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左目

 一方、朔也と樺倉は山の中を懸命に走っていた。


「ごめんね、真山君。あたしがドジのせいで……」

「違うよ。仮でもさ、バディーなんだから。樺倉は頑張り過ぎなんだよ」

「ありがとう、真山君。あれ? 誰か、倒れてる!」


 二人は目の前で横たわっている人影に駆け寄った。


「大丈夫ですか?!」

「意識が無い……いや、樺倉、既に亡くなっている。蛟に殺されたわけではなさそうだけど、なんだ?」


 どうやら、渓流釣りに来ていた際に山火事に巻き込まれたようだ。煙を吸って亡くなったようにも見えるが、一点だけおかしなことがあった。


「なんで、この人左目から血が出てるのかな?」


 樺倉の言う通り、男性は左目から血の涙を流していた。それ以外に外傷はない。苦悶の表情すら浮かべていなかった。


「樺倉、この人は残念だけど、今は先を急ごう」


 樺倉は少し遺体を気にする素振りを見せたが、こっくりと頷き、走り出した。




 その頃、鈴宮と春田は蛟発生地点近くの翡翠川を遡っていった。


「残り時間は三十五分か……替えのボンベは用意できてる?」

「はい、追加はトランクに積んでありますが、通信は回復しそうですか?」

「ダメね、ここは谷間で電波が入ってこない。近距離通信ならできると思うから、とにかく現場へ――よし、電波が入った! 応答しなさい」

「鈴宮司令ですか? こちら、長谷部です。ただいま鶴来とともに、蛟と交戦中です」

「真山と樺倉はどうしたの?」

「樺倉のトンボに被弾し、それをかばった真山とともに、東の山中へ。現在、交信不可能です」

「状況は理解したわ。火事は徐々に鎮火してきている。もう数分で現場に到着する。酸素ボンベの替えもある。とにかく、それまで耐えなさい」

「了解しました」


 通信を終えると、鈴宮はバンに載せられていたロケットランチャーのような大型の銃器を取り出した。


「ちょっと、鈴宮司令、まさか『攻玉』を使うんじゃないですよね?!」


 『攻玉』とは対蛟のために開発された兵器である。魔力が込められた人工玉を装填し、超電磁砲として放つ。理論上、聖銃士以外の常人でも蛟にダメージを与えられる。


「今使わなくて、いつ使うの?!」

「それは試作段階のものです。効果があるかわからない上に、暴発の可能性もあります。もうあなたは聖銃士じゃないんですよ!」

「ハッ! アタシがたかが一匹の蛟に後れを取るわけないでしょ! アタシを敵に回したらどうなるか、思い知らせてやるわ」


 春田の駆るバンがとうとう蛟の発生地点までやってきた。鈴宮は颯爽とバンから降りると、ゴーグル越しに長谷部とみつきに合図した。


「二人とも、ちょっと下がりなさい!」


 二人は訳も分からないまま、蛟から距離を取るように上昇する。


「『攻玉・漆黒』装填確認。喰らえ!」 


 鈴宮が超電磁砲を肩に抱え、蛟にめがけてぶちかました。放たれた黒い砲弾は蛟の側頭部に当たり、蛟がバランスを崩したが、すぐに立て直した。


「春田、もう一発!」

「鈴宮司令、砲弾は各色一つずつしかありません。あと、もう電力がありません」

「何ですってッ!? このポンコツ!」


 鈴宮が毒づくと、長谷部とみつきに通信を入れた。


「アンタたち、魔力はどれくらい残っているの?」

「……すみません、かなり消耗しました」

「私もです」


 鈴宮が緋色の唇を嚙み締めた、その時、若干のノイズの後通信が入った。


「鈴宮司令ですか? 真山です」

「真山! アンタ、どこ行ってたの?! 樺倉は無事なんでしょうね?」

「はい、鈴宮司令。トンボが少し壊れただけで、怪我はありません」

「真山の方はトンボに損傷は?」

「ありません」

「現在、長谷部と鶴来で応戦しているけど、消耗が激しい。樺倉を置いて、アンタは一刻も早く現場に来なさい。樺倉もなるべく急いで移動しなさい。替えのトンボとボンベがあるから」

 

「樺倉、ごめん。先に行く」

「ありがとう、真山君。後は大丈夫。みつきちゃんと長谷部くんをお願いね」


 それから、朔也は木々を飛び越え、一気に上昇した。ゴーグルに映る光点を目印に蛟の元へと一直線に向かった。


「真山、こっちの消耗も激しいけど、蛟もかなりダメージを受けているわ。長谷部と鶴来が囮になるから、止めを刺しなさい」


 はいと朔也は静かに答えた。長谷部とみつきが蛟の周りを攪乱するように飛び回る。蛟は狙いが定まらず、まるで幼い子供のように不満そうな唸り声を上げる。朔也は上空で静かに時を待っていた。そして、その瞬間が来た。蛟の核がピタリと朔也の照準に入った。朔也はそのまま渾身の魔力を込めて、引き金を引いた。その光弾は蛟の額にある核を破壊し、鋼鉄よりもなお硬い頭蓋までをも貫いた。その時、またしても身体の中から声が響いた。


(我の力はどうだ? 思うままに力を振るう感覚は心地良かろう?)

「君はどうして僕に力を貸してくれるんだ?」

(お前が力を使う度に、我は我を取り戻していく。強く求めよ、我の――)



お読みいただきありがとうございます。


次回「嫉妬」をどうぞよろしくお願いいたします。


次回掲載は6月以降になります。申し訳ありません。

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