第12話 子爵家7
日々の訓練とマーブル先生の授業で、それなりに忙しくしている俺に、当主から命令が来た。何故か本人が来なくて、執事が言ってただけだけど。
命令の内容は、エルダー伯爵から討伐命令が出たので、兵士を指揮して任務に当たるようにとのこと。ご丁寧にエルダー伯爵から送られてきた、命令書まで置いていったよ。
俺はよう知らないのだが、こういった書類は、こんなふうに扱って良いものでは無いと思うのだが。
まぁおそらくマーブル先生が危惧していたのはこれの事だろう。
取り敢えず書類を確認してみると、街道に出没するゴブリンの討伐だった。
前世の知識では、ゴブリンは弱いものだったはずだが、兵士に討伐命令が来るってことは、それなりに問題が有るのだろう。
俺はこの世界のゴブリンの事とか、こういった討伐に関して全く知らないから、近くの兵士に上位陣を集めて欲しいと伝え、書類のこととか手続きとかは、古参兵ではわからない可能性も考えて、マーブル先生のところに行くことにしたが、残念ながら留守だった。
戻ってきたところに、今日残っている兵士の中から、上位陣が集まって待っていたので、今日のローテーションではグロスが居なかったが、取り敢えずこのメンツで話してみよう。
「養父から討伐指示が来た。俺はこういったことに慣れていないから、色々と教えて欲しい」
「若、申し訳ありやせん。あっしらもそういうのはうとくて、なんとも…」
詳しく聞くと、こういった事は当主が指示を出していくもので、兵士たちは言われたことをやっていくだけらしい。
「まぁそういう事なら仕方ない。書類関係はマーブル先生に明日聞くから、皆で手分けして情報を集めてくれるか?具体的には、このゴブリンのいる場所とか匹数とか、討伐する時に必要そうな事だ。休憩のローテーションなのにすまないが、先に情報を集めてから、具体的な対応を相談したいから」
「わかりやした。そっちはお任せくだせい。若も装備とかの手配も有るでしょうから、ボサお前は若に付いて手伝え」
そう言うと周囲の兵士を連れて、情報収集に向かってくれた。
残ったボサは女兵士で、そこらの男よりも男らしい体格をしていて、寡黙で大雑把な感じ。細かい所のサポートと言うより、護衛や荷物持ちと言った所だろうか?
「悪いけど一緒に屋敷に付いてきてもらえる?取り敢えず今度の討伐に対して、どのくらいの予算があるのか、まずはそこから聞いてこないと。それに俺の装備だって兵服と木刀しか無いから、倉庫になにかあると良いのだけど…」
ボサはうなずいたので、そのまま屋敷に向かう。
屋敷に着くとダラダラと掃除をしているメイドが居たので、
「養父様か執事に用がある。呼んでくれるか?それと話があるから部屋を用意してくれ」
「えーあーはいはいわかりましたよっと。じゃあ部屋はそこを曲がった先の突き当りに、応接間が有るから、そこで待ってて下さいな」
メイドは嫌そうな顔をしながら、奥に向かっていった。
おいおい大丈夫かこの家。仮にも俺はこの家の跡取りなんだが?それにもし来客とかあったら、家の名を落としかねない対応だぞ。まぁ実際に継ぐ事は無いだろうけど、もし万が一俺が継ぐ事になったら、真っ先に使用人の整理からしよう。
応接間に付いて暫く待つと、執事が嫌そうな顔をしてやってきた。
「なにか用事ですか?私も暇ではないのですが?」
明らかに今までだらけてましたって感じに、緩んだ服を直そうともせず、不機嫌な顔をしている。
「討伐指示が、エルダー伯爵から来ているのはわかっているはずだ。今回の討伐の予算と、俺の装備の確認に来た。養父様が居ないなら、執事のお前に聞くのが早いと思ったが?」
本来俺は、こんな横柄な態度を取る人間ではないのだが、こういった相手には卑屈に出ると、余計に増長するから、今の俺の立場である、子爵家跡取りとしての態度を取らせてもらう。
「孤児のガキが偉そうに…わかった様な口聞きやがって」
執事が俺の態度にムカついたのか、一歩前に出た瞬間、ボサが俺の前に出る。
ボサは寡黙というか殆ど喋らないから、無言で執事を見下ろしているだけだが、これには執事もたまらず流石に体格の差を見て、怯えたように数歩下がった。
「っち。予算なんか有るわけ無いだろう。そこらのガキでも倒せるゴブリンごときに。もし有ったとしても、子爵様が持って行っちまっているよ」
子爵もクズなら、使用人もクズ。
態度も言葉もまるでなってない。でも、今はそこをなんとかするより、討伐に向けて建設的な話をしよう。
「馬鹿かお前?伯爵様から討伐の指示が出るって意味がわかってないのか?」
おっといけない。思っていたこととがつい口から出てしまった。
ここはちょっと建て直さないとな。にっこり笑ってと。
「取り敢えず明日また来るから、養父様に確認しておいてもらえますか?それと屋敷に俺の体に合いそうな装備がないか、倉庫の方を見てきますが、他の場所にもあるかも知れないので、調べておいてくださいね」
言うだけ言って、さっさと退散することにしよう。
俺が部屋を出るのを確認してから、ボサが俺に続いて部屋を出てきた。
何やら部屋から叫び声が聞こえるが、気にしない。
ちょうど通りすがったさっきのメイドに、倉庫まで案内してもらって、中の確認をする。
メイドは凄い嫌そうだったけど、気にしないったら気にしない。
倉庫の中はほとんどなにもなく、掃除もされていないのか、すごく埃っぽい。
それでもいくつか木箱が残っていたので、ボサと中身を確認していくと、いくつか子供用の装備が見つかった。
おそらく売ることも出来ないと判断されて、残されていたのだろう。
錆びて抜くのに苦労する50cm程の長さの小剣と、埃を被ってすっかり固まってしまって、ひび割れている革の胸当てだ。
こんなのでも無いよりかはマシだろうと思い、持ち出すことにする。
「ボサ。これの手入れとかってわかる?俺はそういった事もわからないんだ」
ボサに聞くとうなずいて、小剣と胸当てを持ってくれた。
どこかにスタスタ歩いていくボサに付いて行くと、兵舎の倉庫に来た。
何やら道具を出して、外に向かうので付いていくと、水場で小剣を研ぐ動作を見せてくれ、砥石と小剣を渡された。
おそらくは、こんな感じってことだろう。元の世界でもなんとなく見たことも有ったし、なんとなくでサビを落としていく。
その間ボサは胸当てを洗ったり、なにかをすり込んだりしている。
今生初めての実戦なのに、実戦の前にやることが多すぎるんだよな。
これからの予定を頭の中で考えながら、小剣のサビを落としていく俺だった。