?」
「いえ。なにか部屋に違和感が有るのですが、そこまではっきりと覚えていなくて。勘違いかもしれませんし」
「まぁ仕方有りませんね。取り敢えず調査を開始しますので、ティちゃんはゴブリンの方を頑張って下さい」
「わかりました。よろしくおねがいします」
正直この屋敷の使用人には、なんの思い出もないから、どうなっても良いのだが、訓練場に向かう途中で見た使用人達は、何か呆然としていたり反抗していたり、状況がわかっていない者たちばかりで、ちょっとだけ可愛そうとか思ってしまった。